勇士たちの決戦(3)
『フィルディングの姫か。このような所まで出向いて来られたか』
マークルフの見ている前でオレフが立ち上がり、“機竜”──そして、その背後の崖に立つエレナ=フィルディングと対峙する。
「貴様も司祭長と同様、危険な存在。見過ごすことはできません」
エレナの言葉に応えるように“機竜”が吼えると、鋼の尾が地上を薙ぎ払う。
オレフは跳躍してそれを避けた。
『“機竜”がオレフを……』
突如、始まった“機竜”とオレフの戦いを前にリーナが戸惑う。
「どうやら、フィルディングの姫が本国の“機神”を使ったようだな。だが、これで“機竜”をオレフから引き剥がせた」
マークルフは戦いを避けてその場から飛び上がるとエレナの近くに着地する。
「よく来てくれたな、エレナ姫さんよ。取りあえず礼は言うぜ」
「礼は要らぬ。部下たちにでも労いの言葉をかけてやれ」
エレナの後ろの岩陰からマリエルが顔を出す。
「マリエル!? 無事だったか!」
「ご心配かけました、男爵。それよりも“槍”を探されているのですね?」
「ああ。あの野郎が使わせまいとどこかに放り投げやがった。どこに埋もれているか探しているところだ」
周囲の地形は戦いの影響で崩落している。
この中からセンサーに反応しない“槍”を探すのは至難の業だった。
「もう少し時間をください。現在、姉さんたちが場所を探しているところです」
マリエルが目で後ろを示す。
崖下の身を隠せる場所にエルマとその子分たちがいた。
アードとウンロクが測定装置を操作し、その記録をエルマが一心不乱に目を通しているようだった。
「“聖域”が決壊寸前でここも大地の霊力が乱れています。それを逆算して姉さんが槍の埋もれた場所を絞り込むそうです。後はグノムスに回収させて男爵に渡します」
「グーの字が来ているのか!? ルフィンたちはどうした!?」
「代わりに〈門番〉を使ってトリスに戻ってもらうことにしました。双子たちも男爵たちの事を心配してましたよ」
マークルフは苦笑すると戦場へと目を向ける。
「まったく、人の事よりてめえらの心配をしやがれ」
『でも、これでますます負けられなくなりました、マークルフ様』
「元から負けるつもりはねえさ」
マークルフの隣にいたエレナも作業しているエルマたちを一瞥する。その視線の先は測定装置の打ち出す波形の記録だ。
「……しかし、あれで槍を見つけられるというのですか」
「誰にでもできるわけではありません。知る限りでは姉さんとオレフさん──いえ、オレフぐらいでしょう。うちには到底真似できない事です」
マリエルが残念そうに答える。
「了解したぜ。二人とも下がってな。槍を探すのは任せたぜ」
マークルフは時間稼ぎを手伝うべく、その場から飛び立つ。
“機竜”の攻撃をオレフ避け続けていた。
“機竜”は眼を潰されてもだいたいの居場所は探知できるためか、巨体を活かして暴れまわられ、防戦を強いられている。
“機竜”が頭から地面に突っ込んだ。オレフが寸前で跳んで躱し、鋼の角が地表を砕く。
しかし、“機竜”もそのまま角を跳ね上げ、空中にいるオレフに岩を撒き上げた。
オレフはそれを振り払うが、不自然な体勢で着地。そこを狙って“機竜”が口を開こうとする。
『撃たせぬ!』
オレフの左腕から黄金のツタが伸び、〈魔咆〉を放とうとした“機竜”の口に巻き付く。
“機竜”は口を開こうともがくが、黄金のツタを引きちぎることができず強引に頭を振り回す。ツタに引っ張られてオレフの身体も宙を浮くが、オレフはすぐに体勢を立て直そうとする。
「そこだ!」
マークルフはオレフの背後を取ると、両腕の双刃で背中を斬る付ける。オレフの装甲を斬り裂くことはできなかったが、それによってオレフの行動が遅れた。
“機竜”が首を振り下ろし、オレフを地面へと叩き付ける。
「まだだ!」
地面にめり込むオレフに向かってマークルフが急降下すると右膝を曲げた。そのまま加速と自重を乗せて右膝を相手の喉元に叩き込む。オレフを完全に地面の中にめり込ませるとマークルフはすぐにその場から離れて着地する。
「……さあて、少しは効いてくれよ」
マークルフは様子を覗いながら“機竜”を見上げる。
「へッ。まさか、てめえと共闘するとは思わなかったぜ」
“機竜”の口から黄金のツタが離れ、オレフの沈んだ穴へと引っ込んだ。同時に穴からオレフが飛び上がって脱出すると着地する。
