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第48話 龍種(ドラゴン)

【Side サレ冒険者】



 ドラゴン。龍種とは、魔獣の頂点である。

 魔獣の大半は、その多くが元は魔力を持たない動物から枝分かれして現れたと言われている。


 だが彼らは違う。

 龍は初めから魔力を持って存在し、王者として君臨した。


 その身を包む鱗は鉄より硬く。

 その巨体から織り成す力は山を崩し。

 その叡智が編む魔法は奇跡であり。

 その息吹は国を滅ぼす。


 破壊の化身、暴力の権化。その存在は力の象徴。

 彼らは、そう在るだけで王たる力を誇っているのだ――――



 ・ ・ ・ ・ ・



「これで合ってたかしら? (ドラゴン)って」

「姉さんにしては完璧だね」

「どういう意味よそれ……!?」

「有名だよね、ドラゴンには手を出すなってお話」

「まあ、だいたいそんな感じかな」


 俺の質問に答えたフレイが言っていたことは、ほとんどの龍種――ドラゴンに当てはまる。

 ドラゴンと一口に言っても種族や個体によって差異はあるが、これだけ覚えてれば十分だ。 

 マリアが言ったように冒険者の間では、この言葉が耳にタコができるまで聞かされる――ドラゴンはS級。手に負えないと判断されているから、手を出すな、と。


「滅多に見かけないだろうから、あまり役に立たない訓示だけどな」

「ボクたちは見たことあるよ? まあ、遠目からでもヤバいって思ったから、近づかなかったけど」

「それが正解だ」


 彼らは基礎能力からして、シンプルに強い。

 寿命は数千年。個体によって能力が変わるし、人類種の言葉を話す知能まであるし、特殊で強力な魔法が使える。

 若い個体ですらA級の最上位に分類されている、つまりエルミークラスが何人かいないと討伐すらできないんだから、近づかないに越したことはない。

 近づかない……距離……。そういえば――


「そういえばさ――なんで両腕に抱きついてるの? 二人とも」

「あら、お嫌いかしら?」

「もっとむぎゅって押し付けた方が好き?」


 両腕に抱き着くフレイとマリアに聞いたけど、簡単に流された。

 双子姉妹が離れる気配はないし、エルミーは少し離れたところで羨ましそうにこっちを見てるような気が……。


「レイちゃんがすっごく火力強めだからねぇ? わたしたちもグイグイいかなきゃって思ったのよ」

「レイ……レイナーレか。もうあだ名で呼ぶほど親密になってるんだ?」

「あたしは呼ばないけどね。昨日、攻撃魔法の使い方教えてもらっちゃったんだよ〜」

「だってあっくんが好きなのは同じなんだもの。話は合うし、姉妹みたいなものだし、仲良くしなきゃね?」


 姉妹ってなんで……って、背中に急な重量感!?


「嫉妬、危機感を感じているわけだ。女のこういうところは面倒くさくも可愛いだろ?」

「レイナーレ……急に出てくるのやめろよ。お前の霧化、気を張ってないと察知できないんだよ」


 霧化して接近していたレイナーレの不意打ちハグだ。昨日何度も食らったけど、魔力探知しないとわからないんだよ……。

 急に被さってくるのはバランス崩すからやめてほしい。あと、当たってるから……!!!


「面倒くさいってなぁに? 好きな相手が他の子とイチャイチャしてたら、イジめたくなっちゃうでしょ?」

「それはわかるが、男とはそういうものだ。それも魅力にするのが、いい女というものだぞ? ……さて、アベルよ。お前の先導で歩いているが、本当にこんなところにお前の恩人がいるのか?」


