残された者たち
十二月も三週目。
今週は久しぶりにアニメの収録がある、はずだった。
それが直前になって、やっぱり来年以降で、との連絡が入った。なんでも絵コンテどころか、脚本も調整が入ったとのことで巻き戻り。収録が行えないのだそうな。いよいよ雲域が怪しくなってきた。
土建屋さんからの仕事も特になし。
おかげで世間より一足先に冬休みへ突入してしまった。
:アグダちゃん、そろそろ部屋を片付けたら?
:それ自分も思ってた。大掃除しないの?
他にやることもなくてメン限配信。
視聴者は相変わらず二人だけ。
ここしばらく投げ銭の人は見られていない。
「掃除はする予定なのですが、如何せんモチベーションが……」
自室を振り返って彼らに返事をする。
たしかにこの夏から布団は敷きっぱなし。たまに干したりはしているけれど、視聴者からすれば万年床として映るんだろう。周りには雑多に生活用品が転がっており、かなりとっ散らかって感じられる。
個人的には大変過ごしやすい配置なのだけれど。
それとアグダさんの肉体ってば、汗をかいてもいい匂いとか漂ってくるから、多少汚れていても気にならないというか、別に掃除しなくてもいいんじゃないかとか、適当なこと考えてしまう。
ある種の芳香剤みたいな。
:そんなこと言ってたら年が明けちゃうよ?
:いつも仕事はキッチリやってくれるのにね
「というか、押し入れがファンタジー極まりないドロップ品で埋め尽くされたことで、掃除をしたくても満足に行えませんの。布団を片付けるスペースすらないの、理解していただけると嬉しいッス」
ノートパソコンを押入れに向けて、カメラの前で襖をオープン。
そこには異世界でゲットした収集品がパンパンに収まっている。ドラゴンの鱗やオオカミの牙など、現代の住宅に似つかわしくない品々だ。普光院さんがやたらと採集を主張するので、詰め込めるだけ持ち帰った次第。
それでもスペースが足りなくて、一部はビニール袋に入れて掃き出し窓の外、庭先にまで溢れている。エアコンの室外機に並んで、真っ黒な得体のしれないゴミ袋をいくつも放置してしまっている。
海獣の胃袋から持ち帰った装備品や貴金属類もそれなりに嵩張っているし。
:あ、うん。……それはごめん。私が悪かった
:たしかにギッチリと詰め込まれてるなぁ
:もしよかったらウチで預かろうか?
:親御さん、絶対にビックリすると思うよ
:骨董品とか言っておけば大丈夫じゃないかな?
:家の近所にトランクルームとかない?
「言われてみれば、駅前に月極のストレージがあったような気がしますわぁ。空いているようなら、そちらに突っ込んでおくのも悪くないかもしれませんわね。後で調べてみることにしますの」
他所様もこんな気色悪いモノを預かりたくないだろう。
理由を考えるのも面倒だし、自前でどうにかしたい。
下手したら密輸を疑われて警察沙汰になりそうだもの。
ワシントン条約的な意味で。
:さすがは土建屋さん、色々と為になるなぁ!
:そこそこ値が張るから料金次第だとは思うけど
他愛ない会話をして暇を潰す。
そうこうしていると画面端に通知アイコンが表示された。
動画配信サイトからメッセージ受信のお知らせである。
「おや、なにやら連絡が……」
通知のバルーンをクリックする。
ブラウザのタブが追加で立ち上がり、ライブ配信に利用している画面とは別に、メッセージの受信ボックスが開かれた。きっと運営からのお知らせか何かだろう。そんなことを考えつつ、タイトルや差出人の欄に目を向ける。
すると目に入ったのは――
「っ……!」
:アグダちゃんどうしたの? 目クワッとして
:もしかして運営から警告喰らったとか?
