◇《第28話 蒼月の残響(Requiem )》
夜が明ける頃、パトカーのサイレンが鳴り響く。
港の空は鈍く光を帯びていた。
爆炎の匂いはまだ風に乗り遠くに残っている。
風が吹くたびに焦げた鉄と潮の混じる匂いがルミナの冷たく刺激した。
それは夜に生きた『非日常』の証であり、朝が遠い過去となった証だった。
工業地帯の廃工場から脱出した後、一行は夜が明ける前の海沿いの倉庫跡で、静かに体を休めていた。
ノワールの残党は、通報を受けた警察が対応に当たっている。
アサヒたちはみんな傷だらけだったが全員が無事だった。
タカとヨシマサはボロボロだったが、命に別状はない。
ムツミとマキは、ルミナの超人的な強さと、その後の優しさのギャップに、まだ動揺が収まらない様子だった。
ルミナは、無言で救急箱の薬を取り出し、アサヒの頬の傷に消毒液を塗った。
「痛っ…つぅ!」
アサヒが顔を歪める。
「動かないで。傷口に雑菌が入ると、治癒が遅れるわ」
ルミナの声は冷たいほど淡々としていたが、その手つきは驚くほど正確で、躊躇がない。
「お前、手当てまでプロかよ。すげぇな!」
アサヒは改めてルミナを見つめる。
「知らないわ。ただ、体が覚えてるだけよ。早く治してもらわないと、足を引っ張られるのは迷惑よ」
ルミナは視線を合わせず、包帯を巻くことに集中する。
ムツミが呆れたような顔をした。
「本当は心配してくれてるのに、最後まで素直になれないんだから。ルミナってさ、究極のツンデレでしょ?」
その言葉にルミナの視線がわずかに揺れた。
彼女は、仲間を案じる温かい感情が沸き起こるたびに、それを冷たい言葉の氷で押し込めるしかなかった。
(この温かさに慣れてはいけない。私はもうあの地獄から戻れない存在。どうせ、すぐに化け物のように見て背を向けるんだから…。みんな離れていくんだ…だから、感情を閉ざさなきゃ…この一瞬の優しさごと、私は消え去るべきよね)
そう自分に言い聞かせるが、彼女の手のひらに残るこのメンバーの温かい感触は、彼女の孤独な心の氷を微かに溶かしていた。
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数日後、アサヒ達のメンバーが溜まる、街外れの海沿いの廃店舗を改装したアジト。
ルミナは、ムツミとマキに無理矢理引きずられるようにして、『日常』という異質な空間に連れてこられてそこにいた。
「ルミナ、これがムツミの愛車!見てよ、このステッカー」
目を輝かせながらムツミはルミナに見せてくる。
「なぁにこれ?なんか素敵ねこれ」
ルミナがとても興味深々に目を丸くして見る。
その目には、今まで見せた事がない純粋な好奇心が宿っていた。
「えーっ!やっぱりそう思う?でしょでしょー」
ムツミが目を丸くしてバイクをマジマジ見るルミナの隣にしゃがみ込み笑って答えた。
「ルミナもステッカー作って一緒に走ろうぜー」
ユーキが笑う。
そんな時マキがルミナに話しかけてきた。
「ねぇルミナ、新作のコスメ見に行こうよ!」
マキが隣に来て雑誌を広げる。
ルミナも雑誌を覗き込み、一緒に雑誌を眺めた。
「化粧品?私、持ってないし全然詳しくないから、よくわからないわ」
(……憧れ? 私の記憶には、こんな普通の女の子の時間が、驚くほど欠落している。これが、本来なら私にもあったかもしれない失われた日常の断片?)
