☀️《第2話 夜のリズムに溶けて》
サウス・ベイサイドタウン。
海岸沿いに位置する繁華街が栄える都市。
歓楽街の海側のリップタイド・ストリートの通りの
セカンドストリップ・アベニュー。
ここは日没が過ぎると派手で煌びやかな女の子達が集う場所でもある。
夜の街は、昼とはまるで別の顔を見せていた。
ネオンの光が波のように瞬く中、クラブの入り口からは耳がつんざくような重低音が地面を這うように響いてくる。
クラブの扉を開けた瞬間、熱気とビートが一気に押し寄せる。
「よしっ…!」
リアは息を整え、立ち上がった。
鏡の中の自分にウインクする。
派手なアクセサリーが眩しいライトに反射して光る。
白いスモークとともに熱狂が渦巻くフロアの中心、ライトが乱舞し、人々の歓声と、低音の震えるような響く中、リアはステージと駆け上がった。
フロアを揺らす重低音が、胸の奥まで響いていた。
光の渦がクラブの天井を切り裂き、青と赤のレーザーが観客を飲み込む。
人々は汗に濡れた身体をぶつけ合い、歓声は波のように押し寄せる。
小麦色の肌にプラチナブロンドのポニーテール、緑のメッシュがライトを反射して煌めく。
「いくよーっ!」
彼女が叫んだ瞬間、観客の熱気は爆発した。
リズムが鳴り、ビートが刻まれる。
バックダンサーを何人も従えてリアは音と一体化し、波を駆け抜けるようにステージを支配していった。
ステージに立つリアは、まるで光そのものだった。
プラチナブロンドに緑のメッシュがスポットライトを受けて揺れ、観客の目を奪う。
腰の動きはしなやかで、力強くもセクシーで、ステップは鋭いダンス、リズムに乗った笑顔、飛び散る汗の粒さえ宝石のように輝いていた。
上体をひねれば汗が飛び、観客の叫び声がそれを追いかける。
緑のメッシュがリズムに合わせて跳ね、健康的な小麦肌が汗に濡れて輝いている。
音が鳴るたびに体が勝手に動き、観客の視線をさらっていく。
「リアーーー!!」
「最高だよ!」
「うわ、あの子やっぱヤバい…!」
「マジでプロ超えてるだろ!」
「あの子が噂のリア・ライラか!」
「チケット即完売の子だってよー!」
「近くで見るとメチャクチャ可愛いな!」
モブたちの声が飛び交うたび、フロアの空気がさらに膨れ上がる。
観客のスマホが一斉に掲げられ、無数の光点が夜空の星のように瞬いた。
リアは笑顔を浮かべ、汗をきらめかせながら手を振る。
まるで『太陽』そのもの。
けれど、その笑顔の裏では
胸の奥にはひとつの言葉が、ずっと突き刺さっていた。
(泣かないために、笑うんだ)
観客から見えるのは『完璧な太陽の女神』。
でも、彼女自身が知っているのは違う。
そこに至るまで、数えきれない失敗があった。
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…まだ駆け出しでプロ育成ダンススクールにいた頃、レッスン中にインストラクターの先生に言われた言葉…
「リア!今みんなの前でこの曲、踊ってみて」
「え、はい」
私はいつもの練習通りに一生懸命踊った。
もしかしていつも頑張ってるから褒められるのかなってその時は凄く嬉しくて一生懸命に踊った。
踊り終わったときに先生がみんなに言った。
「みんなー、今のリアのダンス、ちゃんと見た?
いい?これは悪い見本だからねー。こうはならないように!
