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勇士たちの決戦(2)

 激闘が続く山の頂きへ向かうエルマたちの姿があった。“門番”の力で近くまで転移した一行は危険を確かめながら坂道を登っていく。

 地面が揺れ動いた。

 アードとウンロクの二人が抱き合いながらその場にへたり込む。

「す、すごい暴れてるっすね」

「い、いや~これ以上、近づくのは危ないんじゃないですかね」

 後ろにいたマリエルが部下二人の尻を蹴り上げる。

「ここまで来てびくつかない! 二人とも腹を括りなさい!」

 マリエルが眼前にそびえる崖を見上げる。

 この崖の向こうで男爵と“機竜”、そしてオレフが戦っているはずだ。

「確かに流れ弾に巻き込まれて一巻の終わりはあるかもね」

 エルマが他人事のようにそう付け加えると部下二人の顔が真っ青に変わる。

「そういうことですが、よろしいですか?」

 エルマが後ろに控えるエレナを見る。

「構いません。どのみち巻き込まれたら一瞬で蒸発。死んだことにも気づかないでしょう」

「さすがはフィルディング最長老の代理人殿。肝が据わってらっしゃるわ」

「とはいえ、本国でお祖父様が用意している“機神”を動かす魔力も残り少ないはず。私が“機神”に命令できるのは最大でも後二回。私ができるのはそこまでと思ってください」

「十分ですわ。ご協力感謝します」

 エルマが答えた時だった。

「あ、姐さん! これを──」

 アードが背負い袋から計測器を取り出していた。

「どうしたの!? 男爵に何かあったの!?」

「ち、違うんです! 男爵の反応は変わらないんですが──」

「代わって!」

 取り乱すアードを下がらせ、マリエルが計測器の記録を用紙に記録させて打ち出す。

「これは──」

 マリエルを始め、アードたちもその記録に驚愕する。

 先ほどから男爵の発動した“鎧”の反応を計測器は捉え続けていた。

 だが、現在はそれとはさらに別の反応も捉えている。

 打ち出された記録紙が“鎧”と同じ特異な反応を示す何かを捉えていた。

「何があったのです?」

 ただならぬ様子にエレナが訊ねる。

「どうやら、オレフの奴がとうとう最後の切り札を出してきたみたいですね」

「切り札?」

「男爵と同じく、“闇”と“光”の狭間に位置する“力”を発動したのです」

「何だと!?」

 エレナが驚くなか、エルマは努めて冷静だった。マリエルが顔を上げる。

「姉さん、この事を分かっていたの?」

「あいつが何を考えているかはおおよそ見当を付けてるわ。あんたも知っていたようね」

「うちはオレフさんの残した資料を見ただけよ。でも、これからオレフさんのしようとしていることまでは分からない。姉さんは分かってるの?」

 エルマの瞳が戦場である崖の向こうを映す。

「実験よ」

 エルマの答えを一同は黙って耳にする。

「あいつは最後の実験をやろうとしているのよ。男爵が──“黄金の鎧の勇士”がそれと同じ存在になった自分を破壊できるかどうか、ただそれを確かめるためにね」

「いったい何のために──」

 エルマが目を閉じる。

「古代の科学者たちが遺したまま、いまだ果たすことのできない“罪”の清算をするため──いえ、言い方が格好良すぎるわね。あいつはただ科学者としての業に突き動かされて、古代科学が遺した永遠の課題に答えを示そうとしているのよ。そのためなら、自分を実験台にすることも厭わない……大バカ者よ」



