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PROJECT♾️HEART-X─その涙に宿る心と絆─  作者: 陽月勝也
【第一章: (裏)☾ルミナ・ミラード─ 月影に揺れる蒼光】      ─ 月影の誓い─ ルミナ編
17/26

☾《第15話:檻の外の風》

──朝。


挿絵(By みてみん)


朝の空気は少し冷たく、湿った土の匂いが漂っていた。

毎日の同じ事を繰り返すだけの施設の生活。

ルミナとリアがこの施設に来てから、もう四年の月日が流れていた。


(ここにいても未来は何も変わらない)


ルミナは相変わらずの、何も変わらない退屈な日々に先への不安とイライラが募る一方だった。


施設の裏庭には、ひび割れたコンクリートと、草の隙間から顔を出す小さな花があるだけ。


風が通り抜けるたび、色あせたフェンスがカランと小さく鳴いた。

ルミナはそのフェンスにもたれ、ぼんやりと空を見上げていた。

遠くで聞こえる車の音、校舎の向こうから響く朝の鐘。

けれどそのどれもが、どこか遠い世界の出来事のように思えた。


少し離れたベンチでは、十二歳になったリアがノートを膝に広げていた。

小さな指で、一文字一文字、大切な夢の続きを書き足していく。

風が吹くとページがぱらりとめくれ、髪がふわりと頬を撫でた。


「風……冷たいね」

 

リアの声は小さく震えていた。

ルミナはフェンス越しに空を見つめたまま答える。


「……そうね。でも、悪くないわ」


その言葉は短かったけれど、リアはなぜか少し安心したように微笑んだ。

ルミナが『嫌いじゃない』と言うものは、この冷たい世界の中ではとても珍しかったから。



しばらくすると、フェンスの向こうから、あの夜と同じ、重たい鼓動のようなエンジン音が聞こえた。

リアが小さく肩をすくめる。

ルミナは静かに前へ出てフェンスに寄った。

金網の隙間から覗いた影は、黒いジャケット、銀色のマフラー。

朝の光を反射して、バイクはまるで銀色の蛇のように輝いていた。


(……あの風の中に、自由がある気がする)


胸の奥がわずかに熱くなる。

怖さではなく、憧れ。

この施設の壁の外には誰にも命令されず、自分の意思で走る者たち。

そんな世界が広がっている。

ルミナの紫の瞳が、淡く光を帯びた。


「お姉ちゃん……外は怖いよ…」


リアが不安げに袖を掴む。

ルミナは小さく笑った。


「怖いのはね、何も知らずに閉じこもってることよ」


リアはその言葉の意味がわからないまま、きょとんと目を瞬かせた。

そして胸の奥がぎゅっと痛くなる感じがした。

風が再び吹き、フェンスがカランと鳴り、ルミナの髪を揺らす。

その音は檻の鎖が鳴くように聞こえた。


(この風の向こうに、何があるんだろう……)


