第42話 肌色の罠
四人のガールズトークが終わったのは、空がオレンジに染まり始めた頃だった。
やっぱり女性の話は長い。まさかレイナーレも長いとは……そんな賑やかな午後は楽しかったけど、とある問題が生まれていた。
それは……今夜の宿が無いことだ。
俺もすっかり忘れてて、気付いたときには手遅れだった。
「なんだ、宿をとっていないのか? 祭りの期間中は昼頃までに決めなければ、ほとんどの施設が埋まっているぞ」
「マジで?」
レイナーレが言うには、最近のエステナは宿を取れなかった者たちが飲み歩く眠らぬ街となっている、らしい。
うん、詰んだ。
「どうする? せっかくリゾートに来といて野宿は馬鹿馬鹿しいし……ギルドにでも居座るか?」
「ならあっくん、今夜は飲み明かさない? たまにはそういうのも悪くないわよ?」
「姉さんは酔いにかこつけて襲いたいだけでしょ。レイナーレさんに触発されちゃって……」
「遊び歩くのもいいけどさぁ、いい加減ちょっと休みたくない? ほら、ボクらかなり長い距離を歩いてきたばっかりだよ? せめて汗と埃を流したいよ」
と、ああでもこうでもないと話し合っているときに、救いの手が差し伸べられた。
「それならオレが利用しているホテルに来ればいい。部屋もまだ余っていたはずだからな」
「レイナーレの? まだ部屋が余ってるって、よほどのワケありか高いところなんじゃないか?」
「高い方だ。Aランク以上の冒険者なんだから、金なんて余裕だろう? サービスは保証するぞ、しかも大きな風呂がある」
「行く」
「アベル!?」
風呂は大事。
あの三年間の旅の中で、ある温泉街を訪れてから風呂好きになった俺は、一も二もなく反応した。
だって、過酷な旅の中での数少ない休養の時間だったんだ。そりゃ好きになるさ。
俺の即答に驚いていたが、エルミーたちも風呂の誘惑にまんざらでもなく。
レイナーレの言葉に甘えることにしたのだった。
・ ・ ・ ・ ・
「すっご……!」
「なにこれ……」
ノコノコとレイナーレについて行った先では……エルミーとマリアが、いや全員が呆気にとられていた。
レイナーレ紹介のホテルはそれほどまでに桁外れだった。
案内されたのはスイートルーム。広い部屋、そして海を一望できるオーシャンビュー。窓からは夕日に照らされた海という絶景が見える。
しかも建物は五階建ての多層建築。普通の建物は精々が二階建てなのに、このホテルはさらに三層も積み上げているんだ。
「五階以上なんて、貴族や王族の城とかにしか使われない高等技術じゃん……!」
エルミーも驚いている。しかも屋上には、例の大きな風呂があるという。しかもスイートルーム専用。
外見だけじゃなく内部も凄い、まるで貴族の屋敷のような装飾や調度品が揃っている。
だけど平民の俺でも窮屈にならなくて済む落ち着きもあった。
「このスイートルーム! リビングと寝室もすっごく広くて、ゲストルーム三部屋に簡易キッチン、シャワーに、ワインセラー! エールじゃないけど最高じゃない!」
「ねえ見てよ! 部屋の魔道具、どれもこれも最新式だよ! 高級ブランドのカスタムモデルまである!」
高いテンションで部屋中を散策しまくる三人。
最高級ホテルのスイートルームだ。はしゃぎようも納得だ。フレイはもうワインを取り出しているし、マリアはシャワーや照明などの魔道具に目を輝かせている。
「ハッハッハ! 好きに使うといい、《《オレの部屋》》だからな! エールも樽で持ってくるように伝えたから後で来るだろう! 飲み明かすのも悪くない!」
……けれど、そう。ここは俺たちが取った部屋じゃない。
レイナーレが二週間ほど滞在している部屋だったのだ。
「なあ、ここってレイナーレがとった部屋なんだろ? ……俺たちが泊まる部屋が空いてるって言ってたじゃないか」
「部屋は空いているだろ? この部屋のゲストルームがな」
彼女に連れられてこのホテルに来たけど、新しく取れる部屋は残っていなかった。困惑していると、レイナーレが取っているこの部屋に泊まらせるとホテル側に伝えたんだ。
「クックック、夜這いに行こうか? それとも襲ってくれるのかな?」
「くっ……!」
逃げ場がない……! 状況としては助けられたのに、レイナーレの罠に嵌められた気分だった。
むふん、とドヤ顔でデカい胸を張るレイナーレに無性に苛立ちを覚える。
くそっ、性別が変わってたから顔を覚えていたホテルマンに捕まってトラブルになっていたくせに……!
