☾《第20話 暁光の残響》
リアはそれから毎日、寝る間も惜しんで練習した。
体が痛くても、職員に何を言われても気にしなかった。
リアの練習には、誰かを笑顔にするという夢だけでなく、お姉ちゃんに胸を張れる自分になる!
そして、お姉ちゃんに会いたい!
という、切実な誓いが込められていた。
時には、ルミナが闇の街でどんな孤独な思いをしているのかと考え、胸が苦しくなった。
それでも、リアは涙を拭い、ペンダントを握りしめた。
(お姉ちゃん、待っててね。私が光になれば、お姉ちゃんのいる場所も、きっと明るくなる。お姉ちゃんが迎えに来れない状態なら私が、お姉ちゃんを迎えにいく!)
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──そして、夢と覚悟を乗せた、運命の日は訪れた。
そしてフェス当日。
街の一角に設けられた小さなステージ。
音楽と歓声が、昼下がりの空気を揺らしている。
リアは白い衣装をまとい、観客の歓声と、胸の奥にある姉との約束を力に変えて踊り始めた。
彼女の動きは、希望そのものを体現しているようだった。
彼女は、照明の下でまるで光そのもののように、眩しく、そして力強かった。
観客は、彼女の荒削りな技術ではなく、その動きから溢れ出る情熱と純粋さにいつのまにか釘付けになった。
リアのダンスは、闇の中から光を掴もうとする叫びのようであり、どんな困難にも屈しない強い意志を宿していた。
(見ててお姉ちゃん。私、もう泣き虫じゃない。お姉ちゃんがくれた勇気で、今、ここに立ってる)
リアの全身から放たれる『人を笑顔にしたい』という純粋な願いは、観客の心を打ち、彼女こそがこのステージの『ダイヤの原石』であることを、誰もが直感した。
そして、その観客の中に人目を避けるように帽子を深くかぶったルミナが、その姿を息を殺して見つめていた。
ルミナの手が、微かに震える。
人前で感情を表すことを忘れていた彼女の頬を、熱い雫が伝った。
その雫は、ステージの光に溶け、一瞬の希望となった。
(リア……こんなに強くなったんだね、応援してるからね)
ステージのライトが眩しく、リアは観客の闇の奥へ、本能的に目を凝らした。
その瞳は、人影の中、闇の中にいるはずの、ある影を探していた。
その時、一瞬だけルミナの瞳とリアの視線が交わる。
帽子の鍔の奥に、一瞬だけ光る、あの紫の瞳。
「あっ!!今の… お姉ちゃん …?」
リアの身体を、電流のような衝撃が貫いた。
音楽も歓声も、一瞬にして遠い残響となった。
指名手配され、追われているはずのルミナが、今、自分を見ている。
その事実は、恐怖ではなく、歓喜に近い激しい感情となってリアの全身を支配した。
確信には届かない。
けれど、リアの胸は今までに無いほど強く震えた。
「お姉ちゃんが、いる! 私を見てた!」
その瞬間、彼女の中で何かのリミッターが外れた。
彼女は、観客のためではなく、ただ一人の姉の事で頭がいっぱいになり、他の事は一切考えれなかった。
そのパフォーマンスは、感謝と切望を込めた、命がけの愛のメッセージのように、彼女をさらに輝かせた。
ミュージックが止まり割れるような大歓声と拍手がステージを包み込んだ。
リアは、その熱狂の中心に立ちながらも、ルミナがいた場所だけを見つめた。
人混みの中、黒い影が、闇へ溶け出そうとしている。
(行かないで!今、お姉ちゃんを追わなければ、もう二度と会えなくなるかもしれない!)
