☀️《第8話 公園の夜に潜む影》
──夜。
ステージを終え、熱気と音楽の余韻を残したまま、クラブの照明が落ちていく。
観客の歓声がまだ耳の奥に残っているのに、リアの胸は妙に静かだった。
人々が名残惜しそうにざわめきながら出口へ向かう中、リアは汗ばんだ額を手の甲で拭い、ペットボトルの水を口にした。
喉を潤すと、ようやく深い呼吸ができる。
すぐに近くから聞き覚えのある声がした。
「太陽の女神さん、お疲れ様!今日も相変わらず輝いてたわよ!」
声をした方に振り向くと視線の先にルミナの姿と他にはルミナの仲間たちの男女の姿があった。
今のルミナはさっき一緒にいた時の格好と違ってグレーの薄手で丈が短いヘソ出しのパーカーを羽織り、黒のローライズのショートパンツとストラップ付きのハイヒールサンダルだった。
長い脚に綺麗な脚線美と引き締まったウエストラインがまるで絵に描いたようなモデルが目の前にいるようだ。
周囲の視線をかなりさらっている。
まるで雑誌の中から飛び出したモデルのような出で立ちだが、どこか『近づくな』と言わんばかりの鋭さも持っていた。
この姿から、あの強さはどこからくるんだろうと誰もが不思議と思うのも無理はないだろう。
ルミナは8人の男女の仲間を引き連れているが、このメンツは普段から彼女を慕い、どこへでもついていく取り巻きのような存在のようだ。
そしてルミナは彼らに短く言い放った。
「今日はもう解散。もう帰りましょ」
きっぱりと言い放ち、彼らを引き連れて出口まで行かせる。
仲間たちは不思議そうに顔を見合わせたが、逆らえる雰囲気ではなかった。
一瞬ためらったが、ルミナの目の奥の強い光に抗えず仕方なく笑いながら手を振り、ぞろぞろと夜の雑踏へ消えていく。
それを少し離れた場所で見ていたリアは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
ルミナはいつもぶっきらぼうで、冷たい態度を見せることが多いけれど、今のは間違いなく自分への気遣いだ。
(……私と二人きりになるようにしてくれたんだ)
そして、まっすぐにリアへ向き直る。
「この後、何か予定ある?」
ルミナに話しかけられ、リアは嬉しそうに首を横にフッた。
「じゃー公園のベンチにいるから……終わったら、いらっしゃい」
一瞬、胸の奥が跳ねる。
ルミナからの誘い。
しかも二人きり。
嬉しさで頬が熱を帯びたが、同時に昨日から続く黒い車の影が頭をよぎり、不安も押し寄せてくる。
「うん。行く!」
小さく頷き、リアは笑顔を返した。
クラブを出ると夜風がひんやりと頬を撫でる。
街灯の下、リアは着替えもそのままで緊張と喜びを胸に公園へと歩みを進めた。
高鳴る鼓動を抑えきれないまま、リアは街の夜風に身を委ねる。
ステージで浴びた熱気とは違い、涼しい風が頬を撫でていく。
だが、心の奥にはほんのわずかな影が残っていた。
──あの黒い車。
──あの冷たい視線。
思い出すたびに背筋がざわつく。
けれど、ルミナに『また会える』という喜びがその不安を上回っていた。
公園に着くと、静かな夜気が広がっていた。
街灯が芝生とベンチを淡く照らし、その下にルミナが腰掛けている。
片流しの青い髪が街灯に照らされ、淡い光を帯びている。
煙草は吸っていない。
膝に肘を置き、ただ夜空を見上げていた。
ふと顔を上げると、柔らかな表情が浮かんだ。
「……あ、来たわね。こっちよこっち」
振り向いたルミナの声は、相変わらずいつものツンとした調子は変わらない。
けれどその横顔には、どこか柔らかさが宿っている。
「今日は……ありがとう。あの時、ルミナがいなかったら……どうなってたか」
駆け寄ったリアが小さく頭を下げる。
ルミナは目を細め、肩をすくめた。
「別にお礼なんていらないわよ。それにあんたの泣き顔なんて見たくなかったし」
「泣き顔って……そんな見てたの? 恥ずかしいんだけど」
リアはベンチに腰を下ろすと、隣に座るルミナをちらりと見た。
夜風が二人の間をすり抜け、街灯の下で木々の影が揺れる。
「ねぇ?ルミナ、今日も怖い人たちをやっつけちゃったでしょ?あんな大きい人たちを一瞬で簡単にやっつけちゃうなんて……どうすればあんなに強くなれるの?」
ルミナは一瞬だけ黙り込み、夜空を見上げた。
「……昔、色々あってね」
返ってきた声は素っ気ない。
だが、横顔は確かに聞く耳を持っていた。
「あー、またそうやってごまかしてばっかり」
リアは思わず前のめりになる。
「だってアタシ、格闘技とかって全然わからないけど……あんなに体格良くて強そうな人たちを簡単にやっつけちゃったから…しかもその人たちボクシングやってるって言ってたじゃん」
問い詰めるような視線でリアが言った。
「……あなたってホント、気になりだしたら、しつこいくらいとことんなのね…」
ルミナは眉をひそめ、ツンとしたため息が返ってくる。
「ほんと、私の詮索ばっかり……どんだけ私のこと大好きなのよ、あなたは」
「えっ!? ち、ちがっ……!
