◇孤独の始まり── 5年前・再生の瞬間 ─ LUNAEDGE編 プロローグ
人は彼女を『蒼月・ルミナ/月影の天使』と呼んだ。
だが、裏の世界からは、こう呼ばれている。
──『蒼月の処刑人』──
堕天の蒼き月影の天使、夜に舞う最後の光。
伝説は、孤独から生まれた。
『記憶をなくした少女が、伝説を刻むまでの五年間』
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プロローグ:孤独の始まり──【5年前・再生の瞬間】
──物語は一度、リアと共に記憶を失ったあの夜へと巻き戻る。
低い電子音が、闇の奥から微かに響いていた。
かすれた息が漏れるたび、白い霧がガラス越しに曇る。
……脳裏の奥底で、そんな冷たい手術台の『残像』が不気味に蠢いていた。
頭にこびりついて離れない、あの始まりの記憶…
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目を開けると、視界の端に青い光が瞬いていた。
「ここは、どこ?」
耳の奥で、自分の心拍と機械の律動が重なっている。
まるで心臓の代わりに、何か異質なものが鼓動しているようだった。
「おはよう。調子はどうかな? ルミナさん」
静かな声が響く。
ガラスの向こうには、白衣の男『時任博士』。
彼の瞳は、まるで長い眠りから目覚めた神話の存在を見ているようだった。
「私、生きてるの?」
かすれた声が、自分のものとは思えないほど冷たく響いた。
博士は頷く。
「もちろんだ。正確には君の体は、生きて守るために再設計されたんだ。と、言っても、ただ身体を強化しただけだがね」
彼の指先が、ガラス越しに触れる。
その瞬間、体の奥で微細な電流が走り、神経が呼吸を思い出す。
金属音が鳴り、拘束具がゆっくりと外れていった。
足を床につけると、空気の感触が異様に鮮明だった。
空調のわずかな風すら、皮膚が記憶する。
呼吸、血流、筋肉の収縮、すべてが制御の下にある。
人間の動作のはずなのに、完璧すぎるほど不気味だった。
「……この体、私はどうなったの?」
博士はゆっくりと言った。
「人間の限界を、超えた。ただそれだけだ。軍の特殊部隊員の反射神経、歴史上の群を抜いた実力者の格闘家たちの戦闘データ。君の身体はそれらを融合し、最適化した。でも心と見た目は君のままだよ」
「……心?」
ルミナは胸に手を当てた。
確かに、何かが動いている。
だが、それが心と呼べるものなのかどうかはわからなかった。
鏡の前に立つと見慣れた顔、瞳の奥に光るのは、いつもと変わらぬ淡い紫色。
だが、髪の毛が、確かにグラデーションの群青色にほんの少し変化しているだけ。
ほとんど変わらない。
ただ、何かを失くしたような、空洞の痛みだけが残っていた。
「……ねぇ? 博士、私には誰かがいた気がするの。でも、何も思い出せない……」
その言葉に、博士の手が止まった。
(やはり、そこはどうしても欠けてしまう……)
やがて彼は小さく息を吐き、優しく言う。
「君が感じているその欠片こそが、君の人間らしさなんだよ。それを失くさないように。その力は、その心で制御するんだ。 そして忘れてしまったのなら、思い出そう。君ならきっと思い出せるはずだ」
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「っ……!」
ハッと目を開けると、古い木の天井が視界に飛び込んできた。
ベッドの上。
そこは、見知らぬ静まり返った部屋だった。
起き上がると同時に、頭の中に決定的な空白が広がる。
「今の、夢……? いや、あれは夢じゃない……。確かに私は秘密裏のどこかにいた…。ここは、どこ……? 私は、なぜ一人なの……?」
誰もいない。
けれど、息を吸うより先に全身の筋肉が、驚くほど静かに、そして超人的な速度で動いた。
ルミナは、自分の脳裏にこびりついた『一部の記憶』に胸を締め付けられていた。
(私の身体、一体どうなっちゃったのよ……)
自分はどこかの冷たい施設で、人間の枠を超えるための『改造』を施された、その生々しい記憶だけは、断片的に残っている。
この恐ろしいほど動く身体も、間違いなくその改造によるものだ。
けれど、決定的な謎が彼女を苦しめる。
「私は……どうして改造なんてされたの? 誰が、何のために私をこんな身体にしたの……!?」
自分がなぜ改造されたのか、その理由は完全に真っ白だった。
リアという最愛の妹を助けるために自ら望んだ代償だとは、今の記憶を失っているルミナは知る由もない。
ただ、目覚めた瞬間から、脳裏の奥底でエコーのように鳴り響いて離れない『男の声』があった。
──『君が感じているその欠片こそが、君の人間らしさなんだよ。それを失くさないように。その力は、その心で制御するんだ。 そして忘れてしまったのなら、思い出そう。君ならきっと思い出せるはずだ』──
白衣をまとった、白髪の男の残像。
その人物が一体何者なのかは全く思い出せない。
けれど、その男の呼び名が『時任博士』ということだけが、魂に刻印されたように頭に残っていた。
姿見の鏡の前に立つと、瞳の奥に淡い紫色が光る。
髪の毛は、毛先にかけてほんのり群青色のグラデーションへと変化していた。
「私は、もう普通の人間じゃない……みんなとは、違うんだ……」
大切なものを全部失くしたような、胸を締め付ける空洞の痛み。理由の分からない孤独が、ルミナの心を冷たく揺らしていた。
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──それから数日後の夜。
ルミナは激しい雨の降る空を見上げていた。
(あの出来事はなに……? 目覚めてから毎日のように見る、あの冷たい手術台の人体カプセルの夢……。あれは夢なの……? それとも現実の出来事……?)
夜の街が濡れ、ネオンが水面のように揺れている。
傘も差さずに歩き出すと、冷たい雨粒が頬を打った。
その冷たさだけが、生きているという現実を教えてくれた。
「私が、何者でもなくてもいい……」
ルミナは雨を切り裂くように、力強く歩き出す。
「でも、ただあの胸の痛みだけは消したくない。どうして自分がこんな身体になったのか分からなくても……この力は、胸の痛みが示す『大切な誰か』を守るために使おう」
月が雲の隙間から覗き、ひと筋の光を落とす。
過去を失くし、理由なき孤独を抱えたまま。
けれど、その足取りだけは確かに、失われた未来を掴むために動いていた。
──この日を境に、『蒼月・ルミナ』伝説の始まりとなる五年間が幕を開ける。
次回
《PROJECT∞HEART-X 第25話》
( ── LUNAEDGE編 第1話:孤独の夜を歩く者)
記憶を失くした少女、ルミナは不器用な正義感を胸に、一人激しい雨の夜を歩き出す。
私は普通の人間じゃない。だけど、この胸の痛みだけは消したくないから…。
第二章『LUNAEDGE編』が本格始動!
理由なき孤独を抱えた少女が、サウス・ベイサイドタウンで紡ぐ『伝説の5年間』が幕を開ける。