リアは、ステージから飛び降りた。
雑踏の中、帽子で顔を隠し、消えかけた黒い背中を追う。
メイクも衣装も気にせず、人波をかき分け、夢の舞台の熱狂と喧騒を置き去りにして、ただ一人の姉を全力で走って追った。
足がもつれ、心臓の鼓動が聞こえるほどに。
ルミナを失う恐怖が、彼女の足を突き動かす。
そして路地裏でついに追いついた。
「待って! やっぱり……お姉ちゃんでしょ!」
声が届いたと同時に追いつかれた。
立ち止まり、振り返ったルミナの目が一瞬にして崩れる。
涙を堪える顔。
その微笑みの奥には、血を流すような痛みが滲んでいた。
「リア……夢に一歩近づいたね。おめでとう」
ルミナは、汚れた自分がリアの光に触れることを恐れながら、張り裂けそうな声で祝福の言葉を絞り出した。
「でも、もう私のところに来ちゃダメ。私は、リアの未来(夢)の邪魔になってしまう」
「そんなの関係ない!」
リアは、泣きながらルミナの腕に飛びついた。
「私はお姉ちゃんと一緒にいたい! お姉ちゃんがいない未来なんて、私には光でもなんでもない!」
リアは、ルミナの罪よりも愛を選んだ。
その純粋な重さが、ルミナの心を内側から引き裂く。
「……違う!」
ルミナは叫ぶように答えた。
「私が一緒にいることで、あなたのイメージも、あなたの夢も、明るい未来もすべてを壊してしまうのよ! なんでわからないの!私は、もう 『指名手配犯』 なの!犯罪者なのよ」
そしてリアは初めて見せる勢いで言い返した。
「だからなに!私のお姉ちゃんはルミナお姉ちゃんだもん!
私、あのときのお姉ちゃんの言葉があったから今の私がいるの! 逃げない勇気と、光を掴む勇気をもらったの!」
その真実の愛に満ちた強い言葉に、ルミナは反論する言葉を失った。
(リア…いつのまに、こんな強くなったの…こんな大人の顔するようになったのよ……
ついこの前まで泣いてばっかだったのに…)
静寂…雨の匂い…二人は、引き合う運命に逆らえず、互いの存在を確かめるように、強く抱き合った。
世界は、一瞬だけ優しくなる。
この温もりこそが、ルミナが闇を歩く理由のすべてだった。
ルミナは、リアを抱きしめ、顔を埋め、もう会えないかもしれない覚悟を込めて囁いた。
「ちゃんと遠くから見てるから。だから、あなたには絶対に 幸せになって欲しいの」
ルミナは、全身の力を振り絞ってリアから離れると、二度と振り返らず、夜の闇の中へ、自らの意志で再び走り去った。
リアは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死に追いかけた。
「お姉ちゃん! !待って!行かないで!」
雑踏を切り裂き、叫びながらルミナを追った。
信号が点滅して赤へと変わる。
ルミナの背中が、交差点の向こうへ消えようとしていた。
「行かないで!」
リアは、ルミナに、もう一度抱きしめてもらうためだけに、全力で赤信号を無視して飛び出した。
ルミナの背中との距離が、あと数メートルに縮まった、その刹那……。
足音だけが異様に辺りに響く。
リアの靴底がアスファルトを蹴る、必死な『生きている』という音。
しかし、その音を、異様な速さで接近する巨大な轟音が飲み込んだ。
ヘッドライトの閃光。
大きなトラックがクラクションを鳴らしながら急ブレーキのタイヤが滑る音だけが鳴り響く。
『パパーン!!キィーー!!』
その瞬間……。
信号の赤が、アスファルトを血のように赤く染め、溶けていく。
ルミナの背中が、交差点の向こうへ、今度こそ永遠に消えようとしていた。
それは、リアの光の夢をすべて焼き尽くすかのような、白く、暴力的な光だった。
リアは、その光の中に、ルミナを追いかける自分の姿が浮かび上がるのを見た。
──轟音。
時間の流れが粘着質なスローモーションに変わる。
リアの付けていた月影のペンダントが胸元で弧を描き、一瞬だけ強く光った。
そして、強烈な衝撃とともにリアの身体が宙に浮き上がる。
まるで世界が、真っ白になったように…
それは、ルミナが闇に堕ちた理由を、リア自身が身体で証明してしまったかのような、あまりにも悲しく、痛ましい残酷な終幕の瞬間だった。
轟音が街に響き渡り、ルミナの意識は白く凍りついた。
彼女は、交差点の真ん中でグッタリと倒れているリアを見て、一歩も動けなかった。
アスファルトに散乱したリアの血の色だけが、ルミナの視界を支配する。
(嘘…嘘でしょ……リア?……リアーーー!!)