「投げ銭の人から、メッセージが来ましたの」
普段アカウント名までは目にしていないので、一瞬、どちら様かと戸惑った。念の為、過去の配信を画面上に呼び出して、投げ銭の人が行ったと思しきコメントのアカウント名と比較する。
そこで間違いないと確信を得る。
送信されたメッセージはいわば、彼からの遺言状。
だって、タイトルが、生前お世話になった方々へ、って。
:本当に? なんて書いてあるの?
:それにしては表情が覚束ないよね
「……読み上げますわね」
二人に伝えてしまっていいのだろうか。
そんなことを思いつつ本文を読み上げる。
「アグダちゃん、このメッセージが君に届いているということは、恐らく僕はもう生きていないと思います。別れのコメントを送ることができなかった場合に備えて、このメッセージは自動で送られるようになっています」
:えっ……
:嘘だろ?
「君の配信を眺めている間だけが、僕にとっては辛く苦しい現実を忘れられる、とても素敵な時間だったように思う。最後の最後で、僅かながら楽しみを見つけられた。だから、君が何者であれ、僕は君にとても感謝しています」
冒頭を耳にした途端、コメントが途絶えた。
土建屋さんと普光院さんも驚きを隠せない。
「もっとたくさん君の活躍する姿や、異世界のことを見ていたかったな。ただ、残念ながら時間切れのようです。本当はずっと応援していたかったのだけれど、僕はこれでログアウトさせてもらいますね」
:アグダちゃん、冗談とかじゃ、ないよね?
:アグダさんはそういうことしないと思うけど
:うん、分かってるけど、だけど……
「このメッセージの最後に、僕の最期の投げ銭を用意しました。記載のURLから秘密の合言葉を利用してアクセスしてみてね。少しでも君の助けになれば幸いです。あと、他の二人にもよろしく伝えておいて下さい」
自身も最初は冗談かと思った。
ただ、それにしては非常にシンプルで、なんというか、却って真に迫るものを感じるテキストなのだ。これより以前にも色々と書いてみて、消して、書いて、消して、最終的に残ったキレイな上澄み。
そんなメッセージなのである。
「君の声を聞くこともなしに、一方的にあれこれと伝えてしまってごめんね。これからも配信や声のお仕事、頑張ってください。貴方の益々のご健勝をお祈り申し上げております。投げ銭の人こと、黒瀬啓吾より」
読み上げてしばらくは、コメントも流れてこなかった。
自身も何をお喋りしたらいいのか分からない。
黙ってメッセージを眺めることしかできない。
そうしてどれくらいが経過しただろうか。
いたたまれない雰囲気に晒されることしばらく。
:アグダちゃん、会いに行こうよ!
普光院さんと思しきコメントが流れてきた。
これまた急なご提案ではないか。
:会いに行くって、彼のお葬式に参加するの?
:まだお葬式が決まった訳じゃないでしょ?
:え? どういうこと? お通やってこと?
:ちがうよ! まだ死んだとは限らないじゃん!
たしかに遺言のメッセージは飛んできた。
けれど、それと彼の安否はまた別物。
誤送信という可能性も考えられる。
:アグダちゃんならワンチャン治せるかも!
:たしかにその可能性は考えられないでもない
:だよね? 諦めるのはまだ早いと思うよ!
我々は訃報を耳にした訳ではない。
ただメッセージを受け取った限り。
「土建屋さん、どうしても頼みたいことがございますの」
:あぁ、なんとなく想像はついてるけど
「投げ銭の人改め黒瀬啓吾さんの所在を特定することはできませんか?」
:名前しか分からないとなると、それなりに高く付くけど大丈夫?
「ここで出し惜しむような真似をしては、彼に申し訳が立ちませんの」
:わかった、そういうことなら自分も協力するよ
:アグダちゃん、お願い! 私にも協力させてよ!
「ありがとうございます。お二人の心遣いをとても頼もしく感じますわ」
投げ銭の人が今どういった状況にあるのかは定かでない。
ただ、このまま何もせずに見送ることは、したくなかったから。
本作はカクヨムで「先行連載」を行っております。
「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013




