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第50話 命脈を繋ぐ



 魔剣を返す。

 それは、ミリアに裏切られた俺が真っ先にした逃避だった。

 あれからエルミーたちの支えがあって、逃避する必要はなくなったけど……依然、考えは変わらなかった。

 今持っている魔剣は、ミリアを助けるために集めたものだ。

 まだ因縁が残っているものもあるし、返さなくちゃならない借りているだけのものもある。

 いつまでも俺が持ってていいものじゃない。


 ――あと実は、ミリアをあまり思い出したくない、っていうのもある。

 魔剣を手に戦っていた頃は四六時中ミリアのことを考えてた。考えなかった時間はないと言ってもいい。

 そんなだから、魔剣を持ってるってだけでもふとミリアが脳裏にチラつくことがある。

 ミリアのことを完全に吹っ切れてないし、落ち込むものは落ち込むわけで、これを機にケジメとして手放そうと思ったんだ。


「この魔剣のおかげで凄く助かった。今生きてるのはこの魔剣のおかげだ……ありがとう」


 俺にとって曰くつきになってしまったけど、これまで世話になったし何度も命を救われた。

 深い感謝を込めて頭を下げた。――だがクリム婆が返してきたのは……。


「はぁ〜……そう言ってくれるのは嬉しいがねぇ。アタシはそれを受け取るつもりはないよ」

「えっ……な、なんで」

「それは無くても構わないものだしね、だからアンタにくれてやったんだ」


「そもそも自分の抜けた歯やら爪を返されてもねぇ……」と、肩を竦めるクリム婆。

 いや、よく考えたらそうなるな……。

 でも、自分があまり持っていたくないというのも大きいけど、これはミリアを助けるために貰ったもの。

 それを果たせなくなったのにこれからも使い続けるっていうのは……なんだか、筋が通らないんじゃないか?


「納得してないね。力は持っておいた方がいいよ。人間てのはバカばかりだからね。アンタそれがなきゃ全力を発揮できないだろう」

「魔剣がなくなってもそれなりに強いさ。馬鹿みたいな魔力量は自前だし、三年間の経験がある」

「それでもだよ。……アンタ、その子たちが大事じゃないのかい? 万が一の時に失ってもいいってのかい?」


 クリム婆の視線の先にいるのは、静かに成り行きを見守っている輝剣の三人、そしてレイナーレだ。


「そ、そんなわけ無いだろ!? エルミーたちは大切な人だ! 危険が迫ったんなら全力で守るさ!」

「ならその子たちを守れる強さを持つべきだろう。元恋人の娘と別れたのも、弱さが原因だったじゃないか」

「……う、ぐぬぅ」


 困った、何千年も生きてる龍には口喧嘩じゃ勝てない。

 昔のことを引き合いに出されると、なにも言えなくなってしまった。

 確かに勇者パーティーの旅についていけなかったのは、俺が弱かったからだ。あのとき強ければ、ミリアと別れずこうなることも無かったかもしれない。

 クリム婆の言い分はもっともだった。

 でもなぁ、このままだとミリアのことフラッシュバックしそうなんだよな……。


「う〜ん、う〜ん、でもちょっとなぁ……」

「それに、アタシはアンタに渡したいものがあったんだよ」

「渡したいもの?」


 困ったことに項垂れていると、クリム婆が変わったことを言い始めた。


「そうさ。だけどアンタったら全然ウチに来やしない。()()()()()()()()と思って、もう少しで冒険者ギルドに伝言を頼むところだったんだよ」

「間に合わなくなるって……食い物とかじゃないだろ?」

「いつもアンタが持ってきてくれるからねぇ。そういうのじゃなくって、時期があるんだよ」

「あ、そういえばさっき、クリムさん「いいタイミングで来た」って言ってたような……」


 エルミーが言ったのは……あれか、みんなにクリム婆を紹介する前に話していたっけ。

 にしても時期? 季節に関係するものとかか?


「ああ、本当にいいタイミングで来てくれた。たぶんもう少しだったから」


 頭を悩ませる俺を尻目に、クリム婆はしみじみというように話した。

 次の言葉は、予想だにしないものだった。 



「アタシは、もうすぐ死ぬからね。最後にアンタの顔が見れてよかったよ」



「……は?」


 ――クリム婆が、何を言っているのかわからなかった。

 龍種が、古老龍(エルダードラゴン)が……クリム婆が、死ぬ?

