第57話 それぞれの動向
【Side 孫娘水龍】
人間の街、エステナから南に数百キロ。そこには巨大な氷山が連なっている。
かつて最強格の龍種、クリムシャリオによって作られた氷の島。
現在は多くの水龍に分類されるドラゴンが住みつく、巨大な龍の巣だった。
「はぁ……」
その氷山の一角で、ため息をつく龍が一人。
透き通るような水色の髪に、氷でできた彫刻のように整った美貌。
人の姿をした、カリナシャリオだ。
「御婆様、なんで人間なんかに肩入れするの……」
カリナはここで生まれた若い龍だ。
悠久の時を生き、古老龍に分類され各地に残した伝説から『龍神』とも呼ばれる、最強格の龍クリムシャリオ。
「氷を使って遊んで貰ったこと、なにより御婆様の強さを見れたこと……懐かしいわね。夢のような時間だった」
彼女の孫として生まれたカリナは、幼い頃の祖母との記憶を思い出す。
「凄かった……。溢れ出す魔力で氷がキラキラしてて、御婆様こそが世界の中心にいた」
月並み、子供のような表現だが、そうとしか表現できなかった。子供の頃に受けた衝撃なのだから当たり前ではあるのだが。
それは今になってなお、カリナの心を焦がし続ける。
「雄大で、美しく、綺麗だった……ワタシも早くあんな風に――!」
憧れの御婆様の姿に近づきたい。
御婆様の魔力を早く頂きたい。
けれど……御婆様には亡くなって欲しくない。
矛盾した二つの気持ちを抱えてソワソワとしている時だった。
「ようレディ。こんなところで何してんの?」
「……チッ」
男の声が上空から降ってくる。
まもなく、人の姿をした赤い髪の男が降ってきて、氷を割り砕きながらカリナの傍に着地する。
「軽薄な火龍がなんの用? ワタシはアナタの顔なんか見たくもなかったけれど」
「ちょっとちょっと、冷たいじゃん。将来の番になる男にそーんな態度――」
「あ゛?」
「おぉ〜、怖い怖い」
口も手振りもヘラヘラとしている男。
背は高く、身体は筋肉質であるがこんな氷山でも薄着を纏っている――もちろん、人間ではない。
彼もまた、龍の一種だった。
「俺が口説いてんのに一向に靡かないとこ、もっと欲しくなっちまうよ」
「邪魔だって言ってるの。氷漬けにされたいのかしら」
炎の扱いに長ける『火龍』であるこの男は、ここ最近彼女に言い寄っている男だ。
実力はなかなかだったが、魔力を集めているカリナよりは弱い。
他種族の雌も手篭めにしているらしく、番として見る価値はなかった。
「ハァ……いい加減鬱陶しいわね。凍らせて砕こうかしら?」
「ハッハ、そりゃ勘弁だ、君には敵わないからな。……ったく、俺等がそんなに魔力を集める必要なんてないでしょーに」
「ワタシは御婆様のようになりたいの」
「しわくちゃのババアにそんな執着しちゃって。俺たちゃ勝手に強くなるってのに……俺の方が、もっとイイ思いさせてやれるぜ――?」
すっ――と、慣れた様子でカリナの肩に手をかける……寸前。
「うっお冷た!?」
「凍らされたいようね?」
触れようとした右腕が丸ごと分厚い氷に包まれた。
膨大な熱量を誇るブレスを得意技とし、冒険者から恐れられている火龍――とはいえ、圧倒的な魔力を持つカリナにかかれば凍らされる。
慌てて腕の解凍をし始めた。
「冷たいなぁ。人間の女の子の方がよほど誑し込みやすいぜ――」
「ハァ?」
「なっ……うっわ冷てェ!? 冷気漏れ出てやがる!」
火龍が発した言葉に反応して、カリナから極低温の冷気が周囲に放たれる。
「――ワタシ、人間って嫌いなのよね。非力なクセに擦り寄ることばかり上手くて。次、口に出したら、海に沈めるわ」
「お、おう……そんな気にする必要も無いと思うけどねぇ」
その苛つきによって、思わず制御できなくなった魔力。
