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スカウトは突然に

 ここ最近、完全に夜型生活となった女児である。


 翌日も起床したのは昼過ぎ。


 顔を洗ったり歯を磨いたりしたのなら、遅めの昼食を取って人心地。SNSでトレンドをチェックしたり、2chのスレを覗いたりと変態以前の日課をこなす。しばらくするとライブ配信の時間となった。


 面倒臭いなと思いつつも、配信チャンネルを立ち上げる。


 昨日と同様にパスワード付きの限定配信。


 すると数分ほどで視聴者がやってきた。


 アカウント名を確認すると、いつもの三名である。



:アグダちゃん、昨日は本当にありがとう

:昨日? 昨日って何かあったの?

:ニート予備軍さんがアグダさん呼び出した?

:まぁ、そんなところ。外野は気にしないで



 いの一番、ニート予備軍さんからお礼の声が。


 残る二名からは疑問のコメントが上がる。


「私とバイバイしてから大丈夫だったかしら?」



:約束した通り終えられたから、どうか安心して欲しいな



「それはなによりですわ」


 洋ロリの活躍については、上手いこと誤魔化してくれたってことだろう。昨晩からずっと気になっていたので、本人からこう言ってもらえて少し安心した。おかげで本日はちょっと寝不足なんだよな。



:ちょっと君たち、二人だけの秘密とかズルくない?

:モフモフ星人さんも前に似たようなことをしてたじゃん

:いやいや、自分は秘密というほどのことでもないでしょ



 っていうか、もうライブ配信とか意味なくない?


 君たちチャットしたいだけじゃないの?


 だったら別の場所でやって欲しいんだけど。



:それで今日は何をするんだい?

:ネタは用意してるの?

:駄弁ってるだけでもいいけど



「それじゃあ流行りのゲームのプレイ動画とか配信します?」


 土建屋さんのおかげで金策も必要なくなったからな。


 ゲームを楽しむ余裕も出てくるってものよ。


 中長期的に考えると、未だ問題は山積みだけれど。



:そういうのアグダちゃんに求めてないんだけど。

:それならまだ自販機で小銭漁ってる方がいいよ

:屋外に出られないから、やれること限られるよね



「貴方たち、私にどうしろって言うんですの」


 それにしても面倒臭い視聴者たちだ。


 距離感が近いのがよくない気がする。



:仕方がない、我々で何かしら考えるか

:アグダちゃんにやらせたいことかぁ。

:下手なことやらせると垢BANだしなぁ



「口が乾いてきたので、台所で水を飲んできますの」


 視聴者を放置して座椅子から立ち上がる。


 台所はちゃぶ台のすぐ後ろにございます。


 ところで、踏み台を買ったよ、踏み台。


 ネット通販で。


 これが日常生活では大活躍。洗面所で顔を洗うにも、台所で炊事をするにも、足りない背丈を補う為、持ち歩くのが常となった。洗面台に配置していたそれをシンク前に移動させて、愛用のコップに水を汲む。



:踏み台に乗ってる後ろ姿がやたらとかわいい。

:おい、忘れるな! 中身はオッサンだぞ!

:踏み台を持ち歩いてる様子があざとかわいい。

:それ分かる。両手で持ってるあたりが特に



「別にあざとくないだろ。こっちは死活問題だし」


 水を注いだコップを片手にちゃぶ台前まで戻る。


 配信中はお喋りしっぱなしで喉が乾きますから。


「あ、そうだ。晩酌ライブ配信とかどうかしら?」



:まだ日も暮れてないのに、もうお酒飲むの?

:その格好でお酒飲んでたら垢BAN待ったなし。

:リモート飲み会的なのは悪くない気がする



「もちろん法に触れるようなことはしませんわよ?」


 お酒はジュースのボトルに入れ替えておけば大丈夫だろう。事前に用意しておけば、運営側は判断がつかないだろうし。それに前からやってみたかったんだよ。オンライン飲み会とか、そういうの。


 とかなんとか。


 同日は今後の配信内容を検討している間に配信枠が終了した。


 そして、翌日からも似たようなグダグダ配信。


 個人的にはライブ配信を止めたい。


 だって面倒臭い。


 ただ、当面のスポンサーである土建屋のオッサンや、衣類を提供してくれたニート予備軍さんが配信を求めている手前、こちらから断ることもできなくてズルズルと続けている。定職が得られるまでは、ライブ配信が仕事のようなものだ。


 そうして数日が経過した時分のこと。


 配信を終えた直後に動画投稿サイトのアカウントにメッセージが届いた。


 送信者はニート予備軍さん。


 曰く、ちょっとリアルで会えない? とのこと。


 メッセージをやり取りして仔細を確認したところ、彼女の知り合いがこちらの女児に会いたいのだそうな。どこの誰がそんなことを言っているのか。そもそもどうやって自身のことを知ったのか。