ルミナは、もはや追われる身であることさえ忘れていた。
身体を貫く罪悪感と恐怖が、彼女の足を地面に縫い付けていた。
しかし、瞬く間に、周りの人々の叫び声と携帯電話の光がルミナの静止した世界を破った。
遠くから近づくサイレンの音が、その場にいた誰も彼もを凍りつかせる。
ルミナは、崩れ落ちそうな身体を無理やり動かし、リアのもとへ駆け寄った。
「リア!リア!!目を覚まして!」
彼女の呼びかけに、リアは応えない。
血に濡れた胸元に月影のペンダントが輝いている。
けたたましいサイレンと共に、救急車が到着する。
隊員たちがリアの身体を慌ただしくストレッチャーに乗せていく。
ルミナは、警察が来るかもしれないというそんな恐怖はとっくに忘れ、リアの手を離せなかった。
「離れてください!この子の知り合いですか?」
ルミナは何も答えず、ただ血の匂いと切迫した空気の中で、リアが白い布に包まれ、遠くへ連れ去られていくのを見つめた。
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──そして病院。
扉の向こう、無音に近い部屋で、機械的な生命の電子音だけが規則正しく響いていた。
『ピー、ピー、ピー....…』
心電図の規則正しい電子音。
その合間に、人工呼吸器が空気を押し込む『シュコー.......、シュコー......』 という重く湿った音が、静寂を切り裂く。
顔には酸素マスクが覆い、細い腕には何本もの点滴チューブが繋がれている。
モニターの光が、彼女の胸元にある月影のペンダントに反射する。
扉の外、ルミナが立っていた。
彼女の手は、血のように震えている。
「……私のせいだ……」
ルミナは床に膝をつき、祈った。
「神様…リアの目を覚まして……私がこのまま代わりに死んでもいいから、私の命を全部リアにあげてください…お願い…この子の未来を消さないで……」
レイトが、青ざめた顔で駆け寄る。
「ルミナ、逃げろ!警察がここに来る!」
ルミナは、レイトの腕を掴み、その瞳をまっすぐに見つめた。
「……もう逃げない。リアが目を覚ますまで、私はここにいる。……もう……いいの…」
朝の光が、病室の窓から差し込む。
ルミナの頬を照らす光は、かつて『監視の光』だった。
だが今はリアが残した『希望の光』に見えた。
その光と闇の境界線で、ルミナは逃げることをやめ、リアの目覚めという最後の希望に賭けた。
その手がもう一度繋がるまで、光と闇の境界は、ただ静かに揺れていた。
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病室は、すべてが白かった。
白い天井、白いカーテン、白いシーツ。
窓の外だけが、夜明け前の灰色を張りつめている。
規則正しい電子音が命のリズムのように部屋を満たし、そのたびルミナは呼吸を合わせた。
手の中には、リアの小さな手。
冷たくはないが体温は、まるで今にも消えてしまいそうなほど遠い火のように弱々しかった。
「ねぇリア、私ね、もう逃げないって決めたの」
囁きは、カーテンの布目に吸い込まれていく。
「あなたのそばにいれるならそれでいい。罪でも、汚れでも、全部私が受け止める。だから、帰ってきて…」
返事はない。
まぶたは花びらみたいに閉じたまま。
リアは眠り続けたまま目を覚まさない。
月影のペンダントだけが、胸元でかすかに揺れた。
ルミナは付き添い用の名札を偽って首から下げ、日中は人の流れに紛れ、夜は椅子でうたた寝をする。
看護師の目を避ける癖は、もう無意識の反射になっていた。
彼女の指には、小さく新しい切り傷が増えた。