その動きから多少は身体を痛めたようだが戦いに支障が出るほどではなさそうだ。
「チッ、まだピンピンしてやがるな。外部からの打撃も効果は薄いか」
『先ほどの〈魔咆〉もあまり効いていないようでした』
「俺のように外部装甲と直接同調していない分、中身は鈍感らしいな。やはり〈アトロポス・チャージ〉をぶち込むしかねえ」
オレフが姿を現したのを見て、“機竜”が尾を振り上げる。
マークルフもそれに巻き込まれないように後ろに退避したが、オレフは動かなかった。
そして、何故か“機竜”も動きを止めた。
『そうだ。俺はおまえの“敵”ではない』
オレフがそう告げると、“機竜”は攻撃を止めた。
「フィルディングの姫! どういうことだ!?」
「分からない! オレフを攻撃しろと命じていたはずなのに!?」
マークルフがエレナ姫に向かって叫ぶが、彼女も戸惑っているようだった。
『“機竜”には新たな命令を上書きしてある。そちらの命令は取り消された』
オレフが答える。
「どういうことだ?」
エレナは戸惑いを残しながらも再び指輪をはめた手を挙げようとする。
だが、背後から現れたエルマがそれを押しとどめた。
「あんた、まだ“機竜”を制御する手段を残していたわね」
『来たか』
エルマの姿を認めたオレフが、静かになった“機竜”の脇を通り抜けて前に進み出た。
ブランダルク王城の地下──
主であるガルフィルスがトリスへの出陣を決めて騒然としている中、王城の地下にある古代エンシアの遺跡は静けさを保っていた。
その施設の隅に一体の魔物がいる。
身体を半分機械化した猿に似たその魔物はある装置の前に番人のように座り、腕に纏った鈎爪の先で装置のボタンを器用に押した。
装置は生きている研究施設とケーブルで繋がれて動力を供給され続けている。
そして魔物は一定時間ごとに装置のボタンを押すことを繰り返していた。
装置は“機竜”に指令を出す正規の制御装置だ。オレフは司祭長との戦いの後に大神殿の神像に隠してあった装置を回収。ここに密かに取り付けていた。
そして魔物の行動もオレフの命令だ。
オレフが黄金の“機神”と化す直前、ブランダルクの国境に展開する古代兵器群に最後の命令を下していた。そして、この魔物にも装置のボタンを定期的に押し続ける命令を下した。
装置にはあらかじめ“機竜”に危害を加える者から身を守る指令を入力してあり、魔物が定期的にそれを発信することで、仮に“機竜”に割り込んで別の命令をするものがいたとしても、すぐに上書きして命令を続けるようにしておいたのだ。
「司祭長とやらが持っていた“機竜”に命令できる装置を手札に隠していたわね、オレフ」
エルマの視線が一瞬、マークルフに合図を送るように向けられた。
マークルフは密かに身構え、静かに時を待つ。
エルマが出てきたということは“槍”の落ちている場所の目星がついたのだろう。もうじき、何らかの行動に出てくるはずであり、それに備えるためだ。
『フィルディングの姫が介入してくることは予想できたからな』
オレフが答える。
『姫君にはこちらまでご足労いただいたが、もう貴女の出番はない』
「何を!」
エレナが再び指輪を掲げようとしたがエルマがそれを押しとどめた。
「挑発に乗ってはダメです」
エルマが進み出て腕組みする。
「少し見ないうちに随分と風通しの悪い格好になったものね。驚いたわ」
『君のように隙あれば開放的になるよりはマシさ。それに驚いているようには見えないがな。君も俺のこの姿は予想していたはずだ』
「“機神”の複製と神女の魂を握った時点でやらかすとは思ってたわ。だけど、黄金ミイラってのは悪趣味ね」
エルマが肩をすくめる。
『だったら、どうする? 気に入らないなら破壊するか』
「嫌味? その破壊不可能の黄金の装甲を破壊しろと?」
『少なくとも君に対しては嫌味を言ったつもりはない。いや、君が手を貸さなければ“狼犬”は負けるだろう。これは俺と“狼犬”の勝負であり、君との勝負でもある』
「……そうね。そうさせてもらうわ」
エルマが腕を降ろした。
「“機竜”は押さえられたけど、あんた自身が魔導兵器を操れないという確証は得られたわ。これで安心して頼める」
『それはどういう──』
「グノムス! 出番よ!」
エルマの呼びかけに応えるように地面から一体の鉄機兵が出現した。
