第38話 海浜リゾート『エステナ』
リゾート都市エステナ。
付近に入り江がいくつもある地形と、それぞれに白い砂浜のビーチが存在する常夏の海浜リゾートだ。
近くには入り江を活用した漁港も備え、陸路海路での交易も盛ん。水揚げされたばかりの新鮮な海鮮や珍しい食材を楽しめる、海と美食の街だ。
「――っていうのが、エステナの大まかな概要だな」
街に入った俺たちは賑やかな大通りを歩いていた。両側には観光客を狙った露店や土産屋が軒を連ねている。
「詳しいね。ここのリゾート使ったことあるの?」
「いや、何回か来てるだけだよ。近くに来るたびに寄るようにしてただけで……どこの店がいいとか、どの宿――ここだとホテルが多いか。どれがいいかはさっぱりだ」
リゾート地であるエステナにはお高めのホテルが多い。
金があったら勇者パーティーに支援してたから、それらを使ったことこともない……だからちょっと楽しみだ。
聞こえてくる中で気になるものはいくらでもあった。特に最近はレーションを卒業して普通の食事を食べることが多くなったから、食べることがすごく楽しみた。
食事って栄養補給だけじゃなかったんだな……!
「あれ? フレイは? どこに行ったんた?」
「美味しい屋台がいっぱいよ〜! この串焼きなんかすっごく美味しいわ!」
いつの間にか。
背後にいたフレイの両手には魚介類の串焼きがいくつも握られていた。貝のバター焼き、魚肉の照り焼きなど、香ばしい匂いが彼女の手から漂ってくる。
フレイは魚介類が好きなようだから、我慢できなかったか……。
「すごく美味そうな匂い……」
「美味しいわよ、はい。これあげるわ。他にも面白そうなお店がたくさんあるわよ〜。例えばあそことか」
串を俺たちに配りつつ、少し離れた露店を指さすフレイ。そこでは店主が大声を張り上げていた。
「固いよ固いよ〜! エステナ名物、『龍氷』を魔法使い達が豆と加工したアイス『ビンズバー』!!!」
「どんな謳い文句なのさ……。っていうか流氷?」
「この暑い海に氷が流れてくるの?」
「いや、龍氷だ。このエステナのさらに南の海にはな、龍……ドラゴンの巣があるんだよ。水を司るブルードラゴン系のな。そこから海流に乗って氷が流れてくるんだ」
流れる氷、ではなく、龍の氷だ。
ワイバーンやドレイクのようなモドキ、『亜竜』と呼ばれるものじゃない、オリジナル。
強大な魔力と力を持ち、空を飛び、強力な息吹を放つ、おとぎ話のような龍。
この世界には、それはおとぎ話ではなく実在する。脅威の一つとして。
「ちょ、それって、S級魔獣じゃん!? 大丈夫なの!? ブレス一回で街なんて軽く吹っ飛ぶって聞くけど!?」
エルミーが大声をあげる。龍はA級のさらに上、Sランクにしか対処不可と呼ばれる伝説的なS級魔獣だ。龍のことを知らなければこの反応もこの反応も当然だ。
「大丈夫。龍は言葉を交わせるほど高度な知性がある魔獣――魔獣って言っていいのかもわからないくらいの生物だから。こっちから害さない限り、襲ってくることはほぼ無いよ」
一般的に、多くの魔力を持つ動物を魔獣と呼ぶ。
今では少なくなったが、元々魔力を持たない動物から魔力を持つように進化してきたのが今の魔獣だ。
元が動物かはわからないが、龍も定義上では魔獣ではある。だが、会話ができる相手を「獣」と呼んでいいんだろうか。
「こいつの固さは折り紙付きだ! なんせドラゴンの牙を折る硬さだと言われているぜ!」
「いやこわ! 怖いよそんなアイス!」
