第零章 / 3話 『続くべき平穏』
「器?」
そうつぶやいたワタルの声と表情は、とても間抜けなものだった。それも無理はない、なぜならワタルの見たスキルが《器》という、意味の分からないスキルだったのだから。
「うつわ、ウツワ、器? 器ってあの? えっと、セリカさん、なんかわかりますか?」
ワタルは画面に映るスキルについてなにかわからないか、赤髪の受付嬢――セリカに問いかける。
そのワタルの問いかけに、同じく顔に疑問を浮かべているセリカは、
「え、えっと、その画面のスキルのところを指で触れてみてください。キトウさんのスキルの説明書きが出てくるハズ…です。……多分」
セリカは自信なさげにそう答え、ワタルは不安ながらも言われたとおりにする。
すると画面が切り替わり、説明書きがあらわれ———なかった。そこ書かれていたのは、説明書きなどではない。
「あれ!? 説明書きじゃない!? えっと、何々…《起死回生》? それと…なんだこれ………」
そう、そこには、箇条書きで複数の単語が並んでいるのだ。正確には、二つ。いや——単語は、一つか。
箇条の一つ目には元世(元の世界、略して元世だ。現世の誤字じゃない)でも見たことのある、四字熟語の《起死回生》の文字が書かれている。
そして重要というか、不可思議なのは、次の欄。つまりは箇条の二つ目が——真っ黒に塗りつぶされていたのだ。黒そのものになっていた、とも言える。
それがとても不気味に思えて、でもどこか、嫌悪感——自己嫌悪? いやなんでもない。ただふと思っただけだ。単語が頭にポンと上がってきただけだ。それだけだと、思う。
「さ、さぁ。私にも……ちょっと先輩呼んできます!」
嫌悪まではいかずとも、不気味さを感じ取ったセリカが、走って何処かへ行ったかと思うと、しばらくしてから、一人の女の人と一緒に戻ってきた。
「こんにちは。私はマキと言います。少し確認させてくださいませんか?」
そしてマキと名乗った茶髪の女性は、画面をのぞいて、
「うーん、壊れ……てるんでしょうか。申し訳ございません。また明日来てくれませんか?」
と、事務的に申し訳なさそうな顔を造りながら言ったのだった。
△△
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「はぁぁぁ……」
大きく溜息をはきながら、ワタルは歩く。それにしても。
「今日することがなくなっちまった。スキルが分かったら、色々実験したかったんだけどなぁ」
できることを知るということは大切だ。そういう理屈っぽいのを抜くと、自分の能力がどんなもので、それをどんな風に使えるかワクワクしていたのだ。
適当に街を歩き回りながら、ワタルはぼやく。
「ま、とりあえず帰っか」
そう決意し、宿屋の帰路へとつくのだった。
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「あら? おかえり! ずいぶんと早かったねぇ」
宿屋の扉を開けると、カウンターにいたマリアが話しかけてきた。
「ああ、鑑定機に表示された俺のスキル表示がバグってたとか何とかで、結局見られなかったんですよ」
「『ばぐ』?」
「あぁ、まぁ、表示が壊れてたみたいなことっす。実は―――」
ワタルはあったことを、そのままマリアに話す。それを聞いてマリアは、
「それは気味が悪いねぇ」
と、率直に、本当に何の変哲もない感想を口にした(なんかこれだと責めている風になっているか?)。
「はぁ、ほんとですよ……。少し、部屋で休もうかと」
「そうかい…あ! そうだ、これ!」
マリアがポケットから、袋を取り出し、ワタルに投げつけてきた。
「おっと」
それをキャッチ右手でキャッチする。それはずっしりと重くて、ジャラジャラと音を立てている。懐が潤いそうな音だ。
「マリアさん、これって……」
「あぁ、金貨一枚、銀貨十枚。無一文だと、色々大変だろう?」
