表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/112

ブランダルク決戦 新たなる者と去る者の役目

 リファは丘の上に立っていた。

 その遙か先ではブランダルクの国軍と反体制側義勇軍が衝突している。

 神馬の魂はすでに“最後の騎士”の許に還り、リファは一人で成り行きを見守っていたが、ついに戦いは始まってしまったのだ。

 風に乗って聞こえる戦場の騒乱に堪えるように、リファは両手を握って祈り続ける。

 各地を巡って兄ルフィンの決起を知らせたのは彼女だ。兄を助けるためとはいえ、馳せ参じた者たちに犠牲が出るのは辛かった。

 そして、その祈りはリファのものだけではない。

 ガルフィルスの王位簒奪から始まる暗き時代の終結を誰よりも望んでいるであろう、本当のフィーリア王女のものでもあった。



 ルフィンは本陣の只中で随時届く伝令の声を聞いていた。

 最前線での戦況を耳にする度にルフィンの胸は締め付けられる。

 戦い自体は自軍の有利だ。

 それでも自分のために多くの者たちが命を懸けて戦っている事実は一人の少年にとってあまりに重責だった。

 だからこそ、それを感じる度に戦いを避けられなかった自分とガルフィルスに怒りを覚えるのだ。

「魔物だ!」

「気をつけろ!」

 突然、本陣が慌ただしくなり、兵士たちが本陣の先にそびえる崖を次々に指差す。

 その崖の上に全身が毛むくじゃらで顎から牙を生やした魔物がいた。足許には自軍の見張り兵たちが倒れている。

 ルフィンはすぐにそれがガルフィルスが差し向けた魔物だと直感した。

 筋骨隆々の魔物はその場にあった石を次々に先陣の部隊に投げつけていく。

 その腕力で投げられた石は恐るべき威力で、しかも無差別に投げているようで狙いは正確だった。矢を放とうとする弓兵たちも含めて打ち倒されていく。

「殿下をお守りしろ!」

 側近の騎士たちが王子を庇う。

 襲撃する魔物の背後から何かが現れ、その手に乗った。

 それは小さな齧歯類の頭を持つ猫背の魔物だ。

 牙の魔物が恐るべき腕力で思いっきり放り投げると猫背の魔物が大きく宙を舞い、ルフィンの方へと迫ってくる。

 矢の迎撃をかいくぐり近くに着地した魔物はまるで弾けるように素早く地面を駆けた。その俊敏さは風のようで待ち受けた騎士たちの剣をすり抜け、瞬く間にルフィンの目前に迫った。