 先日の拉致監禁事件を思えば、ニート予備軍さんが率先して吹聴するとは思えない。その辺りを尋ねたところ、顔を合わせて説明したいと言われたので、前回、前々回と待ち合わせに利用した公園に向かった。


 自身が赴くと、園内には既に彼女の姿があった。


 そして、聞かされたのは完全に想定外のご相談。


「えっ、アニメ監督……ッスか?」


「急な話でごめんなさい」


「ええまぁ、たしかに急な話ッスね」


 公園のベンチに腰を落ち着けてのやり取り。


 横並びになって夜の園内を眺めながら。


「どうしてアニメ監督さんが自分のことをご存じなんでしょうか?」


「それは、あの、なんというか……」


「言い辛いようであれば、無理に聞きたいとは思いませんけど」


 付近には我々以外に人の姿は見られない。しんと静まり返った園内、会話が途切れると、他に音源は虫の音くらいなものか。それと時折、遠くから自動車の排気音がブロロロロと届けられる。


「……ほら、アグダちゃんって素がアニメ声でしょ?」


「自分ではそんな気はしないのですわ」


「これからも声で活躍したい私としては、どうしてもそれが気になっていて、ごめんなさい。ライブ配信のアーカイブ動画を出先でもスマホで眺めていたの。収録の待ち時間や休憩時間とか暇なときに」


 職務に熱心な娘さんである。


 女児の声が彼女の役に立つとは思えないが。


「それが監督さんの目に入って、みたいな感じですか?」


「その動画の子、僕に紹介してくれない? って」


「監督さん、とてもフレンドリーですわね」


「たしかにちょっと変わった方ではあるんだけど……」


 アニメ業界もまたテレビ業界の端くれ。近年では芸能人に混じってお茶の間を沸かせている声優さんも多い。そんな芸能の世界で立場を築いている方々はきっと、一般人からすれば変わった人が多いのだろうな。


「ごめんなさい。最初は断ったんだけど、やたらと食い付きがよくて」


「アニメ監督っていうと、やっぱりお偉い方々なんですかね?」


「人によって千差万別だけど、その監督は割と有名な方かも」


「なるほど」


「あと、アグダちゃんにとっても悪いことばかりじゃないかなと思って。土建屋さんの仕事もいつまで続くか分からないでしょ? だから、他に収入の当てがあった方が、今後の為になるかなって考えたの」


 駆け出しの声優さんにとって、割と有名な監督からの相談事は断りにくいことだろう。しかも彼女はまだお子様。人の上に立って仕事をしている大人相手に、上手く立ち回るような真似は望むべくもない。


「もちろん嫌だったら改めて断るけど」


「まぁ、ちょっと話を聞くくらいなら……」


「えっ、本当に?」


 相手が取引先の偉い方とあらば、ニート予備軍さんの顔も立てておきたい。同じ断るにしても自分の口から断った方が角は立たないだろう。あまり期待させてしまうと申し訳ないので、予防線は張っておくけれど。


「演技とかめっちゃ苦手なんで、ご期待に添えるとは到底思えませんけれど」


「そういうのは練習次第でどうとでもなるから、気にしなくても全然大丈夫!」


「そんなこと言うと、プロの方々にぶっ飛ばされませんか?」


「たしかにぶっ飛ばしてくるような方もいるかもしれないけど、何より大切なのは声質だから。それにアグダちゃん、中身はオッサンだけど見た目は子供でしょ? 伸びしろは十分あると思うんだよね」


「それはそれで判断に困るところですが」


 っていうか、この肉体、寿命はどうなっているんだろう。


 元のオッサンに加算した場合、あと三十年と経たずに健康寿命に到達してしまう。タバコこそ吸っていなかったけれど、お酒とラーメンを極めた肉体は、六十まで生きられるかどうかも怪しいぞ。


 それとも普通に成長していくのだろうか。


 分からない。まったく分からない。


 ただ、改めて思い返してみると、以前まで少し脂っこいものを食べただけで痛んでいた内臓が、女児に化けてからまったく痛くない。交通事故の怪我と同じく、見えないところで勝手に治っている可能性は考えられる。


 若しくは痛みが感じられないほど悪化しているのか。


 自ずと思い起こされたのは、当初頭に生えていた角二本。ポッキリと折れてしまって以来、再び生えてくる兆候は見られない。なんかの拍子にこの肉体もまた、ボロボロと崩れ落ちてしまうのではないか。


