第10話 「追放」その二
「爆弾魔? どこで?」
フィルが目を見開いた。
疑いも否定もしなかったので、イノリはそのまま話を続けることにした。
「昨日の夜中、僕らが別れたあとだよ。うちの庭の桜の下にいたんだ。何かしてたわけじゃなくて、ただ立ってた」
イノリは立ち上がり、つま先立ちになって腕を高く上げた。大げさに声を引き伸ばす。
「こーんなに高いんだ。三、四メートルくらいはあったと思う」
「うーん……それが本当なら」
フィルは無意識に髪を指で引っ張り、しばし考え込んだ。
「予告状にイノリくんの名前があった時点で、偶然じゃないとは思ってたんだ。爆弾魔が蘭空家にまで入り込んでいるなら……思っていたより、ずっと深刻な状況かもしれない」
ますます真剣になるフィルを、イノリは戸惑いながら見つめた。どう答えればいいのかわからなかった。
「だって、予告状に書いてあった標的は先覚塔でしょ。それなら、どうして直接ここに来ないんだろう。学園のどこかに潜むことだってできるのに」
宣言するかのように、フィルはきっぱりと腕を上げ、塔を指した。
「今だって、ここで、どーんって吹き飛ばせば――」
先覚塔は何も答えず、その大きな影で小さな二人を覆っていた。
やがて、凄まじい轟音が静寂を破った。
雷が炸裂したような音だった。
次の瞬間、ガラスの破片が豪雨のように降り注いだ。
凄まじい音が、イノリの耳に飛び込んできた。
頭の中で最後に「逃げろ」という警告がひらめいた。それきり、底知れない恐怖で思考が止まった。
無数の鋭いガラス片が頭に突き刺さろうとしているのに、体を少しも動かせなかった。
柔らかな手のひらが髪に触れ、直後、強い力で頭を押された。
反応する間もなく、そのまま顔を何か柔らかなものへ押しつけられた。
同時に、大きな布が全身を包み込み、視界が暗くなった。
頭上の布に、大小の破片が落ちるような鈍い音が続いた。
痛みはなかった。それでも恐怖が抜けず、イノリは身じろぎもできなかった。
顔を押さえられた姿勢では、うまく息ができなかった。
二十秒ほどたつと胸が苦しくなり、とうとう耐えきれずに大きく息を吸った。
ふわりと、少女らしい甘い香りが鼻をかすめた。
「イヤっ――」
フィルが声を上げ、勢いよくマントを引いた。
イノリは弾かれたように起き上がった。
そこでようやく、イノリがさっきまでどこに顔を埋めていたのか理解した。
フィルはイノリの頭を自分の膝へ押し伏せ、その上からマントをかぶせて守ってくれていたのだ。
「エッチだね、イノリくん」
フィルは顔を赤くしていた。
イノリは慌てて顔をそむけた。
ヒカリという恋人がいるのに、ほかの女の子相手に何をしているんだ、自分は。
完全に事故だった。
それでも、なんだかひどく後ろめたい。
できることなら、頬を一発ひっぱたいてやりたかった。
だが、塔から立ち上る黒煙が、そんな気まずさに構っている暇はないと二人に告げていた。
フィルは立ち上がり、イノリを残して塔へ駆け込もうとした。
「待ってよ!」
「だめ!」
フィルが鋭い声で止めた。
「現場についてきたら、ますます疑われるよ! ここで待ってて。僕が戻るまで!」
その意図を悟ったイノリの胸に、感謝が広がった。
それと一緒に、言葉にできない別の感情も湧いてきた。
本当に爆弾魔の仕業なら、フィルを一人で犯人に向かわせるのは危険すぎる。
最弱貴族だからといって、こんな大事なときに引き下がるわけにはいかない!
イノリの胸に、限りない勇気が湧いた。
「冗談じゃない! 僕を狙ってるなら、僕が相手になる!」
フィルはそれ以上言い争うつもりはないらしく、うなずいた。
イノリは懸命にそのあとを追った。
何階分の階段を駆け上がったのかわからない。ようやく二人は現場にたどり着いた。
凄まじい衝撃で吹き飛ばされたらしい木の扉が、枠から外れ、廊下の絨毯の上に斜めに倒れていた。
外に面したいくつかの窓は、金属の枠が弓なりにひしゃげ、残った数十枚のガラス片がそこに引っかかっていた。
部屋の中からは、濃い黒煙が絶えず流れ出している。
気の毒な老人が、若い教師たちに支えられながら咳き込み続けていた。
年老いた顔は黒い汚れに覆われ、白髪交じりの髪も髭も、爆発で黒く煤けていた。
「先生!」
フィルは心配そうに駆け寄った。
「フィル……ちゃん?」
突然やって来た生徒を見て、老人は少し驚いたようだった。
「先生、大丈夫ですか?」
老人はどうにか笑みを作り、フィルの髪をそっと撫でた。
「大丈夫、大丈夫……この程度の爆発では、わしは傷つかんよ。フィルちゃん、ここはほかの者に任せて、早く月影原へ戻りなさい。あと十分で始業式じゃろう。自分のことをおろそかにしてはいかん……」
少女と老人は、ずいぶん親しげだった。昨日のうちに顔を合わせていたのだろうと、イノリは思った。
「今は始業式の心配をしてる場合じゃないですよ! 先生、いったい何があったんですか?」
「いや、何でもない……何でもないんじゃ……」
老人は悔しそうに首を振った。
「わしの魔法装置が、また爆発してしもうた」




