第零章 / 4話 『静かな宿屋』
「ん、ふぁぁぁ」
まだ薄暗い朝日に照らされ、ワタルはベッドから体を起こす。
「あーよく寝たー」
ベッドから降りて背伸びをする。
「さーてとっ」
そう言ってワタルは体を動かし始める。ラジオ体操だ。
これはワタルが異世界に来る前からの日課で、毎日続けている。するとワタルの部屋の扉が開き、
「アンタ、こんな朝早くから何してんだい?」
マリアが眠そうな目をしながら話しかけてきた。
「あ! マリアさん、おはようございます。すいません、うるさかったですか?」
「あ、あぁ、おはよう。って、それより何してんだいって聞いてるんだよ! 今何時だと思ってんだい!」
「ん? 何時って朝の4時ですけど……これ、俺の日課なんですよ。『ラジオ体操』っていうんですけど、なんというか、朝こうやって体動かすと頭がスッキリするんですよ」
日課と言っても、元世でも毎日四時起きではない。元世だとラノベだのアニメだのの娯楽があったが、この世界にはない。だからなのか、つい早寝早起きしてしまった。普段起きるのは五時ほどだから、自分でも早いと思ったぐらいだ。
「らじお体操? はぁ…ま、アンタが変なのは今に始まったことじゃないからいいとして、他のお客さんの迷惑になるから、できれば外でやってくれ」
「はい! 丁度この後走りに行こうと思ってたとこなんで」
ワタルは陰キャでコミュ障でオタクではあるが、インドアというわけではない。
ワタルの日課はラジオ体操のみならず、ラジオ体操→筋トレ、ランニング(順不問)。これが毎朝のルーティーンだ。
「あぁそうかい、なんかもう驚くのも疲れたよ」
「ん? まぁいいや。いってきまーす!」
マリアの呆れた口調に、ワタルは疑問に思いながらもタオルを持ち(常備)、まだ薄暗い外へ出た。
走るのが終わったら、ギルドに行くとしよう。
△△
▼▼
「っと、着ーいた」
ようやくギルドに着きドアを開ける。そして昨日のように『鑑定』の所に行き、カウンターにいる昨日のマキという女性に挨拶する。
「マキさん? でしたっけ。おはようございます」
「はい、おはようございます。えーと……」
するとマキは『The・受付嬢』という態度で話しかけてきた。昨日のセリカとは大違いだ。ただ、その言葉に少し迷いがあり、その理由にワタルは心当たりがあった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね、俺、キトウ・ワタルって言います。それで、鑑定の件なんすけど……」
「お気遣いありがとうございます、キトウさん。鑑定ならこちらへ」
マキに案内されて昨日の鑑定部屋についた。道中、「案内するの私よりもセリカちゃんの方がよかったですか?」などとからかうように、笑いながら言われたが、ワタルには意味が分からなかった。
そして昨日のように目の前の水晶に手をのせる。それからまたしばしの沈黙のあと、空中に画面が表示される。
その浮かんだ画面を見て、ため息をつく。
「やっぱ、変わってねぇか。」
スキルの欄には昨日と同じ、『器』の一文字だけしか書かれてなかった。その画面にもう一度触れる。
「もちろん、名前もかわってな……ん?」
変わってなかったスキル名、だがその内容は違った。
その昨日とは違う内容というのは、
「これ、金貨と銀化って……」
そう、そこに書かれていたのは『金貨×1』と『銀貨×10』、それと『硬貨袋』の文字だった。そしてそれは、昨日マリアからもらい、ワタルが盗まれた金貨と銀貨と同じ枚数だった。
「もしかして、昨日の……なんで?」
盗まれたはずの硬貨袋がなぜここに……
「もしかして」
何か思い立ち、そしてワタルは手に意識を込める。
すると体からなにかが抜けていく感覚と共に、手に昨日の硬貨袋(金貨&銀貨入り)が現れた。
「お、おぉぉぉ! やった! 出てきた! よかったぁぁぁ!」
ワタルはその事実に感涙しながら膝から崩れ落ちる。どうやら、器というのは異世界モノで言う、『アイテムボックス』的なものなのだろう。
「えっと、キトウさん? だ、大丈夫ですか?」
硬貨袋を握りしめ、感涙するワタルに、マキは戸惑いながら声をかける
「ばい、大丈夫でず」
「な、何かあったのですか」
