勇士たちの決戦(4)
「グーの字、無事か!」
地面からダロムが現れ、倒れていた《グノムス》の前に現れる。
《グノムス》は〈アトロポス・チャージ〉暴発の余波を受けて吹き飛ばされ、叩きつけられた岩の残骸に埋もれていた。
機体を拘束していた黄金のツタは離れた場所で力を失って地面に垂れているが、その先は巻き上がった土煙に隠れて確認できなかった。
黄金のツタが動く。
ツタは《グノムス》の手から離れて転がっていた《戦乙女の槍》を回収すると粉塵の向こうへと消えた。
「奴は生きているか……」
やがて《グノムス》が機体を起こした。
そして土煙の向こうにいるであろう男爵たちの許に向かおうとする。
「待て、グーの字! おぬしにはやってもらう事がある!」
ダロムが前に回ると、その小さな姿に巨人の足が止まる。
「姐さんのところに戻ってくれ。姐さんがおぬしの力を借りたいらしいんじゃ!」
《グノムス》が前方を見る。この鉄機兵も主であるリーナたちがどうなったか気がかりで仕方ないのだ。
「おぬしが心配なのは承知しとる。しかし、この戦いに勝つためにもおぬしの力が必要らしいんじゃ。頼む!」
《グノムス》はしばらくその場を動かなかったが、やがてその姿が地中に沈む。
「聞き分けてくれたか。感謝するぞい」
《グノムス》が地中に潜るとダロムも晴れていく土煙の向こうを睨む。
「“神”様。貴方の娘、神女リーデがオレフに力を貸すのも全ては貴方のご意向なのでしょう……しかし、ワシは若き勇士たちに味方しますぞ。自らの判断で勇士と戦乙女の力になってくれ──それが貴方と交わした約束ですからな」
ダロムも勇士たちの無事を願いながら地中へと姿を消した。
「……リーナ」
マークルフは両手をついて身体を起こす。
“鎧”が重い。いままで“鎧”が破損したことはなく、機能にどのような支障が出ているのかマークルフにも分からない。
なにより、呼びかけ続けてもリーナからの応答がないのだ。
『申し上げたはずだ。これはどちらかが倒れるまでの戦いだと──』
視界を遮る土煙の向こうから人影が姿を現す。
「クッ……ソ……」
マークルフは身体を強引に動かして後ろに飛び退いた。
『わたしを倒すことができなければ、貴方を支えるその“鎧”もろとも地に倒れることになる』
オレフがその手に《戦乙女の槍》を握りながら現れる。
オレフ自身も身体を庇うような素振りをしており、あの暴発で負傷しているようだ。しかし、その身を守る黄金のツタの装甲は健在だ。
『わたしを破壊するか、そちらが破壊されるか、それ以外の決着はない』
オレフが槍を振り上げた。
マークルフはそれから逃れるように反射的に飛び退く。
『どうした、“戦乙女の狼犬”よ。その“鎧”を破壊されることがそんなに怖ろしいか?』
オレフが挑発するように言った。
(どうすれば──ここまで来て、このまま終わるわけには──)
マークルフは肩で息をしながら身構えようとするが、自重を支えきれずにその場に膝をつく。
『何か手を考えているのか? それともすでに限界か?』
オレフが黄金の槍を手に詰め寄る。
マークルフは何とか立ち上がるが、負傷した肉体では力を失った“鎧”を動かすこともままならなかった。
オレフが飛びかかる。
「なッ!?」
マークルフは跳んで逃げようとするが、その足を地面から伸びた黄金のツタが捕まえていた。
動きの止まったところをオレフが黄金の斧槍で薙ぎ払う。マークルフはその刃をまともに受けて先にあった勾配を転がり落ちるが、足のツタに引っ張られて止まる。
『そこまでか? どのような窮地も機転と意地で乗り越えてきたのが“戦乙女の狼犬”の真骨頂だったはずだ』
ツタに振り回され、マークルフの空が宙に舞う。
『それがこの有り様か!』
地面に叩き付けられたマークルフの全身を黄金のツタが絡みつき、黄金の鎧を締め上げていく。
