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三分の一の小さな違和感

翌週、アニメの収録で訪れたスタジオでのこと。


 収録ブースはお通や状態。


 得も言われぬ陰鬱とした空気が漂っていた。


「はい、それじゃあここで休憩にしましょう」


 音響監督の指示で中休憩。


 ブース内では席を立った先輩方が、雑談を交わしたりトイレに向かったりと自由にし始める。収録スタッフの方々も副調整室から出てきてザワザワと。その只中で、自然と話題に上がったのがゲームアプリの出来栄え。


 当然ながらアニメ関係者の耳にも入っているようだ。


「監督、アプリは大丈夫なんですかね?」「自分に聞かれても、まったく何も教えられてないんだけど」「リリース初日から燃えっぱなしじゃないですか」「一向に鎮火する気配がないの、もはや笑っちゃいますよ」


「セーブが行われない問題は初日に解決したけど、フリーズは健在なんでしょ?」「昨日の時点で何度か止まってましたね」「私は課金アイテムが何個か消えてました」「課金周りのバグはサービスとして致命的だよねぇ」


「高嶺さんのキャラ、モーションのバグが面白いって話題になってましたよ」「それって褒められてるの?」「アグダちゃんの顎が伸びるやつもバズってたよね」「あれは正直美味しいなって思った」


 おかげで先輩方のやる気もだだ下がり。


 近年のビジネスモデルだと、この手のアイドル系コンテンツはライブとソシャゲ、グッズ販売、ところによりパチスロがシリーズの稼ぎ柱。アニメはそのための広告という位置付け。というのが普光院さんから聞かされた蘊蓄である。


 他所様ではアニメの配信に伴うライセンス収入や、コミックスの売上なども重要視されているけれど、本作の場合はそこまで見込まれていない。という訳で、肝心のドル箱がコケてしまっては、シリーズも路頭に迷ったようなもの。


 アニメもなんの為に制作しているのか分からない。


 関係者一同、気落ちしているように思われる。


 それでも例外があるとすれば、相沢さん。


「普光院さん、さっきの演技はなかなかよかったよ?」


「え? あ、どうもです……」


 収録ブース内から出てトイレに向かう。


 その道すがら普光院さんが彼女から声をかけられた。


「まぁ、肝心のソシャゲの出来栄えがあの調子だと、アニメがどんだけ頑張ったところで、そこまで意味はないかもしれないけどね。次の作品のオーディション、ちゃんと受けてるの? 新人声優は一度役が切れたら大変だよ?」


 我々に語りかける様子はちょっと嬉しそう。


 他人の不幸が美味しくて仕方がないのだろう。


 自身も片足を突っ込んでいるのに。


 死ならば諸共の精神を感じる。


「大丈夫? ちゃんと意識してる?」


「は、はい」


 彼氏との逢引現場という、声優として致命的な弱みを握られながらも、面と向かってこの語りっぷり。なかなか剛毅な人物である。普光院さんが拉致された事実と合わせて、イーブンな関係だとでも考えているのか。


 だとしたら頭がハッピッピー過ぎる。


「アドバイスありがとうございます、相沢さん」


「次もまたプロデューサーに取り入るつもり?」


「…………」


 上手い返事も浮かばず、言葉に詰まってしまった普光院さん。


 そんな彼女に気分を良くしたのだろう。


 ニコニコと機嫌良さそうに収録ブースに戻っていく相沢さん。


 これと入れ替わりでやってきたのがアニメ監督と音響監督。


 二人揃って廊下を副調整室に向かっていく。


 濁ってしまった場の雰囲気を散らすべく、女児は彼らに声をかける。


「すみません、監督。次の収録ですけど、二週間後って本当ですか?」


「あぁ、アグダちゃん。悪いけど少しだけ時間が空いちゃうんだよね」


「前々から耳には挟んでおりましたが、スタジオもヤバいんですの?」


「今期は追加で一本入ったでしょ? だからこっちもカツカツで」


 なんとなく危うい気はしていた。


 これまでの収録では収録ブースの大きなディスプレイに、ラフ原画や絵コンテを映しながら声を吹き込んでいた。それが本日は棒人間。赤とか青の色がついた棒人間と、セリフのタイミングを示した標識みたいなのしか入っていなかった。


