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北国の白い風 北海道

北国の白い風


八月の旭川とは思えない熱気が、開け放した窓から茶の間へ入り込んでいた。築三十年の木造平屋では、昨夜取り込んだバスタオルが畳の上に積まれ、いちばん上に載った修平の肌着だけが、風もないのにゆっくりとずり落ちている。台所の換気扇からは、近所の畑で乾いた堆肥の匂いと、日に焼かれた物置のトタンが放つ鉄臭さが流れ込んできた。和子は冷蔵庫から出した保冷剤を首の後ろへ押し当て、窓の外をのぞいた。


庭先には、電器店の白い軽トラックが止まっている。その脇で、首に保冷剤を巻いた修平が、作業員へ壁の位置を説明していた。彼が指差すたびに、薄い灰色のTシャツの脇へ汗染みが広がっていく。七月の終わりから毎日、二人で扇風機の前を取り合っていたが、昨夜、修平が三度目を覚ましたところで、和子がエアコンを買おうと言った。


最初に値段を聞いたとき、修平は眼鏡を外して、何度もレンズを拭いた。冬にも使える寒冷地向けの機種は、二人が考えていたより高かった。それでも、五年前に屋根を直すため封をした定期預金を一部だけ解約し、翌日の朝には電器店へ注文していた。修平は見積書を仏壇の引き出しへしまうとき、「屋根より先に、住んでいる人間が焼けたら困る」と言った。


玄関の網戸が、がらがらと音を立てて開いた。紺色の作業着を着た二人の作業員が、床へ青い養生シートを敷きながら入ってくる。その後ろから修平が、白い箱の片側を支えていた。箱には涼しそうな部屋で笑う家族の写真が印刷され、その端を修平の汗が濡らしている。


「お待たせ。今日中に試運転までやってくれるそうだ」


「あなたは持たなくていいのよ。腰を痛めたばかりでしょう」


「片側へ手を添えただけだ。ほとんど持っていないよ」


修平はそう言いながら腰を伸ばし、顔をしかめた。和子は言い返さず、冷えた麦茶を入れたコップを四つ、盆へ並べた。文机の上には、先週の新聞広告で折ったごみ箱と、工事代金を入れた茶封筒が置いてある。その横では、作業員へ出す夕張メロンが、切られるのを待っていた。


室内機を取りつけるのは、仏壇と窓の間の壁だった。作業員が柱の位置を探して壁を叩くたび、乾いた音が茶の間に響いた。電動工具が回り始めると、細かな木くずが養生シートの上へ落ち、開けた穴から外の強い光が細い筋になって差し込んだ。修平は両手を後ろで組み、工事現場を監督する人のように何度もうなずいている。


「そんな近くで見ていたら、作業の邪魔でしょう」


「穴を開けるところなんて、一生に一度しか見られないかもしれないぞ」


「屋根を直したときも同じことを言って、職人さんに釘を拾わされていたじゃない」


作業員が声を立てずに笑った。修平はスリッパの中で足の指を動かし、少しずつ後ろへ下がった。緊張したときに足の指を丸めるのは、四十年前から変わらない。結婚式で名前を呼ばれたときも、借家からこの家へ移った日も、靴下の中で同じことをしていた。


和子は台所でメロンを切った。刃を入れると熟した果肉から甘い汁があふれ、まな板の溝へたまった。四つのガラス皿へ一切れずつ載せ、作業員には大きいところを選んだ。残った種の周りは、あとで修平がスプーンですくうため、小鉢へ取っておいた。


「ひと休みなさってください。暑い中、本当にありがとうございます」


作業員たちは縁側へ腰を下ろし、冷えたメロンを口へ運んだ。一人が「今年は取りつけの依頼が多くて、盆まで休めません」と言うと、修平は自分の首の保冷剤を押さえながら何度もうなずいた。和子の母は、北海道の夏などお盆まで我慢すればよいと言っていた。しかし、母が暮らしていたころ、この辺りで夜になっても窓を開けたまま眠れないほど暑い日は、そう何度もなかった。


休憩が終わると、白い室内機が壁へ固定された。日焼けした柱や茶色い砂壁の間で、そこだけ新しい雪が積もったように見える。外では室外機が低くうなり、配管を覆う白い化粧カバーが壁をまっすぐ下っていた。作業員は養生シートを畳み、床へ落ちた木くずを一つ残らず掃除機で吸い取った。


「それでは、試運転します」


リモコンのボタンを押すと、室内機が短く音を鳴らした。閉じていた吹き出し口がゆっくり開き、白いカーテンの裾がふわりと持ち上がる。和子は風の前へ手を出した。指の間を抜けていく空気は、井戸水に触れたときのように乾いて冷たかった。


修平は冷風の真下に立ち、Tシャツの襟を両手で広げた。冷たい風を腹の中へ入れようとする子どものような格好だった。作業員から掃除の仕方と冬の運転方法を教わっている間も、修平は何度も吹き出し口を見上げている。説明書を受け取ると、表紙の文字を声に出して読んだ。


