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第55話 ご褒美



「今度はもっと強烈なハグをご所望します」

特殊(アブノーマル)なのはちょっと……」


 つやつやしているマリアとそんな会話をしながら、宿泊しているスイートルームに戻ってきた。


「俺、明日からクリム婆のところに行くよ」

「うん、そうしてあげて。クリムさんもその方が喜ぶよ」

「だけど、ほんとにいいのか? マリアたちは明日から、レイナーレに鍛えてもらうって」


 戻る途中で話していたことを再度確認した。

 今から一週間後のカリナの襲撃に向けて、エルミーたち誓いの輝剣はレイナーレに修行をしてもらうらしい。


「魔人と戦ったとき、あたしたちはまだまだ力不足だって思ったからね。レイナーレにお願いしたら快く頷いてくれたから」

「そっか」


 みんなAランクなんだから、そこまで卑下することはないと思う。

 けど彼女たちが決めたなら、いいか。金と強さはいくらあってもいい。


「昔のお返しに、俺が相手できればよかったんだけどな」


 三年前は三人にたくさん鍛えてもらった。

 エルミーには剣技、マリアには魔法、そしてフレイにはひたすら実践稽古をしてもらった。

 だから今度は俺から返せればと、カーヘルからの道中で鍛えようと思ったのだけど。


「俺はスキルも、まともな魔法も使わないから勝手がわからないんだよなぁ……」

「アベル君の魔力出力だと、普通の人が使うような魔法はできないからね〜」


 戦闘スタイルの違い、というやつだった。

 魔剣頼りの魔法しか使えず、マリアに魔法を教えられないし。

《付与》スキルと単純な技術で戦うフレイには、ハルバードなんて長柄武器の使い方を教えられない。

 エルミーはスキルメインの戦い方なので、スキルが弱くて使わない俺が口を出せるはずもなく。


 ――というか《剣士》の上位互換が《剣聖》だもの、教えるとか烏滸がましい。

 というわけで、ひたすら練習相手になるしかなかったのだった。


「だけど、レイナーレで大丈夫か? あいつのジョブかなり特殊だけど……」

「永く生きてるから、あたしたちのジョブを持った実力者を覚えてて、それを元に教えてくれるって言ってたよ」

「なるほど」


 それならジョブの強みを伸ばしつつ、魔法や基礎戦闘力なんかも伸ばせるかもしれない。


「レイナーレってなんだかんだ博識だよなぁ」

「だよね〜。色々教えてくれるんだよ」

「……ちなみに何を?」

「ん〜? ……ヒミツ♪」

「そっちの方がなんか怖いんだけど!?」

「ふふっ! それじゃ、おやすみアベル君」


 笑顔で手を振って、フレイと一緒に使っているゲストルームに戻っていく。

 そんなマリアに、俺は手を振り返すしかなかった。 


 ・ ・ ・ ・ ・


「ふぅ……」


 自分の使っている部屋に戻ってきた。

 このホテル――というか、スイートルームは本当に豪華だ。

 ダイニングにベランダ、屋上には専用露天風呂、そのすべてが大きい。

 さらにデカい主寝室があるくせに俺、エルミー、姉妹とで使っているゲストルームが三つもある。


「ゲストルームのベッドもデカいとか、本当なんなんだよ」


 ゲストルームですら、俺しかいない部屋は寂しく思える。

 一人で使うのも気が引けるサイズのベッドに腰を下ろした。


「金持ちの考えることはわからないな。場所の無駄遣いじゃないのかこれ」

「お前だって金持ちだろう? しかも世界有数のな」

「全部ミリアに貢いできたから、今は小金持ち程度なんだよなぁ」


 今の資産はせいぜい六億エル……いや、このスイートルームでもかなり長く過ごせるな?


「……ん?」


 いま誰としゃべった?


「お前は気を抜くと本当に警戒が疎かになるなァ?」

「うぉわっ!?」


 気付けば、目と鼻の先にはレイナーレの顔があった。


「強さ故の慢心か、それともオレにも気を許し始めたてくれたのか? なら嬉しいが」

「おまっなんで――」

「隙あり、だ」 


 驚いて仰け反った体を、レイナーレはトンっと押す。

 バランスが崩れていた体は呆気なく倒れかけ、なんとか手をついたが――体の上に、彼女のカラダがのしかかる。


「フフフ、Sランクからマウントポジションをとってやったぞ?」

「ちょ、ななななんで――」


 吸血鬼の十八番、《変身スキル》で待ち伏せしていたらしいレイナーレ。

 のしかかられて全身密着することで、そのグラマーな体が押し付けられる。

 だが……だが! 一番大変なのはそこじゃない!


「なんで服着てないんだよ!」

「《変身》で隠れるときは邪魔でな、仕方なかったんだ。ウン、仕方ない仕方ない」

「嘘だっ! これまでだってスキルの効果範囲内に入ってたじゃないか!」


 膝に乗ってきた時も抱きついてきた時も服着てただろうが!


「バレたか。オレは寝るとき何も着なくてな、寝る直前で思い立って来たから、なにも着てなかったんだ」

「裸族かよ……」

「まだヤンチャな頃にな? 異性を抱くとき相手を潰してそのまま寝ることが多くて習慣になった」

「最低すぎる……!」


 そんな爛れた人生を送ってたのかこいつ、とんだ節操なしじゃないか!