 黄金のツタを全身に纏うオレフ。

 マークルフの“鎧”と同じ、黄金の輝きを放つツタの“鎧”が彼の前に敵として立っていた。

「“機神”の力を戦乙女の武具化したっていうのかよ……そんなのアリかよ! 反則過ぎだぜ!」 

『貴方にだけはそれを言われる覚えはない。ともかく、これでわたしの手札は全て出した。ここから先はどちらかが倒れるまでの戦いだ』

 オレフの両腕から伸びたツタが絡まり黄金の刀身へと変わる。

「リーナ! 来るぞ! いままでの相手とは違う!」

『はい!』

 オレフが跳び、マークルフも迎撃するために身構えた。

 甲高い音が鳴り響き、マークルフの黄金の双刃がオレフの黄金の双刃を受け止める。

 互いに刃を突き出し、相手を斬りつけた。

 両者の刃がそれぞれの装甲をなぞり、軋んだ音が重なる。

 マークルフもオレフも互いに退くことなく刃を重ね、斬りつけ、受け止め、黄金の軌跡を描く剣戟が夜の闇を照らす。

「てめえ、神女が“鎧”化したのでその剣技は使えなくなったようだな!」

 マークルフはオレフの刃をはね除けるとオレフの胴体を斬りつける。

 確かな手応えと甲高い金属音が響き渡り、オレフは後ろへと後退した。

「……リーナ、どこか傷を受けた箇所は?」

 マークルフは息を整えながら訊ねる。戦いが続き、さすがに疲労が見え始めていた。

『いいえ、私自身は無事です。ですが、それは──』

「ああ。向こうも同じようだな」

 オレフが再び身構えるが、攻撃を受けた黄金のツタには傷一つ付いていなかった。

 同じ戦乙女の武具を以てしても、同じ黄金の装甲を損なうことはできないらしい。

「それと破壊できないということは──」

 マークルフは地面を蹴って飛び上がる。

 同時に地面から黄金のツタが伸びてマークルフを捕らえようとしたが間一髪、マークルフは宙に逃れてそこに留まる。

『気づいたか』

 宙を見上げるオレフの足許から黄金のツタが地中に潜っていた。どうやらそこからツタを地中に潜り込ませて捕まえようとしたようだ。

「なに、経験の差というヤツだ。地中から何か悪さするのは俺もしょっちゅう考える事だからな」

 マークルフは腕を組んで不敵な態度を露わにするが、仮面の下では苦い表情を浮かべていた。

「あのツタに捕まったら切って逃げることもできないわけだ……厄介だぜ」

『“機神”と戦った時のようにはいかないのですね』

 オレフが右掌を向け、その掌の甲殻から光弾が放たれる。

 マークルフは光弾から逃れると近くの岩壁に身を隠した。

(さて、どうやって奴を仕留める?)

 マークルフは考えを巡られせる。現在のオレフの力は自分たちがよく分かっている。

 だが、同時に相手の弱点も自分たちは知っているはずだ。

 戦いの経験は自分たちが上だ。その差がオレフと戦うための武器となるはずだ。

『マークルフ様!』

 リーナの警告と同時に複数の黄金ツタが岩壁を貫いてマークルフを包囲する。

 マークルフは左腕の“楯”を展開。絡みつこうとするツタを“力”の障壁で止めると同時に上へ飛んでツタの包囲から抜け出す。

 しかし、そこには跳躍したオレフが待ち構えており、至近距離から光弾を放つ。

 マークルフは右刃で破壊弾を切断すると返す刀でオレフを斬りつけた。だが、オレフも腕の刃でそれを受け止めると同時に全身のツタがマークルフへと伸びる。

「まずい!」

 マークルフが制御スラスターを全方位に噴射。その出力でツタの軌道が逸れる隙を縫ってそこから離脱した。

『これではうかつに近寄れません!』

「野郎! 破壊できない武装を最大限に利用してやがるな!」

 “機神”の武器はその全身を構成する鋼のツタだ。かつて戦ったマークルフも自由自在に無数のツタを操る攻撃には苦労したが、それでもツタを切断して逃れることはできた。しかし破壊できない黄金のツタを繰り出されては手出しのしようがない。蜘蛛の巣に囲まれて逃げ場のない蝶のようなものだ。

