◇《第39話 最終ステージ:地獄の番人カルマ・オベリスク》
「うわ、今度はなにここ……」
マキが、ルミナの破れたドレスの端を無意識に掴んだ。
足元にだけ、細い白いラインが辛うじて走っている。
それ以外は、天井も、壁も、空気の色すら何も見えない。
「音がしねぇ……」
ユーキが試しに足を踏み鳴らす。
だが、その音は自分たちの鼓膜の内側でぼそりと潰れ、外に全く伝わらない。
(音が吸い込まれてる……?)
ユーキは喉を鳴らす。
この沈黙は、さっきの音響感知型の敵よりもたちが悪い。
ルミナは一歩だけ前に出た。
空気が、さっきまでのカジノと全く違う。
全身の感覚が、何かの力によってねじ曲げられているのを感じた。
「ここは……深淵って名前の通りね。たぶん、私たちの心を見てくるタイプのステージよ。最も恐れているものが、形になる」
マキは全身を震わせた。
「こういうホラーみたいなの、マジやめてほしいんだけど……」
ルミナは振り向き、軽く笑った。
「大丈夫。何が出てきても、ちゃんと私が前に立つから」
その屈託のない笑顔が、マキの中の凍り付いた恐怖を一瞬だけ溶かした。
その直後だ。
「…え?」
マキの瞳から見える世界だけ、音も、景色も、すっとズレ始めた。
マキ視点では、
周囲の闇が、マキの意識を切り離した。
彼女の瞳には、ルミナとユーキの二人だけの捻じれた裏切りの会話だけが聞こえてくる。
マキにだけ、その幻の世界が映し出されていた。
「おい、ルミナ。そろそろ時間、ヤベぇぞ」
ユーキが、低い声で言った。
その声は冷たく、どこか突き放すように聞こえた。
「マキを抱えてたら、間に合わねぇかもしれねぇ。……ここで足手まといを切るって選択肢も頭に入れとかねーと」
「え……?」
マキは顔を上げた。
さっきまで自分のすぐそばにいたはずのルミナが、数メートル離れた場所で、まるで相談に乗るようにユーキの方を見ている。
「……そうね」
ルミナが、静かに言ったように見えた。
その声は、マキの心の最も深い場所…。
自分はいつも誰かの重荷になっているという幼い頃からのコンプレックスを直撃した。
「っ……」
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたように痛んだ。
(やだ、待って。そんな…ルミナがそんなこと言うわけないよね…)
「マキ」
ルミナが振り向く。
その紫の瞳が、いつもよりずっと遠く、冷たく感じた。
「ごめんね。私たちは先に」
「いやああああああああ!!!」
マキの叫びが、深淵に響き渡った。
(※現実では、ルミナとユーキの方からは マキが誰もいない方向に叫びながら、突然走り出したように見えている。)
「マキ!待って、どこいくの、そっちは!!」
ルミナの制止の声が届くより先に、マキの足が、床の中央に刻まれた黒い紋章を踏み抜いた。
ワインレッドのカジノの絨毯とは、明らかに質感の違う冷たい感触。
バチッ。
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴッ!!
床一面に、黒い亀裂が走った。
紋章から伸びる黒い鎖のような影が、マキの足首に絡みつく。
実体のない影なのに、骨まで食い込むような激痛が走った。
「痛っっ……!!」
マキの右脚が、膝から崩れ落ちた。
深淵から伸びた黒の棘が、ふくらはぎを薄く裂き、赤い線が滲み出る。
「マキ!!」
ユーキが血相を変えて駆け寄る。
ユーキは鎖に触れようとするが、腕は空を切る!
「くそ!なんだこの影は!触れねぇ!マキ!しっかりしろ!誰もマキを置いていかねぇよ!」
ルミナも迷いなく鎖を蹴り飛ばすが、足はすり抜ける。
ルミナの額に、焦りの汗が滲んだ。
(物理攻撃は効かない……心に噛みついてる……?)