俺たち冒険者組はギルドカードを見せたら一発で納得されたけど、レイナーレは揉めていた。
「さっきはドタバタだったね……」
「ここ数十年は性別を変えてなかったからなぁ。どちらでも使える身分証がなかったのが痛かった」
「魔力と紐づいてる冒険者ギルドカードなら使えそうだけどね。魔力が一番の証明になるから」
肩を竦めるレイナーレの呟きにエルミーが自分のカードを見せて言った。
冒険者のギルドカードは魔道具だ。その人が発する魔力は固有の波形? みたいなものがあるらしく、記憶させた魔力でしか映し出せない。
「ふむ、冒険者か……あまり興味がなかったがアベルと同じ――そうか」
俺がソファに体を預けている最中、なんかレイナーレが言っていた気がするけどそれよりソファだ。なにこれすんごい柔らかい。
ぐたぁ……とソファに沈み込んでいると、部屋の主が声を上げた。
「そういえばアベル! 今のうちに屋上の露天風呂に言ってみたらどうだ? 夕日が照らされているときは絶景でな! 急いだほうがいいだろうな」
「何だよ急に。そりゃ見てみたいけど……俺が先でいいのか? エルミーたちは?」
「いいよー? 夕日なら明日でも見られるからね。こっちは二人とも大はしゃぎだし、アベルがお風呂、楽しみにしてたから」
「そっか……でもレイナーレは? 部屋の主だろ」
「オレは十分堪能した。アベルに見てもらいたくてな」
それに――と、レイナーレがこそっと近づいてくる。
「三人と話し合っておきたいことがあってな? ほら、オレは男でもあったろ? 風呂とかその……な?」
「ああ、なるほど……わかった。じゃあお先に――」
「うむ行って来いさあ早く! この階段から屋上へ上がれるからな、着替えは置いてある早くしないと絶景を逃すぞ!」
有無を言わさぬ勢いで背中を押してくるレイナーレ。いやまあ、女の話だから男の俺は潔く退散するけども。
部屋に備えられた屋上直通の階段を上がり、風呂に向かった。
そのとき、俺は気が付かなかった。
背を向けて女性陣の方に歩くレイナーレが、ニタリと笑っていることに――。
・ ・ ・ ・ ・
じゃぱっ、と――。
湯に浸かりながら手で払うように飛沫を立てた。
「ふぅー……っ。やっば、これ気持ちいいぃぁ……」
あまりの幸せに言葉も蕩けた。
最高級ホテルのスイートルーム専用風呂は格別の気持ちよさだ。
白く濁った熱めのお湯はいい香りがしていて、心を柔らかく溶き解していく。
「入浴剤……いやこれだと浴薬ポーションかな? 《錬金術師》が作る娯楽品だからバカ高いのに。金かけてるなぁ」
さすが最高級ホテル、サービスが天井突破してる。
これは凄い、体から溶けるように疲労が抜けていく。さすが高級薬。
熱めのお湯で火照った顔に海風があたる。これがなんとも心地いい。
「これは人生ベスト3に入る風呂かもしれないぃ……」
ふと見れば夕日が水平線を染め上げている。
波が光を乱反射させて、キラキラと海全体が輝くようだ。
遠い沖合には、大きな氷の塊まで浮いている。幻想的な風景――まさに絶景だった。
「……なんか、旅が終わってから生活水準が別物になってるな」
もちろん、苦難から天国へという意味で。
美味しいご飯、十分な睡眠、絶景、温かい風呂。そして――慕ってくれる美人パーティーメンバーたち。
この世の贅沢を一気に堪能しすぎじゃないか?