それを聞いたマキとムツミは驚いた顔をする。
「えーー!!そんな可愛い顔してコスメ興味ないとか勿体なくない?ちょっと私がメイクしてあげるからこっち座ってー」
マキとムツミがバッグとポーチを持ってきて、ルミナの顔をメイクする。
そして等身大の鏡の前にルミナをつれていった。
ルミナはまるで自分じゃないかのように感じてビックリしているとマキが隣で言った。
「やっぱ顔立ち整ってて綺麗な顔してるからメッチャ映えるわ」
ユーキとヨシマサも顔を赤くしてビックリして見ていた。
「か、かわいい…この見た目から、あの強さってのが実際見てなければ嘘のようだ」
冗談っぽくユーキとヨシマサが笑いながら言った。
この日この瞬間、ルミナは『蒼月の処刑人』ではない、普通の女の子としての自分を初めて受け入れた。
そしてマキの影響でこれを機にコスメも大好きになっていく。
しばらくしてついていたテレビにニュースが流れた。
『謎の少女による暴力事件』
『正義か悪か?夜の処刑人』
といった見出しが画面を埋めていた。
ルミナは、何も言わずにそのニュースを見つめていた。
表情から少しずつ笑顔が消えていく。
画面の見出しは、彼女を怪物という檻に戻そうと牙を剥く、世界の冷酷な目だった。
アサヒが立ち上がり、画面を消した。
「勝手な事いいやがってよ。地上波のテレビとかって真実じゃねー事ばっか言うから好きじゃねーんだ。
数字取れりゃなんでもいいんだろうけどよ。
いいんだよ。あんなの誰も真実なんて知らねぇ。オレらは本当の真実を知ってる。あの夜、ルミナは人を救ったんだ」
ルミナは少しだけ唇を震わせた。
アサヒの言葉は、世界を拒絶するための真実の盾だった。
そして、1人立ち上がりアジトの外へ出て行った。
その夜、アジトの屋上。
ルミナは窓辺に立ち、群青の髪を風に靡かせながら、何時間も静かに外を見ていた
あの日感じた傷よりも、怪我をした仲間を見る痛みの方が、ずっと深く心に刺さる。
しかし、その痛み以上に怖いものがあった。
アサヒがゆっくりと近づいてきてそっと彼女の隣に立つ。
「ルミナ!夜中に一人で何してるんだ?」
ルミナはアサヒの顔を見ない。
「放っておいて。別に、あなたには関係ないわ」
「ま、そう言うなよ。ルミナに何があったのかはわからない。なんか誰にも言えない何か理由があるんだろ?言いたくなければ言わなくていいさ。
もし聞いて欲しい時があればそん時はとことん朝まで聞くからよ。いつでも言ってくれ!
たださ、ノワール戦、お前の強さがオレたちを救ってくれた。本当ありがとな」
アサヒは笑って言った。
「だってよ、あの日もしルミナがいなかったら、オレ達もしかしたら誰かが死んでてもおかしくなかったんだ…
オレら、マジでお前に救われたんだ。命、全部だ」
ルミナは少しだけ目を伏せ、
「そう。……それなら、よかったわ。私の存在にも価値があったのね」
とだけ呟いた。
「価値があるから一緒にいるとか、価値がないから一緒にいないとか、そんな事考えた事ねーよ。ルミナはオレたちの大事な仲間だ。友達なんだ。好きだから一緒にいるんだ」
アサヒの温かい声が、ルミナの防御壁を揺らす。
ルミナはアサヒと目を合わさずに静かに話した。
「……私を、怖がらないの? 気持ち悪がらないの?なぜ不気味だって化け物扱いして拒絶しないの…?」
その瞬間、後ろからヨシマサとユーキが歩いてきてルミナの隣りにきた。
その問いに今度はヨシマサがゆっくりと答える。
「なるほど。そういうことか。もしかしてさ、今まで、強すぎるがゆえ、気持ち悪がられていたのか?