 しかも底なしってやつか? どれだけスペック高いんだこの吸血鬼。


「ま、若気の至りだ。そんなワケでな……オレはな〜んにも着ていない。離れたら丸見えになっちゃうな? いや、オレは見られてもいいんだぞ?」

「む、ぐぐ……!」


 シ、シーツは!? ダメだ手の届かないところに放り投げられてる。

 裸で密着されることを許容しないといけないのか……!?


「だいたい、何の用だよ……! 」

「用がないと来てはいけないのか? ……わかった、魔剣を出すな。お前に話したいことがあるんだ」


 しぶしぶ、取り出した魔剣を指輪にしまい直した。


「まあ裸で忍び込んだのは面白そうだったからだが」


 やっぱたたっ斬ってやろうかな。


「話したいことと言うのはなぁ……オレにご褒美があってもいいんじゃないかという話だ」

「ご褒美?」

「明日から誓いの輝剣の三人を鍛えてやるんだが、マリアから聞いていないか?」

「あ、あぁ。さっき聞いたけど……っでなんでマリアと会ってたこと」

「アイツには抜け駆けのコツというのを教えてやったからな。楽しんだようでなによりだ」


 そういうことは教えないでいいのに!


「とにかくだ。お前を愛する女同士、鍛えてやるのに否はない。だが、少しばかりオレに見返りがあってもいいだろう? それに今回の騒動も、お前を手伝ってやるようなものだしな」


 言われてみればそうかもしれない。

 クリム婆のところに行く間、三人を任せることになるし。

 そもそも俺の恩人とのゴタゴタに巻き込んだ形になるのか。


「まあ、お礼としてならできることはするよ。ご褒美って何が欲しいんだ?」

「もちろんセッ――は、勘弁してやろう。その代わり、お前の血をくれ」


 咄嗟に逃げ出そうとした俺を抑えて、レイナーレが要求してきたのは納得のものだった。


「あぁ、そういえば吸血鬼だもんな」

「そういえばとはなんだ、そういえばとは。むしろオレは真の吸血鬼なんだが?」

「リゾートビーチで日光浴する吸血鬼の方が少数派だろ……」


 吸血鬼ってのは夜しか行動できないのが常識だぞ。なんでその始祖が真っ昼間から遊び回っているんだ。

  

「わかった、血くらいならいいよ。手伝ってくれるんだしな。……吸血鬼にはするなよ?」

「それも魅力的だが、しないさ。単純に血を味わわせてもらうだけだ」

「吸いすぎないでくれよ? 殺すまで吸い尽くすからその種族名になったんだから」

「しないしない♪ 嗜好品は、良いものを少しずつ堪能するタイプだからな」

「嗜好品なのか……」


 舌舐めずりをする、レイナーレの血のように赤い舌が艶めかしい。

 目を逸らせば、今度は双子姉妹のよりも大きな胸が押し付けられている方に意識がいく。


 あの二人がたびたび押し付けてくる感触は〝ずっしり〟という重いものだったけど、レイナーレは……〝どっしり〟という重量感が襲ってくる。

 大きいのは変わらないのに重さも感触も段違いで、それを全身で感じていると思うと頭がくらくらしてくる。


「緊張しているぞ。そんなにオレのカラダは気持ちいいか?」

「早くしろって……!」


 耳元で囁かれるのはもうたくさんだ。今日はもうマリアに理性を溶かされかけたんだ。

 顔ごとそっぽを向きつつ、むき出しの首筋を差し出した。


「あァ、そんな無防備なところを見せるなよ、誘っているのか? 思わずかぶりつき舐めしゃぶりたくなるじゃないか……!」

「は・や・く!!!」


 薄い服越しに巨大な胸が押し当てられる柔らかさを考えないようにしながら叫ぶ。


「わかったわかった、それでは……いただきまぁ~――かぷ」

「~っ!」


 急所である首に鋭い牙がするりと入る感覚に一瞬、体が震えた。

 痛みがないのは、レイナーレの技量? それとも吸血鬼の特性?

 痛みがない分、余計に「血を吸われてる」と意識してしまう……っ!


「ん……んむ、れる」

「〜〜〜〜っっっ!?」


 ぬるぬると柔らかくも熱い舌が首筋を這い回る。

 ぞくぞくとしたなにかが背筋を走り、思わず体をくねらせる。


「く……ぁ……っ」

「んぢゅ、ぐむ……っ、んむっ……」


 思わず声も漏れ出るが、レイナーレは抵抗する俺を抑えるように体重をかけてくる。

 肉食獣が、獲物を抑えるように。


「んむっ、ちゅっ」

「くぁ……!」

「んぐ……っ、っ……」


 ていうかちょっ……長くないか!?

 たくさんは飲まない約束だよな!? と思っていると「ちゅぱっ」と音を立ててレイナーレが離れた。

 ……が、反応がない。


「れ、レイナーレ……?」


 不安にった俺は、ちらりと横を見る。 

 俺が見たレイナーレは呆然とした表情で。


 だらだらと唾液を垂らしていた。


「うぉおおおっっっ!?」


 ドンッ、とレイナーレの体を突き飛ばした。

 引き剥がされた彼女の体は転がって、ドスンとベッドから落ちた。


「あっ、悪いレイナーレ……大丈夫か?」

「あ……あぁ、すまん。」


 幸いレイナーレに怪我はなく、体を起こしてきた。

 ただ、その動きは緩慢で、力のないものだった。


「…………」

「あの、レイナーレ? どうした?」

「いや、なんでもない……。またな、おやすみ」


 それだけ言うと、レイナーレは一瞬で霧散した。

 そのまま部屋を出ていったらしい。


「……なんだったんだ?」


 残念ながら、俺にはわからなかった。


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