第零章 / 5話 『怠惰な襲撃者』
―――鬼頭 渡は不幸体質だ。
それもただの不幸体質ではない。ワタルの不幸は他人に伝染する。いわば、『疫病神』なのだ。
現に、渡は二度も家族を失っている。聞き間違いじゃない。渡は、かけがえのない家族を、二度失っているんだ。とんちとかでもない。そのまんま、『二度』だ。
一度目は渡が五歳の時であったため、あまり記憶になかった。だが、聞いたところによると空き巣が渡の親に見つかり、口封じに渡の親と兄を殺したそうだ。
鬼頭家には何故か祖父母がおらず、ワタルは里親に引き取られた。父と母からは祖父母は父方母方、どちらも死んでしまったと言われた。
それならそれで叔父や叔母くらいはいそうだと思ったが、両親はどちらも祖父母の代から一人っ子らしく、兄弟姉妹はいないらしい。
しかし、うろ覚えだから怪しいものの、お盆のお墓参りに行ったことはなかったので、祖父母が死んだ——というのは、本当なのかよく分からない。とはいえ、祖父母はどこに? という質問にも、渡は答えられない。
脱線してしまったが、里親はすぐに見つかった。ちなみに、渡の名字の『鬼頭』は、里親の計らいで生みの親のものだ。渡はどちらでもよかったのだが(これは関心がない、という意味ではない。むしろどちらも同じくらい大切だからこその感想だ)。
そしてその夫婦には九歳の娘がいた。渡も最初は心を開かなかったものの、十年もたつと最早本当の家族としか思えなくなっていた。
そして時は進み、渡の高校受験発表日。合格して家にウキウキ気分で帰っていた。そのころ家では、ワタルの両親と久々に帰ってきた十九歳の姉は合格おめでとうパーティーの準備のため、外でバーベキューの準備をしていた際に、
―――――――家が、火事になった。
今でも、忘れられない。
朝まで自分が普通に過ごしていた家が燃え、木と肉が焼けるような匂いが渡の鼻孔をくすぐり、絶望を搔き立てた。
永沢君の火事がよくネタにされているが、以降渡はそれで笑えなかった。渡の場合、家族がみんな死んでしまっているので、なおさらだ。
そのことがきっかけで、渡は自分を『疫病神』とし、以来、渡は誰とも関わろうとしなくなった。もっと言ってしまえば——『厄介者』だろうか。
里親の家系に引き取られたものの、一人暮らしを始めて学校では誰とも喋ろうとせず、一人教室の隅で大人しくしていた。それのせいで渡は、クラスにあまり馴染めなかった。馴染めなかったのは別の要因もありはするが――、
それでも、他人が不幸で苦しむよりかは、ずっと楽だった。
△△
▼▼
「――――なんで」
理解ができない。なぜマリアが死んでるのか、なぜこの町―――アーネブは燃えているのか。
なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
「なん、で」
すると眼帯の紺髪の男は、ワタルの存在に気付く。
「お? なんだ? まだ生きてる奴がいんじゃねぇか。チッ、メンドクセェ」
男は、気だるげに話す。
「お、お前、誰だよ。なんで、こんなこと……」
ワタルは恐怖に満ちた顔で、今にも泣きだしそうな顔で、男に問う。
歯はガチガチと鳴っている。鳴らしている。鳴ってしまう。
「あ? あぁ、そうだよな。まずは名乗らねぇとだよな、メンドクセェけど」
そう言って男は凶笑を浮かべながら、名乗る。
「俺ぁ、『無双の神判』第三支部支部長。『怠惰』ベルガルト・オルスだ。よろしくな。まぁ、でも―――」
そう、軽い調子で言った眼帯の男―――ベルガルトは一度言葉を切り、凶悪な笑みを浮かべる。
『無双の神判』? なんだ、それは。組織名、なのか? 支部長みたいに言っていたし。
そしてベルガルトは話を再開し、左手の平をワタルに向けて——、
「―――オメエも今から死ぬんだから、関係ねぇけどなぁ! やれ! 『炎狼』!」
ベルガルトが叫ぶと、『炎狼』という燃える狼らしき生き物が襲い掛かってくる。