 だが、魔物はルフィンの眼前で動きを止める。

「……お下がりください、殿下」

 ルフィンの背後から繰り出された剣が魔物の顔を貫いていた。

「魔物は私が引き受けます」

 ルフィンの背後から魔物を仕留めた仮面の騎士──“最後の騎士”として王子と同行していたログ副長が剣を引き抜く。

 真紅に輝く折れた剣が引き抜かれると、絶命した魔物は地面に倒れて動かなくなった。

「魔物を一撃で!?」

「さすが“最後の騎士”様だ!」

 近衛兵たちの驚嘆をよそにログがルフィンの前に跪く。

「殿下、馬をお借りします」

「その身体で戦えるのですか」

「あれがガルフィルスの切り札でしょう。この戦いを早く終わらせるためにも、奴の目論見は早々に潰さねばなりません」

「分かった。誰か、馬を! “最後の騎士”の出陣だ!」



「あれは──」

 投擲を続ける魔物に苦戦する中、包囲する兵士たちは駆けつける騎馬に気づいた。

 外套と仮面を纏った男が乗った騎馬は疾風のごとく兵士たちの間を駆け抜ける。そしておよそ馬とは思えない脅威の跳躍力で丘を駆け上がった。

 魔物は石を投げるが、それを躱しながら頂上まで到達した騎馬が魔物とすれ違う。

 外套の袖から紅い真紅の光を帯びた折れた剣が見えた。

 魔物は首筋から血を噴き出し、その場に倒れる。

 呆然とする兵士たちの眼前で外套が風にはたいた。

 兵士たちは外套に描かれているのが〈白き楯の騎士〉を示す物だと気づく。

「……“最後の騎士”だ」

 誰かがそう呟いたのをきっかけに兵士たちの間で喚声が沸き上がった。

「“最後の騎士”様が来てくれたぞ!」

「〈白き楯の騎士団〉万歳!」

「フィルアネス殿下とブランダルクの守護者に神女のご加護を!」

 “最後の騎士”の出陣にその場にいた兵士たちの士気は頂点に達するのだった。



 ログは仮面の奥から意気の揚がる兵士たちを見つめる。

 そして左手で騎馬の首筋に手を添えた。

 ログは気づいていた。彼を運ぶ神馬の魂はその輝きが尽きかけようとしている。無理を重ね過ぎたのだ。

 元々、神馬も“光”の眷属であり、“聖域”での活動は常に消耗を激しくする。

 かつて大神殿に乱入した時もそのために危機に陥った。

 それを考えれば連日に渡る長期の顕現化は自らの存在をすり減らす行為に等しい。

 神女と共に在るはずの神馬がそこまで無理をする理由は一つしかなかった。

(やはり、神女はすでに──)

 思えばリーデの件や男爵の戦いまでも含めて全てが神女の意志であり、神馬もまたその意志に従って最後の働きをしようとしているのだ。

「……行こう。これが神女に連なる者たちの最後の戦いになる」

 ログは左手を握りしめると馬を走らせた。

 神女の剣と遺志を継ぐ最後の一人として、その役目を果たすために──



「失敗したのか!?」

 最後の切り札だった魔物による暗殺失敗の報にガルフィルスは顔を震わせる。

「“最後の騎士”により妨害され、魔物は倒された模様です。さらに“最後の騎士”の出陣により敵軍はさらに勢いづいており──」

「おのれッ! どこまでも余の邪魔をするつもりか!」

 ガルフィルスは机の上にあった物を全て払い落とすと、両拳を何度も叩き付ける。

 次々に入る報告は自軍の不利を伝えていた。

 士気は崩壊し、投降や脱走する者たちが後を絶たないでいる。

「陛下……」

 命令を待つ部隊長にガルフィルスは告げる。

「……まだだ。まだ最後の手段がある」

「他に何が──」

「すでに動いている。とにかく、いまは時間を稼げ!」

「は、ははッ!」

 側近たちを下がらせたガルフィルスは一人、机に上に顔を突っ伏す。

 その脳裏に浮かぶのはかつて大神殿に乱入して自分を斬りつけた“最後の騎士”の姿だ。

 “最後の騎士”は神出鬼没に駆け巡る神馬を操っていた。その馬に乗れば厳重な警備すらも飛び越えることも出来る。

 自分が暗殺されるかもしれない。今度こそその剣は自分を刺し貫くかも知れない。

 怒りと恐怖にガルフィルスの手は震えていた。



 馳せ参じる義勇兵の数は後を絶たず、勇猛な戦士に変わった彼らの活躍もあり、反体制派の進撃は続く。

 逆に国王軍の統制は乱れを隠せなくなり、瓦解寸前にまでなる。

 戦いは完全に王子の側へと流れが傾いていた。

 それでもガルフィルスからの降伏や停戦要求は来ない。このまま殲滅戦を避けたい王子たちは苛立ちを募らせる。

 しかし、やがて国王軍の統制が急に崩れ、彼らを代表する使者が王子の許にやって来る。それは国王からの使者ではなかった。



「ガルフィルスは本当に消えたのか!?」

「我らが辿り着いた時にはすでに逃亡していたようです。直前まで警備していた者たちもそれは知らされなかったようです」

 国王軍からの使者は取り残された軍幹部の代表で自分たちは国王に捨てられたと訴えた。

 確かに同時に国王軍は一斉に投降した。

 ルフィンが自ら本隊と共にガルフィルスの本陣に乗り込んで捜索したが、国王ガルフィルスと共に親衛騎士団長をはじめとする重臣たちの何人かが姿を消していたのだ。

 ルフィンは拳を握る。

 彼らは自分の家臣や軍を見捨てて逃亡したのだ。それも戦いを止めることなく。

「……何としてもガルフィルスを捜しだせ! 絶対に逃がすな!」

 自分たちが逃げるための時間稼ぎとルフィンへの報復とするには、あまりに流された血は多かった。



(クソッ! クソッ! いまに見ていろ! 貴様の思う通りにだけは絶対にさせんぞ、フィルアネス!)

