第11話 「追放」その三
「また」とは、まったくそのとおりだ。イノリは心の中で冷ややかに笑った。
蒔恩。
大魔法師の中でも変わり者で、まるで子供のような老人だった。
経歴と地位を考えれば、先覚塔の七、八十階あたりに豪華な執務室を一つ選び、悠々自適の隠居生活を送っていてもおかしくない。
なのに、わざわざ若い学者や学生たちに交じって、三十数階にある学生実験室で、奇妙な小物ばかり研究している。
思い返せば、前の学期だけでも、ここでは大小十数回の事故が起きていた。全部、シオンじいさんの仕業だ。
だから、今日のこの状況にもイノリは驚かなかった。
入学したばかりのフィルも、これで知り合った教師の人となりを、すぐに実感できるだろう。
「変わり者同士、気が合うってことか。はは」
イノリは心の中でつぶやいた。
「何の装置を研究していたんですか? どうして急に爆発したんですか?」
「『心相世界』に関する装置でな……うっかり魔力注入用のプローブを電源につないでしもうたんじゃ。まったく、もうろくしたものじゃ!」
シオンは悔しそうに自分の髭を引っ張った。イノリは笑うに笑えなかった。
「中を見てもいいですか?」
フィルの言葉に、イノリはため息をついた。
爆弾魔とは無関係だと一目でわかったので、もう付き合う気が失せていた。
けれど、この名探偵はとことん調べるつもりらしい。止めるのも気が引けた。
「ううむ……」
シオンは困り果てた顔で少女を見つめた。その哀れな顔は、見ているほうがつらくなるほどだった。
「だめですか? 少しだけでも」
「はあ……フィルちゃん、見てくるとええ。新入生にこんな焼け跡を見られるとは、わしも面目丸潰れじゃ」
シオンは諦めたように手を振り、フィルを通すよう周囲の者に合図した。
フィルは頭を下げて礼を言い、振り返ってイノリを手招きした。
イノリはうなずいた。
「それじゃあ、僕もお願いします。シオン先生」
そばを通り過ぎるとき、イノリも頭を下げた。
「おお! 君は……おお、蘭空祈くん!」
何かを思い出したらしい。年老いた目に気の毒そうな色が浮かび、しきりに首を振った。
「大変な新学期になりそうじゃのう、イノリくん……じゃが、安心しなさい。今回の事故は、わし一人の仕業じゃ。爆弾魔とやらとは何の関係もない。君はよい子じゃと、わしは信じておる。わしのような馬鹿な真似はせんじゃろう」
そうだよ。塔を真っ二つに吹き飛ばしそうなのは、どう考えてもこのじいさんじゃないか。
爆弾魔も、どうして予告状にシオンの名前を書かなかったんだよ。
腹が立つのに、笑えてもくる。
それにしても、普段は研究に夢中のシオンにまで、爆弾魔の話が伝わっているとは。
そう気づくと、イノリは悲しくなってため息を漏らした。
シオンじいさんとこれ以上無駄話をする気もなく、フィルに続いて、爆発で壊れた部屋へ入った。
悪いことに、シオンの言うとおり部屋全体が吹き飛んでいて、二人は何も調べられなかった。
よかったことといえば、それぞれの学院の始業式には間に合った。
黄昏の光が再び世界を包み、新学期の初日は終わりを迎えた。
一日の出来事を振り返り、イノリはため息をついた。
爆発騒ぎは「勘違い」で片づけられた。それがよかったのか悪かったのか、イノリにはわからなかった。
「まあ、いいか」
教師であるユナが帰れるのは、あと半時間ほど先だ。イノリは一人で帰ることにした。
「あったかい家に帰って~、かわいいヒカリに会って~、遠い星空を見上げて~、夜明けを迎える~」
イノリは声を張り上げて歌った。
「待ってよ、イノリくん!」
少女の声が、その世界に飛び込んできた。
「やあ、名探偵! どうだった? 始業式、悪くなかった?」
「うーん、まあまあかな」
「こんな時間に校門で何してるんだよ。時間があるうちに、寮を見に行かなくての? お金があれば、きれいな一軒家を借りることもできると思うけど」
「イノリくんと一緒に帰りたくて」
「はは。僕についてきたら、今夜泊まる場所がなくなるよ?」
「ううん」
フィルは真剣な目で、ぱちぱちとまばたきをした。
「僕、蘭空家に泊まるんだよ」
「なっ!!!」
イノリは信じられずに叫んだ。急に口を開けすぎたせいで顎が痛み、慌てて両手で押さえた。
「桜が咲いた日の爆弾魔のこと、ユナに話したんだ。安全のためにって、家に泊まっていいって言ってくれたよ」
フィルは目を細め、イノリの肩をぽんと叩いた。
「ぐう――」
このいたずら好きな少女に平穏な暮らしを壊されるのだと思い、イノリは悲しげにうつむいた。
かわいいヒカリがいれば、それでいい。意地悪なフィルなんていらない。
わざとそう考えてみた。
けれど、自分の気持ちには嘘をつけない。フィルが加わることを、本当は喜んでいるとわかっていた。
「フィル、お前ってずるいよな……」
わざと不本意そうな顔を見せた。
フィルはおどけたまばたきで応じた。
二人は顔を見合わせ、気楽に笑い合った。