 油断をすると、そんなことばかり脳裏に浮かぶ。


 おかげでここ最近、生き方が短絡的になっているような気がする。


 今回の承諾も然り。


 アグダちゃんを装ったキャラ作り、ふざけた言動などその最たるもの。


「それじゃあ、監督に返事しちゃってもいい?」


「どうぞよろしくお願いしますわ、ニート予備軍さん」


「うん、ありがとうね!」


 確認する方法があるとすれば、自身を子供に化かした全身白尽くめの女たち。


 彼女たちは今どこで何をしているのか。


「それと私の名前だけど、普光院ユリっていうの」


「芸名ですか?」


「芸名は由桐百合だね」


「いいんですか? 自分なんかに教えて」


「ずっとニート予備軍のままのほうがヤバいでしょ」


「ええまぁ、それはそうですが」


 近い内にキルミーで派遣されたバイト先、動物園を散策してみようか。いやしかし、魔法陣が描かれていた現場はスタッフ専用の区画だった。確認するにしても、一般客として入り込むのは難易度が高い。


 そんなことを考えながら、ニート予備軍さんと別れて帰路に着いた。




◇◆◇




 翌日、ライブ配信の開始とともに女児は宣言する。


「第一回、身元不明女児の保護者どうするか会議を始めます」


 理由は普光院さんが持ってきた案件。


 アニメ監督との顔合わせ。


 そちらで保護者の同席が求められた次第。


 どうか親御さんもご一緒に、とのこと。


 普光院さんから監督の言葉として伝えられた。


 だが、残念ながらこちらの女児に保護者は不在。


 中身のオッサンは両親と離別して久しい上に、兄弟を筆頭として親族との交流も完全に絶っている。つまるところ天涯孤独の身の上。その上肉体が洋ロリと化した昨今、頼れる相手などライブ配信の視聴者が精々。


 ということで相談してみた。


 例によって今日も今日とて配信開始と共に集合した三名に。


 彼らには事情を掻い摘んで説明をした。


 当然ながら、普光院さんの拉致監禁については省いている。ふとした拍子に洋ロリの動画を目にしたアニメ監督が声をかけてきた。その事実のみを提示の上、本日のライブ配信ではご相談をさせてもらおうかと。


「という訳で問題解決に向けて、奇譚のない意見を上げて欲しいですわ」



:また随分と話題がぶっ飛んだなぁ

:ニート予備軍さん、声優さんだったのか

:出演してるアニメとか教えてクレメンス。

:それはまた今度にしてもらえないかな

:ショボーン(´・ω・`)

:そのAA久しぶりに見た



 自ずと普光院さんのご職業が他二名の視聴者に知られてしまった。


 ただ、彼女はそこまで気にした様子はない。限定配信の上、これまでにもそれなりに絡んできた経緯からだろう。内一名は同じように仕事が土建屋だとバレている。この辺りも影響してのことと思われる。



:保護者になるってことは、契約なんかも代わりに結ぶってこと?

:まぁ、そういうことになるんじゃないかなと……

:無理じゃない?

:無理だよねぇ。

:そう言わずに、何かいい案とかないかな?



 自身も無理だと思う。


 それでも普光院さんを納得させる上で、相談くらいはしておいた方がいいかなと。無理なら無理でアニメ監督に向けて、それっぽい言い訳など考えるとしよう。こちらはきっと、それなりに案が上がってくるはず。


 などと考えていたら――



:いや、ワンチャン狙えるかも



 コメントの発言者を確認すると、土建屋さんだった。


 すぐさま他二名から驚きの声が上がる。



:それマジで言ってる?

:是非教えて欲しいんだけど



 土建屋さんはしばしの沈黙。


 ややあってコメントが続けざまに流れてきた。



:打ち合わせにうちの若い衆を貸してやってもいいよ

:ただ、名義はアグダさんの名前を使わせてもらう

:契約なんかも、印を押すのは全部アグダさん本人

:早い話が、地面師の保護者版、みたいな感じ



「名義の上では自分自身が保護者ってことかしら?」



:うん、そう。何かあっても責任は全部アグダさん

:それって大丈夫なの?

:本当の保護者がいたら大問題だけど、違うんだよね?

:少なくとも本人は中身オッサン説を主張してるから。

:たしかに自分から言わなければバレなそうだけど……



 アグダちゃんが不動賢一なのは事実である。


 それなら差し支えはないか。


「でしたら、是非ともお願いできませんか?」



:うい、それじゃあメッセージ送っとくよ

:ありがとう、モフモフ星人さん

:うぅーん、本当に大丈夫かなぁ……。



 お金持ちの家のご令嬢に貸しを作る絶好の機会だ。


 多少のリスクは取るべきだろう。


 将来、彼女が声優としてブレイクしたのなら、これほど美味しいコネクションはない。最低でも向こう十年ほど、未成年として足掻く必要がある自身にとっては、お金持ちや権力者とのコネは何にも代えがたい代物である。


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