第44話 手土産調達
【Side サレ冒険者】
このホテルの朝食はビュッフェスタイルだった。メニューはバラエティに富み、どれもクオリティが高い。
そこから持ってきた大量の料理で埋められたテーブルを囲い、彼女たちは話していた。
「朝食もここまで豪華なんて最っ高ね! こんなホテルにずっと泊まってるレイナーレってお金持ちよね?」
「さっきフロントで聞いたら、一泊で普通の人の月収が吹き飛んでたよ?」
「少し昔、暇潰しに商会を作ったことがあってな。シルディエル王国を中心に大陸中に展開していてな。そこから金が入ってくるのさ」
「えぇ!? そんなのとんでもない大商会じゃん!」
「今はもう飽きてしまったから、お飾り同然の会長として財布にしているがな」
「大富豪ムーブが板についてると思った。ボク、最初会った時どこかの貴族かと思ったよ」
レイナーレの意外な経歴が明かされて驚愕する三人。
吸血鬼の《始祖》は有名だけど、普段何をしているかの情報なんて皆無だからな。俺も知らなかったけど。
「しかし金があってもアベルは堕とせないのが悔やまれる。昨日は惜しかった! もう少しだったのに!」
「んふふっ、あのままベッドインできてれば……ねぇ?」
「苛めてもらえたのに……惜しかったね」
「……こんな朝からそんなこと、言うもんじゃないよ。アベルだっているし……」
「ま、本人が望まないなら、誘惑するくらいに留めておこう。どうせこちらからは押し倒せないからな……あー、だからな? その――」
昨日の首謀者だったレイナーレは、困ったように笑いかけてきた。
「急に襲ったりしないから、いい加減こっちに来い。そんなに警戒するなって」
少し距離をとって、四人からじっと見つめながら朝飯を咀嚼する俺に向かって。
ぷいっ、とそっぽを向いて、頬いっぱいの朝飯を咀嚼する。
「ちょっとやりすぎたかしら」
「アベル君、猫みたい……!」
「荒療治が過ぎたか」
誰がニャンコだ。
ほとんど未経験同然のセカンド童貞があんな……天国か地獄かわからない所に引き込まれたら、パニックになるに決まってるだろ!
もう、顔を真っ赤にして俯いているエルミーだけが癒しだ……。
「ごくんっ……嫌じゃ、ないんだよ。その、気持ちは嬉しいし。でも……まだ整理がついてないんだ。だからもう少しだけ、待ってほしいというか」
あれから色々と考えていた。皆からの好意は――レイナーレもまあ、女性として見れば――嬉しい。
けどこんな俺なんかが、皆に頼るわけには……。
「ほ〜う? ……ま、人間不信になった、などでなければいい。気持ちの整理がついたら、という返事も貰えたしな」
レイナーレは真紅の瞳を細めて、ひとまずの納得を示してくれた。
「だが何にだって限界はあるものだ。いつまでも我慢できると思うなよ……?」
「あっくんが手を出したくなればいいんだものね?」
「誘い受けはお好きかな?」
「な、なるべく早くするから、控えてくれると嬉しい……」
三人に色の混じった目で睨まれ、獲物に成り下がった俺はそう懇願するのだった。
……やっぱり頬を染めて見つめてくるエルミーが癒しなのでは?