いや、違わないけど……///
だって大好きなんだもん(〃ω〃)」
顔を真っ赤なリアを見て、ルミナの口元がわずかに緩む。
「……わかったわよ…。今度ちゃんと教えるから、今は無理に知ろうとしなくていいの。
今は、それで納得しときなさい。ねっ」
「むぅ……だって、気になるんだもん…(ㆀ˘・з・˘)」
拗ねたように声を上げるリア。
リアは頬を膨らませた。
その子供っぽい表情に、ルミナは苦笑をこぼす。
「……全く。危なっかしいくせに、怖いもの知らずで首突っ込むんだから。ほんと目が離せないわね」
「それって、心配してくれてるってこと?」
「べ、別に……ただ、放っといたら勝手に危険に突っ込むでしょ。」
わざとツンとした調子。
けれどその声の奥には相変わらずの柔らかさがある。
彼女が心を少しずつ開き始めているのを、リアは感じ取り、不思議と温かく満たされていく。
二人の会話が少し落ち着いたころ、初夏とは言え、夜風は一段と冷たくなった。
リアは少し首をすくめ、ルミナは無言で持っていたジャケットを脱いで肩に掛けてあげた。
「……ありがと」
「んー?お礼なんていいってば!そんなの気にしなくていいの」
その時、公園の外に停まる黒いベンツが視界の隅に入った。
窓の奥でレンズが光を反射する。
ルミナは鋭く目を細めるが、すぐに平然とした表情に戻しリアに気づかせまいとする。
車内のライトが一瞬だけ点き、何かの資料がめくられる影が窓越しに見える。
資料ファイルには、国際フォーラムに登壇した令嬢・エリサの写真、そして隣にはステージの上にいるリアの姿の写真とバイクに乗ってるルミナの写真があった。
運転席の人物は電話に口を寄せた。
「……監視続行。ヤツらが必ず現れるはずだ。我々に警戒してるはずだから、我々の存在に気づかれないように。
このまま予定通りあの子達の監視に入る」
リアはその気配に気づかず、隣で笑顔を向けている。
ルミナは表情を変えぬまま、わずかに肩を強張らせた。
「ルミナ? どうかしたの?」
「……なんでもない。ただの夜風」
そう言って視線をそらす。
しかし、その横顔は、闇の奥の影を警戒し続けていた。
そして帰り道。
夜風に吹かれながら二人は並んで歩く。
公園を出てからの帰り道、街灯の下に小さな影がうずくまっていた。
しゃくり上げる泣き声に、リアは思わず足を止める。
「……子供?」
小学生に入ったくらいの男の子が転んだらしく、膝から血を流して泣いていた。
「大丈夫?」
リアが駆け寄り、ハンカチを取り出して優しく声をかける。
「大丈夫、大丈夫だよ。ほら、血はちょっと出てるけど、すぐ治るから……」
しゃがみ込み、涙を拭ってあげるリア。
だが、その瞬間。
後方から別の自転車が猛スピードで突っ込んできた。専門学生、もしくは高校生くらいの青年が前を見ずに走らせている。
「危ない!」
リアは驚きに息を呑み、子供を抱きしめて庇うように背中を丸め子供を庇った。
だが自分が直撃コースに――。
「っ……!」
鋭い風を切る音。
次の瞬間、ルミナが目の前に割り込んだ。
彼女の手が自転車のハンドルを掴み、強引に止める。衝撃でアスファルトが軋み、少年は投げ出されるように前の方に転げ落ちた。
「そんなスピードで飛ばしたら危ないでしょ!」
ルミナの声が夜に響く。
少年は顔を青ざめさせ、必死に謝りながら自転車を引きずって逃げ去った。
リアは子供を抱き寄せ、胸を上下させながら振り返り、瞳を潤ませていた。
「はぁっ……びっくりしたぁ……! あのままだったらぶつかってた……やっぱり、ルミナ、スゴい……」
彼女の瞳は震えていた。
恐怖ではなく、ルミナへの驚きと尊敬が入り混じっている。
「ほんとにもぉ……あんたは……!」
