第20話 「回天」その二
刃は首元の包帯だけを、正確に断ち切った。
フィルは武器を収め、包帯を強く引いた。
全身を巻いていた包帯が一瞬で緩み、一巻き、また一巻きと床へ落ちた。
「ああ、生き返った」
晴れ晴れとした顔で、その場で何度か足踏みをし、体を伸ばした。
「どう、イノリくん?」
そこで初めて、イノリは気づいた。少女の体には、火傷の痕が一つもない。
霧の紗というマントさえ、傷んだ様子はなかった。
「フィル、お前……昨日の戦いは……」
この手で倒したはずだった。全身が焼けただれるのを、この目で見たはずだった。
夢だったのか。それとも幻だったのか。
まさか、二人とも死んでいるのだろうか。これは極楽に浮かぶ、はかない幻にすぎないのか。
イノリは頭が張り裂けそうだった。
「僕の負けだったよ。イノリくんがあんなに強いなんて、思ってもみなかったな」
「あのとき、全身が焼け焦げてたと思うんだけど……ヒカリが治したの?」
「ああ、あの魔法書の子? 癒術は確かに上手だったよ。でも、君のほうが重傷だと思ったから、そっちを治してって頼んだんだ」
「信じられないよ」
「心配しないで、イノリくん。魔法への耐性だって、人それぞれでしょ。僕は、ただ傷の治りが早いだけ。ふふん――」
その説明に、イノリはあっけに取られた。
フィルの特殊な体質はどこから来たのだろう。考え込むあまり、彼女がこっそり近づいてきたことにも気づかなかった。
「えいっ!」
「痛い痛い痛い! 仕返しだろ、これ!」
人差し指が右手の包帯に触れ、イノリは痛みに叫んだ。
「そうだよ、仕返し。イノリくんが手加減してくれないから。最弱貴族だなんて言ってたのに、あんなにすごい星の魔法が使えるなんてね」
「ごめん……でも、僕にも何が起きたのかわからないんだ」
「はいはい。じゃあ、ユナに手紙を書いて、探偵は辞めて帰ろうかな。それだけ強いなら、爆弾魔どころか、大騎士だって簡単に相手できるでしょ、イノリ」
「こんなときまで冗談が言えるのは、お前くらいだよ」
「はは。じゃあ、本当のことを教えて」
フィルは顎に指を添え、考え込むような顔をした。
「イノリくん、あのとき、すごく苦しそうだったよね。何か感じたの?」
「わからない……急に星空が見えたんだ。それに……月も、あった気がする」
「月?」
「うん。赤い月」
イノリはため息をついた。あの恐ろしい出来事を、もう思い出したくなかった。
それでも、意図せずフィルを傷つけてしまったことを思うと、申し訳なくてたまらなかった。
気持ちをわかってほしかったのかもしれない。ただ、誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない。
自分の過去を、少女にすべて話すことにした。
「暮光城って知ってる、フィル? 僕が昔、住んでたところなんだ」
「僕らって、本当に縁があるんだね。僕の故郷は麦涯郡。暮光城の南にあるんだよ」
「とにかく、暮光城には『星野』っていう孤児院があって、僕は……」
そのまま話し続けるつもりだった。
まばゆい光が、一瞬にしてあふれるまでは。




