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戦いの終焉と去っていく者たち

「……終わったな」

 暴君の死を以て、絶望の時代はその終わりを遂げた。

 その瞬間を目の当たりにして興奮する民衆の後ろ姿をマークルフは見つめる。

 その隣ではカートラッズも腕を組んで眺めていた。

「あのガルフィルスの芝居も必死さが伝わったが、ログ副長の方が上手だったな。本懐を遂げるためとはいえ、なかなかの名演だった」

「民衆が見たかったのは暴君の粛々とした処刑よりも、帰ってきた伝説の騎士による復讐劇なのさ」

 マークルフはほくそ笑む。

「あいつは二代に渡る“狼犬”の腹心だぜ。いざとなればそれぐらいの芝居はやるさ」

「芝居はやめて本当に“最後の騎士”として戻るべきかもしれんぞ? 戻ればブランダルクの英雄として名を残せる。少なくとも人使いの荒い傭兵隊長の下よりはマシな生き方ができる」

「それでも構わねえよ。あいつが戻るかどうかはあいつ次第だ。去る者は追わず、それが俺たちの流儀だ」

 人々がマークルフたちの脇を駆け抜けていく。時代が変わった瞬間を急いで伝えにいくためだ。

 マークルフもそれに紛れるように背を向ける。

「どうだ、あいつが戻って来るかどうか賭けるか?」

「貴様が先に賭けるのなら降りる。それに付き合っている暇もない」

「行くのか?」

「ああ。影の権力者だった司祭長も消えて、情勢もいろいろと変わる。傭兵の稼ぎ時はこれからだ」

 ブランダルク国境に展開していた他国の部隊は結局、古代の兵器群に返り討ちにされた形で撤退した。彼らを助けて名と恩を売った傭兵たちもこれを機に一稼ぎを企んでいた。

「付き合わせてすまなかったな。“龍聖”とテトアにも世話になったと伝えておいてくれ」

「そう思うなら“竜皇”のオジキへはそっちで話をしてくれ。それと次の仕事の時までには身体を治しておけ」

 カートラッズが先を歩き出す。

 この傭兵も稼ぎ時を前に暇ではないはずだが、王子の戦いを見届けたいという願いを知り同行してくれたのだ。

「まったく、好きでズタボロになってんじゃねえっての」

 マークルフは肩をすくめると振り向く。

 そして右手を頭上に大きく掲げると親指を立てるのだった。



「大義でした、“最後の騎士”アウレウスよ。長年に渡るそなたの苦難はようやく報われました」

 ガルフィルスの遺骸が布でくるまれて運ばれる中、目の前に跪く“最後の騎士”にルフィンは労いの言葉をかける。

 見守る民衆たちは王子と“最後の騎士”の名を連呼し、喜びを噛みしめ合っていた。

 そしてルフィンは気づく。

 民衆から離れるように立っている一組の旅人がいた。彼らはやがて立ち去っていくが、その一人が頭上に右手を掲げて親指を立てて見せた。

 その外套の奥からは若者の不敵な笑みが覗く。

 ルフィンは声をかけようとしたが、その姿は民衆と歓喜の声の向こう側に消えていった。

(帰って来てくれたんだな、男爵)