「部屋の中に、秋の風が来たみたいだな」


「秋風は、電気代を請求しないけれどね」


「今くらいは請求書の話をしないでくれよ」


工事代金を渡し、二人で作業員を見送った。軽トラックが角を曲がるまで修平は道路へ立ち、見えなくなると、急いで茶の間へ戻ってきた。畳の上へ大の字になり、両腕と両脚をいっぱいに広げる。その足が、取り込んだままのバスタオルの山を崩した。


「洗濯物を踏まないで」


「涼しい畳が空いていなかったんだ」


「あなたが片づければ、いくらでも空くわよ」


修平は寝転がったまま、バスタオルを一枚つかんだ。四つ折りにしたつもりらしいが、角と角が合わず、台形になっている。それを見た和子は直さず、残りの洗濯物を隣へ運んで腰を下ろした。二人で畳み始めると、肌にまとわりついていたシャツの湿り気も、いつの間にか消えていた。


窓の外では、盛りを過ぎたラベンダーが乾いた紫色の花穂を揺らしている。物置のトタンにはまだ西日が照りつけ、庭土の表面は白く乾いていた。けれど、茶の間では壁掛け時計の秒針と、エアコンが風量を調節する小さな音だけが聞こえる。修平は畳み終えたタオルを積み上げ、一番下の一枚が斜めになっているのを指で押し込んだ。


和子は冷蔵庫へ残しておいたメロンを取りに立った。作業員へ出したものより小さな切り身を二つ、ガラスの皿へ載せる。種の周りを入れた小鉢も一緒に運ぶと、修平は迷わず小鉢へ手を伸ばした。皮の際までスプーンで削り取り、薄緑色になるまで何度も往復させている。


「そこまで食べたら、皮よ」


「まだ甘いところが残っている」


「作業員さんに大きいほうを出したから、足りなかった?」


「そういうことじゃない。残したらメロンに悪いだろう」


修平の鼻の頭には、うっすらと汗が残っていた。彼はいつものように人差し指でそこをこすり、空になった皮を光へかざした。向こう側が透けるほど薄くなっている。和子は自分の皿から一口ぶんだけ切り、修平の小鉢へ入れた。


「これは私が食べきれないだけだからね」


「そうか。それなら仕方ないな」


冷蔵庫の中では、豚肉が保存容器に入れたまま解凍されている。夕飯は豚肉とキャベツの炒め物、それにトマトを切れば足りるはずだった。和子が献立を口にすると、修平は冷風へ顔を向けたまま考え込んだ。やがて体を起こし、両手で膝をさすった。


「これだけ涼しいなら、今夜は熱い味噌汁も飲めそうだな」


「昼までは、火を使う料理は嫌だと言っていたでしょう」


「昼と今では季節が違う。ここだけ十月になった」


和子は台所へ行き、白いホーロー鍋に水を張った。煮干しを三尾入れると、鍋底に当たって軽い音がした。じゃがいもの皮をむき、玉ねぎを半分に切る。包丁を動かしても、首の後ろへ汗は流れなかった。


修平は説明書を持って台所までついてきた。冷房の設定温度は二十四度になっている。和子は玉ねぎを刻む手を止め、リモコンを受け取った。ボタンを二度押し、表示を二十六度へ変える。


「あっ、二度も上げた」


「寒いでしょう。膝をさすっていたじゃない」


「あれは寝転がっていたからだ。二十五度でどうだ」


「二十六度」


「間を取って、二十五度にしよう」


「間を取るなら、あなたは靴下をはいて、私は二十六度にします」


修平は黙って畳の隅を見た。朝脱いだ靴下が、丸まったまま柱のそばに転がっている。彼は説明書を卓上へ置き、靴下を拾って両足へはいた。片方はかかとの位置がずれていたが、そのままリモコンへ手を伸ばし、設定を二十五度へ下げた。


和子はもう一度、二十六度へ戻した。修平もすぐに二十五度へ下げる。電子音が二度続き、二人は同時にリモコンをつかんだ。鍋の中で煮干しが揺れ、沸き始めた湯の匂いが立ちのぼる。


「熱い味噌汁を飲む人が、部屋をこんなに冷やしてどうするの」


「熱いものは涼しい部屋で食べるからうまいんだ」


「それでは、じゃがいもを一つ減らします」


「二十六度でいい」


修平はリモコンから手を離し、鍋の中をのぞき込んだ。和子はじゃがいもを予定どおり二つ入れ、玉ねぎもたっぷり加えた。窓の向こうでは、白い雲が夕日に染まり、その下で乾いたラベンダーが北国の短い夏を数えるように揺れている。真新しい室内機から吹く風が、二人の足元を通り、台所に立つ味噌汁の湯気をゆっくり茶の間へ運んでいった。


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