「と、とりあえずはさ。レイナーレに遭遇して後回しになってたけど、ここに来た用事をさっさと済ませたいと思う」
「用事? バカンスに来たんじゃないのか?」
大量の食事を終え、デザートの頃合いにそんな話をしたらレイナーレに聞かれた。そういえば彼女には話していなかった。
今回の旅の目的は、魔剣を返しに行くことだと説明する。
「これから俺、たぶん弱くなるよ? それで興味がなくなるなら――」
「その前に離れてくれ、か? 昨日も言ったが、オレは強さではなくお前の在り方から愛している。弱くなった程度で冷めるわけがないだろう」
「……そっか」
「それに、そうなればオレの方が強くなるからな。簡単に押し倒してしまえそうだなァ……?」
なんか魔剣返すの怖くなってきたな。
「そ、それでさ。各自やりたいことがあるだろうし、今日のところはそれぞれ別行動しないか? 俺はギルドに行きたいんだけど」
「賛成〜! わたしたち、そろそろ教会に行かなくっちゃ」
「シエル様への連絡もしたいからね。あたしは姉さんと一緒に動こうかな」
「それならボク、これまでに消費した消耗品の補充でもしておくよ。マリア、魔法鞄貸して?」
双子姉妹は教会。
お祈りとシエルへの連絡だ。そういえば旅先の教会で連絡くれって言ってたな。
勇者やミリアの動向とかを伝えてくれるスパイみたいなことをしてもらってるし、世話になったからなぁ……今度、またお礼を言わないと。
エルミーは買い物か。
「あと一応、戦闘できるように装備は整えておいてくれ。必要になるかもしれない」
「……なにかあるの?」
「もしかしたら、少し魔獣と戦いに行くかもしれない。そうじゃなくても、魔剣をくれた奴はこの街からちょっと離れた所に住んでるんだ。備えはしておいて欲しいなってね」
ギルドに行きたい理由がこれだ。
せっかく恩人の一人に会いに行くんだ……手土産は、用意しておかないとな。
そうして集合の段取りを決め、今日の午前中はそれぞれの用事を片付けることに。
これなら夕方か、明日ぐらいにでも返しに行けそうだ。
「それで、レイナーレはどうする?」
「今日はアベルについていこう。ちょうど、ギルドに用ができたしな」
「ギルドに?」
レイナーレの言葉に聞き返す。
どんな用事があるのか……依頼を出すとか、か?
「まあ、用事があるならいいけど」
「ああ。とても大事な用事さ」
そんなセリフを流してしまったことが、後の苦労に繋がるとは思わないのだった。
・ ・ ・ ・ ・
冒険者になるのは簡単だ。ギルドに行けば子供だろうが老人だろうが、実名でなくとも登録できる。
必要なのは能力だけ、だから――
「これでオレもアベルとお揃い、もとい同じ冒険者か。身分証としても便利そうだな、これは。クククッ!」
――他人が冒険者になるのを止められなかったとしても、俺のせいじゃない!
愉快そうに笑うレイナーレの指先には、クルクルと回る彼女のギルドカードがあった。どうやってるんだ。
レイナーレがカードに魔力を流せぱ、浮かび上がるのは『レイナーレ・ドレーク』の文字。男のときの名前を姓に宛てがったようだ。
そう、レイナーレが言っていた用事ってのは、冒険者になることだったんだ。
「たしかEランクはAランクのパーティーに入れないんだったか。ランクが上がったら入れてくれよ?」
「ボクはいいけど……なんだかボクより強い人がどんどん入ってくるなぁ。リーダー変わった方がいいんじゃ……?」
「アベル君は大丈夫? なんだかげんなりしてるけど……」
「うん、まぁね……どっかの誰かさんのおかげでな」
「ハッハッハ! どうしたアベル! 疲れたならオレが癒やしてやろうか? ん?」
レイナーレの服装は下の水着が黒のピッチリしたパンツとヒールに変わっただけで、上着はアロハシャツのままだ。
パッツパツの布の上からむぎゅっ……と胸を持ち上げるレイナーレの憎たらしい笑みから目を逸らして、ため息をついた。
というのも、事の発端はレイナーレの登録のときに遡る。
冒険者ギルドでは登録時に、ギルドカードに記載する内容を申告するんだが……そこでレイナーレは種族を吸血鬼、自分のことを《始祖》と答えた。
