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第47話 不条の論理 【シタ賢者 Side】

【Side シタ賢者】


 大陸中央部に位置する、最大規模を誇る国がある。

 広い面積と多くの人口、肥沃な穀倉地帯を持つことで『大陸の食糧庫』とも呼ばれている。

 さらに魔王討伐の立役者となったという肩書が追加された、太古に異世界人である初代勇者が興した国――それが、シルディエル王国だ。

 その大国の中心地、栄える王都シルデントの一角で、嘆く女が一人いた。


「どうして……どうしてこうなったのよぉ……!」


 栗色の髪、気の強そうな眼差し。女性らしい曲線を描く体つき。

 勇者パーティーの魔法攻撃手、《賢者》ミリア・クセレイだ。

 彼女は国から褒美として与えられた王都シルデントの好立地にある一軒家にいた。


「本当なら今頃はを、勇者の第二夫人として贅沢な生活を送っていたはずなのに……!」


 ミリアの行動は褒められるものでなく、国としても威厳と実益を損なうものだった。

 それでも彼女は、シルディエル王国が主導した魔王討伐を成した英雄。

 信賞必罰。功績には褒美を取らせるべきであり、彼女の置かれた状況に配慮した褒美として家を与えられていた。


 ――もう一人の英雄からは、報いる機会すら拒否されたが。


「帰ってくるのもこんな時間……こんな生活もういやだぁ……! 旅から帰ったらテキトーに、悠々自適に暮らせると思ってたのにぃ」


 時刻は夜、自宅のベッドに座り込みながらその日の愚痴を吐きだしていた。

 ここ数日、ミリアは呪いを解除するために金を稼ごうと冒険者ギルドで活動していた。

 彼女は元々、若年Aランク冒険者として名を轟かせていた。

 あれから勇者パーティーとして戦いさらに強くなったはずの今、冒険者の活動を再開すればもっともっと活躍できると、そう思っていたのに。


「もうっ最悪! 久しぶりのギルドに行ったらみんな冷たいし……大して稼げなかったし!」


 いざギルドに行ってみれば、集まったのは冷たい視線。

 昔の知り合いを見つけたとしても、二言三言交わしてため息を吐かれて距離を取られるだけだった。


「みんなみんな、アベルとはどうしたって……気にする必要ないでしょっ!」


 彼らは結魂を交わしていた男のことばかり聞いてきた。

 言葉を濁して説明したものの、知人は「やっぱり……」という顔をして離れていった。

 おかげで即席のパーティーも組めず、ソロで討伐依頼を受けることになったのだ。


「さすがにソロだと不安だし……それに王都周りの魔獣が減ってて実入りのいい討伐依頼が無いなんて~」


 強くなったとはいえ、ミリアは後衛としての立ち回りに特化している。強敵に前衛なしで挑むほど無謀ではない。

 少し難易度を落としてB級魔獣を倒しにいったが、数十万エルほどしか稼げなかった。数百万エルも稼げるA級と比べれば歴然の差。

 しかも周辺の魔獣が少なくなっているということで、ほどよい討伐依頼がなかったのだ。

 アベルの八つ当たりの結果ということを知る由もないミリアは、ブツブツと文句を言い続ける。


「やっぱりダメ、アベルとまた付き合わなきゃ。そうすれば……!」


 うむむ、と眉毛を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情で考える。


「たしかに浮気は悪かったけどぉ……そんなに悪いことでもないじゃん! そこまでキレなくてもいいじゃない! こんな呪いも付けてきたアベルに謝るのなんて嫌よ……!」


 付与された二つの呪いは想像以上にミリアにストレスを与えていた。それも解除するには五億エルもの金が必要だというのだ。


「せっかく今まで揃えてきた宝石とか、痛くて触れないし!」


 声を荒げてベッドを叩く。それだけでは収まらず、ベットから出てテーブルにあった酒を煽る。

 ミリアがコレクションしていた宝飾品。髪飾りから高級なドレスに至るまで。

 それらは触れた箇所からたちまち激痛が走り、とてもではないが着飾るなんてことはできなかった。

 幸いというべきか、冒険者として必要な装備などはどんなに高くても呪いは発動しなかった。

 それは「装備品は絶対必要経費」という冒険者の考えが残っているからなのだが……ミリアがその原点に戻るようなことはなく。


「それにムラムラ止まんなくて……もうっ、アベルってほんと男として魅力無い! 夜もヘタだし器も小さいなんて……アベルが許してくれれば全部丸く収まったのに! ほんっと最悪!」


 さらには十九歳と若いミリアは性欲も年相応に備えている。最近まで好き放題に解消していたこともあって苛立ちはより強くなり、自分が浮気したのにも関わらず暴言が止まらない。