 ルフィンも彼に倣うように笑みを浮かべると、自ら“最後の騎士”の前に立った。

「どうやら最後まで男爵が手を貸してくれたみたいです、ログ副長」

 “最後の騎士”──ログ副長が仮面に覆われた顔を上げる。

「男爵にブランダルクを代表して感謝していると伝えてくれませんか」

「……殿下」

「ルフィンも『ありがとう』と言っていたと伝えてください。男爵の所に戻るのでしょう?」

 “仮面の騎士”は静かにうつむくと、やがて深々と頭を下げるのだった。



 マリエルたちはブランダルク山岳地帯の麓に逗留していた。

 天幕を張り、そこを拠点にしながら周囲の環境の測定を続けている。

 オレフとの戦いで決壊した部分が今後、“聖域”にどのような影響を与えるかを調査するためだ。

 天幕の中にマリエルはいた。

 部下二人が集めてくる記録を回収しながら、それを資料として纏めるのが彼女の役割だった。

 その隅には回収された《戦乙女の槍》も安置されている。この槍もようやく本来の主の許に帰ることができるのだ。

「所長代理!」

 慌てた声をしながらアードが天幕の中に入ってきた。

「どうしたの?」

「向こうからの連絡の狼煙が上がりましたよ!」

「どうなったの!?」

「はい。どうやら王子派が勝ったようっす!」

 マリエルは胸を撫で下ろす。

 これでブランダルクの戦いが全て、良い方向に決着がついたのだ。

 マリエルは天幕を出ると崖を駆け上がる。

 その先にはエルマが立っていた。

 姉は背を向けながら一緒にいるウンロクにいろいろと指示を出している。

 彼女たちは現在、決壊の度合いを調べていた。

 マリエルは振り返る。

 離れた場所に墓標代わりの石が置かれていた。

 マリエルはここで行われた壮絶な戦いを思い出す。



 〈アトロポス・チャージ〉の閃光は周囲の闇とその場にいた全てを包む込んだが、やがて空を再び夜の帳が覆う。

「……どうなった……の?」

 マリエルが埃まみれになりながらも立ち上がる。

 咄嗟に崖の向こうに隠れたマリエルは砂塵に埋もれながらも、その破壊の洗礼から何とか身を隠すことができた。

「みんな! 無事ッ!?」

 マリエルの声に周囲にも人影が立つ。

 アード、ウンロク、そしてエレナ姫。皆、大した怪我もないようだった。

「姉さんたちは!?」

 高台となる崖を駆け上がったマリエルは息を呑んだ。

 決戦の舞台となった先は地面ごと深く抉りとられたようになっていた。

 散乱しているのは原型を留めもせずに破壊された機械と鋼板の残骸だ。

 古代エンシア最強の兵器も二度目の〈アトロポス・チャージ〉直撃には耐えられなかったのだ。

「男爵! リーナ姫! 姉さんッ!」

 マリエルは斜面を駆け降りると彼らの姿を探す。

 アードたち、それにエレナ姫も後に続いて捜索した。

 やがて、地面が盛り上がり、そこから《グノムス》が立ち上がった。

 巨人も装甲が歪んで損傷していたが、どうやら無事だったようだ。

 胸の装甲が開き、そこからふらつきながらもエルマが外に出てくる。

「姉さん! 大丈夫!?」

「姐さん! しっかりしてくだせえ!」

 エルマは自分の身体の痛み具合を確認する。

「心配かけたわね。脱出には間に合ったわ」

 エルマは答えると周囲を見渡した。

「それで、どうなったの?」

「“機竜”は破壊されたようよ。でも男爵たちの姿が見えないの」

 一同の口が重くなる。

 自らの身を呈した覚悟の〈アトロポス・チャージ〉だ。無事でいる方がおかしかった。

 ふと石の転がる音がした。

 振り向いた一同は崩れた岩の間に倒れている人影に気づく。

 駆けつけた一同の前に倒れていたのはオレフだった。

 全身を纏っていた黄金のツタはズタズタになっていた。満身創痍のオレフに辛うじて一部が纏わり付いているだけのありさまだ。

 一同は警戒するが、やがてエルマが黙って近づく。

 その後にマリエルが続き、やがて他の者たちも続いた。

「……君たちの……勝ちだ」

 エルマが前に立つと、オレフが声を絞り出した。

「男爵たちは?」

「分からないが……死んではいない……はずだ」

 その間にもオレフの身体に絡みつく黄金のツタが光の粒子となって少しずつ失われていく。

「それで気は済んだ?」

 エルマがまるで叱責するようにオレフの目を見つめる。

「……ああ……安心して……頼める」

 オレフも目を細めて、エルマを見つめた。

「エルマ……君が……あの“機神”を滅ぼす手段を……完成……させてくれ」

「頼まれなくてもやってやるわ。この実験結果だけはきっちり有効利用させてもらうわ」

 冷たく言い放つようなエルマの言葉だったが、オレフはそれで満足したようにうなずいた。

「ホントに勝手よね──人を散々振り回しておいてさ」

「……君よりは……実験屋……だった……それだけだ……」

 オレフはそう言って微かに笑みを浮かべた。そして、その視線が後ろに立つマリエルに向けられる。