都合が良すぎて、逆にこれが全部夢なんじゃないかと思わず疑ってしまう。
「……俺が、こんな幸せでいいのかな。ただ恋人のために戦っただけなのに」
みんなはそれを凄い、素晴らしい、美しいと言うけど、俺にとっては当たり前のことをしただけだ。
恋人のために、命を懸ける。その程度のこと。
なのにミリアに浮気されただけで、こんなことに――
「あーやべ……まだ引きずってる」
つい思い返してしまったことを嘆いて、空を仰いで目を覆った。……ミリアに浮気されたことは、まだ忘れられてはいないらしい。
幼馴染への想いは、過去の物として置いてきたつもりだ。もう、彼女への恋慕は無い。
だけど、ずっと抱えていた想いを落としてきた今の心情は、なんて言えばいいのかわからない。
「エルミー、フレイ、マリア……レイナーレもか、こんな俺を好きだなんて……」
なんというかレイナーレが女だってことを受け入れ始めている自分に驚きだ。元はレイドレークだったってわかってるのに。
彼女が本気だってことがわかるから……かな。数年前、ミリアを愛していた俺と同じ目をしてるから。
それとあの身体だし、なんだか女性的な感性が所々に見えるせいかもしれない。
その想いを嬉しく思い始めてる自分がいる。
「でもなんで俺なんだ? ……浮気されるような奴なのに」
そりゃ、昔に比べて強くなったさ。でも強さと男の魅力が正比例するかは、ノーだ。
というか夜のアレが原因で寝取られたんだろうし。
魔王討伐に向かう前に迎えた初体験。初めて同士だったから手探りだったけど、それでも愛し合っていたと思う。
「途中までは出来てた……と、思うんだけどなぁ。記憶では、だけど」
途中まで、繋がるまではいけたんだ。
でも結局……最後まで出来なかった。ミリアを泣かせてしまったんだっけ……。
「はぁ……」
ため息が漏れる。
こんなことを考えてると、せっかくの温かさが体から逃げて行くような感覚がして、嫌だった。
「シケた面をしてるじゃないか。元気にさせてやろうか?」
「そりゃ、できればねぇ。――ん?」
ありえない声に返答して、それから疑問に思った。
え? いや、いないはずだよな? いないはずだよ。頭ではそう思ってるのに、なぜか、とても嫌な予感がする。
なんでレイナーレは先に俺を風呂に入らせた?
どうして最後じゃない? なんで女性陣が先じゃない? なぜ俺は、疑いもせずにあの言葉に飛びついた――!?
「あっく〜ん? お姉ちゃんがお背中流すよぉ〜?」
「はぁ、んっ……すっごい身体……! お姉さんも、見て、触ってほしいな……?」
年上の色香と振りまきながら、身体を隠すためのタオルをその大きな胸に引っ掛けただけの、|紫髪のムチムチ双子美女。
「嫌でも元気にさせてやるさ。そう……《《元気》》にな……フフフっ」
片手に持つタオルを肩に掛けて、もう片手を腰にあて、自信に満ちた笑みで豊満な全身を、ツンとした先端まで隠しもせず見せつけてくる、紅髪の爆乳美女。
「ア、アベル……その、お邪魔、します……!」
そして、タオル一枚を窮屈そうに体に巻き付け、首まで朱に染めて恥ずかしがりながらも期待の眼差しが艶めかしい……金髪モデル体型美女。
産まれたままの姿を殆ど隠していない四人の女性が並んでいた。
・ ・ ・ ・ ・
――――女の罠は二段構え。
もう終わったと思い込んだ獲物は、とびきりの餌を目の前に警戒心を薄れさせる。
アベルは強者の奢りを以て、自分が狩られる側であるという意識があまりにも欠けていた。
ちなみにレイナーレは、アベルの目を塞いでる間に男に戻ってホテルマンを説き伏せてました。




