◇《第35話 虚飾の迷宮 ― 鍵を継ぐ者たち》
【LUNA EDGE ─ 陽気なお調子者】
オレはヨシマサ!
おっ!自己紹介?
やっとオレの出番か!
みんなオレのこと待ってただろ。
……え?
違う?(つД`)ノ
まぁまぁ、そう固いこと言うなって♪
オレは音楽やクラブ、そして何よりも綺麗で可愛い女が大好きなんだ!
人生、笑って楽しまなきゃ損だろ?
普段はバカばっかやってるけど……
仲間だけは、絶対に見捨てねぇ。
それがオレの流儀だからな。
それじゃ、本編で待ってるぜ!
スカイ・カジノ全体の照明が血のような赤に染まった後、豪奢なカジノフロア全体をその色が深く包み込んでいく。
シャンデリアの輝きは血のように滲み、ルーレットの球が回転する乾いた音が、まるで心臓の鼓動を模して響いていた。
イヨナが姿を消し、フロアは異様な静寂に包まれた。
誰もが、今始まった命懸けの余興の行方を見守って息を飲む。
引くに引けない戦いの幕が上がり、世界そのものが歪み始めた。
「……どうなってるの、これ?空間が動いてる?」
ムツミが、声に焦りを滲ませて呟く。
床が左右、上下とどんどんと移動する。
さっきまでのスカイカジノのフロアとは全く違う場所にいるかのように視界の景色が変わっていく。
エリサがドレスの裾をつまみ、冷静に辺りを見渡した。
彼女の天才的な分析が、瞬時に現状を紐解いていく。
「どうやら、ただの照明演出じゃないわね。カジノそのものが、仕掛けの迷宮になってる。空間座標が循環してる……フロア構造が意図的に入れ替わってるわ。どの通路を進んでも元の位置に戻るタイプのトラップよ。スカイカジノにこんな仕掛けがあったなんて」
ルミナは、静かに目を閉じ、掌を壁に当てた。
胸の奥で燃える怒りを冷たい決意へと昇華させる。
手のひらから伝わってくる、微かだが不気味な振動。
(この波動……どこかで感じたことがある……)
「満月の夜の鐘が鳴るまでに、『鍵』を見つける」
エリサは、冷静にイヨナの言葉を思い出しながら、ルミナたちをカジノの柱の影へと導いた。
「あの女は私たちを捕らえるのが目的じゃないわ。わからないけど、何かを正確に把握している。このゲームの『鍵』は、その何かに繋がっているはずよ」
エリサが腹の底から声を絞り出した。
鼓動が早まる。
体の奥で、何かが目を覚まそうとしていた。
その瞬間、
床の奥で何かがカチリと音を立てた。
「なに今の音……?」
マキの慌てた声が響いた。
バシュッッ!!
突如、フロア中央の最も広い通路に沿って、巨大な金属シャッターが火花を散らしながら、一瞬で降り遮断する。
ルミナたちの視界は、金網の隙間から向こう側の赤い光が見えるだけの、閉ざされた檻へと変わった。
「エリサ!!」
「ルミナ!? 」
お互いを呼び合う叫びも虚しく、金網が完全に閉じ、チームは真っ二つに分断された。
【A班】(ルミナ、マキ、ユーキ)
【B班】(エリサ、アサヒ、ムツミ、タカ、ヨシマサ)
────────────────────
【B班側】
「お、おい!?閉まったみたいだ、これ!?」
タカが分厚い金属シャッターを力任せに蹴りつけるが、鋼鉄の塊はびくともしない。
アサヒも焦り出している。
「クソッ、閉じ込められたのか。ルミナたちが向こう側か!マジかよ!?これって完全に罠のやつじゃねぇか!!」
ムツミはパニックに陥り、アタフタと周りを見回した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!?これ、どうすんの!?やばくない!?」
「落ち着けムツミ、パニくるな!」
タカが必死に声をかける。
「パニくるに決まってんでしょ!? 閉じ込められてるじゃん!!あたし怖いのダメなんだからっ!」
ムツミは半狂乱になりながら、金属シャッターを叩き続けた。
(バン!バン!バン!)