マキは、鎖の激痛と、幻覚で見た裏切りの言葉が混ざり合い、混乱の極致にあった。
マキは震える声で呟いた。
「……やっぱり、置いてく……んでしょ……?あたし、足引っ張るだけだもん……」
その言葉に、深淵の闇がさらに濃く、嬉しそうにざわめいた。
まるで生き物のように収縮し、歓喜するように物理的な圧力をかけてくる。
『重荷は、捨てなさい。そうすれば、あなたたちは進める。それが、この試練の唯一の解答だ』
誰の声ともつかない囁きが、ルミナとユーキの耳の奥に直接、冷たい水のように響き渡った。
ルミナの目つきがガラッと変わった。
「……はぁ?」
ルミナの声が、深淵の濃密な闇の壁を物理的に切り裂くように響き渡った。
その一言に、マキもユーキも、そして闇さえも一瞬だけ動きを止める。
ルミナは、マキの足首に絡みついた影に手を伸ばした。
本来なら触れられないはずだが、ルミナは純粋な『意志の力』だけで、その影の鎖を引きちぎるような勢いで握りしめた。
「誰よ、さっきから好き勝手囁いてくれてるのは」
ルミナの紫の瞳が、深淵の闇を睨みつけた。
「私の友達を重荷なんて言ったやつ、ぶっ飛ばすわよ?」
ルミナは、鎖の痛みと幻覚に苛まれているマキの顔を、強く両手で掴み、自分の方に向けさせた。
ルミナの瞳が、幻覚の闇を貫くようにマキを見つめる。
「マキ!私を見て!私はここにいる。ユーキもいる!私たちはあなたを絶対に切らない!」
ルミナの強く熱い体温がマキの頬から伝わり、幻覚が弾け飛んだ。
マキは、ルミナの目の前にいる、現実の、いつものルミナの姿を捉えた。
「……る、ルミナ……?」
マキは、痛みと安堵で声が震えた。
「マキはLUNA EDGEの仲間。それ以前に何より私の大事な友達なの。重荷なわけないでしょ!あなたは、私たちのムードメーカーで、あなたの暴走がないとつまらないんだから」
「る、ルミナ……」
マキは涙が溢れそうになった。
その言葉は、マキの心の奥底にコンプレックスとしてあった『自分は必要ない』という長年の鎖を断ち切った。
ユーキは、ルミナのその非合理的な、しかし絶対的な信頼に目を見張った。
そしてルミナの人間としての力に、戦慄にも似た感動を覚える。
『……理解不能。合理性に欠けています。最善策は、切断です』
無機質な声が、ルミナの心の壁をノックする。
「合理性?そんなの知るかっての」
ルミナはマキの肩を抱き寄せた。
そのまま、ひょいと自分の背に負ぶるように持ち上げる。
「それにね」
ルミナは深淵のどこかに向かって、あざ笑うように言った。
「大事な仲間を切り捨てないと進めない道なんて、
私にはそもそも最初から進む価値なんてないわ!」
その瞬間、
マキの足首を締め付けていた影が、パキン!と音とともにガラスのように砕けちった。
闇の圧力が一気に解放される!
まるで、ステージそのものが『想定していた解答』をルミナの『信頼』という力で否定されたかのように。
ユーキは、ルミナのその非合理的な行動に一瞬呆然としたが、すぐにルミナという存在への絶対的な信頼を思い出し、その表情を引き締めた。
「ルミナの言う通りだ!マキはオレたちの仲間だろ!行くぞ!」
マキが震えながらルミナを抱きしめた。
「ルミナぁ……うぅ…うぅ……グスッ…」
ルミナは優しくマキの頭を撫でた。
「大丈夫よマキ。もう行こう。エリサやムツミたちと早く合流しなきゃね」
ユーキがうなずく。
「まずはここを抜けなきゃ!」
深淵の奥から、ステージが破壊されたことによる、怒りにも似た低い呻きのような振動音が鳴り響く。
床に浮かび上がる、青白い文字。
KEY:TRUST
条件:破壊 (BREACH)
「…鍵、壊しちゃったってことか?」
ユーキが呆然と呟く。
「いいじゃん。壊れてても。信頼が鍵なら、私たちはもう持ってるしね」
その時、台座が現れ4つ目のクリスタルが浮かび上がった。
ルミナはクリスタルを手にする。
「ユーキ。あなたの番よ。次の出口を確実に、この闇を切り裂く光を見せて」
ユーキは力強く頷き、ルミナの言葉に、全身の血が熱くなるのを感じた。
マキが、ルミナの背中で涙目で笑った。
ルミナはマキを背負ったまま、静かに歩き出す。
「任せろ、ルミナ! マキ、行こう!エリサお嬢様に、オレたちが先にクリスタル握ってドヤ顔してやんねーとな!」
ユーキが叫びながら蹴り出した瞬間、深淵の闇が左右に裂け、次の通路へのドアが現れた──!
こうしてルミナ率いるA班は4つ目のクリスタルを手に入れたのだった。
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エリサたちB班─
薄暗い通路を抜けた瞬間だった。
空気が変わった。
「……なんだ……ここ……?」
アサヒの声が震える。
そこは巨大な地下ホールだった。
赤黒い岩盤が天井までねじれ、中央には一本の黒い石柱が立っている。
何かの心臓のように脈打っている。
次の瞬間――
石柱が割れた。
メリメリメリッッ!!
中から、3メートルほどの巨体がゆっくりと姿を見せる。
その体は鎧ではない。
石柱そのものが肉体に変化していた。
「……嘘……でしょ……?」
ムツミが後ずさる。
巨体の中央に刻まれている文字が淡く光った。
《SACRIFICE:ONE》
エリサは息をのむ。
「一人を捧げよ。
……そうしなければ、この敵は倒せない……?」
言い終えた瞬間…巨体が動いた。
ズドオオオオオンッ!!