ワタルは心配させないように言ったが、余計に心配させてしまったようだ。なので、マキに経緯を説明する。するとマキは苦笑しながら…
「そうだったんですね、よかったじゃないですか」
精一杯受付嬢らしく振る舞っていた。昨日もだが、この人は営業スマイルが得意だな——なんて思ってしまうのは、少し捻くれているかもしれない。
しかし本当に良かった。
「はい、ほんどによがっだです」
「…ほんとに大丈夫ですか?」
この日は宿に帰って店の手伝いをした後、その夜にスキルの実験をしまくった。
異世界には娯楽が無いなんて言ったけれど——これはある意味新鮮で、いい娯楽だ。
△△
▼▼
「ん、あぁぁぁ。寝たー! って、げ! もう九時じゃん!」
異世界で二度目の朝。だがその朝は昨日のものよりずっと遅く、時刻は九時を回っていた。なのでワタルは慌てて準備をする。今日は朝から仕事を手伝わないといけない。
そう言えば朝起きてからのラジオ体操がルーティーンとか言っていたが、やらなくていいやと思った日はやらない程度の優先度だ。そして今日はその『やらなくていいやと思った日』というわけになる。
「あークソ、つい夜更かししちまった」
昨晩はずっと器のスキルについて実験しまくってたせいで、寝るのが随分遅くなった。だが、分かったこともある。
「『器』にいれたものは物の重さだけ体に負担がかかるっと」
昨日は『アイテムボックス』なんて評したが、アイテムボックスよりは幾分か不便だな。《器》に入れた重さを感じるというのなら、必然的に収納できる数は決まってくる。
ちなみに、《器》の説明欄にあった《起死回生》の文字を触れると、その《起死回生》の説明欄が出てきた。どうやら《器》には能力もしまっておけるらしく、これに関しては負担というようなペナルティーはないらしい。まぁ、肝心の能力の増やし方を知らなければ役に立つことないんだけれど。ていうか能力って増やせるのか?
ちなみに《起死回生》の能力内容は、二十四時間のインターバルが必要な代わりに、一回だけなら死んでも生き返って傷が完治する。というスキルだった。あの時あの森でゴブリンに刺さった矢が抜けたのは——というか生き返ったのは、きっとこれのおかげだろう。
一方で、スキルの黒塗りの欄は、触れて説明欄を見てみると、その説明書きまでも真っ黒に塗りつぶされていた。やっぱり、気味が悪い。
「よし、着替え終わりっと」
マリアから貰った店の制服に着替え、部屋を出てから階段を駆け下りる。だが、
「すいません、遅れました。寝坊しちゃって……あれ?」
店は妙に薄暗く、しんとしていて、誰一人としていなかった。
「———? 今日って休みなんかじゃねぇよな? どうしたんだろ。サプライズ的な?」
その不気味な雰囲気を軽口で、自分に言い聞かせるように誤魔化す。ただ、違和感はそれだけではなかった。
「やけに外が騒がしいな……」
そう、外が騒がしいのだ。ただ、その騒がしさは人が騒いでるのとは少し違っているように思えて、店の扉を開けて外に出る。そして、
「―――――――――――――――」
絶句した。
声も、出なかった。
「家を燃やせ! 餓鬼どもは牢にいれて全員連れてけ! ったく、メンドクセェ。なんだって俺がこんな事……」
周りの建物は燃え、炎をまとった狼と黒い布を顔に巻いた元世でいう忍者のような男達が、泣いてる子供を連れて牢に入れている。
そんな中、一人だけ大きな声を出し、指示を出しているのであろう鞭を右手に持った眼帯で高身長(百九十センチくらい)の男がいた。
だが、それよりもワタルの目を奪ったのは、開ける際に店の扉にあたった人型の『モノ』だった。
「こ、れ……」
そこにあった『モノ』は、赤毛の30代中盤くらいに見えた。その『モノ』の真ん中……腹部の辺りからは、焦げた腸がぶちまけられていた。———死体だ。
その死体は、ワタルにとって見覚えがある。見覚えしかない。忘れたなんて、言えない。
「ぁ、え……? ———マリア、さん? なんで? え?」
そう、その『モノ』は、マリアだったのだ。
―――――――マリアの死体が、そこにあったのだ。
『静かな宿屋』
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