漏れ出ただけで周囲を凍らせる途轍もない力だが……これが魔力を扱いきれていない証拠だったが、カリナ――龍種は気付かない。
「これだから強い雌ってのは……まあいいや。そういやそろそろだっけ、そのオバーサマが死ぬの」
「それが?」
「なんかあるかもしんないからさ。一緒に行ってやるよ? なんか美味い獲物とかも集まりそうだし」
ドラゴンの死に際、大量の魔力が放出されるのに釣られて、魔力の濃いところに生息する魔獣なども引き寄せられる。
それ狙いだと言うが――。
「……勝手にしなさい」
言い捨てたカリナは、氷山に開いた穴の一つに潜っていく。
何を考えていようとも、どうにでもなる。種族構わず女を誑かすクズだが、囮くらいにはなるだろう。
「あの人間……そこそこ強いようだったしね。調子に乗って御婆様の魔力を掠め取ろうとするのなら、息の根を止めれば良し」
そうカリナは考え、寝床に潜り込むのだった。
【Side 両刀始祖】
エルミー、フレイ、マリアを連れたオレは、エステナから離れた平原を訪れていた。
「ふむ、この辺りでいいか」
「そうだね、周りに人もいないし」
「思いっきり体を動かせそうね!」
「だからって壊しちゃだめだよ姉さん」
しっかりと装備を整えたエルミー、フレイ、マリアが意気込む。
この場所を訪れたのは、三人を鍛えるため。同じ男を愛する女同士、稽古をつけてやるのに否やはないからな。
「言った通り、オレが教えるのは魔力、スキルの使い方、そしてジョブの使い方だ」
振り返り、改めて鍛えてやる内容を伝える。
「スキル……ジョブの、使い方」
「ああ、一週間程度でマシにできるとしたら、そこだ」
魔力量や魔力制御の技量は、一朝一夕では大きな効果を見込めない。
ならば教えるのは、今ある手札の使い方だ。
「でも、あっくんやレイちゃんと比べても頼りないけれど、わたしたちだってAランクよ? ジョブの扱いは心得てるけど……それに、わたしの《付与士》なんて、《付与》スキルしかないわよ?」
「オレを誰だと思っている? 千年以上生きた吸血鬼の《始祖》だぞ? お前たちと同じジョブを持った強者を何人も知っている」
「年齢恥ずかしがらないんだ」
「アベルがいないからな!」
人類種の中では強い部類の誓いの輝剣。
一般的な冒険者のランクは五つ、A~Eランクがある。Eランクから新人、だいたいBランクがベテランだ。
凡人はCランクほどで止まる。
オレから見ても、Aランクはそこから厳選された一握りの強者。……Sランクは論外だ。普通じゃない。
そんな上澄みの彼女たちだが――まだ、先はある。
「オレの知る実力者と比べて、だいたい四割と言ったところだ」
「よ、四割……?」
三人が唾を飲んだ。
現時点でもそれなりの強さだが、オレが今まで見聞きした中には、さらに踏み込んだ強者がいた。
「それらの技を伝え、オレの経験を伝えて、叩き直す。覚悟はいいな、オレはアベルほど優しくはないぞ?」
「わ……わかったよ。ボクたちだって、このままアベルに追いつけないなんて嫌だ……!」
「少しの間でも、師匠面してたもの。置いて行かれてばかりじゃ弟分に顔向けできないものね?」
「よろしくお願いします!」
「フフ、その意気だ」
だが――オレの顔から笑みが消える。
その前に……その前にどうしても、確かめなければいけないことがある。
「――あァ、修行をつけてやる前に、お前たちに聞きたいことがある」
オレは目を細めて、三人に視線を送った。
――殺意を込めて。
「その答えによっては、半殺しでは済まないと思え。オレは、キレかけている」
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