☀️《第3話 孤独ときらめきの狭間で…》
そして5日後の週末。
クラブ『サンクチュアリ』
サンクチュアリとはサウス・ベイサイドタウンでもかなり大きい大型のクラブである。
あるイベントでいつも以上に人混みが多く、セキュリティの人達はいつもより大変そうだった。
今日はサンクチュアリという大型のクラブが貸し切られ、中ではリアの単独ライブがおこなわれていたからだ。
『リア・ライラ〜Goddess of the Sun〜』
クラブ内の至る所にリアの写真やポスターが貼ってある。
剥がして持ち帰ろうとする者も後を絶たない。
ステージを降りた夜、リアはスタッフや色んな関係者に挨拶で回っていた。
「リアちゃん!
今日はまたいつもより輝いていたねー。今日の歌とダンスも最高だったよ。またよろしくねー。ほんとありがとう」
クラブのオーナーがリアに話しかけて嬉しそうにお礼を言っていた。
「オーナー。今日もありがとうございました。とっても楽しかったです。私の方こそ是非またよろしくお願いします」
リアは笑顔で深々と頭を下げ、そして打ち上げは断り、
クラブのライブ会場を後にし1人で街へ出た。
まだ熱気の残る観客たちの歓声が背後で響いている。
ネオンの明かりが瞬く繁華街を抜け、オフィス街へ。
人の気配はなく、ガラス張りのビルが静かに光を反射していた。
街の喧騒はまだ熱を帯びている。
夜の熱狂が冷め、街の灯りが少しずつ落ち着きを取り戻すころ。
リアはクラブを後にし、繁華街の光に背を向けて歩いていた。ネオンが濡れた路面に反射して、無数の光が揺らめく。人々の笑い声や車のエンジン音が重なり合い、ついさっきまで浴びていた歓声と拍手の余韻が、まだ鼓膜にこびりついて混ざり合っていた。それなのに、不思議と胸の奥はぽっかりと静まり返っていた。
「……今日も、終わっちゃった」
小さく呟いた声は、誰に届くこともなく夜風に溶けて消える。
ステージに立つ彼女は『太陽』そのもの。
観客を笑顔にし、熱狂を巻き起こす。
だが、衣装を脱ぎ捨てたその瞬間から、リアは普通の女の子に戻る。
拍手も、ライトも、誰かの「最高!」という声も消え、残るのは胸の奥にジーンと広がる虚無感だけだった。
マンションの小さな部屋に帰り着くと部屋は、シンと静まり返っていた。
壁掛け時計の秒針だけが、乾いた音を刻んでいた。
狭い玄関に足を踏み入れ、リアは靴を脱ぎ捨てた。
濡れたタオルで汗を拭き取ると同時にベッドに倒れ込む。
まだ頬に熱が残っているのに、拍手も歓声もここには届かない。
たった一人きり…
そのギャップに胸が少しだけ痛んだ。
冷蔵庫を開けても、並んでいるのは水とエナジードリンク、そして賞味期限間近の魚肉ソーセージとインスタントラーメンだけ。
「んー、またインスタントかぁ……」
口を尖らせながらも、湯を沸かして間も無くするとポットから湯気が立ち上がった。
インスタントラーメンにお湯を注ぐと科学的な匂いがプンと鼻を突いた。
夜の熱狂から一転して、カップ麺の匂いが漂う台所。
なんともアンバランスで、なんだか笑えてきた。
「えへへ……ステージは豪華なのにね。あたしの今日の夜ご飯はこれってわけ」
小さく自嘲気味に笑って、箸を持つ。
ズズッと麺をすすると、塩辛いスープが胃にしみわたる。
空腹が満たされ、ステージの熱気とは違う、じんわりとした感覚と、同時に心に少しだけ温もりが広がった。
誰もいない部屋。
けれど、それでも彼女は笑っていた。
笑っていなければ、押し潰されそうだったから。
「……よし」
声に出してみる。誰もいない部屋で、自分に言い聞かせるように。
床に座り込み、リアは机に置かれた小さなノートを開いた。
そこにはぎっしりと書き込まれた文字。
《ターン、膝が流れた》
《リズムに乗り遅れた、0.5秒》
《笑顔はできた。観客、反応良し》
前回のステージの後の事が書かれている。
そして今日の事をノートに書いていく。
《今日:ステップの入り0.5秒遅れ》
《ターン、軸がブレた》
《声を張るタイミング、あと1拍早く》
誰も気づかない、観客には届かない細かいミス。
けれど、リアは全部を書き留める。
ページの最後には、必ず同じ言葉で締めくくられている。
《明日もがんばる!(´∀`)》
ペンを置いて、にこっと笑う。
それは観客に向ける笑顔とは少し違う。
自分を励ますための、小さな祈りのような笑顔だった。
そしてにこっと笑顔のマークまで添えて。
これは自分に向けた、リアが自分自身に決めた小さな約束だった。
ノートを閉じた後、ふとバッグの奥から封筒を取り出した。
角が擦り切れ、色あせた古びた手紙。
何度も折り目を開いては閉じた痕跡が残っている。
リアはその紙をそっと指でなぞり、ほんの一瞬だけ表情を緩めた。
『普段一緒にいれないけど、私がちゃんと見てるからね。あなたは私がいるから1人じゃない!だから頑張ってね!』
その手紙を見た後に月影のペンダントを眺める。
リアの宝物でもあるその手紙と月影のペンダント。
乱れがちな文字で書かれた言葉を、心の奥で繰り返す。