「……や……めろ!」
締め上げられる痛みが全身に伝わる。だが、それよりも軋みをあげる“鎧”がリーナの苦しみ姿と重なり、思わず叫んでいた。
『ならば、立ち上がってみせよ。選ばれし勇士の力はその程度なのか!』
オレフが黄金の槍で足許に倒れるマークルフを滅多打ちにする。
マークルフは背を向けて破損している両腕を庇いつつ、その攻撃をひたすら身に浴びるしかなかった。
「そんな……どうして、あの黄金の“鎧”にヒビが──」
土煙が晴れ、視界が開けたマリエルたちの目に映ったのは、オレフの攻撃に堪え続ける男爵と纏っている黄金の鎧の異変だった。
「リーナ姫は!? 無事なの……?」
動揺するマリエルの傍らでエルマは表情を変えることなく、それを見つめ続けていた。
〈アトロポス・チャージ〉が発動する瞬間も彼女は逃げなかった。そして、破壊不可能のはずの戦乙女の武具が破損している姿を見ても動揺する様子は見せなかった。
まるで全てを予想していたかのように──
「姉さん……ひょっとして、こうなる事に気づいていたの?」
「特異点領域における不変的神性の破綻──」
エルマが答える。
「あなたも知ってるはず。“機神”の本質は闇の無限領域が無限遠点という極微の空間に内包された“闇”の特異点。疑似的に“機神”化した現在のオレフもその特異点を内包しているの。更に自らを戦乙女の武具化したことでその存在は戦乙女とも重なっている。オレフはその存在自体が見た目以上に異質な次元なのよ」
後ろにいたエレナ姫が姉妹の間に割って入った。
「どういうことだ!? なぜ“狼犬”の“鎧”だけが破壊される? そなたの話は理解できぬが条件はオレフも一緒ではないのか!?」
「……オレフが戦乙女と存在が重なっているように、現在の男爵もリーナ姫という戦乙女とその存在が重なっているのです。〈アトロポス・チャージ〉によるオレフへの攻撃は、あの膨大な破壊力を以てオレフが内包している“闇”の特異点に限界近くまで踏み込むこと──両者が重なっている戦乙女の存在同士が極限まで近づくことを意味するのです。その結果、特異点に二つの戦乙女の存在が重なった」
詰め寄られながらもエルマは冷静さを失うことなく淡々と説明する。
「黄金の武具と化す戦乙女の神性は永遠の不変性。それは同時に他のものの干渉を許さない排他性でもある。特異点という最小次元に戦乙女の二つの力が同時に重なることは──戦乙女の不変性同士が互いに相手を排斥し、結果的に両者の不変性が破綻することになるのです」
その話をいち早く理解したマリエルが口を開く。
「その不変性が破綻したから、リーナ姫の“鎧”が破壊された──そういうことなの、姉さん?」
「そうね。不変性が破綻すればどちらが残るかは存在の強固さに左右される。“機神”と同化している神女の存在力の方が特異点内ではリーナ姫よりも遙かに強いのよ。だから、リーナ姫の方が耐えきれなかった」
エレナが激昂してエルマの胸ぐらを両手で掴む。
「そこまで分かっていたのなら! なぜ“狼犬”を止めなかった! あのまま“狼犬”を見殺しにする気か! それとも科学者だから結果さえ見られたら本望という事か!」
「いまは争っている場合じゃありません!」
マリエルがエレナを強引に引き離す。
エルマが胸元を直した。
「……否定はできません。男爵たちがあの“鎧”の力を手にした時、うちはこの可能性を考えました。きっとオレフも同じだったのでしょう。あいつの行動は──うちの願望でもあったのかもしれません」
エルマが背を向けた。
「でも、男爵を見殺しにするつもりはありません。絶対に男爵には勝ってもらうためにうちは来た。そして、あいつ自身がきっとそれを切望している」
「どういうことだ? オレフは倒されることを望んでいるのか?」
