立花 1
お読み下さってありがとうございます。今回、ホラー要素皆無です。お楽しみにされていた方、ごめんなさい。
長くなってしまったので、分けました。
恵美は彼を残し、立ち去ろうと出来るだけ無慈悲に厳しい顔で歩き出す。
進みたかった。
『うぁぁあ!』
恵美の背後で彼が胸を押さえて苦しそうにのたうちまわった。彼の異変に恵美は振り向いた。
彼は炎に包まれていた。
恵美はバッグの前ポケットから水筒を取り出し、彼に水をかけたが全く意味を為さない。火の勢いは増し、彼の体の末端が焼かれ炭に変わる。
「大丈夫!?」
恵美は炎を消そうと、鞄を地面に放り、着ていた日焼け対策のパーカーで火を叩く。強く叩いても消える様子はなかった。風向きのせいで火が恵美の顔を炙る。
指に炎がかすった様な気がしたが、熱くもなければ火傷もしていない。
熱くない?
不思議に思いながら様子を窺うと、一瞬で火は消え、炭化した体が再生していく。
「一体、どういうこと!?」
りぃぃぃぃん。
透明感のある鈴の音が響き、海から強い風が吹いた。恵美の耳の下で切り揃えられた髪が乱れ、恵美は頭を掻いた。
「嫌になっちゃう」
絶対、命懸けの面倒事なのは間違いないのに。
恵美はブツブツ言いながらパーカーを着、バッグと傘を拾う。厚底のハイカットスニーカーの紐を一度解き、気合いを入れるように結び直し、彼の前に立つ。彼は何事もなかったかのように変わらず立っていた。
「ねえ。私は立花恵美。大学生。メグでも、なんでも好きなように呼んで。あなたは?」
いきなり話しかけられた彼は、左右にあたふたと人を確認し、自分に話しかけられたことを理解した。
『……俺? 私? でいいのか?
ちょっと待って。久しぶりに人と普通に話すから、どうやって話したらいいんだ?
俺? は、誰だっけ?』
「あのさぁ。浄化って原因を取り除かないといけないの。超、大事なの。
大事なところが抜けてるって困るんだけど!
まあ、いいわ。名前はイケメンのイケ君で。
で、成仏するのに手伝えってお告げが下ったから、とりあえず予定通り本土に行っておばあちゃんに相談しましょう」
『お告げ?』
「そう。気付かなかった? 誰も触っていないし、風も吹いていないのに鈴が鳴った。場が清められた直後にあの風。
普通に考えるなら逆でしょ? 風が吹いて鈴が鳴る。これが正しい現実の在り方よ。でも、今回は違う」
とっても不本意ですと言わんばかりの顔で、恵美は伸びてくる白い手を踏み抜いた。
「ヤれってコトよ」
『殺る?』
物騒な言葉に彼は慌てた。その姿をみた恵美は多少安堵した。
どうやら、そんなに悪い人間ではないようね。
それに、きっとまだ若い。自分と同じくらいか、少し若いかもしれない。
「要するにそういうことでしょ?
あの女から逃げるというのはあの女を殺し尽くして地獄に叩き込めって」
『メグさんって、最初から思ってたけど、割と容赦ないね』
「それは仕方ないかもね。立花だからね。
それより、そんなデカい姿で横に居られると圧がうるさいから可愛い犬になってよ」
『は?』
「それに、少しくらい目眩ましになると助かるし。
希望としてはマルチーズ、フレンチブルドッグ、ヨークシャーテリア、ミニチュアシュナウザー、豆柴・赤で!」
『ちょっと何言ってるのかわからないけど!』
彼が今までで一番大きな声を出した。慌てているのか彼本来の姿が少しずつ出てくる。こうして話しながら彼本来の魂、記憶が戻ってくるといいと恵美は思った。
「私の癒しよ!
それに、交通事故で亡くなった人も直後は酷い様子で可哀想だけど、次の日には生前の姿になってること多いでしょ?」
『でしょ? とか言われても知らないし』
「きっと自分でなんとか出来るはず! 気合いでがんばって!」
『……人としての尊厳は?』
「尊厳より実利よ。あの女に追いかけ回されたいの?」
2人はしばらく睨み合っていたが、彼がガックリと肩を落としてため息を吐いた。
「さあ、フェリーに乗るわよ」
満面の笑みで恵美が彼を抱き上げた。その腕にはたぬき顔の赤毛の豆柴が不機嫌そうに唸る。
隣の島からフェリーがこちらに向かっているのが見えた。フェリーというと豪華な船を想像してしまう人も多いかもしれないが、島民の生活を支える船なのでかなり年季の入った大きな渡し船と言った方が理解しやすいかもしれない。
恵美は1人分の乗船券を取り出し列に並ぶ。
「やあね、可愛い顔が台無しよ」
恵美が柴犬を撫で回しているとフェリーは停船し、ロープで固定された。船員と係員の指示に従って降船が始まった。
一階が車両甲板で二階が乗客室という昔ながらのフェリーだ。まずは車が出てから歩行者が降りる。二階から降りる客に、危ないけん、ゆっくりなぁと声が響く。昔の船なので階段も傾斜がきつく、幅は狭い割に高さが高い。その上、波で揺れるので手摺りを握っていないと危険だ。全員が降りたら、乗船が始まった。恵美は係員に券を切ってもらい乗り込む。
先程の男の子は両親と一緒に中央の雨風の凌げる客室の一角にある座敷コーナーに座ったようだ。
無事でなにより。
恵美はそれだけ確認して人のいない船尾のイス席へ向かった。
お読み下さってありがとうございます。
澄川、日本の犬が好きなんです。日本の馬も好きです。