人間って勝手な奴が多いもんな。だからオレらまでみんなそう思うと思ってたとか? オレらはそんな勝手じゃねーよ。ま、確かにこんな可愛い女の子が、目の前であの人間離れした強さ見せられてビックリしたけどさ。だけど、ルミナはルミナじゃん。オレらからしたら、青っぽい髪色した、可愛い子がオレらと仲間になった。その子はメッチャクチャ強い! そして普段はツンデレだけど本当はスゲ〜優しい子。
オレたちはみんなそんな感じに思ってんだよ」
ルミナはヨシマサとユーキを見上げ、見つめるとニカッと笑われた。
逆側を見上げ、アサヒの方を見ると笑みを浮かべている。
まるで心配しなくて大丈夫と言っているような温かい光を感じた。
その時、後ろから女性達の声がしてアサヒ達は振り返った。
「デカい男3人で1人の女の子囲んでなにしてんの??はたから見たら飢えた男たちが、か弱い女の子をナンパしてるようにしか見えないよ?」
いつのまにかムツミとマキが笑いながらたっていた。
そしてムツミとマキもルミナに話しかけてくる。
「ごめんね…盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、話し聞こえてきちゃったからさ。今まで、何があったのかわからないけど、うちらはもうルミナと友達だって思ってるんだけど、ダメなのー?」
ムツミが唇を尖らせながらルミナに肘をグイグイと
当ててくる。
ルミナはポカーンとしてたが、しばらくしてクスッと笑った。
ルミナのその顔は、氷の殻を破って初めて咲いたような、心からの温かさを感じた。
ムツミが包帯を巻いた手で、ルミナにマグカップを差し出す。
「ほら。コーヒーじゃなくてオレンジジュース。好きでしょ?」
ルミナは目を瞬かせた。
その一瞬の戸惑いを、ムツミは見逃さなかった。
「なんで知ってるの?」
「あはは!あんた、苦いの苦手なんでしょ?」
ルミナは小さく笑った。
その笑顔を見たムツミの胸が、少し温かくなる。
アサヒが煙草を咥えながらルミナに話しかける。
「ルミナ、これからまた1人で闘っていこうとか考えてたのか?」
「わからない。……でも、誰かを救えるなら」
アサヒは小さく笑った。
「そっか。じゃあ、その時は次からはオレたちも一緒だ。ルミナからしたら頼りにならないかもだけどよ」
ルミナは少しだけ目を伏せ、
「……好きにすれば」
と、ツンとした声で答えた。
「出たよ。やっぱりツンデレよねぇ」
マキとムツミが笑いだす。
誰も気づかない感じでルミナの口元には小さな微笑みが浮かんでいた。
でもその言葉には、微かな温もりがあった。
ルミナは久しぶりに誰かと一緒にいて温かい感覚だった。
そして夜空にはみんなの笑い声が響いていた。
ルミナにとって、仲間という居場所の温かい感覚を初めて知った瞬間でもあった。
(大丈夫。もう、逃げない。この温かさ…世の中、そぉ捨てたもんじゃないのかもしれない。こんな素敵な人たちがいたなんて…私が絶対守り抜くから……)
そんな、大切な居場所を見つけた夜から、少しずつ……。
ルミナは、ムツミやマキに普通の女の子としての笑顔を見せるようになっていった。
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そしてまた別のある日の帰り際──。
マキとヨシマサがバイクのエンジンをかける。
「また明日!明日はみんなで飯でも食おうぜ」
マキが笑いながら手を振る。
ルミナは少し離れた場所で、それを見送っていた。
港の風が静かに吹いていた。
群青の髪が光を受けて揺れる。
波の音が優しく寄せては繰り返すように返ってくる。
ルミナは空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「……あの時とは違う。今度は、ちゃんと守れた。ねぇ……」
誰に向けた言葉かは、ルミナ自身にもわからなかった。
ただ、海の向こうで光った星が、まるであなたは一人ではないと答えるように瞬いた。
その夜、群青の残響が、人の温もりを宿した。
彼女の心の奥で、閉ざされていた氷のような何かがゆっくりと溶けていった。
そして1つあの日から気になっていた事がルミナの頭の中で何度も思い出す。
クロウを抱え、あの火事から脱出した時…
ルミナはクロウのあの時の会話が頭の中に残り、ずっと気になっていた。
夜の波音の中、あの声だけが妙に鮮明に蘇る──
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『それにしてもお前、話しで聞いてた特徴がお前と似てるんだよな…』
『??何よそれ』
『オレの昔、仲間だった奴の好きな女ってが、お前の特徴とそっくりなんだよな…まさかとは思うがよ…』
『はぁ?誰よ、それ?』
『へっ、この街で最強を謳ってた男、レイトって男さ。オレもあいつに何度も挑んできたが、一度も勝てなかった…。あいつはメチャクチャ強かった…。
そして今回はお前にも負けた……。
もうオレも潮時だな。
レイトは、ある日を境に急にこの街から姿消しちまったけどな。あれからもう2年か…』
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ルミナはその言葉が頭をなぜか離れない…
(あの男のかつての仲間だった男……レイトっていったい誰なの……?)
その言葉の裏に、どこか震える響きがあった。
ルミナの脳裏には、クロウが最後に残した言葉が何度も反響していた。
「どこかで……聞いたことがある気がする」
そんな呟きが、夜の波音の中に静かに溶け込んでいった。
次回
《PROJECT∞HEART-X 第29話》
( ── LUNAEDGE編 第5話:蒼き影の囁き(Whisper of Blue)》




