第41話 つよつよ吸血鬼
「俺を好きなのはわかった……けど、なんでだ? 俺たちは一晩戦っただけだろ?」
レイナーレに見せつけられながら、他の三人にじっと見られることに耐えられず話題を変えた。
「それはボクも気になるかな。聞かせて貰ってもいいの?」
「いいぞ。と言っても簡単なことだが、一目惚れみたいなものだ」
「一目惚れって……戦ってる相手に? そんなことあるのかしら」
「不思議なことでもないさ。別にオレとアベルの間に憎悪の感情があったわけでもないしな」
「それはそうだけどさ」
一年前レイナーレ(当時はレイドレーク)と戦ったのは、勇者パーティーの前に立ち塞がったからだ。
勇者パーティーは停滞することになったが……それにも理由があった。率直に言えば、当時の彼らは実力が足りなかったんだ。
魔王の領域だった大陸北方は、寒冷による過酷な環境と強力な魔獣が跋扈する危険地帯になっていた。
あのまま進んでいたら、勇者パーティーは甚大な被害を受けただろう。それを見かねたコイツは勇者パーティーを引き止めてくれたんだ。
本人は暇潰しだったらしいけど。
「だからミリアたちはしばらく修行して、北国に入れるぐらいには強くなったんだ。ミリアを助けてくれたようなものだったのさ」
「だが、強くなったところで通すかどうかはオレの気分次第だったからな。オレを倒して退かせようと、挑んできたのがアベルだった」
「あの頃は少しでも早くミリアと会いたいって思ってたからな。だから、悪感情は無いんだよ。でもなんで、それが一目惚れになるんだ……?」
むしろ嫌われることをしてないか? 急に知らない奴が襲撃してきたんだし……。
「一目惚れに、元来理由などないさ」
レイナーレはその呟きに対して微笑みを浮かべて語る。俺の目を真っ直ぐに見ながら。
「オレはな、アベル。互いに全てを剥き出しにしてぶつかり合ったあの夜に……お前の心に一目惚れしてしまったんだ。途方もない執念だけでそこまで至った、アベル・シクサムの在り方に惚れたのさ。狂おしいほど強い想いを持ちながら、曲がらずにそれをぶつけられるお前が好ましい」
「そ、そうか……っ」
「――だからこそ、その想いを土足で蹴り飛ばした女は殺したいほど憎らしいが……ッ!」
レイナーレが急に重いプレッシャーを放つ。
思わず構えたくなるほどの殺意。その美しくなった顔に青筋を浮かべ、舌打ちも聞こえるが……それも一瞬で収まった。
よかった、エルミーたちがビビってたぞ。
「まァいい。お前が幸せになるのを見せつけてやるのが一番の復讐だろうしな。それより今は――お前の心を射止めることに集中しよう」
「……ッ!?」
彼女が頭を振り、席を立つ。レイナーレから目は離していなかった――なのに。
「――なあ、ダメか? 女としてはこれ以上ない身体だぞ?」
「えっ?」
「いつの間に……!?」
数メートルは離れていたにも関わらず、気付けばレイナーレは俺の膝の上に座っていた。
その肉感的すぎる肢体を全身に押し付けながら、蕩けた声で囁いてくる……!
「男だったのが引っかかるのなら、女としてお前を溺れさせてやる。これが女の時のオレの素の姿だから、このままを好きになってほしいが……好みがあるなら合わせてやるぞ? 過去に恋人がいたこともあったが死に別れて今はフリーだ。未亡人だし、オレは一途だぞ? 死ぬまで寄り添う。どこぞの尻軽と違って浮気もしないからな?」
その媚びるような、懸命な口説き文句とともに、全身でアピールしてくる。
胸板に特大バストを潰れるほど強く押し付け、そのキュッと締まったウエストとバスト相応のヒップを擦り付けるように密着。
長く太い柔らかな脚も絡ませ、全身を接触するようにしてくる。触れてないのは顔くらいだ。
しかも……。
「ちょっ、レイナーレ……! 脚が絡んで! 胸とかお尻が、ムニュって……!」
レイドレークの時はアロハシャツにサーフパンツだった。
つまり今、彼女の下半身には薄い水着の布地しか無い!