ため息をつくルミナ。
「えっ、な、なに? また怒ってる?」
「当然でしょ! 危ないのに飛び出して! 子供を庇うのは立派だけど、リアまで潰されて大怪我しちゃったら、もともこうもないでしょ!」
「だって……見てたら体が勝手に動いちゃったんだもん……うぅ……ごめんなさい……」
「もぉ…まぁ、そういうとこがリアらしいんだけどさ。あなた、泣き虫で怖がりで、でも放っておけないって顔して……。ほんと、危なっかしい太陽よねぇ」
「むぅ……」
(リアの顔が真っ赤になって、ルミナがわざとそっぽ向く)
ルミナはため息をつき、子供の頭を軽く撫でた。
「ほら、男の子なんだから泣かないの。もう大丈夫だから、気をつけておうちに帰るのよ」
泣き止んだ子供が頷き、小走りで家の方へ去っていく。
リアは立ち尽くし、ルミナを見上げた。
その横顔は確かに優しさが滲んでいた。
2人はしばしば歩いていたが、駅前の街灯の下、人の波が行き交う中でリアが足を止めた。
「ねぇ、ルミナ……」
「ん?なに?」
「……また、会えるよね?」
声が小さく震える。
「……約束したでしょ。忘れたの?」
「ううん、忘れてない。でも……なんだか怖いの。昨日からずっと……胸がざわざわしてて」
「…リア、あんたはほんと、心配性ね」
ルミナは口元を緩めだがその目は一瞬だけ陰を宿す。
リアはまっすぐに見上げた。
「……うん。信じてるから」
ルミナはため息をつき、リアのオデコをぽんとコツいた。
「……バカ。ほんとにもぉ〜」
そう言いながらも口元はわずかに緩んでいた。
リアの笑顔がぱっと輝く。
「でも、しょうがないな。リアのその顔見てると……まぁ、悪くないか」
その光景に、ルミナの胸も静かに揺れる。
「……ルミナぁ///(//∇//)」
リアは頬を赤くして笑顔で名前を呼んだ。
「今日はそろそろ帰ろっか。じゃーリア、私行くよ。
あんたも帰って今日はゆっくり休みなさい」
寂しそうな顔をするリアからは、『もう行っちゃうの?』と言いたそうな顔だった。
ルミナはリアのその顔を見て沈黙が続く…
「……う〜ん………。わ、わかったわよ……もぉ…そんな顔しないで。…寂しかったらまた連絡してきなさいよ。そしたらすぐに家の前まで来てあげるから。ね?それならいい?」
「うん!ほんとー?///」
リアは目をキラキラさせながら俯いた。
そしてリアは逆方向に歩き、帰っていく。
途中、何度も振り向きながら、そのたびにルミナに笑顔で手を振っている。
そんなリアを見てルミナは一瞬、何かを思い出していた。
(ほんと…甘えん坊で、どこまでもそっくりなんだから…)
それと同時に何かいつもと違う胸騒ぎをルミナは感じていた。
同じころ、黒のワンボックスの車の中。
無線が赤い光を点滅させていた。
「対象、予定通り進行中。……青い髪の少女…人間とは思えない反射神経とパワーを持つ存在が確認されました。あの子は何者でしょうか……
いかがなさいますか、マーダー様」
ファイルには、リアの写真だけが写っていた。
ルミナの姿は、そこにはなかった。
そして無線から信じがたい返答が返ってくる。
「人間とは思えない反射神経で青い髪の女…?
まさか…。
邪魔をしてくるようならやっかいだな。
奴が一緒だと一筋縄ではいかなくなる。
監視はもういい。その青い髪の女がいなくなり次第、もう1人の方を捕えろ。
青い髪の女…おそらくそれは十中八九ルミナという女だ。
万が一に備え、戦闘兵士をかなり多めに用意しなければいかんようだ。くっくっく」
無線から気味悪い低い声が響いていた。
そして運命の歯車は、さらに大きな音を立てて回り始めていた。
次回 ☀️《第9話 闇に潜む罠、埠頭の死闘》




