世界に侵入するもの
この世界には、トトとヘカテーだけが残った。力の差は歴然で、ラーヤの死を受け入れるのに遅れたトトは近づいてくるヘカテーから逃げる事すらままならない。逃げたところでどうにもならないというのもあるが、もう心のどこかで諦めているのもあるのかもしれない。
「あらあら、そんなに怖がらなくてもいいんじゃない?ワタシは別にアナタの命まで取ろうとは思っていないもの。」
「な……なんで、こんな……」
目の前にいる恐怖の塊のようなヘカテーに、途切れ途切れの言葉で問いかける。
「当たり前じゃない。アナタの持っているその模倣の異能はワタシの、いえ、アノ人のものだもの。アナタはもうアナタ自身のものでは無いの。というより、アナタは元々アナタの物じゃない。アナタの身体は、アノ人のもの同然なのよ。ふふっ。」
意味のわからない言葉を不敵な笑みで話すヘカテーは、狂人そのものだった。
「俺は…俺だ。誰の物でもない!」
トトは余裕で構えのないヘカテーに飛びつく。ヘカテーに勝つには、最低でもこの世界から抜け出す、あるいはヘカテーを倒すしかないのだ。そのどちらの可能性も秘めている、ヘカテー自身の異能を模倣する。それがこの窮地を脱するただ一つの方法だった。
少しでも触れることが出来れば、可能性は大きく広がる。もしかしたら、倒せるかもしれない。
トトはヘカテーの腕に手を伸ばす。ヘカテーは思いもよらぬトトの捨て身の行動に驚いた顔だったが、トトの行動の意味を瞬時に理解する。ヘカテーは、後ろに飛び避けた。しかし、トトのスピードは通常の人間のそれとは違った。
自己強化
トトは自己強化を使っていたのだ。ヘカテーの足は地面から離れていて、これ以上速度を上げたり他の方向へ避けることが出来ない。
完全に意表を付かれたヘカテーに迫るトト。後1ミリかというところで、トトに隙ができる。伸ばした手は力を失い、トトは飛びついた勢いで前に進んでいる。
「なっ……!!」
その隙にすかさず反応するヘカテー。伸ばしているトトの腕を掴み腹に膝を入れる。呻き声を上げるトトの頭を掴み、地面に叩きつける。
トトはリミッターを外せない。元々体力が多くはないトトに限界がきたのだ。異能はあと少しというところで効果を失い、生身の身体に戻ってしまった。もう、トトは逃げられない。さらにその身体で受けた攻撃は確実にトトの戦意を消失させ、トトをうずくまらせた。
「あら、飛びついてこれる勇気があったのは驚いたけれど、まだまだ甘かったわね。空間を移動しているのを見ているアナタに掴まれたら、ワタシの異能も模倣されるところだったわ。」
「ち……くしょ、ぉぉ」
「安心しなさい。今ので殺意が湧くほど子供じゃないのよワタシ。圧倒的な差を一瞬でも埋めたアナタに関心しているの。だからと言ってこの状況が変わるわけではないのだけれど。」
トトは呻き声を上げ続ける。ラーヤの死と、痛みと、誰にもぶつけられない怒りが、トトは涙を流す。
「あらあら、男の子なのに泣いたらだめでしょう?ワタシ、弱い生物が嫌いなの。あまりしつこく泣かれると、アナタが声を出せない状態にしないといけなくなるでしょう?あまり手荒な事はしたくないの。」
「なら君は自分が嫌いという事かい?」
最近聞いたような口調の、聞いたような声が混ざり込む。民家の屋根の上に立っているその男は笑みを浮かべていた。
「アナタ、どうやってここへ来たのかしら。」
「それは僕に聞かれても困るなぁ。僕はある人のお陰でここにいるんだ。」
「……ふふっ。そんな事を知っている人なんて、ワタシは3人しか知らない。アノ人と、ワタシと、英雄、ドール・マギリア」
「わかっているじゃないか。そう、彼女はなんでも知っている。知らない事もあるのだろうけれど、僕達が理解できない事を彼女は知っていて、彼女が理解できない事は、僕達はその理解できない事自体の存在を知らない。仮にその理解できない事を僕達が知って、存在が明らかになれば、彼女はその理解出来ないことを理解できるようになっている。説明が下手かな。」
ガルエール。英雄がまた守ってくれるというのはどうなんだろうか。トトはガルエールの登場に安堵していた。あれだけの闘いっぷりを見たのだ。今回も、何とかしてくれる。そんな考えがトトの頭を埋め尽くしていた。
「なら、ワタシが今考えている事もあの英雄はわかるのかしら?」
「さあ、どうだろう。しかし君が知っているのだから、必然的に彼女も知っているんだろう。それに、今の君の感情は僕でもわかる。そんなに殺気を出されていたら、嫌でもね。」
「正解は、殺したい。すごいわ、大正解っ!!」
ヘカテーは袖から隠しナイフを出し、ガルエールに襲いかかる。




