正義の悪
視界が霞む。地響きと話し声が聞こえる。体全体に温もりを感じる。
人間はいつか死ぬ。今まで暮らしてきた家族も周りの人間も死んだ。次は自分の番というわけだ。背中から溢れる血はいつしか血溜まりを作っていた。刺さったナイフは貫通してすぐ側の地面に突き刺さっていた。真っ赤に濡れたナイフを見つめながら思う。このまま皆の元に行けたらどれだけ幸せなのかと。早く楽になりたいと。
貫通したナイフをクノンは手に取り、布で血を拭う。それをガルエールに投げているようだが、ガルエールは風を纏いながら戦闘しているため、寸前で弾かれる。しかし、いくら英雄といえどこれだけの戦力に囲まれるとどうやら不利なように思える。
トトはナイフが背中から貫通した時の痛みを思い出し、背中に手をやる。血まみれで温かい。もちろん触ると痛い。肌触りはいつもと変わらない。もう1度触り直す。痛みが消える。力一杯そこに指を当てるが、傷もなけらば痛みもない。
そう。彼はやはり死ねなかった。
視界もしっかりしていて、戦闘は苦戦を強いられていた。バイフィール、クノン、ヒティア。直接戦闘しているのはバイフィールとヒティアだが、クノンもスキをうかがっている。
ふと、ガルエールは動くのを辞める。こそにヒティアが殴りかかるが、風で吹き飛ばされる。
「そろそろ状況が状況だ。終わらせる。たとえ世の理に背いても。」
「そろそろぉ、リミッター解除の状態で結構動いたし異能も限界だと思ったんだけどなぁ!」
「確かに、バイフィール。君の言う通り異能はそろそろ限界だろう。まぁ元々異能は使わないのでね、あまり異能量は多くないんだ。」
「で?どうやって終わらせるんだってぇ?降伏でもするのかなぁ?」
「理の大罪人。ここにいる全員がもちろん知っているだろう。」
「もちろんさぁ。それがどうした?」
「理の大罪人の所以、異能の具現化。僕もできたりしたら……どうする?」
「……笑わせるなぁ。ならなぜ最初からやらない。」
バイフィールの顔から笑が消え、クノンやヒティアは目を見開いている。
異能の具現化。つまりは大罪。なぜ異能の具現化が大罪なのか。それは圧倒的な力。世界の崩壊ももたらす力。
「信じる必要は無いよ。どうせ目の前で今見ることになる。」
「…………。」
ガルエールの周りに空気が変わる。ガルエールの周りだけ、シンと静まったかのような空気。そこにガルエール唯一の異能である風が生じる。そして衝撃が生まれ、近くにあった岩の欠片が吹き飛ぶ。ガルエールは豪風を纏い、集中している。
「ハッタリじゃなかったか!!!!止めるぞ!!!!!」
バイフィールが大声を出し、それに見とれていたヒティアやクノン、ダギヌス、ソーマが我を忘れていた事、今の状況に驚く。ヒティアとクノンが近寄ろうと歩んだ瞬間、風はさらに強くなりとてもじゃないが近寄れない。バイフィールの放った氷はまるで雪のように粉々に吹き飛ぶ。そして2度目の衝撃。トトは吹き飛び受け身を取れずに尻もちをつく。そして、ガルエールの姿にこれまで以上の驚きを覚える。ガルエールはガルエールではなくなっていた。いや、彼は彼なのだろうが、面影が残るだけで他の別人ではないかと疑う程に変貌していた。
「さぁ、終わらせようか。安心しろ。命までは取らない……が、しばらく動けなくなる程にはなるだろう。」
「それが異能の具現化……?なにが具現化されているんだ?見た目が変わっただけじゃないかぁ。それとも今の君は異能そのものなのかぁ?」
「……いや違うな。僕はガルエールだ。いや、世の理に背いた時点で名前など無いな。英雄でもない。言うならば……正義の悪。」
そう言い彼は風を巻き上げる。今までの比ではない。バイフィール、クノン、ヒティアは宙に飛ばされる。しかし、バイフィールは飛ばされながらも氷の刃を放つ。
しかしそれはすぐに消滅した。風を巻き上げた直後に、ガルエールは風を纏わせた剣を思い切り横に振った。無数の風の斬撃が3人を襲う。
そして空に、赤い花びらが舞うように、3人は切り刻まれる。上に吹いていた風は、方向を変え暴風となり地面に向かって吹き始める。そして3人はなす術なく地面に叩きつけられ、誰も立とうとはしなかった。いや、立てなかったのだろう。生きているのか、死んだのかすら分からないほどに赤く染まり、ボロボロになっていた。
そこからは話すまでもなく、ゲルバナティス軍は撤退するしかなかった。ダギヌスが指揮をとり、武器や装備を全て捨てて撤退していった。これ以上戦闘の意思はないという精一杯の行動だったのだろう。
そして、今回の一件でゲルバナティスは街からまた一歩遠ざかる事になり、軍の解散を命じられた。
戦争が終わった。そして、もう隣にはヒティアはいない。きっともう隣に立つこともない。