(え?…)
「センスないね、あなた」
踊り終わった後、先生にセンスがないと言われた冷たい声が、頭の中でやまびこのように響く。
みんなに発した言葉も胸の奥がぎゅっと痛む。
……あれが、今も忘れられないんだ……
一生懸命に頑張った努力を真っ向から否定された、あの日の痛みが蘇る。
そしてもうひとつ思い出す事がある…
まだ駆け出しの頃、初めて人前で踊った時のことを。
ステップを踏み外して足がもつれて派手に転んだ。
会場に広がった観客のざわめき
あの瞬間、恥ずかしくて泣き出しそうになった。
「やっぱり私ってダメなのかな…」
そう思い、立ち上がって顔を上げたとき、客席の人たちが笑顔になっているのが見えた。
自分を笑っているはずなのに、なぜかその笑顔が嬉しかった。
その笑顔に救われたのは、観客ではなくなぜか自分自身だった。
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(そうだ…あの時気づいたんだ。笑えば、みんなが笑顔になる。泣くよりも、笑った方がいいって。
失敗したっていい。私のダンスで、誰かが笑顔になれるなら…それが一番の意味じゃん。
悔しさを笑顔に変えて、次へ進もう)
それ以来、彼女は太陽のように笑うことを選んだ。
誰よりも失敗して、誰よりも努力して、誰よりも笑顔を見せる。
そして誰よりも元気で笑うんだ。
それ以来、それがリアのスタイルになった。
そしてそのスタイルになったもう一つのキッカケ…
そぉ…誰かが言っていた…
『リア。強くなるって、泣かないことじゃないのよ。
泣きながらでも、進めること。あなたはいつも頑張ってる』
誰の言葉か思い出せないけど、頭の中を巡る…
そしてリアの心の奥では別のリズムが鳴っていた。
──今のターン、0.5秒遅れた。
──着地、もう少し膝を落とすべきだった。
観客は誰も気づかない。
でも、リアには痛いほど分かる。
笑顔を浮かべながら、胸の奥で反省の声が響いていた。
ステージは最高潮を迎える。
最後のキメポーズで歓声が天井を突き抜けた。
「ありがとーっ!」
リアの声に応えるように、曲が終わると同時に、拍手と歓声の嵐。
リアは大きな笑顔で手を振りながらステージを後にする。
舞台裏に入った瞬間、張り詰めていた肩が落ちた。
息は切れ、足は震え、背中のシャツは汗でびしょびしょになっている。
誰もいない場所で、彼女は小さく『ふぅ〜』と息を吐いた。
ドレッシングルームの片隅。
他のダンサーたちが笑い合い、撮った写真を見せ合っている中で、リアは一人、椅子に腰を下ろして水を飲んでいた。
鏡の中の自分を見つめる。
さっきまで太陽のように輝いていた笑顔が、今は仮面のように感じられた。
「……ふぅ」
誰もいないと思って、小さく息を吐く。
膝を抱え、髪を結んだゴムを解いて垂らす。
耳にはまだビートの余韻が残っているのに、心の奥はシンと静まり返っていた。
(みんな笑ってくれる。楽しんでくれる。それが嬉しい。でも……)
楽屋に戻ると、カバンの奥から小さなノートを取り出す。
ページをめくると、細かい文字がびっしりと並んでいた。
そして最初のページにはこう書かれている。
『いつか、みんなを笑顔にできる人になりたい』
拙い字の横には、マイクを握った棒人間と、花丸の落書き。
母と一緒に遊んで描いたものだ。
リアはそれを見るたびに、母の声を思い出す。
だから彼女は、このノートをどんな場所でも手放さなかった。
『夢は大事にするんだよ』
ページをめくると自分で書いた文字が並んでいる。
『ステージ』、『光』、『笑顔』、『約束』
そしていつもバックの奥に大切に忍ばせて入れてある。
大切な2つのお守り。
一つの古びた封筒に入っている紙片。
そしてもう一つは月の満ち欠けのモチーフを象った、月影のペンダント。
リアはその封筒を開き、2つの紙をゆっくりと紙片を開く。
折り目だらけのその紙には、丸い文字でこう書かれていた。
『普段一緒にいれないけど、私がちゃんと見てるからね。あなたは私がいるから1人じゃない!だから頑張ってね!』
そしてもう一つの紙には少し震えた字で
『夢のために貯めておきなさい』
と書かれている。
お母さんではない字。
誰からの手紙なのか思い出せないのに、とても大切な人だってのだけは、なぜか覚えてる。
文字のインクの線が涙で滲み、ゆらゆらと揺れた。
それを見た後、元気を取り戻し、封筒に戻し、バッグの中に大切に入れ戻した。
そして再び今日の反省などを書き上げる。
《今日:ステップの入り0.5秒遅れ》