 ガルフィルスは積もり続ける憎悪を胸に秘めながら身を潜めていた。

 側近たちと共に脱出した後、彼らは分散して逃亡していた。それぞれが財産を隠しており、そのまま身を隠すつもりだ。

 ガルフィルスも着替えをして逃亡を続け、やがて近くの街に身を潜めていた。

 戦争になり近隣の住人たちがその近郊に避難所を設けており、彼らに紛れて追跡から逃れようと考えていた。

(余が生きている限り、貴様の時代など来させてたまるか! 余はあの“人形”の秘密と証拠を握っておるのだ。余の存在に怯えながら束の間の王様ごっこをしているがいい)

 人目のつかない建物の一角でガルフィルスは矮小な復讐を描きながら、一人で昏き笑みを浮かべていた。

「どうしたんだ? 一人でそんなところで?」

 ガルフィルスの隣にどこからかやって来た旅人が腰を下ろした。馴れ馴れしい態度にガルフィルスは鼻白む。

「あんたも逃げてきたのかい? いやあ、まさかこんな事になるとはな。そう思うだろ、おっさん?」

 どうやら若い男らしい。はっきり言って不快だったが、それが下賎な民衆の姿なら、いまは我慢するしかない。

「あ、ああ。まったくだ」

 ガルフィルスは話を合わせるように答える。

「そっちも怪我をしているようだな。身体が痛そうだが?」

「そうなんだよ。この戦いに巻き込まれてこの有り様さ。まったく命がいくつあっても足りやしねえ」

 そう言って若者はガルフィルスの背中をバンバンと叩いた。

「それもこれもこの国の連中が王様に従わねえのが悪いのさ。そう思わねえか?」

 あまりに無礼な態度に切れそうになったガルフィルスだが、その言葉に怒りの矛先を引っ込めた。

「そう……だな。この国の連中が余──国王の苦労をもっと理解していればこんな事にはならなかったのだ」

「気が合うな。あんたとは初めて会った気がしねえな」

 若者が陽気に笑いながら言った。

「ああ、そうだな」

 粗野な若者だが退屈しのぎぐらいにはなりそうだと思い、ガルフィルスも相槌を打つ。

「でも、それも当然かも知れねえな」

 若者がガルフィルスの顔を覗き込むようにして不敵に笑った。

 ガルフィルスも素で戸惑う。

「ど、どうしてだね?」

「あんたのせいで相当苦労させられたからな。特に俺の部下はな」

 ガルフィルスは嫌な予感を覚え、外套の下で腰の短刀に手を伸ばす。

「……何が言いたい?」

「部下の名前を聞いたら分かるさ。いまは捨てた名前だが、あいつの本当の名はな──アウレウスだ」

 ガルフィルスは短刀を抜こうとしたが、背後から伸びた男の手がガルフィルスの腕を掴む。

「こっちも貴様の配下に部下をやられていてな。我が名カートラッズだ。以後、お見知り置きを──」

 いつの間にか背後に立っていた別の旅人が告げる。

「そして、俺が──」

 若者はガルフィルスの短刀を素早く引き抜くと、彼の口を手で押さえながら太股に深く突き刺す。

 ガルフィルスは声を発することもできずにうめき声をあげる。

「マークルフ=ユールヴィングだ。まったく、てめえが兄の国王に従っていればブランダルクはここまで苦しむ必要はなかったのさ」

 若者は立ち上がると地面に横たわって足を押させるガルフィルスを見下ろした。

「な、なぜ……余のことが分かった……」

「潔く討ち死にするような奴とは端から思ってなかったさ。だから監視を付けて置いたのさ」

「そ……そんな奴が……」

 ガルフィルスは周囲を見渡す。

「周囲の目を盗んで逃げおおせたつもりらしいが残念だったな。覚えておきな。監視の目ってのは実は地中にもあるんだぜ」

 マークルフはガルフィルスの頭を踏みつける。

「大人しくしてな。てめえの命運を断ち切るのは俺の役目じゃない」



 ルフィン率いる親衛部隊が近くの街に到着し、その大通りの広場に陣取っていた。

 何者かがガルフィルスを拘束して街の宿の地下室に監禁している情報が伝わり、それが確認されたのだ。

 ルフィンと親衛部隊。その周囲を警護する兵士たちをさらに取り巻くように民衆たちが殺到している。

 やがて人垣が開き、その間から騎士たちが一人の男を連行した。

 みすぼらしい姿だが、ルフィンと同じように赤みがかった髪を持つ男は間違いなくガルフィルスだった。

 民衆たちの罵倒の声が鳴り響き、どこからか石も飛ぶ。

 警備の兵士たちが慌てて民衆を下がらせ、やがてガルフィルスはルフィンたちの前に引っ立てられる。

 ガルフィルスは両手を後ろで縄に縛られたまま、ルフィンの前に跪いた。