地上に現れた鉄機兵が全身の装甲を展開し、内部機構から真紅の魔力を放つ戦闘形態へと変化する。
『そうか、あの鉄機兵が戻っていたか!』
《グノムス》が両腕をオレフに向けた。前腕部の装甲が開き、砲塔へと変化する。
オレフも全身から無数のツタを放つが、《グノムス》の全身に張り巡らされた魔力の障壁がツタの勢いを止めた。
“機竜”が唸り声を発し、顎を開く。
《グノムス》の放とうとする魔力が危険と判断したのだ。
《グノムス》と“機竜”が同時に魔力の光線を放ち、それは激しく衝突した。
オレフの周囲を魔力の閃光が包み込む。
『クッ──』
破壊の衝撃と轟音の中から逃れるようにオレフは跳躍した。
魔力の爆発が周囲の地形を揺るがし、周囲を土煙が覆い隠す。
(エンシア王族最後の生き残りを守護する鉄機兵──秘匿されていたとはいえ、その戦闘力を想定しなかったのは誤算だったか)
オレフは自身の力である疑似“機神”能力を戦乙女の武器化した。それによって“力”が変質し、代償として魔導機械を支配する特性を失っている。以前のようにあの鉄機兵を支配して止めることはできない。
土煙の中から巨大な影が浮かんだ。
巨大な風圧が土煙を吹き飛ばし、翼を動かした“機竜”が姿を見せる。鉄機兵の攻撃を受けて左前脚の装甲と翼を一枚破壊されていた。〈魔咆〉で攻撃を相殺しようとしたが間に合わなかったようだ。
だが、あの鉄機兵の姿が見えない。
(隠れた? それに“狼犬”も──)
近くにいたはずの“狼犬”も姿を消していた。
オレフは周囲の“力”を探る。
変質しても“機神”の能力自体はそのままだ。その一つである“力”の測定機能で隠れた相手を探す。
鉄機兵の反応はない。地中深くに隠れたのだろう。
“狼犬”の反応はあったが居場所が掴めない。自身が同じ特殊な“力”を放つため反応を混同してしまうのだ。
(だが、近くに潜んでいるのは確か。そして目的はあれしかない)
オレフは捜索対象を変える。
“機竜”が咆哮した。自身を傷つけた相手の姿を失い、首を巡らせて探し続けていた。
オレフが待ち受けるなか、やがて事態は動く。
離れた場所に転がる岩の下から鉄機兵が姿を現した。戦闘形態を解除した鉄機兵のその手には《戦乙女の槍》が握られていた。
鉄機兵は槍を構え頭上に投げようとする。
だが、その足許から黄金のツタが数本出現し、鉄機兵と槍に絡みついた。
ツタに捕まった鉄機兵は槍を手にしたまま身動きがとれなくなる。
「グノムス!?」
崖の上にエルマが現れ、捕捉された鉄機兵に向かって叫ぶ。
「やはり君が槍の埋もれた場所を探し、その鉄機兵に回収させるつもりだったな」
エルマなら槍の埋もれた場所を探すこともできると予想したオレフは、自分も同じように槍の場所を探して罠を仕掛けていた。ツタを地面に潜り込ませ、槍に近づく鉄機兵を死角から待ち構えていたのだ。
「鉄機兵の力でもその黄金のツタは断ち切れん。俺を甘く見たな、エルマ」
オレフが槍を回収するため、身動きできない鉄機兵へと近づく。
だが、エルマはしたり顔を向けた。
「いいえ。あんたがここまで読んでくることは想定済みよ。そちらこそ甘く見ているわよ」
「なに?」
『その命運、ここに断ち切る!』
“狼犬”の声がした。
その声は真下から響いていた。
予想外の場所からの声にオレフは危険を感じて飛び退く。
同時に足許から黄金の鎧姿のマークルフが地面を割って姿を現した。
マークルフは”両腕を交差させ、左腕の手甲が右腕側に移動。合体した手甲の両側から一対の刃が迫り出す。
一対の湾曲刃はまるで鋏のようであった。いや、文字通り敵の命運を断ち切る“鋏”だ。
その刃がオレフの首を捉えた。
「うぁおおおッ!」
身を隠していた地面から奇襲したマークルフは、突き出した右手でオレフの喉を鷲掴みにし、合体手甲の刃がオレフの首を挟む。
槍を簡単には取り戻させてはくれないことは最初から予想していた。《グノムス》による槍の回収が失敗に終わった時の最後の手段もすでに決めていたのだ。
マークルフはオレフを捕らえたまま推進装置を全開にする。
飛んだ先は“機竜”だ。
『これは!?』
オレフの首を挟んだまま一対の刃が“機竜”の首の付け根に突き刺さり、オレフを釘付けにする。
同時に刃が激しく輝き始めた。
『そうか! そういうことかッ!!』
「いまさら気づいても遅えッ!」