胸の奥で、何かが静かに芽生えていた。

それはまだ名前のない衝動。

けれど確かに、檻の外の風が、彼女の心を揺らしていた。



昼下がり。

空気が少し湿り、遠くで雷の気配がしていた。

施設の裏手、フェンスの向こうから、ふいに笑い声とバイクの低い唸りが響いた。

鉄の柵を震わせるようなエンジン音と、男たちの笑い声は、まるで檻を叩く外の風のように胸に刺さる。


「おい、ここ施設か?」


マフラーから出る煙とタバコの匂いが風に乗って流れ込んでくる。

施設の壁越しに、数台のバイクが並び、エンジンの振動が地面を震わせていた。

リアは思わず後ずさり、ルミナの腕を掴んだ。


「ダメだよ……行っちゃ。あの人たち、怖いよ……」


けれどルミナは一歩、フェンスへ近づいた。

エンジンが止まり、ひとりの男がヘルメットを外す。

金色の髪が朝の光と風を受けて揺れた。

視線がぶつかり、一瞬、世界が止まった。

男がふっと口角を上げる。


「よぉ!お前、ここの施設にいるのか?いい眼してんな」


その言葉にルミナの胸が、針で刺されたように冷たく熱くなった。

褒められて嬉しいわけじゃない。

けれど、妙に心がざわついた。


リアが震える声で呼びかけた。


「お姉ちゃん、行こう……先生が来るよ……!」


ルミナは振り返らず、フェンス越しの世界を見つめ続けた。

風が頬を撫で、黒髪がゆらりと揺れる。

フェンス越しの世界が、やけに輝いて見えた。


その自由の匂いが、ルミナの心をかすかに痺れさせた。


その時、年長の職員が嫌悪感に満ちた声で大人の権威を振りかざしながら駆け寄ってきた。


「おい、お前たち!入ってくるな!警察を呼ぶぞ!」


怒鳴る声には、恐怖と軽蔑が混じっていた。

ルミナが目を向けた瞬間、男たちは職員に向かって汚い言葉を吐き捨て、笑いながらバイクをふかし、白煙と共に去っていった。


「ゴミどもが!」


職員が小声で言った。

職員のその一言は、ルミナには『私たちは汚いガキだ』と蔑んでいるようにしか聞こえなかった。


排気音が遠ざかり、空気に残るのは焦げたオイルの匂いだけ。

ルミナはフェンスに手を当て、金網越しにその消えた道を見つめていた。


(……ゴミども、か)


確かにルミナの耳にはそう聞こえた。

職員の叫びが、彼女たちを否定する大人の声と重なった。

男たちは嘲るように笑い、排気音を響かせて去っていく。

ルミナはフェンスに触れ、その向こうに消えた道を見つめる。


(大人たちは敷かれたレールからはみ出た者を、嫌悪感のように決めつける。

でも本当は、何も知らないだけじゃないの……?彼らは彼らなりに、ずっと自分で生きる力を持っている。そして一生懸命に生きようとしている)


ルミナにはそんなふうに思えてならなかった。


風が吹くたび、指先が震えた。


「……あの人たち、行っちゃったね。

外って怖いね…」


リアは俯いたまま、小さく言った。

ルミナは曇り空を見上げる。

雲の切れ間から、一筋の光が差し込む。


「怖くてもいい。でも、何も知らないまま終わる方が、もっと怖いと思わない?」


リアは何も言えずにルミナを見つめた。

その横顔は、少女のものではなく、何かを見つめる覚悟を持った人間の顔をしていた。

風がまた吹く。

檻の外から、かすかに遠くのバイクの音。

その音が、ルミナの胸の奥に深く刻まれた。


ルミナはその音に導かれるように、静かにフェンスを離れた。

オイルと焦げたタバコの匂いが混ざった、その生々しい匂いこそが、大人が決めた枠の外にある『生きている証』に思えた。

ルミナはそれをそっと握りしめると、再び空を見上げた。


(あの音の向こうに、本当の自由がある気がした)



────────────────────


そしてその日の夕方前──



空気が少し湿り、遠くで雷の気配がしていた。

遊んでいたリアの元へ、年長の男子たちがニヤニヤしながら近づいてくる。

彼らはリアを突き飛ばすと、大切にしていた母の形見のノートを地面に投げ捨て、無惨にも土足で踏みつけた。


「やめて……! 返して!」

 

リアの悲鳴が響いた瞬間、ルミナの視界が真っ赤に染まった。

ルミナは猛獣のような勢いで男子たちに飛びかかり、その襟首を掴んで床に叩きつけた。

相手が誰だろうと関係ない。

拳を振るい、徹底的に叩きのめした。



だが、大人の目にはその理由は映らない。



職員がルミナを呼び出し怒っている。

 


「ルミナ。あなた、また男子と喧嘩したんですって!?」


夕暮れ時、女性職員の声が金属のように冷たく響いた。机を叩く音。冷たい視線。


ルミナは、目を伏せたまま動かず黙ったまま何も言わない。

唇を閉ざし、拳を握りしめる。

胸の奥で、何かが小さく軋んだ。


職員の顔には怒りというより、恐れが滲んでいた。

まるで氷のような光を宿したその瞳に、職員はたじろいだ。


「お姉ちゃんは悪くないの……」


呼び出されたルミナの横で、リアが震える声で呟いたが、大人は聞く耳を持たない。


「あなたって子は、いつまで反抗的なの! 暴力でしか自分を守れない子は、外に出て結局どこに行っても繰り返して孤立するのよ。しばらく反省室で頭を冷やしなさい!」


ガチャン、と重い鉄扉が閉じられる。


冷たい空気が頬を撫で、乾いた金属音が、心の奥で反響した。


窓から外を見下ろすと、夕焼けがフェンスを赤く染めていた。

遠くには街の灯りがぼんやりと見え始めている。



ルミナは唇を閉ざし、赤く腫れた拳を強く握りしめた。


(言い訳したところで、なんの意味もない。それに、どうせ理解されない……)


彼女が拳を振るったのは、男子たちがリアのノートを踏みつけたからだ。

けれど、職員の目には妹を守ってる姉ではなく、ただまた問題を起こした子にしか映らない。



(……この檻の外には、どんな風が吹いているんだろう)