「……お久しぶりです。わたしは貴方の事をうっすらとしか覚えていませんが、貴方は確かに叔父上──我が父を謀殺して王位を奪った男ガルフィルスだ」

 ルフィンが努めて冷静に告げる。犠牲を出し続けた全ての元凶にルフィンも自らの感情を抑えるのに必死だった。

 ガルフィルスも自分を捕らえたルフィンを疲労の濃い表情で見据える。

 しかし、やがて嘆くようにその頭を地面に突っ伏した。

「何たることだ! 余が全く愚かだったのだ!」

 意外な言葉をガルフィルスが感嘆まじりに吐き出す。その姿にルフィンも思わず目を見開く。

「確かにそなたは間違いなく我が兄リアフィルスの子フィルアネスだ。ならば、退かねばならぬのは余の方だったのだ!」

 ルフィンは拳を握りしめる。

「……いまさら白々しい事を! あなたは俺たちの事を最初から分かっていたはずだ!」

「違う! 余はそなたの事を偽者と思っていた! そなたは兄王と共に宮廷の火事の時に亡くなったと思っていたのだ! だから余は唯一の王族として兄より継いだ王位を守ってきたつもりなのだ!」

「いまさらそんな言い訳をするのか! 見苦しいぞ!」

「本当だ! 余がちゃんと本物のフィルアネスだと確かめれば良かったのだ! 処刑されるのも仕方がない! だが、それならばせめて公衆の前で法に従い刑に服したい! それが愚かな王の最後の頼みだ!」

 ルフィンは戸惑っていた。

 自尊心が人の形をとったような男がここまで下手に出ること自体、予想できなかったことだ。

 内幕を知る者ならばガルフィルスの言葉が全く信用できないことは明らかだ。

 かといってここまでされては即刻、処刑するわけにはいかなくなる。

 確かに法に則って刑をくだし、衆人環視の中で処刑することが悪夢の時代終焉を告げ、苦しめられていた多くの民も望むだろう一番の方法だろう。

 だが、相手が改悛したとも到底思えない。ガルフィルスはリファの秘密も握っており、それを理由に強請る機会を狙っているのか、あるいはそれを全て公表してルフィンもろとも道連れにするつもりかもしれない。

 ルフィンはもどかしさに歯噛みする。

 頭を下げるガルフィルスが内心であざ笑っていると分かっていても、王の座に立つルフィンですら自由にすることのできない国賊なのだ。

 その時、だった。

 どこかから投げ込まれた鞘に収まった剣がガルフィルスの前に投げ込まれる。

 すぐに護衛の騎士たちがルフィンの前に立った。

 やがて人垣が割れ、そこから仮面で顔を隠した騎馬の男が現れる。

 ログ副長だった。



 “最後の騎士”の出現に人々が遠巻きにする中、ログは馬を降りてガルフィルスの背後に立った。

 ログは剣を抜くと振り下ろす。ガルフィルスの両手から縄が落ちた。

「ガルフィルス元国王。その剣をお執り願おう」

 剣を収めたログが仮面越しに告げた。

「ど……どういうことだ?」

 ガルフィルスが戸惑いと恐怖と怒りの交じった瞳でログを見上げる。

 ログはルフィンの前に進み出ると跪いた。

「フィルアネス殿下。〈白き楯の騎士団〉最後の生き残りとしてお願い申し上げます。我が同胞たちの仇として、この者との一騎打ちをお許し頂きたい」

 その言葉に周囲は騒然となる。

「騎士団はこの者によって他国の生贄とされました。かつて一度はその身に刃を浴びせましたが、仮にもブランダルクの王をこの手で討つことはできませんでした。しかし、正統なる王が帰還されたいま、もはや妨げるものは無し。我が同胞の仇だけはぜひとも処刑人の手ではなく、我が手で討たせて頂きたい」

 ログの訴えに周囲は固唾を呑む。その視線は王子へと集中した。

「その通りだぜ! ブランダルクの守護者の手でやるべきだ!」

「そうだ! 正当なる復讐者に正当なる権利を!」

 観衆の後ろから男たちの声がした。

 それは聞き慣れた声であったが、それをきっかけに民衆たちもログを支持する声をあげる。

「騎士団の無念を晴らせ!」

「“最後の騎士”に復讐の栄誉を!」

「あんな男をこれ以上生かすな!」

 次々に沸き上がる熱狂の声にガルフィルスの表情が凍り付く。

「ま、待ってくれ! 見ての通り余は降伏した! それに足も刺されて怪我をしているんだ! 復讐の決闘なんてとても無理だ!」

 王子に訴えるガルフィルス。だが、ログは王子の姿を遮るよう前に立つ。

「我が騎士団の長リーデンアーズは騎士団が危機に陥った時、何度も貴様に撤退の打診をした。しかし、貴様はそれを無視して騎士団らしく戦うことだけを命じた。そして騎士団は壊滅した」