「マリエル君……エルマのことを……頼む」

 オレフの手が地面に落ちた。

「……感謝する……神女……リーデ……」

 オレフが目を閉じた。

 同時に彼に絡みついていた黄金のツタが全て光の粒子となって消えていく。

 マリエルはオレフの傍らに両膝をつくと、その首筋に触れた。

 すでに事切れている。あの神女の力がオレフに最後の時間を与えていたのだろう。

「……オレフさん」

 マリエルが目頭を押さえた。

「模造品とはいえ、“機神”を破壊できる事実を我々は初めて確認した」

 エルマが口を開いた。

「マリエル、それだけを忘れないようにしなさい。泣いてあげる必要なんてこれっぽっちもないわ」

 あまりに非情な物言いにマリエルは顔を上げる。

「こいつは自分が考えついた理論をどうしても実践したかった。そして、そのためならいかなる犠牲も必要だと判断した。ただ、それだけの全く救いようのない大馬鹿よ」

「姉さん! いくらなんでも──」

 反論しようとしたマリエルだが、姉の表情を見るとその先を言葉にすることができなかった。

「……いいのよ。こいつも泣いてくれなんて望んじゃいないわ」

 姉の瞳に自分以上の悲哀を見たマリエルは顔を伏せ、オレフの亡骸を静かに見つめていた。



「どうしたの?」

 マリエルに気づいたエルマが背後から声をかける。

「──姉さん、王子様の軍が勝ったそうよ。これでブランダルクの戦いは終わったわ」

「そう。これで男爵たちも帰れるわね。マリエル、うちらも撤収の準備よ」

「ここはもういいの?」

「とりあえずね。必要な計測はできたわ。帰ったら検証が続くわよ。覚悟しなさい」

 マリエルは微笑んだ。

「姉さんが逃げ出さないなら楽な方よ」

 一人の若き天才が過ちを犯してまで残したのは一つの事実と科学者としての矜持。

 実験と理論の繰り返しこそ、科学を進歩させる両輪。

 残された科学者の使命はどのような形であれ、得られた実験結果を理論化し、事実を真実にまで昇華することだ。

 若き天才が遺した手かがりをも足場にし、さらに先にある究極の目的──“機神”を完全破壊する手段を構築しなければならないのだ。



「ありがとうございました……申し訳ありません。このような事までしていただいて──」

 夜着をずらして胸元だけ隠したリーナが言った。

「気にするな。“狼犬”が留守である以上、他の者にさせるわけにはいくまい」

 濡れた布巾で彼女の背中を拭いていたエレナが答える。

 リーナは小さな街の宿屋にいた。

 彼女の身体は衰弱しており、傭兵組織が利用する宿の一室で療養を続けている。

「マークルフ様も無理をされなければいいのですが──」

 この宿に運ばれた時、二人は共に力を使い果たし動くこともできなかった。

 だが、マークルフの方が装着者特有の回復能力で先に動けるようになると、迎えに来た“蛇剣士”に頼んでトリスへ向かったのだ。

 王子たちの戦いを見届けるためだ。

「そなたを置いて、しかもあの身体で出て行ったのだ。無理もいいところだ」

 リーナは着替えを終えると寝台に横たわった。

「しかし、あの男も意外と慎重かと思えばやはり不用心だな。大事なそなたを敵の一族である私に預けていくのだからな」

「あの方は身分だけで人を判断される方ではありませんから」

「そういう人間が一番厄介だとお祖父様から教わっている」

 エレナが窓を少し開け、日差しを調節する。

「身体の具合はどうだ?」

「少しずつですが体力は戻っているみたいです」

「そうか。あの鉄巨人がそなたたちを担いで戻って来た時は正直、どうしたものかと思ったぞ」

 オレフの最後を目にした後、エレナたちはマークルフたちの捜索も急いだ。

 やがて《グノムス》が地中に埋もれた二人を見つけ出し、地上まで助け出す。

「途方に暮れる鉄巨人というものを私は初めて目の当たりにした」

 巨人の両腕で抱えられた“勇士”の惨状を見た時、その場にいた者は誰も言葉を失っていた。

 黄金の鎧全体に亀裂が走り、微弱な輝きを宿しながらも脈動するように弱々しく明滅を繰り返していた。

 装着するマークルフも呼びかけに応じず、その生死すらも確かめられなかった。

 助けを求めるように彼らを差し出す鉄巨人を前に、さすがのエルマたちも打つ手がない状態だった。

 それでも丸一日が過ぎた後、マークルフはようやく声を振り絞るようにして呼びかけに答えたのだ。

「今だから言うが、あの時、“狼犬”に強引にでも“鎧”を解除させるという選択肢もあったのだ」

 リーナはエレナの顔を見上げた。

「強化装甲は装着時間に限界がある。すでに規定の装着時間を超えており、あのままでは“狼犬”も助からなかったかもしれなかった。だが、“狼犬”はそなたを見捨てることは断固として拒否した。そなたが元の姿に戻れた次の日まで、苦しみ続けながらも右手を握りしめて離さなかったそうだ」

