愛しているから、ヒニンして。(2)
ユウナとハヤトの出会いは、ドラマチックだった。
いや、ドラマチックだった気がする。
なんてことを、二人の共通の友人のアヤノは、ぼんやりと考えている。
もとはユウナの友人だった。
学生の頃の話だ。
その日の学園祭は、あいにくの曇天だった。
それでも、近所の大学からもたくさんの人が来る、盛況の学園祭となっていた。
それが変わり始めたのは、午後になってすぐのころ。
空気のにおいが変わり始める。
屋外で屋台を手伝っていたユウナとアヤノは、それを敏感に感じ取っていた。
――雨が、来る。
風が、ぶん、と吹きすぎ、屋台のテント屋根が、膨らんだ。
パチパチと、炭が爆ぜるような音が響く。
大粒の雨が、ナイロンを叩き始めた。
幾人かの見物客が、慌てて、テントの下に避難してきた。
ハヤトも、そんな中にいたようだ。
再び、ぶわり、と風がテント屋根を一突きし、小さな重りだけで地面に縫われていたテントは、丸ごと大きく傾いた。
悲鳴と怒号が交差する。
ユウナは、ちょうど梁が倒れてくる場所にいた。
あまりのことに、しりもちをついて、落ちてくる重い屋根を、ただ見つめていた。
どすん、という音。しかし、恐れていた衝撃は、降ってこなかった。
目の前に、一人の男性が、体を呈して、ユウナを守っていた。
それが、ユウナがハヤトの瞳を見つめた、初めての時だった。
――連絡先を交換して、二人が付き合い始めるまでは、早かった。
二人の出会いが強烈すぎて、アヤノも自分事のように二人の恋にのめりこんだ。
時にアヤノの彼も連れて強引に二人を連れ出すことさえあった。
二人はいつも、明るく笑いあっていた。
――この二人は、本当に愛し合っている。
アヤノは、心から思う。
ただの色や恋じゃない。お互いを尊敬しあって、お互いの痛みを分け合い、お互いの喜びを足し算できる。
そんな二人が、うらやましかった。
二人が付き合っている間に、アヤノのパートナーは三人変わったが、二人のような恋は、できそうになかった。
さっさと結婚しちまえ、目の毒だ。
そんなことを二人に言ったことがある。
たぶん、二人もそんなことを意識してるだろうな、と思う。
そんなことを考えている間に、夕食の約束をしたユウナが、待ち合わせの喫茶店に現れた。
***
「彼のことは本当に好きなんだけど……」
ユウナの告白に、アヤノは、少し、困惑している。
避認をしないという、ハヤト。
「……どうしてだか、聞いてみた?」
「うん。……『僕のことを全部知ってほしいから』って。分かるよ。私だってそう。だけど、本当に全部知って、彼を好きでいられるか不安で」
ユウナはためらいがちに、続ける。
「『君無しの人生は考えられないし君に僕のすべてをあげたいし、もし許してくれるなら君のすべてをもらいたい』……ちゃんと言うならこんな感じだけど」
「はいはい、ごちそうさま」
アヤノはあえて一度茶化してみるが。
「でも、BCOが溜めてるのは記憶とかなんとかそんな単純なものじゃないんだって。感情とか気持ちとか、そういうやつなんだよね」
だから、あえて避認せずにBCOネットワークを交換することは、必ずしも単に相手の経験を得るという意味にはならない、と、アヤノは遠回しに指摘する。
「別に、私を好きって気持ちが伝わってくるなら」
「そうじゃないよ。ハヤトがユウナを好きって気持ちは、ユウナがユウナを好きって気持ちに変わっちゃうんだよ。いや、本当に全部が全部そうか分からないけど、主観が変わっちゃうから、単純に気持ちの再体験ってわけにならないって」
アヤノは、案外こういうことに詳しい。もちろん、過去にいた彼氏の数はユウナよりずっと多いし、避認に失敗したこともあるからこそ、深く理解しているわけだが。
「例えばの話。人を殺すのが大好きな人がいて、人を殺した経験があるとするじゃん? その時、きっとその人は、人を殺して気持ちいい、って思うんだけど、それをBCOから受け取っちゃった人は、気持ちよさよりも、人を殺した気持ち悪さを感じるし、殺される側の気持ちに入り込んじゃうこともあるのよ」
それが、汚染や汚濁と呼ばれる事態だ。
何が起こるか分からないからこそ、可能な限り避けるべきものとされている。
「ハヤトが過去に後ろ暗いこと一つもないくらいイケてるってことは私も知ってるけどさ、混ぜたときに何が起こるか分からないじゃん」
「……やっぱ、そうだよね」
ユウナも、その点には、納得している。だから、避認は怠るべきじゃない、とは思っている。
「……でもやっぱり、避認しないですると、気持ちいんだよね」
ユウナは頬を染めてそんなことを、隣のテーブルに聞こえないよう小声で言う。
そんなかわいい表情のユウナを見て、アヤノはくすりと笑うが、ふと、違和感を覚える。
……なぜなら、避認しないで気持ちいいのは、男だけだからだ。
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