地響きがホール全体を揺らす。
「来る!!!」
アサヒが叫ぶ。
黒い腕が横薙ぎに振られた。
風圧だけでムツミの身体が吹き飛びそうになる。
アサヒが咄嗟に庇い、壁に叩きつけられる。
「ぐあっっ!!」
そのままアサヒは吐血し、倒れ込んだ。
「アサヒ!!!」
ムツミが叫ぶが、近づけない。
タカが鉄パイプを握りしめて突っ込む。
「うおおおおおおお!!!!!!」
石の腕がタカに振り下ろされた。
ガアアアアアン!!
タカの身体が床に叩きつけられ、そのまま意識を失う。
「タカ!!嘘でしょ!?起きてよ!!」
ムツミが叫ぶ。
ヨシマサも震える手でチェーンを構えるが、敵の拳が直撃する。
「…ッッ!」
激しく壁に叩きつけられ、血を吐きながらそのまま崩れ落ちた。
「ヨ、ヨシマサぁぁぁ!!」
ムツミはもう泣きながら立ち尽くしていた。
残ったのは、エリサとムツミだけ。
巨体が、ゆっくりと二人の方に首を向けた。
そして床に刻まれた文字が、さらに強く光る。
《SACRIFICE ONE
THEN THE CORE SHALL OPEN》
「……生贄…。一人を犠牲にすれば、コアが開く。
この敵は……そういう作りになっている……」
エリサの声が震えていた。
ムツミは膝から崩れ落ち、泣きながら首を振る。
「いやだ……いやだよ……!
エリサ!やだ……誰も死んじゃダメ……!
こんなのルミナが来るまで絶対ムリ……!」
エリサは、ムツミの前に立つ。
足は震えている。
息も浅い。
でも、その背中はムツミを守るためだけに存在した。
(ルミナ……あなたはすごく強いらしいけど……
私は……どうすればいいの……?
このステージは……誰かが生け贄にならないとダメみたい…切り捨てる答えしか用意していない……
それなら…)
敵が、腕を高く振り上げた。
その影がエリサとムツミを覆う。
「エリサぁぁぁあああ!!!!
逃げてよ!!あたしのことはいいから!!」
エリサは、ムツミの方に振り向き、笑みを向けた。
「あなたと出会って、ほんの少しの時間しか経っていないのに……すっごく濃かったわ。それにとても楽しかった…。みんなと、もっと仲良くなりたかったわ……。友達って…仲間って、そういう絆って素敵よね……。ずっと憧れてたの。私、いつも一人ぼっちだったから…。
ルミナが戻ってきたとき、あなたが泣いていたら、きっと私が怒られちゃうわね」
弱く、震えて、でも確かに優しい笑み。
「エリサ?何考えてるの…ダメー!!」
最後の瞬間、エリサは震える体で腕を広げた。
ムツミを守るために。
(ルミナ…ごめん…あなたの友達を守るには、今の私にはこれしか思いつかない…。こんな恐ろしい奴を倒すなんて私には無理よ……。だから、ムツミを助けるため私が犠牲になるしか……。
ルミナ……本当はこれを終わってみんなで笑って、あなたともっと仲良くなりたかった……。でもダメみたい…私はここまで。あとは頼んだわよ)
巨人カルマ・オベリスクの影が、エリサを丸ごと呑み込むように覆う。
そして、エリサめがけて拳が振り下ろされた。
誰も逃げられない死の秒針が落ちてくる。
空気が圧縮され、地面が悲鳴を上げ、
ムツミは泣き叫び、エリサは目を閉じた。
《SACRIFICE:ONE》
その刻印が、深紅に光る。
絶体絶命…
ズドオオオオオオオオン!!!
床が砕け、粉塵が舞い上ると同時に凄まじい衝撃がホール全体を吹き荒れた。
華奢なエリサの身体は、まるで断ち切られた糸のように宙高くへと弾き飛ばされる。
ドサッ……。
冷たい岩盤の上に叩きつけられたエリサは、ピクリとも動かない。
ドレスの端から赤い血が静かに染み出していく。
ムツミは絶叫した。
「エリサぁぁぁあああああ!!!!!!」
視界は白く、音は消えた。
床に刻まれた《SACRIFICE》の文字が、わずかに揺らぐ。
最終ステージ――
誰か一人の『犠牲』を前提とした 地獄の試練 が、
今まさに彼らの心を引き裂こうとしていた。
次回
《PROJECT∞HEART-X 第40話》
( ── LUNAEDGE編 第16話:青いオメガの鼓動》
─── 作者のクリエイターズ・ノート ───
ルミナの熱い決断と、エリサの切なすぎる覚悟……。
迷宮が本当の惨劇の檻へと変貌する中、傷だらけの仲間たちの運命は!?
地獄の番人カルマ・オベリスクに対し、絶体絶命のB班はどうなってしまうのか……!?
果たしてルミナたちは間に合うのか!?
次回40話、ご期待ください!