《ターン、左に流れた》
誰も気にしない、観客には届かない些細なミス。
けれど、リアは全部を書き留めていた。
ページの最後には、必ず決まってこう書かれている。
《明日もがんばる!( ̄▽ ̄)》
リアはペンを置き、にこっと笑ってページを閉じた。
それは、観客の前で見せる笑顔とは少し違う。
健気に、自分を鼓舞するための寂しさが交じった笑顔だった。
隣の席では、他のダンサーたちが賑やかに話している。
「ねぇ見て!彼氏が差し入れくれたの〜」
「私も!家族からLINEきてた!」
笑い声と、差し入れの紙袋や小さな手紙。
リアの前の机には、何もない。
ポツンと置かれた水のボトルだけ。
けれど、彼女は顔をほころばせて言う。
「いーなぁ〜!あたしの差し入れは胃袋に直行便だからね!」
他のダンサーたちと笑い、場が和む。
本当は少しだけ胸がきゅっと痛むのに、リアは無邪気に振る舞った。
それは強がりじゃなかった。
彼女なりに『みんなを明るくしたい』と願う、健気さからくるものだった。
リアは笑顔で『直行便!』と冗談を言いながらも、ふとバッグの奥に忍ばせてある小さな封筒を指でなぞった。
角が擦り切れた古い手紙。
折り目がすっかり柔らかくなっている。
誰も見ていないとき、そっと開く。
そこには拙い文字でリアに向けた言葉が書いてある。
リアはそれをいつも何かをやる前に必ず見ている。
人前では絶対見せない。
このノートと手紙と月影のペンダントはリアにとって、これ以上ないほどの宝物だった。
(大切な宝物なんだ)
でも見るのは1人の時だけ。
またそれを見て小さく息をつき、ふっと笑って、『よしっ!』って顔を上げて、次の舞台へ向かう
(うん、大丈夫だよ!私、頑張るんだ。)
そして本日のメインステージとして再びステージに立つ時間がきた。
ライトが点き、音楽が鳴る。
観客の視線を浴びながら踊り始める。
ステップを踏みながら、ふと客席に視線を走らせた。
「リアーーー!」
誰かの叫び声に笑顔で応える。
でも、その胸の奥には小さな声が囁いた。
(本当に私のことを分かってくれる人はこの中に
いるのかな。)
答えは出ないまま、彼女はいつものように笑顔で踊り続ける。
孤独を抱えたまま、それでも観客を楽しませるために。
ふと、視線の端に違和感を覚えた。
壁際、スモークの向こう。
青いグラデーションの髪を片側に流し、腕を組んで壁にもたれ、煙をくゆらせている。
青いグラデーションの髪が光を受けて揺れていた。
7、8人の男女に囲まれ、中心で腕を組み、タバコを片手に無言でステージを見つめるツンとした綺麗な女の子。
観客の誰よりも静かで、誰よりも存在感を放っている。
リアは、踊りながら心の中で呟いた。
(またあの子だ…いつも、私がステージに出る日には必ず来てる…)
名前も知らない。話したこともない。
でも、彼女はいつもそこにいた。
その視線の冷たさと、どこかの奥に隠れた熱を、リアはなんとなく感じ取っていた。
この女の子との出会いが、後に自分の運命を大きく変えていくことになることをリアはこの時点ではまだ知らない。
そしてメインの最終ステージを終えた。
歓声と拍手の嵐。
だが、舞台裏に戻った瞬間、空気は一変する。
煌めきを纏った衣装を脱ぎ、壁にもたれて大きく息をつく。
ステージの上では誰よりも輝いていた。
けれど、その裏にあるのは、ひたすらな努力と数えきれないほどの無数の失敗だった。
膝を抱え、額から滴る汗をそのままに、深く目を閉じた。
ステージを降りた瞬間に感じる、達成感と同時に襲ってくるそ冷たい孤独感。
まるで光の海から急に引き上げられ、暗闇に放り出されるみたいだった。
クラブを終えたリアは、スタッフたちに挨拶を済ませ、そそくさとクラブを後にした。
繁華街を通り、オフィス街を通り抜けたそこは
ガラス越しに映る自分が映っている。
リアはガラスを鏡代わりにして再び踊り始める。
観客も誰もいない、ただの1人の空間
息を弾ませながらステップを踏む。
足を滑らせれば、ガラスに額をぶつけて「いてっ」と笑う。
でも、その笑いは少しだけ震えていた。
(……どうして、私は踊るんだろう)
答えはまだ見つからない。
だけど、わかっていることは波に乗るみたいに、リズムに身を委ねている時だけ、心が生きていると感じられるから。
そして誰かを笑顔にするため。
風が吹き抜けた。
夜の街は冷たく、孤独だった。
でも、その中で踊るリアの姿は、確かに光を放っていた。
次回 ☀️第3話 孤独ときらめきの狭間で…




