↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/42

第2話 「血桜」その二

 これ以上ひどいことがあるだろうか。「爆弾魔」呼ばわりされるなんて。

 今日を境に、自分の運命は変わってしまった。イノリは悲しくも、そう悟った。


 早くも「最弱貴族」と呼ばれていた日々が恋しい。

 そう、雑魚だ。

 でも雑魚のほうが、爆弾魔なんかより百倍ましじゃないか。


 イノリは目まぐるしく頭を働かせた。

 苦しく、先の見えないとき、ほとんど本能のように、ある人の姿が思い浮かぶ。


「ユナはどこに行った?」

「ごろごろ」

「今はふざけてる場合じゃないだろ」

「うむうむ」


 新聞に載っている名前は蘭空光璃ではないのだから、危機感などないのも当然だ。

 それでも、まるで他人事のヒカリを相手に、イノリの我慢はそろそろ限界だった。


「時間を無駄にしないで、答えてくれよ!」

「ふん!」


 少女は唇を尖らせ、不満たっぷりにそっぽを向いた。


 その態度で、イノリはすぐに何が問題なのかを悟った。

 なにしろ、ユナという少女は、イノリにとってもヒカリにとっても、かけがえのない存在なのだ。


「はいはい。僕たちの『お・姉・様』は、どこに行ったんだ?」

「お姉様」のところだけ、わざとゆっくり、大きな声で言ってやった。


 ヒカリの顔に、満ち足りた笑みが浮かぶ。


「そうそう、それでいいの! えっと……お姉様なら、今日は先覚塔の鐘の儀式に行ってるよ」

「え? 今日?」


 ユナはイノリより一つ年上なだけだが、魔法に精通する彼女は、すでに学園の見習い教師でもある。

 教師として、生徒より一日早く学園に戻り、準備をする。それは予想のつくことだった。

 ただ、「鐘の儀式」に参加するという話には、素直に頷けない。


「薄桜城の桜なら、今日の零時に全部咲いたじゃないか! 今さら鐘の儀式をやっても、何の意味があるんだ?」

「え、桜、咲いたの? 明日じゃないの?」

「ヒカリ、あのな……」


 きょとんとした無邪気な表情は、わざとではなかった。


 なにしろヒカリは、一日中ユナの図書室にこもって、お菓子を食べ、本を読み、集めた小物で遊んでいる。


 今日、いつでもいいからカーテンを開けて、窓の外の庭を見さえすれば、すぐに異変に気づいたはずなのに。

 どうやら、カーテンを開けるのさえ面倒だったらしい。


 あきれ果てたイノリには、ヒカリを責める気力もなかった。

 小さくため息をつき、部屋の明かりを消す。窓辺へ歩み寄り、厚いカーテンを開いた。


 黄昏の光が、一瞬にして部屋へ流れ込む。

 庭に立つ大きな桜の木が目に入った。その枝には、数えきれないほどの赤い花が、ひっそりと咲いている。

 そよ風が吹き、花びらがはらはらと舞い落ちた。

 まるで、盛大に降り注ぐ血の雨だった。


 明日は木乙月の第一風甲日。春の最初の日。

 そして、桜が咲く日でもある。


 毎年この日になると、街中の桜が空を埋めるように咲き誇る。

 この桜には、吉凶を告げる魔力が宿っているという。


 そのため、毎年その前日にあたる今日、薄桜城王立魔法学園では盛大な鐘の儀式が行われる。


 先覚塔の鐘の音が、街の隅々まで届く。

 荘厳なその響きには、人々の願いが込められていた。


 鮮やかな桜が、いつもどおりの日に咲きますように。

 それは、これから巡る四季の安寧と平和を告げるものだから。


 だが今年は、街のすべての桜が、申し合わせたように一日早く花を開いた。

 今日の、午前零時ちょうどに。


 さらに不気味なことに、どの木も、血のように赤い花を咲かせている。


 遠くから眺めれば、一面に広がる血の海のようだった。

 かつての戦乱の時代、その凄惨な光景を思わせるほどに。


「そういえば……今日は、鐘の音を聞いてないな」


 今年は、鐘が鳴らないのかもしれない。

 イノリはふと、そう気づいた。


 この血色の桜のせいだろうか。

 それとも、自分を騙る「爆弾魔」のせいなのか。

 いったい何が、今日の薄桜城をこれほど静かにしているのだろう。


 いずれにせよ、イノリは悲しくも、何かを悟りつつあった。

 沈黙したままの塔は、すでに災いの訪れを告げている。


 これは、幾多の災厄が迫る前触れなのかもしれない――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。