第58話 蒼き命脈は誇りを繋ぐ・1
【Side サレ冒険者】
よく晴れた日だった。
波は穏やかで、普段であれば海水浴客でごった返していただろう。
ただ今は海水浴客の代わりに、物騒な姿をした連中が集まっている。
「うっわぁ、凄い冒険者の数だね!」
「今回のためにギルドが特別依頼を出したもの。凄い報酬額だったわよ?」
「海の魔獣が相手だし最悪、スタンピードだからね。そりゃギルドも財布の紐を緩めるわ」
エルミー、フレイ、マリアもいる。
ここ最近は俺がクリム婆のところに遊びに行ったり、三人は三人で修行に行ったりであまり顔を合わせることが無かったけど、元気そうでよかった。
修行をつけていたレイナーレとは、夜な夜な血を吸われたりで会っていたけども。
「アタシの葬式にこんな集まってくれるとは、最高だね」
「挨拶はオレがしてやろうか。どれだけ暴れまわっていたか長々と垂れ流してやるぞ?」
「生意気なコウモリはお呼びじゃないよ、孫枠でアベル坊がいるからね。香典だけ置いて帰りな」
そのレイナーレは、こんな日でも変わらずパッツパツのアロハシャツという服装で冒険者の視線を集めているが、本人はどこ吹く風だ。
縁起でもないことを言うクリム婆と口喧嘩を楽しんでいた。
クリム婆のところに訪れてから一週間。
ギルド、領主、俺たち全員がこの日のために準備してきた。
さっき本人が口にした通り……そう、今日がクリム婆の命日……らしい。
自分の足で立ち、ケラケラと笑っているクリム婆を見ているととてもじゃないが信じられないけど。
「なぁクリム婆、本当に今日が……」
「そうだよ、寿命でぽっくりの日さ。最後まで元気に逝けるのは龍の得なとこだね」
水色の透き通った髪を海風に揺らすクリム婆は、信じられないほどいつも通りに笑っていた。
「……クリム婆。今までありがとう。この一週間、たくさん話せてよかったよ」
「アタシもさ。晩年アンタに会えて見守ることができたのは、歩んだ生の中でも数えるべき幸運だったね」
積もり積もった感謝を伝えた。
クリム婆も、穏やかな笑顔を浮かべて頬が緩むことを言ってくれる。
「しかし、オレの半身を消し飛ばしてくれた忌々しい青トカゲが今日でくたばるとは、清々するな」
俺たちが話していると、腕を組んだレイナーレが口を挟んできた。
「ハッ! アンタが売った喧嘩だったし、自分だって大怪我負わせてくれたろうが! 死ぬからって舐めんじゃないよ? もしアンタがアベル坊を泣かせでもしたら、化けて出てやるからね!」
「言っていろババア。オレがアベルを捨てるワケがないだろうが。どこぞの浮気女と一緒にするな」
「アタシ以上のババアが何言ってんだい」
「ぽっくり逝く前に殺してやろうか!」
さっきまでのしんみりとした空気はどこへやら、赤い吸血鬼と青い龍はメンチを切って言い合い始める。
聞いてるだけなら酷い言いぐさだけど、馴染みだからこそのじゃれ合いなんだろうな。
だが今回はレイナーレが引き、視線を逸らした。
「――ま、旧い付き合いがいなくなるというのは、また少し静かになるな」
「アンタからすれば短いだろうが、新しい縁だ、大事にしなよ」
「言われるまでもない」
ふいと顔を逸らす。
永く生きるレイナーレにとって、永く生きる知り合いは少ないのかもしれない。
だけどだからこそ、素直になれないんだろうな。
レイナーレが少し気恥ずかしそうにしているので、俺からクリム婆に話を振る。
「で? これからどうすんだ? ……来るだろ、あのおてんば孫娘」
領主の手配によって住民、および観光客は避難している。
突然降って沸いた魔力に惹かれて魔獣が迫りくるのに備えて、冒険者も大量に海岸に集まっている。
だがそれでもドラゴンの、カリナシャリオの相手ができるのは俺たちだけだ。
「だろうねぇ。だがこんなところであの子が暴れたら街がぶっ壊れちまう。そうはさせたくないし――しかたない。場を用意してやるさね」
「場?」
「魔法で戦場を作ってやるのさ。……まあ、それに多少消費しておかないと、もしアタシが不意におっ死んだ時に辺り一帯吹き飛びかねないからねぇ」
「おい! 怖いこと言うなよ!」
天下最強クラスの古老龍が何言ってんだ! 下手に「ありえない」って言えない分怖いだろ!
「ヒッヒッヒ! さぁて、自分の葬式場は自分で作らないとねぇ!」
「普通は作らんぞ!」
「龍の嗜みさ。アタシが今決めた。それより下がってな――派手にやるからね」
「やっべ……おいみんな! 海岸沿いにいる冒険者ーッ! 退避ーッ!」
「えっちょ、アベル!?」
エルミーたちを掴んで、オレとレイナーレはクリム婆から離れ始める。
それに合わせてだんだんと冒険者たちも離れていき……それは、始まった。
波打ち際に立った老婆の体が、輝き始める。
事情を知らない人から見ればその程度だったろう。だがわかる人間には……。
「――? ッ……!? アベル君、これヤバいんじゃ――」
一週間の修行からか、さらに魔力に敏感になったマリアが振り向いて叫びかける。
だがその声は クリム婆の体から爆発的に膨れ上がった膨大な魔力によって掻き消される。
「いくよ……これが龍の魔法さ……!」
光の中で、埒外の魔力が爆発した。
――《龍魔法》。
種族、個体によって千差万別となる、非常に特殊なドラゴンだけが使える魔法。
龍の寿命を以て鍛え上げられたその魔法を、氷と冷気を司る蒼氷龍が用いればどうなるか。
「そんな……」
「海が……凍った?」
眩しさに閉じた目を開けば、一面に広がるのは銀世界。
見渡す限り、氷に覆われた海が広がっていた。
魔力によって起こされた魔法は、世界に齎される神秘の代表格だ。
その中でもとりわけ埒外の現象を、人はこう呼ぶ。
「――『奇跡』、だぁ……!」
呆然と立ち尽くすマリアが、高揚した顔で呟いた時だった。
『ほら、アンタたちは前に出る役だろうが。ボケっとしてないでさっさと行くよ』
「えっ?」
長いヘビのような体。
途中で手足が生えていて、人を握れそうな手と地面すら裂けそうな足。
しかしその表面には美しく鏡のような透き通った青色の鱗が並び、背には雄大と称されるべき翼が広がっている。
なにより、凛々しさと美が共存した頭部。そして額には、巨大な結晶が飾られた姿。
もっとも美しい龍、蒼氷龍が、凍り付いた海の手前で浮遊していた。
「き、きれい……!」
「美しいって、このことなのね」
「うわぁ……彫刻みたい……!」
『アタシに見惚れてんなら、まだ待ってやるさね。ヒッヒッヒ、こんなババアでもまだまだイケるもんだねぇ!』
クリム婆は嬉しそうに、龍の顔なのにはっきり分かる笑顔を浮かべた。
・ ・ ・ ・ ・
遠い、遠い、海の果て。
「あぁ御婆様……凄まじい。老いてなお、御婆様はワタシにとって憧れです――」
宙に漂う氷の上で、水色の髪が海風に揺れる。
遠くで放たれた魔法にうっとりと頬に手をやり、はぅと息を吐く。
「そして今日で、さようならです。お別れのご挨拶に行きますわ」
こうして、壮大なお葬式が始まるのだった。
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