 元恋人がどんな想いでどんな道を歩んできたのか、そんなことも一切考えずに、ひたすら文句を垂れ流す。


「だって浮気したって一人だけじゃん! たくさんの男と寝たわけでもないし、アベルだって今ごろ泥棒猫たち抱いてんでしょ!? 自分だけ幸せになるなんて不公平よ!」


 悪いことをしてないのに責められる。自分だけ幸せになる。それは不公平だ。

 第一そんなに悪いこともしてないから謝りたくない。

 拗ねた子供のような意地により、謝罪の意思はサラサラなかった。


「私だってアベルに抱かれたんだからっ、私にだってお金を貰う権利くらいあるはずなのに! ……う、なんか言ってたらイライラしてくる、でもイけないし」


 行為でも、慰めでも達することができない。

 完全に燃焼することができず、それはミリアに燻りを与え、その疼きをさらに悪化させるだけとなっていた。


「はぁ、シエルも権力がなくなっちゃって、できることは無いって言ってたし……どうすればいいのよ」


 勇者パーティーを脱退し、聖女としての立場を追われてしまった親友を想う。

 遠見水晶で会話をして励まし合っているが、今は軽く謹慎処分になっているようで会うこともできない。

 そのうち処分が下るらしいが……三年一緒にやってきた仲間だ。重くならないことを願っていた。

 実際はミリアの動向を監視するためなのだが。


「直接会っちゃえば言いくるめられると思うのに……王様がうるさい、今はやめといた方がいいってシエルも言ってたし、ユートも荒れてて使い物になんないし……」


 今日はシエルとの約束もない。ミリアは苛立ちを覆い隠すように、布団を被ってベッドに横たわった。


「はぁ、もう……んんっ」


 一年以上続けたことは急にはやめられず、かと言って相手もいない指先は自身の肌を撫でる。

 もちろん期待通りにはならず……その夜もミリアは情欲を(いぶ)したのだった。




【Side クソ勇者】


「クソ、クソ、クソがぁぁぁっぁああああ!!!」


 魔王を討伐した英雄、《勇者》。

 そんな華々しい称号をもつ男は見る影もなく、ひたすらに物を殴り壊していた。

 王都シルデントの中心地。星明かりの差し込む王城の一室に、ユートは居室を与えられている。

 元々国の要人として迎え入れる準備があったからなのだが、今ではまったく別の理由だ。


『喚び出した国なんだから、せめてその勇者の面倒でも見ておいてくれよ?』


 Sランク冒険者、《四剣》のアベルが言ったことに、国王ランデッド・ディ・シルディエルは細心の注意を払っていた。

 ミリアには言及されていない。だが少なくとも勇者ユートはヘタな気を起こさせないようにしなければならなかった。

 国から直接解呪のための資金を渡してはいけない。今は仕事と正当な報酬を与えて、呪い解呪のため資金を稼がせていた。

 まあ、万が一をさせないための監視と軟禁である。


「あークソ! あれから立ちもしねぇし女も抱けねぇ、ちくしょうっ!」


 性機能を失う不能の呪いと、女性に触れられない女禁の呪い。二つの呪いによって楽しみを失ったことで、ユートは人生で類を見ない怒りを発していた。

 彼にとって不幸だったのは、不能になっただけでそうした欲求は消えなかったことだ。

 なのに、女性には触れられもしない。


「俺は世界を救った勇者だぞ! ミリア以外にもよりどりみどりだったのに……!」


 それが今では女に触れられもしない。(はらわた)が煮えくり返る。

 勇者の力で呪いを解除して「女に触れる!」と近くのメイドを押し倒しても……数秒後、復活した激痛に転げ回る情けなさ。

 こんな屈辱は初めてだった。


「勇者だ、そうだ……俺は凄かったんだ! 凄いのは、俺なんだ……っ」


 脳裏に浮かぶのは、何もしなかったくせに功績を全部奪っていった白髮の男の、憎たらしく飄々とした顔。


「全部ッ、全部全部全部ッッッ!!! あの野郎のせいだッ!」


 怒りのあまり壁に拳を叩きつけ、壁の一部を破壊する。

 ――あの男が憎い、忌々しい、殺したい……! そんな考えがユートを支配する。


「アイツはあんないい女を囲ってんのに、俺だけこんな目に……ッ! 許さねえ……!」


 その目に映るのは黒すぎる炎。

 およそ勇者とは思えない呪詛を吐いて、ユートは今日も行き場のない苛立ちを物に当たって発散していたのだった。


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― 新着の感想 ―
>声を荒げてベッドを叩く。それだけでは収まらず、ベットから出てテーブルにあった酒を煽る。 このお酒は高級品じゃないのかな? そうだとしたら、口から胃袋まで激痛が走って七転八倒だな。
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