夕暮れの光が床に映り、鉄格子の影が長く伸びていく。

それはまるで檻そのもののようであり、時間の流れを閉じ込めるようだった。

それでもルミナの心は、妙に静かだった。

怒りではなく、決意に近い静けさ。


ルミナは昼間の金髪の男を思い出していた。


大人の作ったルールを嘲笑うように、排気音を響かせて走り去っていくバイクの群れ。

その白煙と焦げたオイルの匂いが、窓の隙間からかすかに流れ込んでくる。


(……あの人たちは、自分の意思で生きている。誰のルールでもなく、自分の力だけで)

 

大人たちが『レールからはみ出たゴミ』と嫌悪する彼らこそが、ルミナには、この檻の仕組みを壊すための『生きている証』のように思えてならなかった。

 

その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥に火がともるような熱が生まれた。


(夜になったら、外の仕組みを調べに行こう。この檻の外にある、本当の力を知らなきゃ、何も変えられない……)



────────────────────


やがて夜になり、施設の明かりが消え、深い静寂が降りる。


ルミナは反省室の鍵を器用に開けて抜け出すと、水を飲むふりをして廊下を進んだ。


その時、職員室のドアの隙間から、低い話し声が漏れているのに気づく。

ルミナは壁にそっと身を寄せ、息を潜めた。


挿絵(By みてみん)


「……ルミナが十六歳になったら、もう追い出すしかないだろ。あんな気性が荒い子、引き取り手なんかいない。

後々問題を起こされて、私たちが責任をとる羽目になったらどうする。こっちの評判を落とされたら堪ったもんじゃない。どうせそこらへん彷徨って、すぐに悪さして刑務所行きだよ」


「リアは適当な里親にでも当てがってやればいい。面倒はここで終わりだ」


職員たちの冷たい笑い声が、ルミナの耳に突き刺さる。


(適当……? 面倒……?)

 

胸の奥が凍りつく。

続く最後の一言が決定的だった。


「リアはまだしも、あの不良娘。厄介な姉妹だったな。ま、あと数年の辛抱だ。その後はもう知らん」



頭のてっぺんまで血が逆流し、全身の細胞が怒りで震えた。

 


(冗談じゃない。私の事は何言ってもいい。けれど…リアだけは、ちゃんと守ってくれると信じていたのに…。私がいなかったら、リアはやっていけるの…?私がいなきゃ、リアは大人たちの都合で振り回される)


彼女の瞳の奥で、紫の炎が静かに燃え上がる。


大人はどこまでいっても、自分たちの都合で子供を振り回すだけの存在だった。


ルミナは無言で廊下を戻り、静かに自室のベッドへと潜り込んだ。


静寂が降りる中、ルミナはベッドの上で天井を見つめていた。


(私とリアがこの施設にきてから、もう四年がたつのね…。この場所では、何も変わらない。確かにここにいれば雨風がしのげて食べ物がある。最低限生きていくのに不自由はしない。

だけど、鳥カゴに入れられてる鳥のようにしか思えない…)


闇の中、隣で眠るリアの小さな手をそっと握りしめる。


リアは十二歳。

ルミナは今、十四歳……。

十六歳になるまで、あと二年しかない。

ルミナがこの檻を出るまでのタイムリミット……。



ルミナは、暗闇の中で自分の両手を見つめた。


(私のこの手が人を傷つけるしか能がない荒れた手だというのなら、それでもいい。

その暴力が、リアを守る絶対の盾になるのなら)


深く息を吸う。

施設の匂いの奥に、かすかに外の風が混ざっていた。

それは鉄と煙と、自由という危険な匂い。


「……分かったわ。私は守る。言葉じゃなく、形で示す。ここを出て、私がリアと自分の生きる道を作る」


指先の古い傷跡が、月光に白く浮かび上がる。

その痛みが、彼女の孤独な誓いを確かに刻んでいた。


ルミナは、眠るリアの髪を一度だけ撫でた。

その微笑が、まだ希望を信じる少女のものだと知りながら。


(この施設は、安全地帯に見えるだけのただの幻。

大人の都合に支配された薄汚い鳥籠だ。

待ってて、リア。自由の風が吹く場所まで、私が必ず連れていくから)

 


夜が静かな窓の外、遠くの街道でバイクの音がひとつ高く鳴り響き、未来の呼び声のように闇を切り裂いて消えた。

ルミナは、リアの小さな夢と二人の未来を守るため、数年後の旅立ちに備え、自ら弱肉強食の闇の世界へと歩を進めることを、その胸の中で固く誓うのだった。


次回!

《PROJECT♾️HEART-X 第16話》

(ルミナ編 第4話 夜明けの影)

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