 攻撃の届かない上空に避難したマークルフは地上を見下ろす。

 地上にはこちらを見上げるオレフ。そして無気味なまでに大人しくなった“機竜”の姿があった。

「……この近辺の魔力レベルはどうなってる?」

 視界モニターに周囲の魔力レベルが詳細に表示される。

 マークルフはしばらくそれを目にしていたが、やがて“機竜”の姿を睨み付けた。

「リーナ、オレフよりも先にあの“機竜”を破壊する」

『どうしてですか? “機竜”は大人しくなっています。下手に攻撃するとまた暴れるかもしれませんよ』

「確かに一度にあいつらの相手はしたくないがな。だが、いまはオレフの武装をどうにかする方が先だ。破壊不可能なら──解除させる」

『解除?』

「俺たちがこの姿を維持できるのは“聖域”の影響下にあるからだ。オレフも同じはずだ」

 かつて遙か高空で“機竜”と戦った時、“聖域”の影響から外れたことで常に“鎧”が維持できない危険と隣り合わせの戦いとなった。

「不幸中の幸いか、奴自身が“聖域”を決壊させようとしている。ここが“聖域”の影響から外れてくれれば奴も“鎧”を維持できなくなるはずだ」

『──分かりました。あの“機竜”が“聖域”の働きを維持しているから破壊するわけですね』

 魔力測定装置は近辺に流れ込む魔力が全て“機竜”に取り込まれているのを感知していた。それが魔力の氾濫によって“聖域”の影響が消えるのを防いでいるのだ。

 しかし、それは時間を与えれば“機竜”に魔力を取り戻させることにもなる。

「ただ、あの“機竜”の息の根を止めるにはやはり〈アトロポス・チャージ〉しかない。槍を探すんだ」

『ですが、あの中から槍をどうやって──』

 地上は“機竜”が暴れ回ったおかげで地崩れが広がっている。槍もおそらくその下に埋もれている可能性が高い。

「やるしかねえさ──行くぜ」

 マークルフは急降下する。狙いはオレフだ。

 オレフが身構えるが、マークルフは急に軌道を変え、標的を“機竜”に変えた。

 動きを止めていた“機竜”が口を開き、光弾を放つ。

 マークルフは光弾を避けるとすれ違いざまに“機竜”の首を斬りつけた。

 再び“機竜”が翼を広げ、威嚇の姿勢を見せる。

『“機竜”が──』

「分かってる!」

 “機竜”が尾を振り上げた。

 マークルフは空中で静止して、わざと自分に狙いを付けさせる。狙い通り“機竜”は尾を使ってはたき落とそうとしたが、その寸前で回避する。

 狙いを外した尾は地上に──そこにいたオレフに向かって叩き付けられた。

 オレフも寸前で跳躍して逃れたが、隙を突いて接近したマークルフの蹴りを受けて岩壁に叩き付けられる。

『この動き、すでに気づいている──』

「ああ、その通りだぜ!」

 マークルフはオレフの目の前まで接近すると、その眼前で軌道を変えてその場から逃れる。

 同時にマークルフを狙った“機竜”の〈魔咆〉がその場を包み込む。

 オレフを巻き込んだ破壊の力が炸裂し、一帯が崩壊してた土砂に呑み込まれる。

『マークルフ様、いまのは!?』

「オレフにはもう“機竜”が支配できねえのさ! だから巻き込まれたんだ! それよりもいまのうちに槍を探すんだ! あれぐらいで止まる相手とも思えねえ!」



「いましたぜ!」

 ウンロクが空を指差す。

 戦いの舞台近くまでやって来たエルマたちは上空を飛ぶ黄金の“鎧”姿を捉える。

 その一行を凄まじい突風が襲った。

 男爵たちに向かって“機竜”が翼を振るったのだ。その巨体は満身創痍であったが、まだその機能は健在であり、男爵もその攻撃をかいくぐり続けていた。ただ、“機竜”を攻撃せずまるで何かを探すように周囲を飛び回っている。

 エルマたちは近くの岩陰に隠れた。そこから戦いの様子を覗き見る。

「とても近づけないっすよ」

「どうする、姉さん?」

 アードとマリエルがエルマの顔を見る。

「グノムスが来るのを待ちましょう。正念場はここからよ」

 エルマの視線の先で崩れた岩の下から何かが立ち上がった。

 後ろに控えるエレナ姫がその姿に目を見開く。

 彼女たちが目にしたのはマークルフの纏う“鎧”と同じ輝きを放つ、黄金のツタを全身に巻いた人型の異形だった。全身の甲殻が輝いていたが、やがてそれも消え、マークルフの方へと歩き出した。

