第39話 《始祖》レイドレーク
この世には幾つもの種族がいる。
エルフやドワーフ、獣人といった人間が――細かく言うのであれば、俺たちのような『平人』とは差異がある、特異な特徴を持つ種族たちだ。
その中でも異質なのが『吸血鬼』。
生物の血を好んで摂取し、陽の光に劇的に弱い生態を持つ種族だ。
太陽の光を浴びれば死に至るほどの痛みを負うが、スキルで体を動物や物体に変化させたり、同胞を増やすことができたり、血を媒体とした強力な魔法やスキルを扱う。
「まったく。オレはすぐに気付いたのに、お前はデモンストレーションを見せないと気付かないのか。悲しいぞ?」
「吸血鬼がこんな太陽真っ盛りのビーチにいると思わねぇだろ!」
目の前で笑っている男はその中でも最古。吸血鬼の中でも強力な《真祖》と呼ばれる連中でもとりわけ古く強い存在だった。
何千年と生き続ける、不死にして原初の吸血鬼――《始祖》レイドレーク。
「え、アベル? 《始祖》? 吸血鬼!? この人アロハシャツ着てビーチで寛いでたんだけど!? どういうことなの!?」
剣を抜いたエルミーがわけがわからないと叫ぶけど、ごめん俺もわからないんだ。
なにせレイドレークとの接点は一年前。大陸北方で勇者パーティーを足止めして進ませなかったコイツを、襲撃して退却させた一夜だけ。
その時も互いに半死半生で、相討ちのような状況だったからな。
「なんでこんなところにいる? なんだ、あの夜の仕返しか!?」
指輪型の魔法具、『白幻の宝物庫』から魔剣をベルトごと腰に着けた状態で取り出した。
グランシャリオを右手に、ブレスレイトを左手に持った、いつでも動ける戦闘態勢。
「ちょ、ちょっとあっくん、本当にこの人が、あの《始祖》なの!?」
「そういえばこの前、《始祖》と戦ったって言ってたような……!?」
双子姉妹も事態が把握できていないまま後ろで武器を構えるが及び腰だ。二人だけでなくエルミーも。
吸血鬼は別種族を襲って血を奪うことで有名だ。最悪、吸血鬼にされることもある。
さらに《始祖》の名前は強大さと共に知れ渡っているからな。特に、冒険者には。
――Sランク冒険者と余裕で張り合える、化け物だと。
「お礼参りに来たならいいぜ、今度こそ本気でぶった斬って――!」
「まあ待て待て。オレにお前と戦おうなんて意思はない」
三人を庇う俺に、レイドレークは笑いながらそう言った。手を上に上げてひらひらと振る様子からは、確かに敵意はなかった。
「……いきなりぶっ放してきてよく言うよ」
「それはお前が気付かないからだろう? ちょっと悲しかったぞ。しっかり外したからいいじゃないか」
口をとがらせながら、レイドレークは「心外だ」とのたまった。のもつかの間、にこやかに笑いながら両手を広げるレイドレーク。
「このとおりだ。オレに戦闘の意思はない。お前に会えてはしゃいでしまったんだ。すまなかったな!」
手を上げたまま、まるで友人に対するように朗らかな笑みを浮かべて気軽に歩いてくる。
「だから怖いんだよ……!」
俺とこいつとの関わりなんて、一晩殺し合っただけだ。なんでこんなに好印象に接してくる?
