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第59話 蒼き命脈は誇りを繋ぐ・2


 

 海洋生物系の魔獣は、水棲だけとは限らない。エラ呼吸だけじゃなく、水の外でも呼吸できる種類が多くいる。

 だからこそ、それらが陸に上がってこないよう冒険者が集まっているわけだ。

 そんな魔獣の中には、脳が理解を拒む奴らがいる。


「この、足が生えた魚みたいなのは、なんなんだろうな。何がしたくてこんな進化したんだか……」


 氷の平原を歩きながら、時折襲いかかってくる足のついたマグロを斬りながらボヤく。

 やたらマッシブな足で、マグロがまっすぐ爆速で走ってくる姿は、なんとも言い表しがたい……。


『言ってやるんじゃないよ、きっと陸に夢を見てたのさ。……ならまず、その形をどうにかしろって言いたいけどね。言葉が通じるなら』

「ふっふ……っ!」


 クリム婆の呟きが魔法を撃っていたマリアのツボに入った。口を抑えて体を震わせている。

 空を泳ぐ竜の姿となったクリム婆を中心に、俺たちは襲ってくる魔獣を倒しながら氷漬けの海を歩いて進んでいた。


『氷の下に魔獣全部溜めておけないからね。所々穴を作って、地上に出てくる奴らをガス抜きできるようにしてあるよ』

「氷が溶けたら溜まってた魔獣が一気にとか、笑えないものねぇ。ありがたいわ〜」


 分厚い氷のせいで、魔獣たちは狭い穴から上陸するしかない。クリム婆の配慮のおかげで、スタンピードみたいにならずに済んでいるな。

 今ごろ、海岸でも冒険者たちが戦い始めているだろう。


「それで、どうだ? 体調とか……」

『苦しいとかは無いんだけどねぇ、なんだか力が入らないんだ……戦えそうにはないよ。さっきの簡単な魔法でも消耗しちまった。もうかなり、魔力制御がギリギリでね』

「別にいいさ。つまりクリム婆を狙う奴らを片っ端からぶった斬ればいいんだろう?」

『ああ、その時が来るまで……よろしく頼むよ』

「でもお孫さん……カリナさんだっけ? あのヒトってどれだけ強いのかな」


 襲ってくる足マグロが一段落して、剣を鞘に納めたエルミーが思い出したようにカリナのことを口にした。


「んー? そうだな……少なくとも、エルミーたちは相手しない方が良いだろうなぁ」

「えっ、どうして?」

「言いづらいんだけど……まだエルミーたちじゃ危ない相手だと思う」

「でも、せっかく同じパーティーになったのに、一緒に戦えないなんて……」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……3人じゃ、一撃だけでも危ないからな」