「ちょっと、静かに!エリサが何か感じてるみたいだ」
ヨシマサの視線の先で、エリサが真剣な表情で壁に手を当て、眉をひそめている。
「……この振動、違うわ。このシャッター、誰かが意図的に動かしてる…」
その頃、監視室ではイヨナがモニター越しに微笑んでいた。
「うふふ……
運命は、時に選ぶ前に決まっているものよ。
蒼月の子猫ちゃんと、ルビー色の子猫ちゃん、さてどうするのかしら?」
タカとヨシマサは顔を見合わせた。
「誰かが動かしてるって?まさか、あの色っぽいお姉様か!」
「あぁ…あの超絶美人な色っぽいお姉様が、こんな罠を仕掛けてくるなんて、そりゃないぜー…」
タカとヨシマサは切ない顔をしてその場に座り込んだ。
その頃、監視室のイヨナは冷たい指先でコンソールを叩き、カジノ全域のスピーカーを起動させていた。
彼女の艶やかな声が、迷宮の四方から滑り込むように響き渡る。
「あら、大変。二手に別れちゃったわね。ワンちゃんと子猫ちゃん達、早くしないとタイムオーバーになっちゃうわよ。時間は待ってはくれないわ。
うふふふ…」
タカとヨシマサは、スピーカーから流れる甘い声に真剣な顔で見つめ合った。
「おい、お姉様の声が聞こえるぞ。今笑ってたぞ……」
「あぁ、笑い声までスピーカー越しでも色っぽいんだな。こりゃ魂まで持ってかれそうだ……」
ムツミはピクピクと青筋を立て、二人をぶっ叩いた。
(バシッ!バシッ!!)
「何考えてんのよっ!アンタらほんっと懲りないね!(怒)」
「痛ってー。今、殺意込めてただろ?暴力反対!オレたち冷静に敵の心理を分析してるだけだって。男目線の情報収集ってやつだ!」
「ただのスケベ思考でしょーがっ!!」
アサヒがその一連のやり取りを横目に、呆れ顔で怒鳴った。
「やかましー!!お前ら……わかったからちょっと黙ってろ!」
その時、エリサが一歩前に出る。
「ちょっとは緊張感持ちなさいよね!
肝がすわってんのか、それともただのバカなのか。よく聞いて!いい? その『お・姉・様』が、私たちを檻に閉じ込めたから私たちは今、こんな状況なのよ!」
アサヒはこの絶望的な状況を打破しようと、辺りを必死に睨みつける。
その時、エリサはVIPエリアのバルコニーのガラス製テーブルに、小さな銀色のライターが一つだけ、ぽつんと残されているのを見つけた。
赤い照明の中で、その銀色は不自然なほど冷たく際立っている。
ムツミは警戒を隠さず、低い声で呟いた。
「わざとらしい置き土産じゃない?どーせまた何か罠があるんじゃないの?」
アサヒはそのライターを手に取り、そこに刻まれた文字に気付いた。
「なんだこれは?なんか書いてあるぞ。ライターの側面に、何か刻印が……。『ヴェスパー・スタイル、螺旋』」
エリサが、その情報と場所を即座に照合した。
彼女の頭脳が、一瞬でB9階の情報を駆け巡る。
「『螺旋』……『ヴェスパー家』に関わるもの。このフロアで唯一、ヴェスパー家の紋章があり、螺旋状の意匠を持つ場所……フロアの東側にある、トワイライト・メモリアル・ライブラリーよ。間違いない、イヨナは私たちを確実にそこへ導こうとしているのね。でもどうして……」
エリサは不穏な意図を勘ぐりながらも、ライブラリーへと続く静かな廊下を急いだ。
エリサたちB班が重厚な本棚に囲まれたライブラリーへと入室すると、その中央には、確かにヴェスパー家の紋章が刻まれた螺旋状の台座が置かれていた。
「あ、あれじゃない?鍵は!」
ムツミが叫んだ。
しかし、台座の中央にあるはずのクリスタルの破片は、頑丈な金属の蓋に覆われており、そこには古びた電子タッチパネルが組み込まれていた。
「これは古いセキュリティシステムね。手動で解除するしかないわ」
エリサがすぐにタッチパネルに手をかざした。
『認証コードを入力してください』
「ダメね。ハッキングが必要だわ。しかもこのコード、トワイライトの初期のプロトコルを使ってるから時間がかかるわ!」
エリサが眉間に皺を寄せた。
「プロトコル?ハッキング?…なんか難しくてよくわからねーけど、オレたちじゃそんなの無理だろ」
他のみんなが緊張した面持ちで、台座の周りを見渡す。
「誰があんた達にやってなんて言ったのよ。私がやるわ」
その瞬間――
部屋の奥の暗がりから、低く、獰猛な声が響き渡った
3人の刺客が、ノクターナのものとは異なる不気味なトカゲの刺青を見せつけながら、エリサめがけて一斉に立ちはだかった。
エリサもムツミも、一瞬にして表情を凍りつかせる。
エリサはすぐさま背後にいたタカとヨシマサの腕を掴み、叫んだ。
「ちょっと!あなた達、あんな3人なんか、とっととやっつけちゃって。男の子でしょ!あの気持ち悪い奴らを今すぐなんとかして!」
エリサは刺客たちの放つ殺気を無視し、タッチパネルへと向き直った。
彼女の指先が、驚異的な速さで無数のコードを打ち込んでいく。
アサヒとムツミは、凄まじい速度でロックを解析していくエリサの姿を、呆然と見つめるしかなかった。
「す、すごい……なんなの、このお嬢様、凄いわ……」
その時、刺客のうちの1人が容赦なく警棒を振り上げ、エリサの頭部を狙って振り下ろした!