エレナ姫が訊ねるが、地面から現れた《グノムス》によってそれも遮られる。
「待ってたわ。うちを中に入れて。そしてうちの言った通りにして欲しいの」
《グノムス》が胸の装甲を開いた。エルマが急いでその中に入る。
「どうするつもりじゃ?」
ダロムがいつの間にか足許に現れていた。
「もちろん、男爵の援護よ。妖精さん、あなたもここに残ってくださいな。これから地下に潜るのは大変になるでしょうから」
そしてエレナの方を見る。
「エレナ姫。“機神”に命令できるのは後一回でしたね。それはいまから告げることにだけ使って欲しいのです」
エルマがその命令の内容を告げた。姫は真剣に聞いていたが怪訝な表情をする。
「あれを使うというのか……しかし、役に立つのか、あの化け物相手に──」
「ええ。おそらく、それはあいつも知らないはず。良いですね。合図が来たら命令してください。それ以外は例え男爵やうちが窮地に陥ろうと絶対に使わないでください。それがこの戦いを決する鍵になるはずです──」
《グノムス》が胸の装甲を閉じるなか、エルマがマリエルと背後に控えた子分二人に告げる。
「いいわね、良く観察しておくのよ。万が一の時はあなたたちが“機神”を破壊する研究を続けるのよ。この戦いがその方向をきっと教えてくれるわ」
鉄機兵が地中へと消える。
「姉さん……」
マリエルは気づいていた。
エルマもオレフもきっとその目的は同じなのだ。それを承知で二人は決着をつけようとしている。
袂を分かち、敵味方に分かれて戦う現在でも、お互いが最大の理解者であることは変わっていないのだ。
そこはどこだか分からなかった。
ただ、自分の意識だけがぼんやりと自覚できる。
その他がどうなっているのか確かめることもできずにいた。
『──聞こえるか、我が“妹”よ』
その声を聞いた時、自分はリーナであることを思い出した。
そして、自分の意識に接触する何かの存在が像を結ぶ。
それは“光”だった。
“光”が人の形になる。
後光によってその姿はぼやけているが、黄金の長い髪を持つ女性だった。
(貴女は……神女リーデ)
リーナはそう口にしていた。逢ったこともない伝説の相手だが、なぜか確信する。
『自らの使命を思い出せ、“神”に選ばれし“妹”よ。そなたはここで消えるつもりか』
リーナの脳裏に自らが選びし勇士の姿が鮮明に甦る。
同時に周囲の様子が伝わってきた。
マークルフが地面に倒され、あろうことか彼の物であるはずの《戦乙女の槍》で打ち付けられていた。その槍の一撃一撃が衝撃となって彼の身体を痛めていくが、それでも自身はひび割れた手甲を庇い続けていた。
まるでリーナを守ろうとしているかのように──
『感じるか。そなたは自らの意志で彼の者を勇士に選んだのだろう。その者を見捨てて眠っている暇はないはずだ』
彼を助けようとする意志が光となって周囲を満たしていく。
同時にリーナ自身に感覚が戻ってきた。
『神女リーデ……なぜオレフに味方する貴女が私の前に?』
リーナの“声”が届いたのか、光を背にする神女の口許に笑みが浮かんだように見えた。
『わたしは“神”の御心に従い、オレフを勇士とした。そして、そなたたちの試練となることを選んだ』
『“神”? 試練? いったい何のことなのですか?』
『知りたければこの戦いに勝ち、試練に打ち克て。そうすれば、そなたがこの地上に呼び戻された真の意味を悟る時が来る』
『分かりません……いったい、何の話をされているのですか?』
神女は答えず、自らの左手を握りしめる。
途端にマークルフを捕らえていた黄金のツタが彼の身体をさらに締め上げた。力を失ったマークルフはそれに抗うことができず、全身の関節が悲鳴をあげる。彼の苦痛と苦悶が纏う“鎧”を介してリーナに鮮明に伝わった。
『やめて!』