「一撃?」


 俺の言葉に、エルミーが首を傾げる。

 三人の強さはよくわかってるんだけど、なんて伝えたらいいか……。


「あの娘の魔力量なら、どれだけ軽く放った攻撃でも即死できる威力だからだ。さすがに死ぬ確率が高すぎる」


 悩んでいると、レイナーレが魔獣を切り刻んでいた糸を仕舞いながら口を出して来た。


「アベルやオレならどうにでもなるが、お前たちでは防御もままならん。……肩を並べたいのはわかるが、今回は他を頼む」

「……ボクたち、それなりに強いよ? なのに即死って……」

「オレが修行をつけたんだぞ? お前たちの強さはわかっているが、今回は納得しろ」


 修行をつけていたレイナーレが言うことで、渋々納得した様子のエルミーたち。

 ……じれったいよな、強さが足りないっていうのは。でも、才能豊かな皆ならすぐに次のステージに上がれると思うよ。


「じゃあせめて、どの程度の攻撃を捌けるようになったらいいのかしら?」

「うーん、そうだなぁ……どのみちもうすぐわかると思うけど――おっ」


 フレイの質問に答えあぐねる――と、不意に上を見る。


「そうだな。ちょうど、アレくらいの攻撃かな」

「アレ、って……? はぁ!?」


 上空を見上げて目に映ったのは。


 ――晴れ晴れとした青空を、白に染め上げる猛吹雪が渦巻いている光景。そのせいでほんの少し周囲が暗くなり始めていた。

 その大きさはたちまち、二倍三倍と大きく広く膨れ空を覆っていく――


「ちょっ……アベル君まさかアレ!? あれってカリナさんの魔法――!」

「避けるのは無理だ、身を屈めろ!」

「手っ取り早く、クリム婆の周囲から吹っ飛ばしにきたか……! エルミー、フレイ、マリア! 三人は絶対離れるなよ!」


 左手で穿風剣ブレスレイトを、右手で業炎剣ヒードライズを引き抜き魔力を流す。

 天地を揺るがす規模の大喧嘩だ。テンションを上げていけ……ッ!