 驚きに固まる俺たちを置き去りに、クリム婆は一人で勝手に話を続けた。


「だからアタシの力をさ。アンタに使ってほしいんだよ――アベル坊」

「……い、いや、何言ってんだよクリム婆。クリム婆が死ぬって……なんかの冗談だろ?」


 なんで、なんでそんなことを、そんな顔で言うんだよ。

 やりきったという達成感。もう十分だという満足感。なんでそんなことを思わせる顔で言ってるんだ。


「しかも、クリム婆の力を俺に? なんの冗談だよ。というか、古老龍(エルダードラゴン)が死ぬって……殺されるとか、病気とか、そんなんで死ぬもんじゃないだろ」


 ドラゴンの死因で一番多いのは殺されること。

 他の生物との闘争や、人類の勢力圏で暴れて俺たちSランク冒険者に倒されたりすることだ。でもそれは、強大な力を持つ古老龍(エルダードラゴン)に至る前の若い個体だ。

 クリム婆レベルには、Sランクでさえ敵うかどうかわからない。

 だから死ぬなんて、そんなこと。


「そりゃ無いね。――アタシが死ぬってのは、寿命だよ」

「……ッ、いや、まさか、ここに来たとき周りが氷漬けだったのは……!」

「言ったろう? 歳で魔力制御がボケてるってさ。最近は気を抜いたらすぐ()()さ」


 最初、この辺りが凍りついていたのはわざとじゃなかった。

 クリム婆が自分の魔力を()()()()()()()()、漏れ出た魔力が周りを凍結させていたんだ。


「そん、な……クリム婆が」

「悪いけど、こればっかりはアタシでもどうにもならないねぇ。そこの《不老》のスキルを持ってる《始祖》とは違って、龍は定命だ。来る時がきた、ってことだよ」


 でも、それでも……こんな急だなんて。

 いや……命がなくなるときなんてのは、いつも急か。

 子供の時のスタンピードだってそうだった、もんな……。


「そうか……寂しく、なるな」

「悪いね」

「それは、その……どうしてわかったんですか? 寿命だって……」

「アタシは龍だからね、なんとなくわかるのさ。そろそろ年貢の納めどきだ、ってね。――ま、年貢なんて今まで払ったこともないんだがね!」


 エルミーの言葉に答え、あっはっは! ……と、自分の死期を話しておきながら明るく笑うクリム婆に、なんて言えばいいのかわからない。

 複雑な気持ちだって言うのに、この婆さんはさらに爆弾をぶち込んできやがった。


「それでさ。アタシが死んだ後……この力をアベル坊に使ってほしいんだ。人は死ぬときに、子供なんかに何かを渡すんだろう?」

「……は? いやなんで、俺なんだよ。親族のドラゴンの方がいいんじゃ」

「龍はそういうことをしないよ。それに、夫とした龍はどいつもこいつもおっ()んでいるし、バカ娘どもはアタシに寄り付こうともしない。そのくせ、くたばりそうなのを察知したら「目障りだった!」とのたまう始末だ。流石に頭にきてね、氷漬けにして海に沈めてしまったよ」


 ケッ、と吐き捨てるように毒を吐くクリム婆。

 思わずエルミーが問いかけた。


「だ、大丈夫なの? お子さんを氷漬けって」

「数百年すれば溶けるから、心配いらんさね」

「軽い躾だな。オレだったらもっとキツく締めるぞ」

「えぇ……?」


 長命種にとっては取るに足らないのかと、平人組(俺たち)は戦々恐々とした。


「周りがそんな奴らだし、余計にアンタが孫みたいに可愛く見えてねぇ。だから人間みたいに、なにか遺してやろうと思ったのさ」

「そうなのか……でも嬉しいけど、受け取れないよ」

「んん? なんでだい。アタシが使えって言ってんだよ。遠慮なく受けとんな!」


 クリム婆が声を張り上げるが……仕方ないじゃないか!

 恩人のところに顔を出したと思ったらもうすぐ死ぬと聞かされた挙げ句、力を継承してくれって?

 即答できないって。まだ一つすら飲み込めずに納得できてないんだぞ?


「だって、クリム婆には助けられてばっかりじゃないか。その上、これ以上大切なものを貰うなんて――」

「はぁ~まったく! アンタは本っ当に貸し借りにうるさいねぇ! ババアがいいって言ってんだよ受けとんのが筋じゃないかね!」

「だから、まだロクに魔剣くれた恩も返せてないだろ!? なのに急に死ぬとか! 力受け継いでくれとか! もうちょっと小出しで来いよ!」

「そんなのどうだっていいんだよ!」


 さっきまでのしんみりした空気はどこへやら、俺とクリム婆の言い合いに発展した。


「えっと……まぁまぁ二人とも、言い合いじゃ解決しないよ」

「あっくん落ち着いて~? ほら、ちゃんとしっかり話さないと~」

「クリムさんも! クールダウンして~! アベル君は頑固なところがあるから……」


 ヒートアップする俺たち二人の間にエルミーとフレイ、マリアが割って入って宥めすかす。

 だけどそんなことで鎮まるクリム婆じゃないし、釣られて俺の抗議も大きくなる。


「だ~か~ら~! ちょっとはしんみりさせてくれないか!? 一つ目の話題から結構ショックなんだけど!?」

「それよりさっきの言いぐさはなんだい! 年上がくれるっていうんだ、おとなしく受け取ればいいんだよ!」

「なんで! それがわかんねぇって!」


 一層騒がしくなる家の中において、落ち着いているのはレイナーレだけ。


「――まるで、ジジババと孫の言い合いだな。情緒がないのも無神経だが、頑固なのもなぁ……はぁ」


 彼女はため息とともに首を振って、その光景に興味無さそうにしていた。




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