 引っ付いたままフレイと話し始めたと思ったら、そのままの体勢で聞いてくる。

 今いるのはエステナから西にある、海に向かってまっすぐ伸びた岬に向かう坂道だ。のんびり歩きながら、ドラゴンについて聞いていた。


「ああ、俺にこの――蒼氷剣グランシャリオをくれた奴がいる」


 左腰に差した蒼い魔剣を撫でる。


「水と冷気を操る魔剣か、魔力出力も強力だったな」

「まあな。俺の魔剣のなかでは一番バランスよく強くて使いやすい魔剣だよ」


 他の魔剣が突飛というか、扱いづらいとも言うけど。

 グランシャリオを手に入れたのは四本の中でも二本目、ミリアと離れ離れになってから九か月くらい経った頃だった。

 一本目であるブレスレイトの次にグランシャリオを手に入れることができて、俺の戦力は爆発的に高まった。

 二年以上も戦いを共にした思い出の深い魔剣でもある。


「この岬は剣のように鋭い形をしていてさ。その先端に家を建てて住んでる婆さんだ」

「そんなところに住んでて魔剣を持ってたって……只者じゃないよね?」

「そうだな。魔剣を持っていた、ってわけじゃないけど、とんでもない婆さんだから覚悟はしておいた方がいい。そろそろ家が見えてきそうなものだけど……あれ?」


 町を出てからしばらく歩いた。記憶の通りならそろそろ……という頃に、異様な光景が見えてきた。


「なに、これ……」

「草木が、凍ってるの?」


 木が霜に覆われていた。

 草も地面も白く染まり、地面を踏むたびに雪を踏むような音が響く。まるで一面の銀世界だ。


「ここは常夏の南国リゾートよ? 霜だなんて……」

「でも綺麗……かな? あたし雪なんて、あんまり見たことなかったし」


 普段とは様子が違うけど……まあ、大丈夫だろう。

 ザクザクと、霜を気にせず前に進む。

 そんな様子を見て警戒していたエルミーたちも慎重に歩を進め始めた。くっついていた三人も離れている。

 霜は進むほど酷くなっていき、しまいには草木は凍り付き、枝からは氷柱(つらら)が伸びるようにすらなっていた。


「この氷、エステナ、直前の話……おい、まさかその婆さんというのは――」

「進めばわかるって」


 何かに気付いたレイナーレを諭して歩く。

 やがて凍り付いた木々が開けた場所に出ると、


「わ、ほんとに家だ……。でも」

「これまでよりも、さらに酷く凍り付いてるね……」


 そこには一軒のログハウスのような家があった。

 普通なら温かみすら感じる家だが、今は軒先に氷柱が下がり寒々しく見える。


「さてさてどこにいるかなー、っと」


 家の入り口は海側にある。

 勝手知ったるログハウスの脇を通り抜けて、庭に向かうと――


「お、いた」


 それは、安楽椅子に座っていた。

 ユラユラと揺れる椅子に腰掛け、透き通った銀とも見える水色の髪をした老婆が、海の方を向いて新聞を広げている。 

 身長は低く年月を感じさせる皺もあるが……おおよそ衰えを感じさせない鋭さと、気配の大きさ。

 ――その眼差しが、すっとこちらを向いた。


「おや、アベル坊じゃないか。久しいね」

「ようクリム(ばあ)。久しぶり、顔を見に来たぜ」 


 彼女が、俺に魔剣を与えてくれた、恩人だ。

 鋭い視線は俺からちらりとエルミーたちに向けられると、途端に相貌を崩した。


「なんだいなんだい、連れもいるじゃないか。いっつも一人で来ていたアベル坊が、珍しいねぇ?」

「別にいいだろ。友人だよ、師匠でもあるけど」

「ああ、例のお師匠さんたちかい。じゃあこのババアを紹介しとくれよ」

「わかってるって。皆、この婆さんが――」


 振り返って婆さん――クリム婆を紹介しようとするも、それどころじゃなかったらしい。


「アベル……! ここ、この人……っ!」

「人間、なの……!?」

「なんか、凄く怖い……ッ!」


 レイナーレ以外の三人は顔を青くして、良く見れば小刻みに震えている。

 寒さか? いや、そうじゃない。


「……はぁ、クリム婆。来た時も思ったけど、魔力垂れ流しになってるぞ。エルミーたちが威圧されてるじゃんか」

「おっと、こりゃごめんね。最近は歳でねぇ、てんで体が言うことを聞かないよ」


 クリム婆が首を横に振る。――と。


「「「――っ!?」」」


 周囲の物を覆っていた氷や霜が、すべて砕けて霧散した。

 その瞬間、長い間息を止めていたように三人が激しく呼吸する。

 

「っは!? はっ、はぁ……ッ! 今までの、なに……?」

「氷が砕けた……空気も、楽になったわね……ふぅ」

「凄いプレッシャーだった……お婆さん、何者なの? あたしたちが声も出せないなんて」


 やっぱりクリム婆が発してた魔力に当てられてたか。

 周りが凍っていたのもその影響だ。だけど今のは無意識のもの、例えるなら吐いた息の余波にすぎない。

 まったく、これだから――


「当たり前だ。()()()()()()が、魔力を垂れ流しにしていたんだ。Aランク程度では威圧から逃れられ」


 ――ドラゴンって奴は、手に負えない。


「へ……?」

「えっ? レイちゃん今なんて……?」

龍種(ドラゴン)と言った。しかし、こんな大物だとはな。エルミーたちになにも言わずいきなり会わせるのは、どうかと思うぞ?」

「余計にビビらせる必要は無いと思って……驚かせてごめん、紹介するよ」


 先に知らせると緊張するだろうから、人となりを見せてから伝えようと思ってたんだよ。

 レイナーレは知ってるのか? まあ桁違いの長寿だしな。


「アベル?」

「んんっ――この婆さんが俺の魔剣、蒼氷剣グランシャリオをくれたクリム婆……フルネームは、『蒼氷龍(クリアブルードラゴン)クリムシャリオ』。数千年生きた『古老龍(エルダードラゴン)』って呼ばれてる、最強格のドラゴンだ」

「ただの隠居ババアだよ、お嬢ちゃんたちはクリムさんとでも呼んどくれ。脅かしちまって、悪かったね。お詫びにアメちゃんでもあげようかい?」


 破壊、暴力。それらの代名詞として語られている古老龍は、普通の老婆にしか見えない笑顔でケラケラと笑った。



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