「うわあぁぁぁぁっ!」
ワタルは逃げた、泣きながら、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ続けた。
そこで、何かにつまずいて、転んでしまった。
「い、て。何が……」
足元を見ると、そこには死体があった。周りを改めて見渡す。そこにも、死体がある。死体、死体、死体、死体……辺り一面死体がうめつくしていた。
そしてもう一度、足元の死体に目を向ける。その死体は腕が肘から先がなく、首が噛み千切られ、そしてそのすぐ傍に割れた眼鏡が転がっていた。
さらにその死体は、長い赤毛だった。赤毛……
「あ、あぅぅ」
――――それは、セリカだった。
「うぶ、おぅぇぇぇぇぇ」
ワタルはその事実に耐え切れず、吐いてしまった。
すると……
「ぐあぁぁっ!」
右足に炎狼が嚙みついてきた。
「やめろやめろやめろぉ! こっち来るなぁ!」
足を振り上げ、炎狼の噛みつきが甘くなったところを、空いてる左足で蹴り飛ばした。
「ギャンッ」
何かが折れた音と共に、炎狼が吹っ飛ぶ。
「あ、つい、うぅ。痛い、あつ――――」
そのとき、背中から強い衝撃が飛んでくる。そして次の瞬間、背中と胸に熱ともとれる鋭い痛みが走る。
「———ぁぎ」
ゆっくりとワタルは、痛みのある胸を見ると、胸から刃先が飛び出していた。ナイフだ。ナイフが胸を、背中から貫いていた。
「か、ひゅ」
その痛みに、ワタルの意識は遠のいていく。ワタルは痛みで熱を感じているというのに、体はどんどん冷たくなっていく。そしてそのまま、意識は遠のいて、体から力は抜けて行って、そのまま―――――
「――――はっぁ!」
起死回生が発動し、もう一度体に力が入る。そして、刺さっていたナイフが抜けて傷がふさがる。
あぁ、これで二回目だけれど、慣れないな。——慣れたく、ないな。
「———? オイ、こりゃどういうこった。ナイフが抜けて傷が治っちまってんじゃねぇか。オイ、『793』お前、しっかり殺ったのか?」
「……はい。確かにナイフで心臓を貫きました」
ベルガルトの隣にいる、『793』と呼ばれている灰髪のメイド姿の、首に首輪がはめられている女性は、感情のない顔と声で、ベルガルトの問いに答える。いや、感情がないわけではない。『793』には、少なくとも驚きがあった。ベルガルトは、驚き——というより、また殺すのが面倒だなといった様子だ。
「はぁ、まぁどんなスキルを持ってっかもわかんねぇからな。チッ、メンドクセェ。炎狼! 食い殺せ」
ベルガルトが淡々とした様子で炎狼に命令すると、十匹以上の炎狼が、ワタル目掛けて襲い掛かってくる。
腰が抜けたのか、歩けないワタルに、容赦なく牙を剥く。ワタルなんかは、何もできないワタルなんかは、こんなことまでしなくても簡単に死ぬのに、ベルガルトは容赦なく、メンドクセェメンドクセェ言いながら、こういう時に何も惜しまず、ワタルを殺そうとする。
『怠惰』の癖に、目的のために努力を惜しまない。ベルガルトに対して、そんな印象をワタルは抱いた。——なんて現実逃避も、もう持ちそうにない。
「があぁぁぁあぁぁっ!」
熱い、焦げた匂いがする。のどが焼け、汚い悲鳴が出る。痛い、体に牙が突き刺さっている。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い。 熱くて、痛くて、《起死回生》も、もうなくて、死ぬ。死ぬ、死んでしまう、死んでしまうかも、死んじゃう。
―――――――嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
―――――――死にたく、ない。
そこで、ワタルの意識は途切れた。
『怠惰な襲撃者』
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