 それでも見事に仕事をこなしていた先輩方のなんと頼もしいこと。


「アグダちゃん、アニメもヤバそうだね……」


「そうですわねぇ……」


 普光院さんの弱々しい声が聞こえてきた。


 刻一刻とプロジェクトの沈没が迫っている。


 それでも我々にできることはただ一つ。


 キャラに声を吹き込むばかり。


 精々可愛がってもらえるように、後半戦も気合を入れてマイクに向かった。




◇◆◇




 ゲームアプリはリリース直後から連日にわたってメンテナンス三昧。


 開発会社の中の人たちは土日返上。


 残業地獄に陥っていることだろう。


 想像しただけでも背筋が寒くなる。


 果たして戦犯は誰なのか、我々の立場からは見えてこない。


 テレビ局の偉い人、花咲さんの出世街道もこれまでだろうか。彼が本当にやり手のプロデューサーなら、きっと上手いこと他人に責任を押し付けて、さっさと炎上現場から逃げ果せることだろう。


 向こうしばらくは彼の動向に注目か。


 精々とばっちりを受けないようにしないと。


 そうこうしている間にも月日は過ぎていく。


 今年も早いもので十二月がやってきた。


 師走はどこの業界も忙しい季節。


 キルミーでも案件が飛び交っていた。


 だがしかし、アグダ氏は暇の一言に尽きる。


 ゲームアプリが盛大にコケたことで、シリーズ全体のスケジュールにも大幅な手直しが入った。当面はデバッグにかかりきりでアップデートが延期。予定されていたイベントや企画の規模は縮小、場合によっては中止も検討されているという。


 ということで、メン限配信。


 同じく暇になった普光院さんと駄弁っている。


 土建屋さんも一緒だ。


 やたらと投げ銭をしてくる方だけ不在。



:新作のゲーム、なかなか大変みたいだね

:土建屋さんもプレイしてくれてるんですか?

:そりゃあ、知り合いが出てるとなればね

:やっぱりバグとか、引いちゃたりします?

:セーブデータが消えた子供がブチギレてたよ

:なんというか、本当に申し訳ないです……

:いやいや、君らの責任じゃないでしょ



「セーブデータが消えた程度でキレていたら、レトロゲームはプレイできませんことよ? 何十時間とプレイしたロールプレイングゲームのセーブが、カセットを取り替えただけで消えるとか、昔は日常茶飯事でしたの」


 しかも、消えた直後にまた最初からやり直すの。


 しかも、それが一度や二度じゃないの。


 しかも、中身の電池を取り替えることなく。


 だって子供の頃は電池の存在とか知らなかったし。



:あったねぇ。今にしてみれば狂気の沙汰だよ

:えっ、なんでそんなに消えちゃうの?

:データ保存用のバッテリーの消耗かな

:データの保存にバッテリーなんて必要なの?

:昔はセーブに揮発性のメモリを使ってたから



「今なら絶対にブチギレる自信がありますの」



:結局はアグダちゃんもキレるんじゃん!

:あの時代には戻りたくないよなぁ



 そうして配信を開始してから小一時間。


 話題が現場に見られない人物に及んだ。



:ところで投げ銭の人、今日はお休みなのかな?

:仕事をしているならそういう日もあるだろうに

:そういう土建屋さんは毎日いるような気がする

:それはお互い様でしょ?

:そ、それはそうかもだけど……



 しばらく待っても訪れる様子がない。


 本日はお休みっぽい。


 まぁ、十二月だし、そういうこともあるだろう。


 そんなことを話しながら、本日の配信は終えられた。




◇◆◇




 翌々日、他にやることもなくて又もメン限配信。


 一般公開しているアグダちゃんねるについては、向こうしばらく配信停止の予定。というのも自身が参加している作品が大炎上中の為、自粛することに決めたのだ。下手なことお喋りしたら、自身にも飛び火しかねない。



:投げ銭の人、今日もやってこないね

:この時期に忙しい職種なのかも

:たとえばどういう仕事とか?

:物流とか小売、イベント関連とか?

:なるほど



「思えば彼だけはどういった仕事に就いているのか、耳にしたことがありませんでしたわね。やたらと投げ銭を下さるので、それなりに儲かっているお仕事なのは、なんとなく想像できますけれど」



:初回配信でリモートワークがどうのとか言ってたけど

:たしかにそんなことを言っていたような気がする



 初めて行った配信で自身が彼らに向けた質問。


『いや、アンタたちも仕事はどうしたんだよ』


 これに対して、土建屋さんと普光院さんからは各々『最近は自分が現場に出なくても仕事が回ってる』『自営業はいいぞオジサン「自営業はいいぞ」』との回答があった。残っているのは『弊社はリモートワーク制度が充実しておりまして』というやつ。


「そうなると会社員っぽいですわね」



:普段はホワイトでも、たまには忙しくなるさ

:土建屋さんの会社はホワイト? ブラック?