「……そうだったのですね。マークルフ様、何もおっしゃらなかったのに──」

「どんなやり取りがあったかはこれ以上、詮索はせぬ。ただ、それだけは伝えておこうと思ってな。もうじきエルマ殿たちも帰ってくるそうだ。私もこれからここを発って国に帰らせてもらう」

「エレナ様。本当にありがとうございました」

「お互いに礼は無用にしよう。貸し借りはこれで全てなくなった。それでいいだろう?」

 エレナはそう言って部屋を出て行こうとする。

「これから、どうされるのですか?」

 リーナに問われたエレナが振り向く。

「無論、お祖父様と共にフィルディング一族のために働くつもりだ。次に会う時がどのような形か分からぬが、いまはゆっくりと休むがいい。“狼犬”が戻って来たら身の周りの世話をさせておけ。この戦いの間、そなたがずっとあの者の世話にかかりきりだった事を考えれば、それぐらい当然だ。では失礼する」

 エレナが出て行った。

 彼女も役目を終え、ブランダルクを去っていくのだろう。

 帰ってからフィルディング一族がどうするのか、リーナにもは知る由もないが、少なくともあの一族にも話のできる者がいる事自体は救いかもしれない。

 リーナは足音が聞こえなくなると目を閉じる。


 〈アトロポス・チャージ〉を敢行した直後の事はリーナもよく覚えていない。

 だが、その後の事はおぼろげながら覚えていた。

 無限に広がる深淵の闇を──

 その中心に立つ光の女性とその声を──

『よく……やった……我が“妹”よ』

 女性の姿をした光は粒子となって薄れていく。

 同時に深淵自体に亀裂が入り、闇の破片となって光の粒子と共にどこかへと消えていった。

 深淵自体が崩壊し、その隙間から白い光が漏れ出す。

 そして、リーナは見た。

 崩壊していく深淵のさらに深奥、闇の空間でもはっきりと認識できる闇の一点を──

 針の穴よりも小さく、それでいて全てを呑み込むような巨大な闇にも思えた。

『……覚えておくが……いい』

 神女の声がした。

『……これが……運命だ……』

 深淵はさらに崩壊し、射していく白い光が神女の姿をもかき消そうとしている。

『……勇士が……待っている……そなたは戻るのだ……いまは……』

 光に包まれた神女の口が微かに笑みを浮かべたように見えた。

『……これで……わたしも……共に戦った……仲間たちのところに……往ける』

 深淵が崩壊した。光の神女も闇の深淵も全てがその目の前から消えていく。

 リーナが気づいた時──

 自分はどこかの天幕にいた。

 その隣には満身創痍のマークルフが横たわり、自分の姿を驚くように見つめていた。

 彼女は身体に力が入らずに動けなかったが、マークルフの瞳が大きく見開かれると、やがてそれが涙に濡れる。

 何とか声をかけようとしたリーナだが、それよりも早くマークルフが両腕で強く彼女を抱きしめていた。


 リーナは目を開けた。

 自分のためにあの人は待っていてくれた。

 とても嬉しいはずなのに──

 共に戦えた誇らしさと喜びで一杯のはずなのに──

 どこかで不安と悲しみが消えないのは何故なのだろうか──



 トリスには近隣より駆けつけた者も加わり、多くの民衆が待ち受けていた。

 彼らが迎えるのはフィルアネス王子の凱旋だった。

 新たなる時代の到来を待ち望んでいた人々は新王の軍を歓喜の声をもって迎えていた。

(おめでとう、兄ちゃん)

