◇《第40話 青いオメガの鼓動》
ズドオオオオオオオオン!!!
粉塵が舞い、血を流して倒れたエリサを見下ろし、巨人カルマ・オベリスクは残されたムツミへと矛先を向けた。
動かなくなったエリサへ追い打ちをかけるように、再びその巨大な拳を高く振り上げる。
《SACRIFICE:ONE》
深紅の刻印が不気味に明滅する。
ムツミは絶望に叫び、逃げることすらできない。
誰も逃げられない死の秒針が、容赦なく振り下ろされる──!
「っだああああああああ!!!!!!」
……その瞬間だった。
空気が『ピシッ』と微かに揺れ、空間がごく小さく歪んだ。
バチッ!!
処理遅延を起こしたかのように、不可解な『1秒のズレ』が生じる。
ほんのわずか、巨人の拳の軌道がぐにゃりと曲がった。
そのあり得ない隙を見逃さず、砂煙と血の匂いの中から、アサヒとヨシマサが瀕死の体で飛びかかった!
ズザッ!!
血を滴らせながら、ヨシマサが倒れているエリサの身体を抱き寄せ、アサヒがムツミをかばうように転がり込む。
巨人のトドメの拳は虚しく床を砕き、凄まじい爆風がホールを吹き荒れた。
「……なんだ?…今、何か曲がった……?」
視界が一瞬だけノイズに覆われ、あり得ない角度に逸れた巨人の腕。
満身創痍の彼らには、なぜ攻撃が逸れたのか理由が分からない。
誰も言葉にできない違和感だけが、ホールの隅に薄く残っていた。
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(別視点:イヨナのいるスカイ・カジノVIP管理室)
「……くっ……!ここまで侵入が強化されてるなんて……!」
カッ、カッ、カッ!
イヨナの指先がキーボードの上で目にも留まらぬ速さで激しく叩かれる。
スカイ・カジノの管理端末の裏回線へ強引にハッキングをかけ、汗が一粒、頬を伝って落ちた。
「1秒……1秒だけなら……これだけあれば十分。私でもなんとか手を伸ばせる。だけど、これが限界……エリサ……死ぬんじゃないわよ……!」
イヨナが組み込んだ処理遅延により、映像の中でカルマの拳の軌道がぐにゃりとズレる。
イヨナの1秒の救助。
「さあ……今のうちに逃げなさい」
端末を閉じかけるイヨナの瞳に、冷たい警戒が走る。
「誰が迷宮に触ってるの…私の上にいるの…?」
イヨナの支配すら超える権限レベル10……知らない誰かが、この迷宮に触っている…。
イヨナの瞳は、優しさと哀しさが混ざった色に揺れていた。
エリサ達には何も届かない。
届くのは——
ただ 奇妙な揺らぎだけだった。
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直撃を免れた凄まじい衝撃波が床を砕き、地響きがホール全体を襲う。
突き飛ばされて倒れ込んだムツミは、荒い息を吐きながら自分の体を確かめた。
「……はぁ……はぁ……生き、て……る……?」
ヨシマサが、胸に抱いたエリサへ叫ぶ。
「エリサっ!!無事か!?」
呼吸は乱れ、腕は震え、両目が揺れている。
エリサは、土壇場で意識をなんとか取り戻した。
「……バカ…何してんのよ。私が犠牲になれば、あなた達は助かって先に進めたのに……でも…助けて……くれてありがとう……だけど…このままじゃみんなヤられてしまう……もうダメだわ…」
「エリサ!!エリサぁ!!」
ヨシマサの叫びが、巨人の咆哮にかき消される。
ムツミは泣き叫び、
アサヒは血を滴らせながら立とうとして倒れる。
B班、完全崩壊。
しかし絶望のピークは終わらない。
誰一人動けない。
巨人カルマ・オベリスクがゆっくりと身体の形が変化していく。
皮膚が裂け、内部の紅蓮の骨格が露出した。
《SACRIFICE:FAILED
PROCESS:EXECUTION》
処刑モード。
もう、終わりの文字しか見えない状態だった。
エリサはもはや動く力もない。
ムツミは崩れ落ち、タカは失神、
アサヒもヨシマサも満身創痍。
救える者が、もうこの場にいない。
巨人が、最後の一撃を振り上げた。
ムツミは絶望の声で叫んだ。
「もう…ダメ……助けて!!お願い……誰か……」
その叫びがホールに木霊した瞬間――
ゴッ……!!