オレフの纏う黄金のツタが合体手甲の刃と同様の輝きに包まれていく。
「この〈アトロポス・チャージ〉は破壊力が強すぎて《戦乙女の槍》だけしか負荷に耐えられなかった──感謝するぜ。代用品を用意してくれてよ!」
オレフの纏う黄金のツタが膨大な破壊力付与を受けて赤熱する。装甲そのものに破壊の“力”を付与され、オレフが苦悶の声を漏らす。
「槍を使わせねえなら、てめえが槍の代わりだ! その衣装は耐えられても中身のてめえ自身は耐えられねえはずだ! 決めさせてもらうぞ!」
「まずい! みんな! 隠れて!」
マリエルが叫ぶとエレナ姫やアードたちは崖の下へと身を隠す。
だが、エルマだけはその場から動かない。
「姉さん!? 何してるの!? 早く!」
マリエルが手を引っ張ろうとするが、エルマはそれを振り払い、その場に留まる。
そこにいれば〈アトロポス・チャージ〉の余波に巻き込まれる──そう声をかけようとした時、マリエルは気づく。
いままさに決着がつこうとする男爵と“機竜”の戦い。
その一瞬を見逃すまいと凝視するエルマのその眼差し。
それはまさに彼女の本質である研究者としての視線であることに──
そして、マリエルは次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。
オレフを焦点に集まる破壊の力が“機竜”の装甲を溶かしていく。かつて浴びた破壊の洗礼を思い出したのか、“機竜”が恐慌と苦悶に激しく咆哮する。
「“機竜”と共に消えてもらうぞ! でやあああッ!!」
黄金の装甲を纏うオレフ自身を武器とした〈アトロポス・チャージ〉──炸裂すれば“機竜”とオレフを同時に葬る起死回生の一撃となるはずだった。
『──!?』
マークルフの全身に不吉な予感が走る。
同調し常に身近に感じていたリーナの存在が揺らぐような、いままで感じたことのない得体の知れない感覚だった。
「リーナ!」
マークルフは思わず声をかける。
『──だ──め──あ──アゥッ……』
リーナの声にならない苦悶の叫びが伝わる。
「どうした!? しっかりしろ!」
すでにオレフと“機竜”を捉え、破壊の力の奔流が彼らを呑み込もうとしている。すでに発動を止めることはできなかった。
『……ウァアぁ……きゃああああァッーーーー!!』
「リーナ!?」
今までに聞いたことのないリーナの絶叫がマークルフの耳をつんざく。
同時にマークルフの目も信じられない事態を目にした。
オレフを捉えていた合体手甲に亀裂が走っていたのだ。
(“鎧”にヒビが──!?)
〈アトロポス・チャージ〉の制御が乱れ、破壊の力が暴発する。
マークルフの視界が閃光に包まれ、その身体を吹き飛ばした。
「……うぅッ」
マークルフが左手で地面を掴む。
気がついた時、マークルフは地に倒れ伏していた。
〈アトロポス・チャージ〉は不発に終わり、それまでに集積していた力の暴発をまともに浴びていた。装甲が破壊の力を受けて熱を帯び、装着するマークルフの身体も悲鳴をあげ、すぐに立ち上がることができなかった。
「……リーナ」
マークルフは自らの戦乙女に呼びかけると、悲鳴をあげる身体を無視して顔を上げる。
“鎧”は消えずに彼の身体を覆っている。だが右腕の合体手甲と左腕の一部に亀裂が走っていた。
「……大丈夫か?」
マークルフは動揺していた。
戦乙女が身を変えた黄金の武具は決して破壊されないと言い伝えられている。
その伝承の通り、マークルフの所持する《戦乙女の槍》は悠久の時を経て存在しながら傷一つなかった。
「……どうした……戦いはまだ終わってねえぞ」
マークルフは押し寄せる不安に堪えながら、懇願するように呼びかけ続ける。
戦乙女としてリーナが変身した黄金の“鎧”もまた、いままで損なわれることはなかった。“機神”と戦い、そして破壊の権化である“機竜”との戦いにおいてさえも──あらゆる攻撃を受けても常にその黄金の装甲は破壊されることなくマークルフを守ってきたはずだった。
「頼む……返事をしてくれ」
だが、自分の腕を包む黄金の装甲は確かに破壊されかかっていた。
何より、いままで感じていたリーナの気配が伝わってこないのだ。
「おい……何でもいい! 応えろ! リーナッ!!」
守護するはずの勇士の叫びにさえも、その戦乙女の声は応えようとしなかった。