「そんな、悪いですよ。いりません! 返します!」
マリアの厚意を、ワタルはキッパリと断る。
そのあまりのキッパリ具合に、マリアは困惑した様子だった。
「おぉ、遠慮はすると思ってたけど、ここまでハッキリ断れるとは思わなかったよ……。まぁ、前金だよ、前金、働いてもらわないと困るからねぇ」
「いや、でも、働く対価ってここに住まわせてもらうことじゃ……」
「あぁ! もう! ゴチャゴチャ言ってないで、黙って受け取りな!」
折角マリアが建てた建前もワタルは無駄にしてしまい、それに痺れを切らした彼女は強引に話を終わらせた。
「あぁでも隠しておきなよ。一応それも大金だから、盗まれるかもだしね」
「盗まれる、ですか」
「当たり前だろ? こんな大金持ってたら盗むに決まってるじゃないか。まぁ、アンタは目つきが悪いから、周りも怖がって盗らないかもだけど」
マリアは冗談のように言うが、当然と言えば当然のことだ。
元世でも同じじゃないか。まぁ、多分、ここよりも安全だろうがな、元世は。しかも、魔物までいる殺生のあふれる世界(実際、ワタルはゴブリン達に殺されかけた)。スキルもあるし、魔法は見たことはないけれど剣は冒険者ギルドで見た。
罪を犯しやすい状況で、人間はきっと罪を犯す。
「物騒で嫌になっちまう……」
「またブツブツと、変な子だねぇ」
「あはは……」
ワタルの独り言にうんざりした顔でマリアは言い、それに苦笑して、ワタルは自分の部屋へと戻るり、部屋の隅のベッドに倒れこむ。
「にしても本当、あの時のゴブリンはなんだったんだろうな」
夢だった、とは思いづらいな。夢にしてはリアルすぎる。リアルすぎて——痛すぎた。
などと考えていると、ワタルは右手に違和感を覚える。
右手———それは、マリアから貰った袋を握っている方。
「ん?」
ワタルは違和感を感じた右手に視線を移す。
「は?」
ワタルは、間抜け声をだした。それもその筈だ、なぜなら―—、
「なん、で」
―――ワタルがさっきまで袋を握っていた手には、何も握られていなかったからだ。
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「なんで、ど、どこいった? あれ? 俺、さっきまで持ってたのに」
おかしい。と、ワタルは起き上がってお金の入った袋を必死で探す。
「ど、どうしよう。あぁぁぁ! 最悪だぁぁぁ!」
普通ではありえないことだった。
そう、ワタルの元世での常識なら。
「まさか…!」
この世界には、スキルがある。ものを浮かして操るスキルがあるくらいだ、誰かのものを盗るスキルがあってもおかしくない。
「それに、さっきマリアさんから盗みの話を聞いたばかりだからな。はぁ……」
頭を抱えて深いため息を吐く。当然だ、誰かに盗られたということは、もう戻ってくることはないということなのだから。そしてそれはつまり、マリアの厚意を無駄にしてしまったということなのだから。
それのせいか、なんだか体が少し重い。
「ちょっと! ドタドタうるさいよ!」
「ヒィッ!!」
「な、そんな驚くこともないだろう?」
急に入ってきたマリアに驚いたワタルに、マリアは心配した目を向ける。
「あ、い、いやっ! 何でもありませんっ!」
マリアの心配に、焦りまくりながら答える。
そのワタルの焦りように少し疑問に思いながらも続ける。
「———? まぁいいけど、アンタ、さっきはああ言ったけど、ずっと部屋にいるんじゃないよ!」
「は、はい! わかりました!」
「そうかい」
オカンみたいなことを言う人だな、と思いながらもワタルは返事をするとマリアは部屋をでていき、ワタルは安堵して腰をおろす。
「ふ、ふぅ、あっぶねぇ。でもどうしよ、盗られたんならもう犯人逃げてるだろうなぁ……。あぁ、もう外出て考えよ」
こうしてワタルは、二度目の外出へと赴いた。
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「はぁ……折角のマリアさんからの厚意、無駄にしちまったなぁ………」