吸血鬼の《始祖》は有名だ、受付嬢は目を丸くしていたな。
偽物と疑いたかっただろうけど、隣にSランクがいるからなぁ……視線で「マジですか?」って聞いてきたから、生暖かい目で頷いてあげたよ。
それからギルマスを呼ばれそうになったり、そこらの奴が吸血鬼だからって突っかかってきたり、美女だからってちょっかいをかけてきた奴と乱闘になったり……。
面倒事になりそうだったから手短かに登録と、俺の用事を済ませて退散してきたってわけだ。あ、乱闘は一方的にレイナーレがボコボコにしていたぞ。
「これ、あとでカムルのおっさんに小言貰わないかな……」
ギルドの風紀を取り締まる組織の長であるカムル・ベルト。
これまでギルドに不接触だったSランク並の力を持つ《始祖》が冒険者になったことは、少なからず波を立てる。
そういう時にしわ寄せが行くのは決まってあのおっさんなんだよな、お労しい。
俺が発端とか知ったら文句言ってくるかもなぁ……そして言い訳できない。その時は胃薬でも贈ってあげよう。
「まったく、ただでさえ吸血鬼は冒険者にいい目で見られてないってのに……」
「ん? そうなのか?」
「あら、知らなかったのね。有名な話よ?」
そもそもな話ではあるが、吸血鬼は人類種だ。なのになぜ『鬼』だなんて魔獣みたいな名前で呼ばれているのかは、ひとえに彼らの『吸血傷害事件』の多さが原因だ。
――殺人鬼とか放火魔とか、そんな言葉と同じような感じ。
血は吸血鬼たちにとって麻薬のように甘く強い多幸感を得られるものらしく。
おかげで定期的に摂取する必要があり……さらにその感覚に溺れた吸血鬼は、手当たり次第、無差別に人を襲う。獣よりも何よりも、人の血が格別に美味いから。
そんな吸血鬼は、時に冒険者の討伐対象……指名手配されることがある。
「オマケに、強力な吸血鬼はスキルで他種族を吸血鬼に変える力があるだろ? 陽の光に当たれない種族にされるってのは、そうじゃない奴らにとっちゃ相応に忌避感があるんだよ」
「新米冒険者に言われるのは「吸血鬼には気をつけろ」だもんね。一緒に仕事をしている途中に襲われた人がいたらしいよ」
俺の言葉をエルミーが補強する。
「寿命が長いせいで老獪な奴も多い、手練ればっかのいつ敵になるかわからない種族。だからこそ、冒険者は吸血鬼ってだけで嫌う……とまではいかないが、警戒の対象になってるのさ」
「なるほどな、長く生きていたが寡聞にして知らなかったな」
「そりゃもう。冒険者の身を守るための仲間内での暗黙の了解だからね。部外者には言わないんだと思うよ?」
「だから気を付けてね~? レイナーレは太陽なんて関係ないからそう見えないけれど……吸血鬼殺しを専門にしている人だっているんだから」
「うむ、感謝するぞ。そうしよう……オレより強い奴がいるなら、だけどな! ハッハッハ!」
だろうな、Sランクと張り合えるんだから。半端な実力の冒険者じゃ相手にもならないだろう。
「――と、見えてきた。あそこが目的地の港だな」
そんな話もほどほどに。道の伸びる先を見れば、きちんと整備された港湾が見えてきた。
昨日行ったビーチのある入り江よりも大きく、船も多く出入りできそうだ。桟橋もたくさんかかっている……なのに。
「んー、あれ? なんかおかしくない?」
「そうだな、港にしては船がない。この時間には漁からとうに帰っているはずだが……人は、いるようだな」
「あっくん、なんでここに来たの? 任せっきりだったけど、魚でも調達したかったの?」
「いやな、ちょうど狩りたかった魔獣が運よくここにいるって聞いてさ。その魔獣から避難してるんだろうけど――」
そのとき。
湾の中心部の海水が爆ぜ、それが姿を現した。
吸血鬼、それは人類種の中でも長い寿命と強力な特異能力を持つ――代わりにお肌よわよわブラッドラッグジャンキーになる種族。
Guild Card
名前 レイナーレ・ドレーク
種族 吸血鬼
ジョブ ???
スキル 《変身》《????》
魔法 《紅血魔法》《無属性魔法》
《基本四属性魔法(火・水・風・土)》