首でも腹でも好きに斬れと友好的に近づいてくるのが逆に怖い。
「……はぁ。わかったよ」
いつまでも敵意のない相手に剣を向けるのもよろしくないし、仕方なく剣から手を離した。
この男の気性を一晩の付き合いとはいえ少しは知ってるし、後ろからの「あんまり戦いたくないなー!」という視線もあるから。
「けど、吸血鬼がなんで南国なんかにいるんだよ。無駄にアロハシャツ似合いやがって」
開放的なアロハシャツによって、細身で筋肉質な体が曝け出されている。
ビーチチェアに寝転がって焼いていたくせに真っ白だ。貴公子然としたスマートな、だが分厚く逞しい体だった。
「そんなに褒められると嬉しいな。安心しろ、オレにとって陽の光の下で歩くなど日光浴にしかならん!」
「だろうな! 心配なんてしてねえよ!」
「強烈な日光が気持ちいいぞ!」
「全吸血鬼に対する皮肉だろこんなの……」
吸血鬼は強ければ日光への耐性を多少身につけるらしいが……自分たちの始祖が生態を全否定してくるとか、吸血鬼は大変だな。
「ふむ。それにしても、その女たちは誰だ? お前が愛しているのは、あの《賢者》だろう? 少し前に不貞疑惑などと噂が流れてはいたが、お前にあれほど愛されているのだ。デマだと思って、あの女と一緒にいるのかと思っていたが」
「うひぇ」
不意打ちされて変な声が出る。受け止めて、諦めはしたけど、まだ忘れることはできてないんだよ……。
ダメージを受けた俺に変わって、エルミーが前に出て話した。
「えっと、ボクはAランク冒険者パーティー『誓いの輝剣』リーダーのエルミー、です。その、ミリアのことは色々あって……」
「ほう……? なにかありそうだ――が」
目が泳いで変な汗が出ている俺と、緊張しながらも前に出て話すエルミーを交互に見たレイドレークが何か察したようだ。
「こんなところで立ち話もなんだ。せっかくアベルに会えたのだから、場所を変えるか」
奴はアロハシャツを翻して街の方へ向かう。
「ついて来い。なに、ここには二週間ほど滞在している。観光はバッチリだ! オレのオススメの店へ連れて行ってやろう。全員奢ってやるぞ? ハッハッハ!」
「くそ、最高に楽しそうにバカンスしやがって……」
「どうするの? 行っても大丈夫なのかしら」
「アベル君と一緒ならいいけど……」
三人は武器を仕舞ったが、まだ不安そうだった。
レイドレークには敵意が無いが、それでも圧倒的な実力差から不安が拭えないようだ。
「……行こう。アイツは化け物みたいに強いけど、見境がないわけじゃない。他のSランクよりはよっぽど常識的だから」
少なくとも、なにか地雷を踏んだとして街中で大暴れ……といことはないはずだ。さっきの攻撃だって、シュナの木を貫通しても倒れないくらいに威力を抑えている。
「うん、わかった。――でもアベル。Sランクって……」
「言うなよ……」
エルミーの呆れるような声色に、顔を背けることしか出来なかった。
・ ・ ・ ・ ・
連れてこられたのは、海沿いのレストランだった。
高級志向な雰囲気だが完全な上流層向けではなく、気軽に入れるような佇まい。
店の海側には広々としたテラスには仕切りが置かれ、半個室のようなスペースで食事ができる。
上位の冒険者みたいな人間をターゲットとしているような店だった。
それは料理を見て確信に至る。
「あら、美味しいっ!」
「こんなに美味しくて量もある……凄くいいねこの店……!」
海鮮を中心とした彩りのある料理が大量に運ばれてきた。完全に大食漢の高位冒険者に向けられたメニュー内容だ。
お値段も相応だが、Aランクにもなれば余裕の範囲。エルミーたちにもぴったりの店だった。
「ハッハッハ! ここならマナーなど気にせず楽に食事ができる。それにプライベートも確保できてな、アベル。お前のような有名人でも安心だぞ」
「そう……まぁ、気遣いはありがとう」
「えっと、ありがとうございます。ボクたちまで連れてきて貰っちゃって」
「そんなこと気にするな! アベルの仲間なら歓迎だ!」
終始機嫌がよく笑っている奴よりも、魚介類の料理が並んでいるテーブルに目が行ってしまう。
刺し身に焼き、汁物に煮魚……あとなんかお洒落な料理。
