☀️《第5話 甘さと影》
深夜一時を少し回ったころ。
静まり返った街に、白と緑のネオンが浮かび上がる。
コンビニの看板は、夜を徹して働く者と、眠れない者たちのための、小さな避難所のように見えた。
マンションに戻ったリアは、シャワーを浴び終わった後、
一度はベッドに潜り込もうとした。
けれど、喉が焼けつくように渇いていることに気づく。
恐怖で張り詰めた緊張がまだ体の奥に残っていて、冷却スプレーの冷たささえ汗に溶けて消えてしまった気がした。
「……喉乾いたなぁ…。ちょっとだけ、飲み物飲みたい。ジュース買ってこよ」
呟くと、ポケットに財布を突っ込み、サンダルを引っかけた。
まだ胸はざわついている。
けれど、ルミナに救われたという余韻が背中を押し、夜道へと歩き出す勇気を与えてくれていた。
コンビニに入ると、ドアが『ピンポーン』と間の抜けた電子音を鳴らす。
自動ドアが開き、リアが店内に足を踏み入れる。
天井のセンサーが瞬時に彼女を捉え、スピーカーから無機質な電子音が店内に響いた。
『いらっしゃいませ。入店を認証しました』
人の姿はどこにもない。
だが、無人のカウンターの向こうには、精巧な作りのロボティクス店員が、センサー音に連動して、完璧に計算された角度で滑らかに一礼した。
「イラッシャイマセ。コンビニエンスストアへヨウコソ」
向けられたのは、完璧に計算されたプログラム通りの作られた笑顔。
その合成音声には、本物の人間の体温や個性的な温かさは一切含まれていない。
それでも、さっきまでいた路地の暗闇とはまるで別世界だ。
監視カメラのレンズが静かに自分を追う、冷徹なまでのテクノロジーの空間。
けれど、誰の気配もない完全な孤独よりは、悪意も届かないその場所に守られ、プログラムされた偽物の笑顔であっても挨拶をされたことで、今のリアにとっては、それだけで胸の奥の冷え切った塊がほんの少し和らいだ気がした。
リアは小さく、頼りなく微笑み返した。
明るい蛍光灯が目にしみる。
リアは冷蔵ケースの前に立ち、冷たいスポーツドリンクに一度手を伸ばした。
だが、その隣の棚に視線が止まる。
「あっ……」
小さく声が漏れた。
リアの瞳が、嬉しそうに、けれどどこか切なそうに、複雑に揺れる。
棚に並ぶカラフルなパッケージ。
その中で見つけたのは、昔一度だけ口にしてから、やみつきになるほど好きだったいちごミルクのパックだった。
「んー……やっぱり甘いのにしよっかな」
いちごミルクのカラフルなパッケージを見つめながら、小さく呟く。
声に出すことで、さっきの恐怖がほんの少し遠ざかる気がした。
リアは愛おしそうにいちごミルクのパックを手に取り、その冷たい表面を、指先でそっとなぞる。
その瞬間、彼女の顔には、ささやかで優しい笑みが浮かんでいた。
昔、一度飲んでから、ずっと好きだったイチゴミルクのパックをジッと見ると、なぜか心が落ち着く。
(いちごミルクが好きな理由には、なにか他に温かい思い出がある気がするんだけど、何故かそれが、どうしても思い出せない)
手のひらに持つと、なぜか少し安心できた。
一時期は大量に買って冷蔵庫にストックしてたほどだった。
このパックを冷蔵庫から取り出して、ひっそりと飲んでいた。
それは、孤独を温かい甘さで塗りつぶすための、彼女なりの小さな儀式だった。
レジで会計を済ませ、外に出る。
コンビニ横に置かれた金属製のベンチに腰を下ろし、イチゴミルクをストローで吸った。
冷たくて甘い液体が喉を通り、胃に落ちていく。
「ふぅ……」
ようやく胸の奥のざわつきが一息ぶんだけ静まった。
夜風が頬を撫でるようにフワッと吹いた。
その時、コンビニの自動ドアが開き、若いカップルが出てきた。
「ねぇ、ちょっと!!見てあれ……太陽の女神リアじゃない?」
「え、うそ!?マジで?……本物?」
「顔ちっちゃいねぇ…脚も綺麗…」
スマホを見比べながら、興奮した声が夜に響く。
リアは思わず肩をすくめたが、逃げる代わりに小さく笑顔を作る。