「噛まなければいいんじゃない? あとで食べてみようかしら」
「お、フレイいく? 俺もちょっと気になってたんだ」
ドラゴンには納得してくれた三人だったが、店主の張り上げた声には理解しかねるようだった。
「それにしても、いくらエステナだからってちょっと賑わい過ぎな気がするな」
「そうなの?」
「たしかに、露店が多いね。いくら観光地でも普段からここまで出店が多いとは思えないけど」
「ほうかひら?」
俺たちに串をくれたのにまだ余る串焼きを口に運んでいるフレイは置いといて、喧騒の中で耳を澄ませてみると……。
『魔王が倒されたんだ! こんなにめでたいことはない! エステナ勇者祭はまだまだ続くぞーッ!!!』
「あぁ……」
そういえば、ここ二ヶ月くらいで魔王が倒されたばっかりだった。そりゃ魔王討伐の記念で、勇者の名前を冠した祭りもやるもんか。
ここでも、勇者祭かぁ……。
「……あ、アベル、大丈夫?」
「うん、平気だよ。微妙には思うけど、別になんとも……うん」
いや、ちょっとトラウマを抉られたけど、俺と奴らの問題を一般人は知らない。俺が三年間やったことは、公表してもいない。
ギルドニュースで公開された内容でわかることは、せいぜい勇者パーティーとSランク冒険者の痴情のもつれ。それに《四剣》の戦闘力。
俺とミリアの結魂や、蒼天教からの制裁なんて知る由もないんだ。
「それに、もう過去に見切りをつけるって決めたんだ。いちいち目くじらを立てるのもな」
「アベル……そうだね! せっかくのお祭りだし、名前なんか気にしないで楽しもう!」
「あんなことなんて気にしないで? お姉ちゃんたちがそばにいるから」
「この機会にかこつけて遊んじゃおうよ!」
「……あぁ、ありがとう」
エルミーにフレイ、マリアがそう言ってくれるのが嬉しい。
そうだな。どうせなら魔剣を返すついでに、いつもより賑やかなエステナを目一杯楽しんでやろう。
「さて、まずはどうしようか。とりあえずギルドに行くか、宿を探すか――」
「あ! じゃあお姉ちゃんビーチに行ってみたいわ! 一回見ておきたいの〜!」
「ビーチ? まぁ、一番のリゾートスポットだけど、それならあとでもいいんじゃないか? 少なくとも宿を見つけないと」
「それならあとで教会に行くときに聞いてみるわ。最悪、宿がなくても教会に泊まらせて貰えるかもだし」
「そうそう! なんとかなるから、一回はビーチに行ってみたい!」
「二人とも、なんでそこまでビーチに行きたいの? そりゃボクも行ってみたいけど今は――」
「だって、あとで水着を買いに行く時に参考にしたいでしょ〜?」
「ミッ!? みみみ、水着ぃ!?」
一瞬で顔を真っ赤にして不自然な高音を発するエルミーは、フレイに聞き返す。
「み、み、み、水着って……!!!」
「だってエステナって言ったらビーチだもの。シルディエルにだって水着はあったんだから、本場のシュナルテにならきっといいのが沢山あるわ!」
「どうせならアベル君の好きそうなのを買ってあげないと……だからさっ!」
「うぅ……あ、アベルの……!」
ちらっとこっちを見てくるエルミーに、俺は目を逸らすことしか出来なかった。
三人の水着……ただでさえ美人な上にスタイル抜群の三人だ。とても素敵なことになるだろう。
思わず、唾を飲んだ。
「あっくん、セクシーな水着や可愛い水着、どんなのが好きなのかしら?」
「いっそのことアベル君が選んじゃう?」
「……ノーコメントで」
二人が着たらどんな水着でもセクシーを通り越すじゃないか……!