セックスアピールの塊のような肢体の感触がダイレクトに下半身に伝わる。中身がどうあれ、これで意識しないのは不可能だ!
「待って、わかった……! だから離れ――」
「フフッ、お前が望むならこの身体を弄んだっていいんだぞ? この胸も、秘所も、な……♡ アベルのためならアブノーマルなプレイだって喜んで――」
鼻をくすぐるのはレイナーレ特有の匂い。
ゾクゾク、ムグムグという感触が、下腹から脳天まで湧き上がってきて……いよいよレイナーレが、俺の耳にまで口元を近づ、け――
「「「ストォッッップ!!!」」」
――る前に、エルミーたちが声をあげた。
三人がかりで俺からレイナーレを引き剥がし、ズルズルと引きずって距離を取らせる。
「ダメダメダメ! まだそこまで誰もやってないんだからぁ!」
「待ってぇ~! お願いだからちょっと待って!」
「いくらなんでも横から来てごぼう抜きは許さないよ……!」
「むぅ、反応しかけていたのに……! なんだ、お前たちまだヤッてなかったのか? 機会もあっただろうに押し倒してもいなかったとは、せっかくの獲物を逃してしまうぞ?」
エルミーたちの必死の形相に、レイナーレは呆れるように首を竦める。
さ、さっきのは本当に危なかった……。聴覚と触覚、そして嗅覚から同時に本能を掻き立てられて、まだ荒い息と顔の火照りが収まらないほど昂らされた……。
これが《始祖》のテクニック……!
「お、押し倒すって……っ!」
「ちょっ、強すぎるんだけどレイナーレさん……!」
「さん付けなど水臭いな。お前たちもアベルを好いているんだろ? なら同じ男を愛する仲間だ、上下関係など気にするな!」
「そう? それなら……レイナーレでいいかしら?」
「……ボクたちのことも認めてくれるんだね、てっきり独り占めがいのかと思ってたけど」
「もちろんだ。アベルを幸せにしたいというのは同じなのだからな! だが、オレにも攻めさせろ。奴には早くオレを女としてわからせてやらなければならん」
「はぁ、はぁ。その攻めが強力すぎるよ……」
俺を差し置いて四人が話し始めた。
今の状態を落ち着かせたいからちょうどいいけど……なんか疎外感があるな。
とりあえず険悪にならなそうでよかった。
「それなら、なんで最初から女じゃなかったの? 最初から女性として近づけばよかったじゃない」
「それは……」
レイナーレは、フレイの質問にほんのりと薄く頬を染め、目を逸らし口元を手で隠しながら――
「あんなに熱く、心躍る夜を過ごしたというのにオレだとわかって貰えないなんて……寂しいじゃないか……っ」
「……っ!」
それを見た瞬間――中身はあの、一晩中戦った《始祖》だとわかっているのに。
最近よく味わう感覚に襲われてしまった。
「こ、これは……」
「ガチね、本気だわ」
「これは拒めないよね〜」
「ボクたちが認める認めないとか、元から言えないけどね」
「ハッハッハ! 話がわかりやすくていいな!」
顔の火照りか止まらなくて真っ赤な顔を必死に隠している俺を尻目に、女性四人――もう女でいいか――がどんどん盛り上がる。
「で? お前たちはどうして惚れたんだ? オレが話したんだから、聞かせろよ」
「えっ!? そ、それは……!」
「んふふ〜、凄いわよ〜! わたしから語っちゃおうかしら!」
「あ、ならお酒でも追加する? ほらエルミー、ちょっとお酒入れないと素直になれなさそうだし……」
「余計なお世話だよぉ!」
彼女たちはそのまま、きゃいのきゃいのと姦しいガールズトークへと移行していった。
あの様子じゃしばらく会話に入ることはできないな。俺は、確保しておいた料理を手に取った。
「美味い……」
子供の腕よりも大きい、輝くような白いエビの刺身。ある島国の特産ソースをつけて、弾力豊かなプリプリの身をぷちっと噛みちぎると、しょっぱさと濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。
噛めば噛むほど出てくる旨味を、遠い目をしながら味わうのだった。