 リファは兄とその部隊が凱旋する姿を遠くから見つめる。

 そして振り向いた。

 後ろに立っていたマークルフも新たなブランダルク王の勇姿を眺めていた。

「リファ、良かったな」

「うん」

 リファはそう言って静かにうなずいた。

「これからどうするんだ?」

「まだ決めてない。でも兄ちゃんの手伝いは続けるつもり」

「そうか」

 マークルフはリファに一枚の書状を渡した。

「俺のお墨付きだ。ここの傭兵組織の顔役たちにも話はしてある。あいつらにも手を貸してもらえ。少なくとも行き倒れることはねえ」

「ありがとう、男爵さん。よーし、これであたしも傭兵稼業してみようかな。“赤毛の神女”なんて二つ名なんてどうかな?」

「やめとけ。おまえには向かねえ」

 頬を膨らますリファにマークルフは笑うと用意してあった馬に乗った。

「もう行っちゃうの? 兄ちゃんもきっとお礼を言いたいと思ってるよ」

「リファとの契約も終了したしな。それにリーナも帰りを待ってるだろうしな」

「男爵さんの方が早くお姉ちゃんのところに帰りたいんじゃないの?」

「そうかもな」

 リファがからかうように言うと、マークルフも微笑する。

 リファが前に来ると静かに頭を下げた。

「本当にありがとう、男爵さん。ブランダルクの皆を代表して感謝します」

 マークルフは笑みを浮かべる。

「そいつはもう兄貴が言っていたぜ。それに世話になったのはこっちだ。二人が助けてくれなかったら俺たちも“機竜”の破壊を果たせなかった」

 そう言ってマークルフは手綱を動かす。

「じゃあ、またな」

 マークルフの乗った馬が歩き出し、その姿が遠くなっていく。

 人知れずブランダルクを救った若き英雄の背に向かって、リファはその姿が消えるまでいつまでも手を振っていたのだった。



 フィルアネス王子の勝利と先王ガルフィルスの死はブランダルク中に瞬く間に広がった。

 ブランダルクの民は暗澹たる時代の終焉を感じ、新たな王の誕生を国を挙げて祝うことになる。

 帰還した王子は休む間もなく多くの事を発表した。

 脅威であった“機竜”は国境付近に墜落し、それは何者かによって破壊された。

 それが誰かは確認できないとしたが、多くの目撃談からそれは“黄金の鎧の勇士”に他ならないと民衆は噂した。

 同時に国民を悲しませる知らせもあった。

 まず、双子の妹であったフィーリア王女の逝去が正式に発表された。

 しかも、それは“機竜”がトリスに来襲した時と前後した混乱のさなかだったという。

 人々はその知らせに驚くと同時に、それでは神馬に乗って現れたあの王女は何者だったのか謎を残すことになる。

 そして、フィルアネス王子は近く国王として戴冠することを表明した。

 いままでの疲弊と戦後処理もあってすぐには日程を定めることができなかったが、盛大に戴冠式を行おうという願いが国民たちを団結させて復興の道を辿る足がかりとなる。

 最後にもう一つ。

 ブランダルク最後の守護者である〈白き楯の騎士〉の生き残りもひっそりと姿を消した。

 ブランダルク復興の剣となることを期待していた人々はそれに戸惑い、様々な噂や憶測が流れることになる。

 しかし、人々はこう結論を出した。

 神女の生まれ変わりと噂された仮面の女剣士。

 王女を名乗った少女。

 そして、仮面の女剣士の跡を引き継ぐように帰還した“最後の騎士”。

 全てはブランダルクを救うために現れた神女の使者であり、ブランダルクを救った彼らはその役目を終えて消えたのだと──

 古き伝説に連なる者が消えたことは今後の国の行く末を議論するきっかけともなり、新たな時代を模索する熱意へと変わることになる。

 新たな道を進むと決めたブランダルクにはもう、“最後の騎士”は必要ではなくなっていたのだ。



 ログはブランダルクの外れにある森の中にいた。

 目の前には巨大な岩がある。

 それはかつて神女の魂が眠っていた封印の場所だったが、封印していた神女は消え、神馬もその後を追うようにいつの間にか消えていた。

 封印の役目を終え、目の前にあるのはただの岩に過ぎない。

 ログに同行したタニアが岩の前に花を添えた。

 この岩の下にはリーデ──団長の娘アデルの骨を納めている。

 ここを彼女の墓碑にしたいというログの願いに賛同し、マリアが託してくれたのだ。

 〈白き楯の騎士団〉再興はされないことになった。

 それは新たなブランダルクを模索する新王と国民たちによる古き時代との決別の証でもあった。

 ログはそれで良かったと考えている。

 ブランダルクの運命はその住人たちの手で──

 神女の願いはようやく成されようとしている。その遺志を継ぐ騎士団の終焉は悲劇ではなく、役割を終えた者たちの運命となったのだ。

 ログはその場に膝をついて剣を地面に置いた。

「団長、これでわたしも本当にアウレウスの名を捨てることができます……だから、最後に謝らせてください。アデルさんを救うことができず、申し訳ありませんでした」

 ログは手をつき、深く頭を下げる。

 タニアもログの後ろ姿を見守っていたが、やがて彼女も同じように膝をつくと頭を下げた。

「わたしはまだ、そちらには往けません。わたしには傭兵ログとして、“戦乙女の狼犬”を守る役目が残っています。どうか、その役目が終わる時までわたしに時間をください」


  この日、最後の“騎士”は歴史から消えた。

 〈白き楯の騎士団〉が護り継いだ封印の岩はこの時、彼らのための墓標となったのだ。

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