病院食のトレイを運ぶ手伝いも、ゴミ袋をまとめるのも、すべてはここに居続けるための『気配の薄さ』の練習だった。
眠りの底では、ときどき表情がほどけ、幼い頃の顔つきに戻る瞬間がある。
ルミナはそのたびに、視界がにじむのを指で押さえた。
ルミナの瞼の裏にも、同じ景色が鮮明に焼き付いていた。
──風の匂いがする…
それは、夏の草原の、懐かしい青臭さ。
──小さな丘…
街の喧騒から隔絶された、二人だけの王国。
──手を引くのは…
まだ罪を背負う前の、無邪気なルミナの影。
『お姉ちゃん、はやいよ!』
二人で駆け上がった土手の記憶。
リアが転んで泥だらけで泣くと、ルミナは掌でリアの涙を払って笑った。
『泣き虫さんねぇ』
そう言いながらも、世界で一番優しい笑顔だった。
リアの潜在意識は、白い靄の向こうに、ルミナが闇に堕ちる前の、二人だけの幸せを何度も再生していた。
その記憶だけが、今、二人の存在を繋ぎ止めていた。
夜明け前、廊下の自販機の明かりが四角く床を切り取る。
レイトが紙袋を提げて現れた。
目の下には薄い隈。
ただ、声はいつも通り乾いている。
「パンと栄養ゼリー。あと、ドラッグストアで買った肩こりパッチ」
「私、どこか凝ってるように見える?」
「見える。背中が、前より狭くなった」
軽口のあと、沈黙。
レイトは窓の外に目をやり、言いにくそうに口を開いた。
「警察、お前の足をまだ追ってる。ここにも、近いうちに来る。……ただ、状況が少し変わったらしい」
ベンチに腰を下ろすと、紙袋の底から一枚の古い写真が滑り落ちた。
若い女の子で無邪気な笑顔。
ルミナが視線で『誰?』と問うと、レイトは小さく笑った。
「オレの妹だ。って言っても血は繋がっていないけどな。2ヶ月ほど前から行方不明なんだ…。
今、必死で探してる!今、どこで何してるのか…生きてるのか、死んでるのか、それすらわからない」
それ以上、詳しくは語らなかった。
ルミナはただ、その短い過去形に、胸がギュっと締め付けられた。
「だから、見てられねぇんだよ。お前ら二人を。……だからよ、せめて背中は押してやりたくてよ」
「押した先が崖でも?」
「崖でも、飛べる奴がいる」
彼は立ち上がり、紙袋を押し付けるように渡す。
その頃、リアの頭の中では…
白く霞んだ世界が光の粒が雪のように舞う。
足元は柔らかい草の感触。
目を向ければ、やはりあの丘だ。
風に揺れる麦、遠くの街、一本だけある曲がった木。
リアは自分の胸元に触れる。
月影のペンダントが、現実と同じ重みでぶら下がっていた。
(ここは……夢? それとも……)
丘の向こうから、影が現れる。
細くて黒い。
最初は恐れの塊に見えたそれが、近づくにつれ、よく知っている輪郭にほどけていく。
「……お姉ちゃん?」
影は答えない。
罪と後悔の色を重ねたような、沈んだ紫色。
リアは一歩近づき、さらに一歩。逃げることを選べる距離で、あえて止まらない。
『私は、光だけじゃ生きられないよ』
影が揺れ、リアは胸に手を当てた。
『お姉ちゃんが隣にいてくれたから、私はここに立ってる。泣き虫を叱ったのも、手を差し伸べてくれたのも、お姉ちゃんだよ。だから、怖がらないで。私の中の黒まで、ちゃんと抱きしめて』
そう言って、リアは影の手を取る。
その手は冷たさはなく、ただ、ルミナの過去と罪の重さを背負うように、震えていた。
影は、罪悪感と安堵の混じった涙を流し、その小さな手に額を押し当てた。
「ありがとう、リア…」
それは、ルミナの口には決して出せなかった、魂の叫びだった
次回
《PROJECT♾️HEART-X 第21話》
(ルミナ編 第9話:白い朝、灯る名》