重い足音が響き、全員の耳に届く。
全員が顔を上げる。
巨人さえ、一瞬動きを止めた。
暗い通路の奥から、ゆっくりと歩いてくる影がひとつ。
風が吹き抜け、砂埃が舞う。
青い光でも稲妻でもなく、ただ圧倒的な存在感。
ムツミが泣きながら呟く。
「……あのシルエット……あの影……」
アサヒの瞳が見開く。
「きた!…」
ヨシマサは、エリサを抱きしめたまま今にも気を失いそうだ。
「……遅ぇよ……ルミナ……!」
怒りと覚悟の月影の天使が降臨する。
影が光へ溶けていく。
細い身体。
肩までのグラデーションの群青色の片流しボブ。
片耳のピアスが揺れ、
紫の瞳が、巨人を睨みつける。
ルミナがゆっくりと歩み出て、倒れた仲間全員を見渡した。
泣き崩れているムツミ。
壁を背に倒れているタカ。
血だらけのアサヒとヨシマサ。
自由を失い、ボロボロになり横たわるエリサ。
「……ル、ルミナ……?ほんとに……?」
ルミナはゆっくりと膝をつき、
ムツミの目線の高さまで降りて優しく微笑んだ。
「ムツミ。無事でよかった」
その一言で、
ムツミの目から堰を切ったように涙があふれた。
「うぅ……ルミナぁ……!
やっと……やっと来てくれたぁ……!!」
泣きながら、ムツミはルミナに抱きついた。
「よく頑張ったわね。よく生きててくれた……。
あなたたちが無事で本当に……よかった。」
ルミナの安堵の言葉の後に、ムツミは涙を拭いながら、叫ぶように語り出した。
「エリサが……あたしを庇って……!
死ぬ覚悟で前に出て……!
みんなを守ろうとして……!!
あたし……何もできなくて……っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、
ルミナの表情が一瞬だけ揺れた。
(……エリサが、ムツミを?
みんなを……ここまで導いて……守って……?)
ゆっくり立ち上がると、
ルミナは倒れているエリサのもとへ歩く。
ヨシマサは、エリサを抱きかかえたまま動けない状態だった。
「ルミナ……っ……エリサ……もう限界で……
でも……最後までみんなを……守って……!」
ルミナはそっとエリサを受け取り、両腕で大切に抱き上げた。
ルミナの胸がきゅっと締めつけられる。
エリサの体から、ムツミや仲間を守ろうとした強い意志の熱量が、微かに伝わってくる。
ルミナがエリサを抱き起こした瞬間、
エリサのまぶたがわずかに震えた。
「……来たのね……ルミナ……」
弱い声。
でもその中に、いつもの気高い気品があった。
「まったく……来るの遅いのよ……
あなたが遅いから……くたびれて眠くなっちゃったじゃない……」
ルミナの胸がきゅっと締めつけられる。
「エリサ……!」
エリサは苦しい呼吸の合間に微笑んだ。
「……でも……よかった……みんな……あなたが絶対に来るって、あなたのこと……信じてたから……」
そして、その微笑みがほんの一瞬だけ途切れる。
「……やくにたてなくて、ごめんね……もう私は……ダメみたい…………。」
その言葉を最後に完全に意識を失った。
ルミナは震える腕で彼女を抱きしめる。
ルミナの目に、深い敬意と悲しみが宿る。
「……エリサ。あなた、本当に……強かったのね。」
ホールの空気が変わる。
巨人カルマの目がルミナたちをじっと見つめていた。
ルミナはゆっくりとエリサをヨシマサへ渡す。
「ヨシマサ……お願い。エリサを頼むわ。絶対に離さないで。」
ヨシマサは血だらけになりながらも頷く。
「……当たり前だ、任せろ……!」
ルミナは次にユーキを見た。
「ユーキ。あなたもムツミを守りながら、アサヒとタカを起こせるだけ起こして。ここからは……私が全部片付けるわ。」
ユーキは拳を強く握りしめ、ルミナにまっすぐ頷いた。
「……わかった」
(な、なんだ、ルミナがいつもと違う…まるで何かがのり移ったような)
ユーキはふと、地面に目を落とす。
巨体の拳が直撃した場所の近くに、微かに電子的な焼き付きの痕があるのを見つけた。
(気のせいか?いや…一瞬、このホールのシステムが外部から干渉されたようなノイズが走った…)
ルミナの紫の瞳が、
ゆっくりとカルマ・オベリスクへ向けられる。
呼吸が荒くなり、拳が震える。
そして静かに呟く。
「……こんなに傷だらけになるまで……
あんた達、よく生きててくれたわね……」
巨人が咆哮する。
だがルミナは一歩も引かない。
代わりに、地面を踏み鳴らした。
ドンッ!!!
その瞬間、ホールの空気が震えた。
怒りでも憎悪でもない。
仲間を守れなかった自分への悔しさ。
ルミナの声は低く、震えていた。
「ねぇ……あんたがやったの…」
カルマの全身から、灼熱の気配が立ち上る。
ルミナが一歩踏み出す。
踏み出すたびに床石がヒビ割れ、風が吹き抜ける。
「さぁ……今度は私が相手になるわ。
ここからは……私とあなたの一対一よ」
ルミナは拳を握り、姿勢を低くする。
カルマが咆哮し、地面が揺れた瞬間、ルミナが走り出した。
ガアアアアン!!