「あ、危ない。エリサ!伏せて!」
ムツミの悲鳴と同時に、アサヒが滑り込み、警棒を持つ男の腕を力任せに掴んで押さえつけた。
「おい、そっち行くな!お嬢様を邪魔すんじゃねぇ!」
タカが後ろから残りの刺客に体当たりして押さえ込み、ヨシマサが男の腹に渾身のパンチを叩き込む。
タカ、ヨシマサ、アサヒは、背後のエリサとムツミを守る壁となり、激しい乱打戦を繰り広げ始めた。
エリサは額に汗を滲ませながらも、焦燥感に苛まれるみんなに厳しい声を飛ばす。
「もう少し!このコードは単純なハッキングじゃダメなの!あと1分、あと1分だけなんとか時間を稼いで!」
圧倒的な体格と強さを誇る刺客たちを前に、アサヒたちの体力が限界に達しそうになった、その瞬間…
「できた!成功よ!」
『ACCESS GRANTED(アクセス許可)』
エリサの声と同時にタッチパネルの画面が緑に変わり、蓋の金属の扉が静かに開いた。
ガシャン!!
扉が開くのと同時に、アサヒはエリサとムツミの腕を引っ掴み、開いたドアへと引きずり込んだ。
「おい!タカ、ヨシマサ!急いでこっちにこい!」
タカとヨシマサは体力の限界を迎えそうになりながらも、アサヒの怒号に反応し、隙を見て残りの刺客を一気に突き飛ばした。
そして、通路へ向かって死に物狂いでダッシュする。
3人の刺客が狂暴な雄叫びを上げて追いかけてくるが、間一髪でアサヒが壁の閉鎖ボタンを強打した。
重厚なシャッターが一気に轟音を立てて閉まり、激しい闘いはなんとか遮断された。
「……ふぅ…危なかったな…」
アサヒが、荒い息を吐きながら台座を見つめた。
台座の中央には、青いクリスタルの破片が、静かに神秘的な光を放っている。
「間に合ったわね。バカにして悪かったわ。あなたたち思ってた以上にやるじゃない」
エリサの率直で、少し照れくさそうな感謝の言葉に、タカとヨシマサは苦笑いを浮かべた。
「これはルミナに渡すわ」
エリサは青いクリスタルを丁重に回収し、ドレスのポケットに収めた。
だが、その表情にはすぐさま心配の影が落ちる。
「ところで大丈夫かしら…あんな凶暴な奴らが、あっちの迷路にまでいるとしたらルミナ達…」
エリサは、乱れたルビー色の髪を払い、息を整えながら金網の向こうを睨みつけた。
ムツミは、ハッとルミナたちの状況を思い出した。
「でもマキとユーキと別々になっちゃったけど、あっちにはルミナが一緒だから、きっと大丈夫よ」
「え?ルミナがいるから大丈夫ってどういうこと?」
エリサが不思議そうに、整った眉をひそめて問い返す。
「ルミナ、あの子ね、人間離れしてるってレベルじゃないのよ! 重力なんて関係ないみたいに、垂直の壁をタタタッて駆け上がって、そのまま壁を蹴ってジャンプして宙を舞うの!」
ムツミが、その時の興奮を思い出すように身を乗り出して語る。
「空中でバク転やバク宙をしながら、相手に強烈な凄い蹴りを何発も叩き込むの。たった一人で、武器を持った大男たちを20人とかあっという間にやっつけちゃうんだから!」
ムツミの熱い説明に、ヨシマサも痛む脇腹をさすりながら深く頷いた。
「ああ……。あいつの動きは、人間とは思えねぇような動きなんだよ。格闘技が強いとかそういう次元じゃねぇんだよな。もはや身体能力のバケモノだぜ」
「なっ……!?」
エリサが目を見開いて言葉を失う。
さすがの大財閥のお嬢様も、そんな映画みたいなアクロバティックな戦い方を素手でやってのける女の子の姿は、想像すらしていなかった。
「嘘でしょ……? あんな細い身体で、壁を走ってバク宙キック……!? 確かに気が強そうで不良っぽい顔をしてるなーとは思っていたけれど……そんなとんでもない子だったの……?」