「ヤバっ、本物だぁ……!」
それだけで、二人とも声を抑えきれず、テンションが上がっていた。
そしてカップルの、女の子の方がリアに話しかけてきた。
「あのぉ〜いつもライブとか見て元気もらってます。
もしよかったら一緒に写真とってもいいですか?」
リアは笑顔で、答える。
「はい!写真ですか?是非、一緒に撮りましょう。いつも来てくれてるんですね。ありがとうございます。
元気になってくれるって聞くだけで私、とっても嬉しいんです」
そして、リアを真ん中にしてカップルの男女がリアを左右で挟み、写真を撮った。
「これからもずっと応援してます。頑張ってください」
カップルの男女は嬉しそうにリアと握手をして手を振って
夜の街へと消えていった。
リアはカップルが見えなくなるまで見送った後、ふと空を見上げた。
胸の奥に浮かぶのは、ほんの数時間前に見たあの青っぽい髪。
「……ルミナ、って呼ばれてたなぁ」
煙草の火、冷たい瞳、そして自分を庇った温もり。
「今、どこで何してるんだろう……」
呟いた声は夜風に溶ける。
鼓動はまだ速い。
けれど、もう恐怖のせいじゃなかった。
太陽の女神と呼ばれる自分が、心の奥では月影のような天使を思っている。
冷たいイチゴミルクと、胸の奥の熱さ。
対照的な感覚を抱きながら、リアはもう一度だけ夜空を見上げた。
その時、背後から聞こえてくる気配に、リアはハッと顔を上げた。
コンビニのすぐ近くの街灯の下に黒いワゴン車が停まっている。
スーツ姿の男が二人、窓越しにこちらを一瞥したように見えた。
目が合った瞬間、ぞくりと背筋が冷える。
視線を逸らすと、男たちは何事もなかったような仕草をし、タバコの火を赤く瞬かせた。
(……気のせい、だよね)
リアは自分に言い聞かせる。
だけど、鼓動が少しだけ速くなる。
「なんだろう…この感覚…」
あの冷たい視線が『ただの通行人』ではないことを、直感が告げていた。
まるで研究施設の監視カメラに睨まれていた頃のような、冷たい圧力。
リアの胸に、説明できない不安が広がる。
ふとリアは自分がなぜ今、研究施設の監視カメラを頭によぎったのか不思議に思った。
(なに今の?アタシ、なにか忘れてるような記憶があるのかな…)
飲み干したパックをゴミ箱に捨て、立ち上がる。
歩き出そうとしたとき、不意にポケットの中の手紙が指先に触れた。角の擦り切れ、薄くなったインクの感触。
(私がちゃんと見てるからね。あなたは私がいるから1人じゃない!だから頑張って)
大切な手紙。
「……大丈夫。見ているよ。がんばれ私!」
リアは自分に言った。
胸の奥でその言葉を繰り返すと、少しだけ背筋が伸び元気が湧いてくる。
新たな夜のリズム
コンビニを離れ、マンションへ向かう。
さっきの黒い車はもういなくなっていた。
しかし、車が停まっていたアスファルトには、まだ微かに温かいタバコの吸い殻が転がっていた。
それは、ついさっきまでそこに『誰か』がいたことを、不気味に物語っていた。
マンションに戻り、玄関のドアを閉める。
そしてすぐに静けさが戻ってくる。
でも今度は、完全な孤独ではなかった。
胸の奥に残る鼓動と、遠いどこかで響いたバイクの残響。
そして冷たい視線が背後に迫っているかもしれない、という微かな予感。
リアはベッドに潜り込みながら、心の奥で決意を固めた。
「明日も笑おう」
小さな声で呟いて、目を閉じた。
リアはまだ知らない。
この夜が、ただの『救い』じゃなく、運命の始まりだったことを。、
太陽みたいに笑う彼女の道に、月影のような天使が並ぶことを。
そして、その眠りの隙間に、見えない影が静かに忍び寄っていることを。
遠くで、バイクの音が一度だけかすかに鳴った。
リアは目を閉じ、胸の奥のリズムと重ねた。
やがて、静かな眠りが、そっと彼女を包んだ。
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そして次回は ☀️《第6話 夜に咲く再会》
どうぞお楽しみに!