名前も知らないけれど味わう分には支障ない。三人も美味い料理に舌鼓を打っていた。特にフレイの手が止まらない。
「おぉ、そのカルパッチョは美味いぞ。早朝から仕入れた魚が新鮮でな」
「ん〜っ! 生の魚なんてなかなか食べられないけど、美味しい〜!」
「食べ慣れてる……完全に観光客じゃないか」
「何を言う。目的はちゃんとあったぞ? 観光も、その一つだが」
トマトベースの海鮮パスタを頬張るレイドレークは、どこからどう見ても人間の観光客だった。
俺たちは食事をしながら、自己紹介とこれまでの状況説明を行っていた。
「わたし、なんだかレイドレークさんと仲良くなれそうな気がするわ」
「フレイ……いくら奢られたからってチョロすぎだよ」
「ちょ、そんなんじゃないわよ!? 性格的によ!」
「なんだかね〜、あたしも近い波動を感じる」
「ハッハッハ! そうだな、オレもそう思うぞ! 二人とはなんとなく気が合いそうだ!」
なぜか意気投合して酒まで酌み交わしている姉妹と《始祖》の姿があったが。
「しかし、なるほどな。まさかあの噂が本当だったとは……」
自己紹介もほどほどに、俺とミリアの件を話した。
「――その女、ブチ殺してやろうかとも思うが、今も復讐の最中ならやめた方がいいな」
「なんでお前がそこまでするんだよ……」
「そんなクソ女、聞いているだけで気分が悪いからな。特に、お前の行動を知っているのだから尚更だぞ」
レイドレークには、俺の旅の目的を戦いの最中に話してしまったからな……《賢者》が恋人ってのは、例の記事を見て知ったのかね?
「そして既に三人も、か……口説き落とす手間が省けたと思ったがライ――いや、むしろ難易度は下がったか……?」
なにやら小さな声でブツブツと呟いているが……ずっと気になっていることをレイドレークに問いかけた。
「それより、なんでこんな所にいるんだよ。まさかただリゾートを楽しみに来たってわけじゃないだろ。さっき言ってた目的って?」
「うん? さっきから言っているじゃないか。お前を探していたと」
「……え?」
「奴らが魔王を倒してから、ずっとお前のことを探していたんだぞ?」
レイドレークが言うには。
まず三週間ほど、確実にいたであろう北国を隅々まで探しても見つからず、ならば勇者より先に大陸中央に戻ったのかとそちらに向かいさらに二週間探したらしい。
「それでも見つからなかったし、それ以上は探す当てもなかったのでな。南方を探すついでに、息抜きのバカンスに来たのさ」
完璧にすれ違ってるな……。
魔王軍と戦ったあと、俺は一ヶ月くらい北国の街で寝込んでたし、王都には二日くらいしか滞在しなかった。その後はカーヘル。
単独で移動する俺を自力で見つけることは難しいから、仕方ないけど。
――ちなみにこういう時。料金はかかるが、ギルドに頼めば伝言を伝えることができる。指名依頼のときなんかに使うサービスだな。レイドレークは知らなかったようだけど。
もし伝言を頼んでいても、カーヘルまでギルドに寄らなかったからあまり変わらなかっただろうけど。
「会ったのは偶然ってことか……。でも結局、なんで俺を探してたの? やっぱり前回の決着が納得いかなかった?」
「いいや、お前との決着はあれでいい。命を曝け出してなお相討ちとなった、引き分けがいいんだ」
前回の決着は、最終的に引き分けだった。両方とも死にかけて相討ちと言うのが正しい。
てっきり白黒つけたいのかと思ったけど違うようだ。
「オレがお前に会いたかったのは、簡単なことだ。――愛する者に会いたい。お前なら痛いほどわかるだろう?」
「そりゃそうだけど…………は?」
今、なんて、言った? この男。
ピキリ、とレイドレーク以外の動きが止まった。
「おい……なんだって? 誰が、誰を……愛する?」
「まったく、何度も言わせるな。減点だぞ? だが何度でも言ってやろう」
やれやれ、と首を振るレイドレーク。穏やかな顔でこちらを見つめながら……こう言った。
「オレはお前を愛している――アベル。あの夜から、オレはお前に恋をしているのだ」
「ひぇっっっっっ」
俺はとんでもない藪蛇をつつき出したのかもしれない。