:えぇぇぇ、それ聞いちゃう?

:あ、ごめんなさい。つい……



「少なくとも支払いはいいですわよ? 感謝しておりますの」


 おかげさまで家賃を滞納せずに暮らしている。


 声優としての収入も入ってくるようになったけれど、いかんせん安定しない。また、現時点では土建屋さんから与えられる仕事のほうが、収入に占める割合は大きい。どちらを優先すべきかは考えるまでもないでしょう。


「こうしてゲームアプリの炎上騒ぎを目の当たりにした後だと、やっぱり硬い仕事について確実に稼ぐことの大切さが身に染みますわぁ。これからも便利に使ってもらえますと幸いですの」



:こちらこそよろしく頼むよ、アグダさん

:声優も悪い仕事じゃないと思うんだけどなぁ

:そういうのは向き不向きがあるからね

:アグダちゃん、意外と身持ちが固いよね?



「それが氷河期世代のメンタリティですの」


 やっぱり正社員こそ至高。


 なんたって正しい社員だもの。


 そんな感じで同日も過ぎていった。





◇◆◇




 それからしばらくはアニメの収録もお休み。


 本来予定していたラジオの収録も延期。


 仕事に出た機会はといえば、土建屋さんの現場に参加して、ATMの移設をお手伝いしたくらいだろうか。本来ならクレーンを利用してトラックに上げ下げするところ、自分が行ってヒョイ、ドサリ。片付けも含めてものの数分で終了。


 クレーンの費用が浮いたよ、とは土建屋さんの言である。過去には日雇い派遣を数名集めて、人海戦術で運んだこともあったという。それでもクレーンより安価だったと豪語していた。デフレ時代の武勇伝である。


 彼の会社はやっぱりブラックなのかもしれない。


 そんな体たらくだから、日がな一日食っちゃ寝生活。


 おかげで暇つぶしのメン限配信が捗るというもの。


 二日に一度くらいのペースで配信を行った。


 しかし、投げ銭の人がやって来ることはなかった。


 そうして十二月も半分が過ぎた


 翌週にはクリスマスが待ち構えている。


 翌々週は大晦日と年明けだ。



:投げ銭の人、ここのところめっきり見ないね

:今月に入ってから一度も来てない気がするよ

:コメントが減ったのちょっと寂しいな

:あの人、一人で結構コメント流してたからね



「毎回ログを確認しているのですが、それらしい発言は一つもありませんの」


 今週に入ってからは毎回、話題に上がっている。


 フォローしているアカウントのライブ配信予告は、アカウントに紐づけているメールに通知が入る。そして、自身の配信アカウントのデータが正しければ、彼は本日までメン限配信をフォローし続けている。


 なので通知は入っているはず。



:もしかして機嫌を損ねちゃったかな?

:そんなことはないと思うけど……



「ログの最後に残ってるやり取りも、それらしい雰囲気はありませんでしたの」


 自身もこれまでに何度か確認している。


 もしも不作法があったようなら、軽く謝罪のメッセージでも飛ばそうかと。しかし、改めて確認してもそれっぽいやり取りは見られない。先方が見られた最後の配信にしても、いつも通り円満に終えられている。



:同好の士としては、ちょっと寂しいよね

:どう、こう?

:同じ2chのスレに集まった同士だもん

:今にして思えば酷いスレタイだった

:惹かれてしまった自分が恥ずかしい



「自分で言っておいて恥ずかしがるの止めてくださいまし」



:やっぱり心配だよ。大丈夫かな?

:まぁ、大人なんだし大丈夫でしょ



「普光院さんのケースもありますし、子供の可能性も考えられるのでは?」


 リモートワークで働いている、といった前提が間違っているのかも。


 実家がお金持ちの引きこもりニートとか、割と現実的な線なのでは。



:だとしても、子供なら保護者がついてるでしょ

:保護者がいないって、アグダちゃんくらいだよ



「それもそうですわね」


 言われてみればその通り。


 ニート生活が極まって親にネットを止められた、みたいな感じだろうか。だとすれば、家庭の事情に首を突っ込むような真似はしたくない。更生の機会を奪うような行いも控えたいところ。


「今晩辺り、軽くメッセージを送っておきますわ」



:それくらいが妥当だろうね

:返事があるといいね!



 これで反応がなかったら、気にするのは止めよう。


 案外、年が明けた辺りでスルッと戻って来るかもだし。

本作はカクヨムで「先行連載」を行っております。


「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013

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