リーナは神女に掴みかかっていた。その全身に光があふれ、神女の放つ光にも抗する目映い輝きとなる。
『そうだ。そなたは一人の娘として、そして戦乙女として、勇士のために生きることを自らの運命と決めたはずだ。ただ、それを貫き通せ』
神女の姿が薄れていく。
『その願いこそがそなたを存在させ、あの若者を勇士として立たせる力なのだ。最後まで仲間たちを導くことのできなかったわたしに──揺るがぬその存在を示してみせよ』
マークルフを締め上げる黄金ツタの力がさらに強まり、全身の四肢が無理に曲げられようとしている。
『……終わりか』
オレフが失望するように告げる。
その時、“鎧”側からの出力が復活し、マークルフの全身が活力を取り戻し始める。
『……マークルフ様……』
間違いなくリーナの声だった。
「リーナ!! 無事か!? 大丈夫か!?」
『私はまだ……一緒に戦えます』
その苦痛に耐える声は明らかに無事ではない。それでも声が届いたことにマークルフは安堵した。
『マークルフ様……手甲は破損していますが〈アトロポス・チャージ〉の発動はまだできます。それでオレフを──』
「できるのか? いや、できたとしても、また同じようになったら──」
『大丈夫です』
「嘘をつけ! 大丈夫ははずが──」
マークルフの両頬に柔らかく暖かい感触がした。まるで少女の手に顔を挟まれたようだった。
『前に“機竜”と戦った時、マークルフ様は私に嘘までついて、〈アトロポス・チャージ〉を撃つ無茶をされました……ですから今度は私の無茶に付き合っていただきます。それでおあいこです』
マークルフは口を開くが言葉が出ず、やがて目を閉じると自嘲気味に笑う。
「ヘッ……俺としたことが何も言い返せないとはな」
マークルフは全身に力を入れる。
「こうなれば、やれるところまでやってやるか。リーナ、それで全てはチャラだからな」
『ええ』
ツタに抗い、マークルフは右腕を伸ばす。その合体手甲の刃が輝き、オレフに突きつけようとする。
『力が戻ったのか!?』
オレフがツタの拘束を解くとその場から大きく飛び退く。
「……わざわざツタの拘束まで外すとはな。ツタを通して〈アトロポス・チャージ〉を浴びることもない──そんなところか」
オレフがツタを身体に戻す。
『……どうやら闘志も戻ったようだ。しかし、また〈アトロポス・チャージ〉を使ったところで結果は同じ』
「てめえをだって堪えていたはずだ。少なくとも相討ちぐらいは狙えると思うがな」
マークルフは不敵に言い返すが、その間にも手立てを探っていた。
「この“鎧”が破損したのは戦乙女の武具で打ち合ったからじゃない。そんな単純な理由ならすでに互いに傷を受けていたはずだ。心当たりはないか、リーナ?」
『私にも分かりません……ただ〈アトロポス・チャージ〉を放とうとした瞬間、自分が引き裂かれそうになったのは覚えています。もしかしたら、相手よりも自分の存在を強くもっていないとダメなのかもしれません……ごめんなさい、上手く言えなくて──』
「……いや、何となく掴めた気がするぜ」
リーナが“存在”という言葉をなぜ口にしたかは分からないが、それがこの戦いに勝つための鍵となることをマークルフも感じていた。
その時、センサーが魔力変動を知らせた。
“聖域”の決壊しかかっているにも関わらず、魔力レベルが減少を始めているのだ。
『マークルフ様、これは──』
「エルマたちだ」
オレフも同じく異変に気づいたのか周囲を見渡している。
「……どうやら俺たちだけで考えても仕方ないようだな。科学者相手なら科学者に任せてみるのも手か」
『そうですね。この戦いはきっとエルマさんの戦いでもあるはずです。信じましょう』
マークルフは身構えると、オレフに向かって駆けた。
エルマの策は分からないが、これが勝負を決める最後の賭けであることは疑わなかった。