驚きつつも、エリサは台座に目を向けた。
その瞬間、台座のタッチパネルから青白い光がフワリと浮かび上がった。
その光は空中で静かに集まり、赤い闇の中に、立体的なホログラムの文字をきれいに浮かび上がらせる。
『B3階...パイプオルガンの音色...』
ゆらゆらと揺れるその青白い光の文字は、まるで次の死地へ誘う悪魔の招待状のようだった。
「B3階……ライブラリーから繋がるトワイライト・ミュージック・ラウンジね。次は音の罠よ」
エリサが即座に分析する。
「このシャッターが開くのを待つのは時間の無駄のようね。B3階へ向かう別のルートを探しましょ」
B班は、第1の鍵を手に、カジノフロアの迷宮化された通路を突破を試みる。
ルミナとの再会を心に誓い、エリサを先頭に、彼らはミュージック・ラウンジへと続く別の隠し通路へと足を進めた。
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【一方、ルミナ達A班の方では──】
(ルミナ、マキ、ユーキ)は、シャッターが閉じた迷宮化されたカジノフロアに取り残されていた。
「私たち3人になってしまったけど、みんな大丈夫かな…」
マキが、周囲の赤い闇に不安そうに身体を震わせる。
「とりあえず、この状況をなんとかしないと」
ユーキは焦りを押し殺し、出口を探して壁を叩く。
「とにかく3人でなんとかするしかないわね」
なんとか落ち着かせようとルミナが優しく微笑みかけた。
だが次の瞬間、ルミナの耳が、かすかな異音を捉えた。
「……みんな、静かに。足音がする」
階下から、地響きのような、獣の咆哮にも似た不気味な爆音。
そして、キィィィィンと耳を刺すような鋭い金属音。
次の瞬間、ホール中央の強固なガラス床が激しく粉砕され、赤い光の中から一筋の黒い影が飛び上がった。
長い外套をはためかせ、無機質な仮面を被り、血を吸ったような冷たい刃を構える暗殺者。
その動きは完全に無音であり、呼吸の音すらしなかった。
《……殺気が違う。これ、ただの人間の暗殺者じゃない……!》
ルミナの本能が、かつてない強烈な警鐘を鳴らす。
その不気味な気配は、まるで別の次元から呼び出されたかのような、底知れぬ禍々しさを孕んでいた。
「な、なんだこいつ…」
ユーキが構えるが、じりじりと後退する。
「な、なによアイツ……!?」
マキが恐怖に声を震わせ、無意識にルミナの後ろへとしがみついた。
ルミナの肩越しから、怯えた顔を覗かせる。
「マキ、下がってて!! ユーキ、マキをお願いね。この殺気……そこらへんの奴らとは格が違う」
ルミナがドレスの裾を翻し、毅然と一歩前に出た。
(おそらく長引かせたら面倒な事になる。相手に反撃する時間を与えないように、ここは先手必勝で終わらせる!)
番人は長い外套を揺らし、無機質な仮面の奥から、命を刈り取るためだけの冷徹な刃をルミナに向けた。
それは、人間というよりも、殺戮の機械そのものの冷たさだった。
ルミナは、この天空の檻の得体の知れない謎の番人と、たった一人、体術のみでこの孤独な闘いに挑む。
(エリサ……私たちも必ず、そちらへ行く!それまで無事にいて)
離れ離れになった仲間の顔を思い浮かべ、ルミナの紫色の瞳に、静かで激しい青い炎が宿る。
現在、A班とB班、二つのルートで極限の同時並行ミッションが、ついに幕を開けた。
次回
《PROJECT∞HEART-X 第36話》
( ── LUNAEDGE編 第12話:鉄の間 ― 崩れゆく支配者)