「ふむ――では、あのおてんば娘は任せたぞ」

「おう。レイナーレは……あぁなんか()()な。じゃあ頼む――」


 そんな会話を終わらせる間もなく、上空の猛吹雪が氷海に叩きつけられる。

 まるで爆発のような冷気と暴風が襲いかかり、俺たちは別々に吹き飛ばされたのだった――。




「――ハァ、御婆様と最期の時を過ごすために、邪魔な虫には手っ取り早く離れてもらおうと思ったのだけど」

「あいにく、風と熱にはどうにかする手段があるんでね」

『元気そうだねカリナ、今日も可愛いねぇ。こんな日に孫の顔が見られるなんて、ババアは嬉しいよ』

「御婆様っ! ワタシも嬉しいです! 御婆様とはどんな時でもお話してたいですから!」


 嵐が過ぎ去った後。

 吹雪を軽くいなした俺と、そよ風のように微動だにしなかったクリム婆が残ったその場に、翼と尾をもったドレスの女がふわりと降り立った。

 俺には美貌とかけ離れた刺すような殺気をぶつけてくるくせに、クリム婆には尻尾を振っている。龍の尾擦りすぎて足元の氷削れてんぞ。

 先ほどの猛吹雪の中でも涼しそうにしていたクリム婆は、穏やかに孫に話しかけていた。


『アタシもだよ、孫とのお話は大歓迎さ。……でもねぇ、アンタはアタシが死んだら魔力を持ってくつもりだろう?』

「ええ、御婆様のようになるには、御婆様の魔力を頂くのが一番ですから!」

『ごめんね、アンタを引っ叩いてでも魔力はやれない。……こんな日だ。物騒なことはせずに、看取ってくれるだけにしてくれないかね』

「御冗談を。御婆様の魔力も諦めきれませんし、それに……そこの人間に、贈り物をするのでしょう? なら、ワタシが貰っても、いいではありませんか!」


 叫びと共に、カリナから莫大な冷たい魔力が放たれる。

 その様子は残念ながら、駄々っ子の癇癪のようだ。最強の生物が聞いて呆れる。


『ハァ……血の気が多いのは若い頃のアタシにそっくりだ』


 クリム婆は嘆息して首を振る。

 もう話すことは無さそうだ……そう思い、前に出る。


「つーわけで、恩人の希望だ。ブチのめしてでも、お前に魔力は渡せねぇな」

「人間風情が抗うつもり……? まあ、取るに足らない存在を覚えさせられてしまったのだし、覚えたからには――踏み潰さなければ、ね?」

「人間を下に見すぎじゃないか? 中にはいるんだぜ? ――とんでもないバケモンってのが」


 世界に存在する化け物十一人。――奇しくも、俺はそこに選ばれている。

 クリム婆の孫なんだし、一つ教養を与えよう。

 ――弱い人間にも、中には()を持つ者がいる、という教養をな。


「目障りな人間は片付けて、御婆様との時間を楽しむことにするわ。――だからさっさと消えろ!」

「やってみろよドラゴン!!! おてんば娘の扱いは慣れてんだよ!」


 こちとら龍殺し(ドラゴンキラー)はとっくに経験済みだ。

 両手の魔剣と全身に魔力を滾らせて、俺は力強く一歩を踏み込んだ。



 ・ ・ ・ ・ ・



「くっ、ゥ……ッ! 二人とも大丈夫!?」

「なんとか、ねっ!」

「あんなに強い吹雪を起こすなんて! これがドラゴン……っ!」


 元居た場所からかなり離れた地点で、エルミー、フレイ、マリアは互いの無事を確認していた。

 幸い、手を繋ぎ合っていたので離れることはなく、三人揃って着地を失敗することもなかった。


「アベルと随分離れちゃった……! けど、合流するのは――」

「ナシよ、エルミー」


 名残惜しくアベルたちがいる方角を見るエルミーに待ったをかけたのはフレイ。


「わたしたちは、あっくんと一緒にパーティーになれたわ。だけど実力はかけ離れてる……悔しいけれど、あんなの(カリナ)相手じゃ力になれないわ」

「……くっ!」


 レイナーレに修行をつけてもらったが、カリナの魔法を見て納得せざるを得なかった。

 ……あのステージは、自分たちにはまだ先だ。


「あたしたちは、あたしたちの出来ることをやろう――でも、いつか絶対、追いつこうね」

「うん……!」


 昔はアベルを応援していたのに、今は助けにもなれやしない。

 悔しさを飲み込んで、エルミーは顔を上げる。


「それじゃあ、っと――」


 振り返れば、氷海の穴から巨大な影が這い出て来ている。それだけでなく、氷の下を泳ぐのは大群。

 少しでもこの戦場を支えるべく、Aランクパーティー、誓いの輝剣は走り出した。



 ・ ・ ・ ・ ・



「ハハハ! オレのところにこんないい女が降ってくるなんてな! 乳も尻もデッケぇ!」

「……あの小娘以外に大きい魔力があるから気になって来てみれば、火龍か? それも若いな」


 凍りついた海の上空。 

 吹雪にわざと吹かれ、魔力探知に引っ掛かった何かを確かめに来たレイナーレ……そこには、カリナとは別の龍がいた。

《変身》で作った蝙蝠の翼で宙に浮かびながら、龍の翼で飛ぶ男を見やる。


(あの小娘ほどではないが……あいつらにはまだ荷が重い、か)


 若く、魔力も経験も浅いとはいえ龍は龍。エルミーたちとの差を推測し、自分が戦うべきだと判断する。

 そんなレイナーレに、火龍は軽いノリで声を掛ける。


「ババアの魔力か、疲れたカリナちゃんを掠め取ろうとでも思ってたんだけど、予想外の幸運だ。なぁレディ、オレの番にならねぇ?」

「お断りだ。先約がいるんでな」

「先約ぅ? それってあの人間のこと? あんなのよりオレの方が絶対いいって! (オレ)の方が強ぇし、人間態のオレのは人型の女にゃ大好評なんだぜ?」


 カクカクと腰を振る若龍……若い以前に、男として品がなさすぎる。

 エルミーたちには余計に任せたくないと、レイナーレは判断した。


「フッ、お前では相手にならんほどいい男だ。男としても、実力でもな。――出直してこい、赤トカゲ」

「トカゲ〜? ハハ、オレって龍なんだけどな〜。――行儀のなってない女は、わからせてやんないと、だな!」


 火龍の周囲に陽炎が登る。

 臨戦状態に入ったドラゴンを前にしても、《血魔法》によって作られた《血糸鋼線(ワイヤーブラッド)》を両手に絡めた《始祖》は不敵に笑う。


「わからせっつーか、躾だな! オレの下でアンアン鳴くように躾けてやるよレディちゃんよ!」

「やってみろ青二才。ケツの青いガキの舐めた口を赦してやるほど、オレはアベルのように優しくないぞ」



それぞれの決戦が始まる――


お読みいただきありがとうございます。

少しでも性癖に合っていましたら、評価・感想頂けると嬉しいです!

書籍版も、どうか手に取っていただけると凄く嬉しいです!


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