第7話:真似屋の自滅と最上流の囲い込み
商売が軌道に乗り、利益が上がり始めると、必ず蠢き出す連中がいる。
「有能な真似屋」たちだ。
2年目の夏が過ぎる頃、中央広場のあちこちで「うちもスープ売り始めたよ!」「安くて丸い石鹸だよ!」と大声を張り上げる粗悪な露店が目立ち始めた。
俺の儲けに目をつけた地元のチンピラ商人や質の悪い露店屋が、肉屋から骨や脂を安く買い叩き、鍋で煮込んで真似をし始めたのだ。
「お兄ちゃん、大丈夫なの……? あっちの店、うちの半分の値段でスープ出してて、客が流れていってるわ……」
帳簿を抱えたパン屋の娘が、不安そうに眉をひそめて俺の顔を覗き込んできた。だが、俺は慌てるどころか、鼻で笑った。
「ほっとけばいい。フレンチの仕込みと化学の反応を舐めちゃいけないよ。あの手の粗悪品は、勝手に自滅するから」
案の定、事態は数日で決着した。
血抜きもアク取りもせず、ただガラを煮詰めただけの真似事スープは、ドロドロとした脂の層が浮き、冷めると獣の腐敗臭が漂う代物だった。一口飲んだ客は「臭くて飲めたもんじゃない!」と吐き出し、下痢を起こす者まで現れた。
石鹸に至ってはもっと酷い。不完全なけん化(アルカリ反応)と雑な精製のせいで、強アルカリの灰汁がそのまま残った「肌をかきむしるほどの激痛を伴う腐敗油脂の塊」だったのだ。使った主婦の肌は真っ赤に腫れ上がり、街中で大クレームの嵐が巻き起こった。
「やっぱりあっちの怪しい店は駄目だ! 本物はお兄ちゃんのところの『ハーブのスープ』と『サイコロ石鹸』だけだ!」
粗悪品の失敗によって、逆に俺の商品の「圧倒的な仕込みの技術」と「安全性の高さ」が証明される結果となった。客は以前にも増して俺の露店へ押し寄せ、ブランド価値は一気に確固たるものになった。
だが、ピンチをチャンスに変えて安心したのも束の間、今度は「原料の供給元」から思わぬ攻勢が仕掛けられた。
いつも仕入れを行っている肉屋の親方が、腕組みをしてニヤニヤしながら俺を見下ろしてきたのだ。
「よう、お兄さん。最近大儲けで鼻が高いな? 今日から大腿骨と脂の引き取り価格、今の10倍にさせてもらうぜ」
「10倍……? 正気ですか、親父さん。骨も脂も、俺が引き取らなきゃ金を出して捨てるだけのゴミでしょう」
「へっ、世情が変わったのさ。真似屋どもも骨を欲しがってる。嫌なら他へ行ってくれや」
俺が買い叩けないと踏んでの足元を見た値上げ要求だ。
だが、今の俺にはギルドからの融資とB2Bの定期契約で蓄えた「潤沢な手元資金」がある。個別の肉屋に固執するフェーズは、とうに過ぎていた。
「分かりました。これまでありがとうございました」
俺は即座に肉屋との取引を打ち切り、その足で街の最郊外にある「中央屠殺場(大規模解体場)」へと向かった。
街全体の家畜が集まり、毎日大量の骨と内臓脂が廃棄される巨大な施設だ。臭気と血煙が立ち込める現場の責任者に、俺はまとまった手付金の銀貨袋をドンと提示した。
「ここから出る新鮮な大腿骨と背脂を、1年間の長期固定契約で『全量買い取り』させてください。運搬の手配もすべてこちらで持ちます」
「な……全量だと!? 毎日どれだけの量が出ると思ってる!?」
「問題ありません。全部引き取ります」
個人の肉屋からではなく、流通の最上流(屠殺場)を押さえる。
これで原料の単価を以前よりさらに安く抑えつつ、他業者が骨を仕入れられないよう「原料の完全な囲い込み」に成功した。ハシゴを外されたあの肉屋の親方が、青い顔で謝罪してきた頃には、すでに俺の仕入れルートは揺るぎないものになっていた。
2年目の冬。俺は更なる一手に打って出た。
「庶民向けのサイコロ石鹸」だけでなく、パートのおばちゃんたちに圧搾させたいちごやバラのオイル、精油を加えた「貴族・豪商の婦人向け・極上フレグランス石鹸」の開発だ。
美しい木箱にシルクを敷き、精巧な刻印を施した手彫りの高級石鹸。
これを、B2Bの取引で知り合った高級居酒屋の伝言ゲームを使い、街の豪商の妻たちへ「限定品」として持ち込んだ。
「まあ……! なんて芳醇な香りと、滑らかな泡立ちなの……! これなら王都の貴族様のお品にも負けていませんわ!」
庶民向け石鹸の10倍以上の高値をつけた高級石鹸は、富裕層の婦人たちの間で一種の「ステータスシンボル」として爆発的に売れた。
この高利益率の高級ラインが決定打となり、商人ギルドが店舗を持つ条件として提示していた「年間売上高の厳しいノルマ」を、2年目の終わりにしてあっさりとクリアしてみせた。
「……信じられん。行商から始めてわずか2年で、これほどの純利益と売上高を叩き出すとは……」
ギルドの受付職員は、提出された帳簿(パン屋の娘が完璧に仕上げた羊皮紙)を手に、震える声でつぶやいた。
これで売上高の壁は越えた。
残る条件はただひとつ——「3年間の販売実績」という、時間の経過を待つことだけだった。
「……ねえ、リクさん。あと1年で、いよいよお店が持てるのね」
夜の借家。調合を終えた俺の横で、帳簿を閉じながらエリスがポツリと呟いた。
「ああ。店舗を持てば、もっと大きな釜が置けるし、パートのおばちゃんたちも増やすことができる」
「……店を持ったら、お兄さんは『親方』として、この街の正式な市民になるのよね?」
どこか不安そうに上目遣いで俺を見つめる彼女。
独身の行商人はいつ街を去るか分からない「風来坊」だが、店を構えた親方はその街に根を張る「一人前の男」だ。
俺は彼女の頭にそっと手を置き、いつも帳簿をつけてくれるその小さな髪に挿さった木彫りのヘアピンを優しく撫でた。
「逃げたりしないよ。俺の店には、腕の立つ最高のお女将が必要だからな」
「……! もう、またそういうこと言う……!」
真っ赤になってポカポカと俺の腕を叩く彼女の温もりを感じながら、俺は3年目の決戦——実店舗のオープンに向けた最終準備へと静かに兜の緒を締めた。