 ログはガルフィルスを見下ろしながら告げる。

 ガルフィルスは反抗するように険しい顔を向けるが、有無を言わせる威圧的なログの視線に何も返すことができない。

「それでも騎士団は最後までその命令に従った。だから、今度は貴様がそれを為す番だ。仮にも国王だったのならば潔く新たな王の面前でその罪を清算せよ。新たな国の幕開けのために!」

「お、おまえは……怪我人に戦えというのか! それが公正な復讐なのか!」

 ガルフィルスが怪我をした足を引きずりながら後ずさる。

「わたしも傷を負った身だ。それでも不服ならばその剣でわたしの足を刺すがいい。それで公正な決闘ができるはずだ」

 ログは自らが投げ入れた剣を拾い上げると、ガルフィルスの前で膝をついてそれを押しつける。そして相手にだけ聞こえるように小声で告げる。

「もはや新たな王と王国に何ひとつ手出しはさせん」

「……き、さま……」

「貴様は何もできないままここで終わるんだ。それでわたしの役目も終わる」

 ガルフィルスの表情が憤怒で紅潮する。

 王女の秘密を握るこの男は、自尊心と命を捨ててでも王子の門出を台無しにしようと画策していたようだが、逆にそれをログによって全て台無しにされたのだ。

 何もかもかなぐり捨てた醜悪な意地すらも否定され、虚飾で自分を偽ってきたこの男にとってこれ以上の屈辱はない。

 興奮で息の荒くなるガルフィルスが鞘に収まる剣を掴んだ。

 観衆の声が止む。

 だが、ガルフィルスの手は震えたまま剣を抜かない。例え、ログの足を刺したところで勝てるはずもない。逆に抜いたらその瞬間、自分の処刑が始まるのだ。

「抜かれよ。貴方は愚劣な僭王としてだけ名が残るのだ」

 ガルフィルスはログを睨み付けるが、ログは冷徹に睨み返す。

「クソォッ! ええい、聞いてくれ! フィーリアは紛い物の──」

 ログは両手でガルフィルスの握る柄と鞘を掴むと、そのままガルフィルスの喉に押し当てた。

「剣の抜き方をお忘れか?」

 ログが強引にガルフィルスの剣を抜く。鞘からはみ出る刃が愚劣な王の喉元で光り、ガルフィルスが怯えた目で息を呑んだ。

「それが貴様の本当の姿だ。人は死を前にその本性を露わにする」

「黙れえッ!!」

 ログの言葉にガルフィルスが叫ぶと剣を鞘から抜き放った。

 ログは鞘を地面に置くと、膝をついたまま黙ってガルフィルスを睨み続ける。

 やがてガルフィルスは剣を逆手に握り直し、その切っ先をログの足に向ける。

 ガルフィルスの剣は震え、対峙するログは微動だにしない。

 凄まじい緊張が周囲の声を掻き消した。

「うわぁあああッ!!」

 ガルフィルスは剣を振り下ろした。

 その切っ先は足ではなく、ログの胸に向けられた。

 だが、その剣をログは左手で引き抜いた逆手の短剣で受け流す。同時に地面に置いていた鞘を掴んでそれでガルフィルスの膝裏を叩いた。

 姿勢を崩したガルフィルスはログの隣で両手両膝をつき、立ち上がるよりも早く順手に持ちかえた短剣がガルフィルスの喉元に突きつけられていた。

 奇しくも王子の前で二人が跪いた格好だ。

 ガルフィルスの口が嘆願するように開かれる。

 王子は瞼を閉じるが、やがて大きく目を見開いた。

「ブランダルクの王としてこのフィルアネスが命じる! 白き楯の騎士よ! 平和を望んだ神女の願いに背きし咎人に裁きを!」

 王子の命令と共に“最後の騎士”の刃が弧を描いた。

 圧政者の断罪──新たな王の最初の役目と古き守護者の最後の役目が果たされたその瞬間、ブランダルクの暗黒時代はついに終わりを告げたのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