金袋をなくしてしまった罪悪感で、胸が苦しくなる。
それもだし、普通にこれからの資金源がなくなったのも痛い。
「はぁ、憂鬱だぁ…」
トボトボとうつむきながらワタルは街を歩く。
「あーあ、今日はもう犯人捜しついでに街探検とするか……」
ワタルはそう今日することを決めて、盗人探し兼街探検へと赴くのだった。
まぁ、盗人探しは、建前だが。
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そしてしばらく街を歩いて日が暮れたころ、ワタルは帰路につき、宿屋に到着した。
「ふぅ、ただいま戻りました。ただいま」
そう言ってワタルは宿屋のドアを開けて中に入る。
「あ! おかえり! ずいぶん外に出てたねぇ、暗くなってきてるじゃないか」
「いやぁ、本当、活気が良くて目移りしまくりで……」
本当は道に迷っただけなのだが、それは言わない。見栄だ。
「あんたまさかお金使い切っちゃったんじゃないだろうねぇ」
「あはは」
マリアは冗談を言うが、それは使い切ったどころか盗まれたなんて口が裂けても言えないのだ。口が裂けてもバレることは避けたいことだ。
「あ! そうだ、アンタに紹介したい子がいてねぇ。ほれ、来な!」
そう言ってマリアは店の奥から人を呼ぶ。女性だ。
その女性は小柄で赤毛の、丸眼鏡をかけた少女———、
「セリカさん!?」
「キトウさん!?」
それは、セリカだった。あの受付嬢のセリカ、気まずい空気を共にしたセリカ、それがなぜここに。
「ん? なんだい、あんた達知り合いかい?」
「え、えぇ、今日ギルドで……」
「そう、ならちょうどよかった。この子はアタシの子供のセリカ」
「子供……!?」
それにしてはなんだか年の差があまりないように見えるが……
「あれ? じゃあ旦那さんは何をされてるんです?」
「あー、アタシの夫は、冒険者でね。危険な依頼受けて死んじまったのさ」
「お母さん……」
「―――ぇ」
普段明るい表情をしているのに、この時、少しだけマリアの表情が暗かった。
だからあの時――ワタルが冒険者ギルドに行く前、彼女はあんな質問をしたのかと、ワタルは納得する。
あの時の「冒険者になるつもりがあるのか」という旨の質問は、ワタルの身を案じてのことだったというわけだ。あって間もないワタルの身を案じるなんて、どこまでいい人なのだろうか。
なおさら、旦那さんの死を思い出させてしまったことに申し訳なくなる。
「あの…すいません……」
「謝ることじゃないよ。暗くしてしまって悪かったね」
謝ることじゃない――それはこっちのセリフだった。
しかしマリアはすぐ表情を変え――その顔も無理矢理作った笑顔のようにしか見えなかったが、セリカの話に戻った。
「まぁ、知り合いなら働きやすいだろ? 明日、ギルドから帰ったら働いておくれよ」
「はい。明日はお願いします」
明日頑張る気持ちが更に強くなり、ワタルは息を巻きながら返事をした。息を巻くというよりは、静かで強い決意のような感じだった。
それから温かい夕食を食べ、部屋のベッドに横になる。
「見たところ、マリアさんって三十歳ぐらいだよなぁ。そんでもってセリカさんは二十歳くらい、その差……十歳?」
その二人の複雑すぎる事情がありそうな年の差に——とはいっても、ただの推測にはなるのだけれど——ワタルは驚きながら。
「…まぁ、異世界だし?」
と、自分に言い聞かせるように割り切り、眠りについたのだった。
たとえどんな複雑な事情があれ——家族はいいものだし、かけがえのないものだから——いや、訂正しよう。家族はかけがえが、ある。あるけれど——家族という関係はかけがえがあるけれど——父や、母や、兄や姉や弟や妹など、その人達自体は、かけがえがないのだ。
だから、その家族事情にとやかく言うつもりが、俺にはなかった。
『続くべき平穏』