ルミナの飛び蹴りは、カルマの紅蓮の骨格が露出した胸部へと一直線に叩き込まれた。
細身の脚から放たれた衝撃は、ホール全体を軋ませるほどの音速の砲弾となり、カルマをわずかに仰け反らせる。
「グアァァッ!」
カルマ・オベリスクは激昂し、3メートルの巨体を捻り、建物が倒壊するに等しい拳をルミナめがけて振り抜いた。
ズドオオオンッ!!
ルミナはそれを、紙一重でかわす!
彼女の髪の毛が、拳の風圧で一瞬逆立つ。
かわされた拳が床を砕き、赤黒い岩盤を粉々に吹き飛ばした。
次の瞬間、ルミナは崩れゆく壁を蹴り上げ、垂直に加速!
天井へ向かって凄まじい勢いで駆け上がり、光の残像を残しながら空中へ跳躍した。
「う、うそ……飛んだ……!?」
ムツミが叫んだ。
ルミナは空中で体を一回転させ、全身のバネを指先に集約。
カルマの頭上から、彗星が落ちるような派手な空中殺法を放つ!
キィィィン!!
カルマはそれを、両腕の石の鎧でガード!
拳が接触した一点から、ホール全体に金属が裂けるような甲高い振動音が響き渡った。
カルマの巨体が半歩沈み込み、その衝撃で、周囲の空気は熱されたガラスのように揺れる。
しかしカルマも即座に反撃。
ガードの反動を利用して、ルミナの着地地点に灼熱の掌底を叩きつけた。
ルミナは着地の瞬間に地面をスケートするように滑り込み、間一髪でその攻撃をかわす。
掌底が空を切った場所は、黒い痕を残した。
その信じられない光景を、その場にいた誰もが、ただ見つめることしかできなかった。
誰も声を上げられない。
彼らの肉体は恐怖で固まり、同時にそのあまりの美しさに魅入られていた。
瀕死のヨシマサは、血を吐きながらもエリサを抱きしめた腕だけは離さなかった。
「…あれが、ルミナか……なんてやつだ…」
ヨシマサは目の前の異次元の戦闘から目が離せなかった。
血だらけで壁にもたれていたアサヒが、かすれた声で呟く。
「駄目だ。あの二人のいる空間は……次元が違いすぎる。まるで時間の流れさえ……異なってるみたいだ」
ルミナとカルマ。
その攻防は、一秒間に十数手が繰り広げられる、もはや人間業では理解不能な領域に突入していた。
ムツミは顔を覆っていた手を離し、涙をぬぐった。
目の前で繰り広げられる、理不尽なまでの暴力と、それに対する圧倒的な光。
「でも……ルミナは負けない……」
ユーキは、倒れているエリサやムツミたちを守るように背中を向けながら、戦いの光景を一瞬だけ振り返る。
「…なんて闘いだ…!」
ユーキが守る背中のマキは、痛む足首を抱えながらも、瞳だけは戦場を追っていた。
「ルミナ……頑張って……!私たち、ちゃんと生きてるから……!ルミナなら、あんな奴に絶対に負けないんだから……!」
彼女たちの言葉は届かない。
だが、ルミナは無意識に、背後の仲間たちからの生きてるという強い意志を力に変えていた。
ルミナは、息一つ乱すことなくカルマと距離を取り、再び姿勢を低くする。
ルミナ vs カルマ。
互角の最終決戦が今、幕をあけた。
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(スカイ・カジノVIP管理室)
イヨナは、裏回線から盗み見ているホールの監視映像に釘付けになっていた。
彼女の表情は、驚きと動揺で固まっている。
「嘘でしょ……今の、物理法則を完全に無視した軌道修正だわ……。私が与えたのはたった1秒の処理遅延だけよ……それなのに、彼女はもう、私の介入とは無関係に、次元の壁を蹴ってる……?」
彼女がルミナの動きを分析しようとキーボードを叩くが、ルミナの動きが早すぎて、解析プログラムがフリーズしてしまう。
「これが、『蒼月のルミナ』……。彼女の強さは、データや方程式では計測できない……?
絶対に殺されちゃダメよ、蒼月の仔猫ちゃん」
イヨナは、静かにモニタを見つめていた。
「……レイト。あなたが守ろうとしたもの……私は、絶対に失わせない。私も守ってみせるわ!」
それは、誰にも聞かせない誓いだった。
第40話をご愛読いただきありがとうございました!
仲間たちの想いを背負い、カルマ・オベリスクと異次元の激闘を繰り広げるルミナ!
カジノの裏で密かにルミナたちをサポートしていたイヨナ。
彼女が背負っていた悲壮な覚悟と、隠された真実とは──?
そしてVIP管理室のイヨナに【最悪の危機】が迫っていた……。
忍び寄る卑劣な悪意。
絶体絶命のイヨナ。
誰も予想できない41話のラストを楽しみにしていてください!!
次回
《PROJECT∞HEART-X 第41話》
( ── LUNAEDGE編 第17話:信念が、神を殴る音)