「オレフですよ、エレナ姫」

 エルマが答える。

「あれが──しかし、あの姿は何なのです?」

「“機神”を操れる者がなれる武装形態です。オレフは封印していた神女の力を解放してその形態を戦乙女の武具化したのです」

 エレナが驚愕の表情を残したまま、唇を噛みしめる。

「そこまでやってくるとは……“狼犬”は勝てるのか?」

「厳しい戦いになるでしょう。いままで男爵のみが可能にしていた“力”をオレフも手にしたのです。そして、あいつは男爵以上にその事について研究しているはず」

「姉さん、悠長な事を言ってる場合じゃないわよ。オレフさんの考えを読めるのは姉さんしかいないわ。何か手はあるの?」

 マリエルに言われ、エルマはしばらく思案する。

 その間にもマークルフと“機竜”の戦いは続き、そこにオレフも加わろうとしていた。

「やるしかないわね……エレナ姫、貴女の力をお貸し下さい」



 立ち上がったオレフの全身から無数の黄金のツタがマークルフに向かって伸びる。いや、まるで無数の槍のようにマークルフを狙った。

「チッ、たいして効いていないようだな」

 マークルフは次々とツタを避ける。ツタは鋭い刃のように地面や岩を貫き、抉っっていく。

 さらに“機竜”が追い打ちのように光弾を放つ。

 狙いはあくまでマークルフだが、オレフもその衝撃に巻き込む。

 二人は跳んで直撃を回避するが、その爆風にさらされた両者は離れて着地した。

「さすがに逃げるばかりじゃ埒が明かねえな。リーナ、見つけたか?」

『まだです。あの槍はセンサーで捉えられないので──』

 マークルフも伸び続ける無数のツタから逃れながら、どこかにあるはずの黄金の槍を探す。しかし、オレフが投げつけたのはこの近辺のはずだが激闘で地形も崩れて埋もれてしまっていてらしく、いまだ発見できない。

『狙いは分かっている』

 オレフが両手を向けてその掌から無数の光弾を放った。

 光弾はマークルフの周囲に着弾し、彼の動きを封じる。

『槍を見つけ出し、最終兵装を用いて“機竜”を破壊しようという魂胆なのだろう。この姿を解除しようとすることはすでに予想している』

 オレフが告げた。向こうも当然、それは全て計算に入っているのだろう。

『だが、それではそちらも“鎧”を維持できなくなる。そうなればそちらに戦う手段はない。それでもやるつもりか?』

「要らぬ心配だな。てめえもその“機竜”をどうにかしてから言うんだな」

『その必要はない』

 オレフは大きく跳躍して離れた崖の上に立つ。

『こちらが“機竜”を操れなくなったことはお見通しのようだ。そして最後に命令したのが自身を破壊しようとする相手を倒せということも──だから、あえて“機竜”に自分を狙わせることでこちらを巻き込み、その隙に槍を探そうという策を選んだのでしょう。ならば、わざわざこちらから近づくことはない』

 オレフの言葉通り、“機竜”はオレフには構わず、マークルフを威嚇する。

「ケッ、仮にも神女の勇士なら正々堂々とぶつかってきたらどうだ?」

『司祭長がおっしゃっていた。“狼犬”の最大の武器はあらゆる状況を利用する機転。わたしもそれは認めるところ。正々堂々こそ貴方には相応しくない言葉だ』

「御託を並べやがって。嬉しくもねえぜ」

 マークルフは身構える。

 “機竜”の首が大きく持ち上がった。

 そのまま頭をぶつけてくると警戒したマークルフだが、その予想に反して“機竜”は首を巡らせ、オレフに向かって光線を放つ。

『何ッ!?』

 オレフは跳躍して光線を回避したが、しなった尾の先がオレフを打ち付け、地面に叩き落とした。

「──待たせたな、マークルフ=ユールヴィング」

 マークルフは声のする方に振り向く。

 “機竜”の背後の崖に一人の少女の姿があった。

「あんたは──」

「そなたらには借りがあるからな。手伝わせてもらうぞ」

 “機竜”が立ちあがるオレフに向かって吼える。

 その鋼の魔獣を従えるかのように、毅然として戦場に立つエレナ=フィルディングの姿がそこにはあった。

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