声には出さない。ただ胸の奥で読み上げるだけで、不思議と背筋が伸びる気がした。
ノートを閉じると、時計を見た。
封筒とペンダントをバッグに戻し、彼女は立ち上がった。
孤独の中にある小さな支えを抱きしめながら、リアはタンクトップとショーパンのジャージに着替え、街へ出た。
目的地は人のいない夜のオフィス街。
通称『ウエストエンドエリア』
昼間は人で賑わう通りも、今はビルの谷間に冷たい風が吹き抜けるばかりだった。
高層ビルのガラスに街灯の光が冷たく反射し、時折吹き抜ける風が紙くずを舞い上げる。
ガラス張りのビルが並ぶ歩道を、リアはゆっくりと歩く。
リアの胸はまだ早鐘を打っていた。
先ほどまで人だかりの中で踊り、歓声に包まれていた自分が嘘のように、今はただ冷たいアスファルトの上に立っている。
ふとガラス張りの前に立ち止まり、大きな窓に映る自分を見つめた。
「……よしっ」
靴紐を結び直す。
音楽は流れていないが胸の中ではビートが鳴っている。
リアは両手を広げ、サーフィン由来のステップを踏み始めた。
ガラスが鏡代わりになり、彼女の動きを映す。
ターン、スピン、ステップ。
街灯の明かりがリズムに合わせて瞬き、まるで孤独なステージのように夜の街を彩った。
観客も音楽もいない。
ただ、ガラスに映る自分だけが相手だ。
「ワン、ツー……ターン!」
声に出しながら、何度も繰り返す。
汗がこめかみを伝い、息が荒くなる。
足を滑らせて、尻もちをついた。
「いたっ……んもぉー!」
痛みに顔をしかめるが、すぐに『ははっ』と笑う。
笑うことで、また胸の痛みを隠した。
それは誰も知らない、健気さの証だった。
痛みよりも、自分のドジさに笑ってしまう。
孤独の街に彼女の笑い声が響き、すぐに夜風にさらわれていった。
何度も繰り返し、倒れてもまた立ち上がる。
失敗しても笑い飛ばす。
その姿は、誰に見せるでもないのに、太陽のように明るかった。
ひとしきり踊ると、息を弾ませながら背中を壁に預けた。
夜風が汗を冷やす。
誰も見ていないのに、心はほんの少しだけ軽くなった気がした。
「……なんで…なんで上手くできないんだろう…)
自分でも答えの分からない問いが、ふと口をついて出る。
けれど次の瞬間、胸の奥が答えを返した。
波に乗るとき、リズムに身を委ねるときだけ、私は生きてるって思える。
そう呟いて、リアは背筋を伸ばした。
足元に流れるネオンの光が、彼女の瞳に映る。強がりじゃなく、ただ生きるために踊る。
それだけで十分だった。
そして、その帰り道。
街灯の下で、数人の影がリアを見つめていた。
酔ったような笑い声。軽い調子で話す男たち。
「なぁ、あのポニーテールの女、メッチャかわいくね?」
「おー、脚も長いし綺麗でスタイルもやべぇな」
「さらって回してヤッちまおうぜ」
背後から、軽薄な笑い声が響いた。
酔いの回ったような男たちの笑い声が、背後から迫ってきた。
「おーい、そこの可愛い子、今ひとり?」
振り返ったリアの視線の先に、街灯の下に6人の男たちがいた。
革ジャンやヨレたシャツ、手にした缶ビールの残りを無造作に振りながら、にやけた笑顔でこちらを見ている。
だがその目だけは、どこか冷たく濁っていた。
路地裏の街灯が彼らの顔を半分だけ照らし、笑みは影で歪んでいる。
ジャケットの襟を立て、にやついた笑みを浮かべながら、じりじりと近づいてくる。
男達は辺りを見回し、人通りがない事を確認したその時だった。
「なぁ、ちょっと遊んでかない?オレたちと楽しいことしよーぜ」
言葉は軽い調子なのに、目だけは笑っていなかった。
ジリジリと近づいてくる足音が、獲物を追い詰めるように乾いたアスファルトに響く。
リアは思わず一歩下がった。
リアの喉がつまる。
「い、いいえ……私、もう帰るんで」
声が震えている。
後ずさると背中が冷たいガラスにぶつかった。
恐怖で怯えきったリアからは笑顔が消え、胸の奥で心臓が警報のようにドクドクとなり始め鼓動が速くなる。
さっきまで耳に残っていたダンスミュージックのビートは消え、代わりに血の通う音が鼓膜を叩き、恐怖の音に変わっていく。
逃げ道を探そうと視線を泳がせるが、男たちは半円を描くようにリアを囲み、にやついた顔をさらに近づけてくる。
「つれねー事言うなよ。いいじゃん?」
「お前、近くで見るとマジ可愛い顔してるな!」
「スタイルも抜群じゃんかよ」
酒臭い息が風に混ざり、リアの鼻を刺す。
笑い声が路地に反響し、夜の静けさを押し潰していく。
足がすくみ、心臓が暴れるように早鐘を打つ。
左腕を1人が乱暴に掴んだ。反対側からももう1人に右腕を押さえつけられる。
「や、やめっ……イヤッ…離して…離してください…」
声を振り絞るが、乾いた夜空に吸い込まれていくだけ。
からかうような声色のはずなのに、手の力だけは異様に強かった。
(いや……やだ……やだよ……誰か、助けて……!)
そのとき、遠くで低く唸るエンジン音が夜気を震わせた。
そしてこの夜が、彼女の運命を変える出来事へと繋がっていく。
次回 ☀️《第4話 夜を裂く救いの影》