――というわけで。姉妹の押しに抗えきれず、俺たちは宿を探しながらビーチを下見しに行くことになったのだった。
・ ・ ・ ・ ・
エステナを各所で見物しつつ暫く進むと、やがて一つのビーチへとたどり着いた。
「うわぁ……綺麗」
「白い砂浜、青い海! 一度は来てみたかったのよね〜!」
「ねえアベル君、エステナには暫くいるんでしょ? もちろん、海で遊ぶよね?」
「そうだな。魔剣を返したらゆっくりするのもいいし、せっかくだから遊び回ってみようか」
エルミーが零した感嘆には完全に同意だ。
ただのビーチだから装備は収納して旅装のみ。とはいえ場違いのように思えるのは、周りが水着か華やかな衣装ばかりだからかな。
海水浴をしている人たちは、やはり多彩な水着を身に着けている。三人は興味深そうに眺めていた。
さらに興味を唆られるのは水着だけでもない。
「変わった木だね。うわ、かったい……!」
「それはシュナの木だな。硬くて背が高い、シュナルテの名物だ。たしか建材としても使われてるらしいよ」
マリアがビーチ周辺に生えている一本の木を触っている。鱗のような樹皮を持つ木で、枝はなく十メートル以上の高さ。天辺で大きな葉が広がっている。
「名物かぁ。そういえば一回だけシュナルテに依頼で来たときも遠目で見たような気がするよ」
マリアはシュナの木をコンコンと叩いているが他の二人はあまり興味がないようで、エルミーとフレイは海を眺めていた。
「本物を見たら早く海に行きたくなっちゃったわ〜。用事を済ませたら行きましょうね? ――そういえば魔剣をくれた人ってお婆さんだったかしら?」
「そういえば、ボクは全然聞いてないや。その人ってこの街にいるの?」
「あれ、話してなかったっけ? この街じゃなくてこの近くに――」
「おっ!? おおっ!! その声! その姿は!!」
エルミーに話をしようとすると、いきなりビーチの方から大きな声が響いてきた。
「《四剣》! アベル・シクサムじゃないか!!!」
「……俺?」
名前を呼ばれて振り向けば、そこには一人の男がいた。
ビーチチェアから飛び起きて近づいてきた色白の長身で、筋肉質な男。
シュナルテの地域衣装であるアロハシャツを着ているが、ボタンは留めずに体を晒し、真紅の髪は長く伸ばされている。顔には真っ黒なサングラス。いかにもな観光客だった。
そんな彼は立ち上がり、手を広げて足早に近づいてくる。
「やっと、また会えた! あぁ待ち望んだぞ! オレはお前を探していた、アベル・シクサム! ハッハッハ!」
「アベル、知り合いなの?」
「いやぁ、こんな暑苦しい知り合いはいないはずだが……」
「なに、気付かないのか? アベル。悲しいものだ」
喜色満面だった赤髪男は眉をひそめて、言葉とは裏腹にとても嬉しそうに首を振った。
馴れ馴れしいが、本当にこんな男と親しい関係になった覚えはないんだけど……?
「なんだ。いの一番に気付いて欲しかったのだが、仕方ない。ならば、これでわかるか?」
渋々といった様子で、男は右手でサングラスを取ってこちらに向ける。
現れたのは紅い眼孔。それを見て、違和感を感じた瞬間――その手の皮膚を、中から血が突き破った。
「……ッ!」
「なに!?」
ソレは俺の真横を通り過ぎ、背後にあったシュナの木を貫通。さらに遠くの岩に突き刺さり全体にまで渡るヒビを入れる。
その正体は……血の槍だ。血で出来た槍が、一瞬にしてその破壊をもたらした。
今の攻撃、そして同時に放たれた圧倒的なプレッシャー。俺の脳裏に蘇った、地獄のようなとある一夜の記憶――。
「……お前まさかッ!?」
「ハハハッ! 久しいな、アベル! お前と死闘を演じ、早一年ッ! 会いたかったぞ!」
「《始祖》――レイドレーク!?」
一年ほど前。勇者の前に立ちはだかり、俺がどかした吸血鬼が目の前にいた。




