東京☆辻ヒーラー
翌日、自宅近所の大きな病院にやって来た。
様々な診療科が揃った総合病院で、この辺りでは地域医療支援病院に指定されている。紹介状を提示せずに診察を受けようとすると、うん千円とかかかるタイプ。施設内には入院棟も整備されており、それなりの患者さんが見られる。
何故にそのような場所を訪れたのかといえば、それはひとえに罪滅ぼし。
過去に巻き込まれた交通事故の後始末をしようと考えた次第である。
それは女児に変態して間もない頃のこと。
自販機の釣り銭漁りを警察に見咎められたことがあった。逃走を決め込んだところ発生したトラックとの接触事故。跳ね飛ばされたアグダ氏を轢いた違法モペットの搭乗者が、車道に放り出されて人身事故を起こしていた。
配信に映り込んだ映像を確認すると、首があらぬ方向に曲がっていた。
その後、図書館の新聞コーナーでローカル紙を確認したところ、事故が小さく取り上げられていた。トラックに轢かれた子供は行方不明。モペットを運転していた男性は、近くの病院に搬送されるも意識不明の重体とのこと。
違法モペットの自業自得と称すればそれまで。
ただ、多少なりとも気になっていたのは事実。
そこで習得から間もない回復魔法の試し打ちも兼ねて足を運んだ。
「目当ての病院までやってきたましたわぁ」
ちなみに絶賛配信中。
メン限だけど。
カメラは胸元に差したスマホを利用。
:事故った人の入院先、よくわかったね?
:病院に知り合いがいるとか?
:相変わらず行動力が半端ない
「被害者の名前は新聞に記載がありましたので、自宅近所の大きめの病院に何件か連絡を入れてみたところ、ヒットしましたの。事故関係者を装ってお見舞いの確認をしましたら、割と普通に教えてもらえましたわぁ」
:あの事故、ニュースになってたんだ?
:ネットではちょっとだけ話題になってたよね
:嘘は言っていないし、問題はないのかな。
病院の受付でお見舞いの申請を行う。
入院中の知り合いに荷物を届けに来た、などと説明したところ、これといって難色を示されることなく許可が降りた。子供相手というのも大きいのだろう。受付の記名は、偽名や架空の住所をでっち上げてのこと。
スタッフの方は案内を申し出てくれた。
これに断りを入れて院内を歩いていく。
目当ての病室はすぐに見つかった。
一部屋に六人の大部屋である。
その出入り口から内部の様子を伺う。
すると――
「うるせぇんだよ! このクソジジィ! 死ね! さっさと死んで詫びろっ!」
なんかヤベェ輩がめっちゃ盛大にキレている。
っていうか、違法モペットの運転手だよ。
顔立ちに見覚えがあるもの。
「物食うときくちゃくちゃするんじゃねぇ! 聞いてて気持ちが悪いんだよ!」
ベッドの上で声を張り上げている。
ただ、動いているのは首から上のみ。
シーツの上に仰向けで横たわったまま、首から下はピクリとも動かない。丁寧に伸ばされた掛け布団の下、お行儀良く収まっている。口を動かすのに応じて忙しく動き回っている頭部とは対照的だ。
キレられているのは隣のベッドの入院患者。
七十代ほどと思しき老齢男性だ。
ベッドの縁に腰を落ち着けて、おせんべいをパリポリとやっている。自身より若くて体格に恵まれた相手に恫喝されていても、なんら気にした様子は見られない。我かんせずにおせんべいを食べている。
その咀嚼音に苛立っているようだ。
こちらの入院棟に見られる大部屋は、ベッドをカーテンで仕切っただけの空間に、六名の患者さんが入院している。当然ながら生活音は筒抜けだ。プライベートもあってないようなものである。
:見た感じ、全身麻痺ってない?
:だよね、まったく動いてないし。
:こんなふうになっちゃうんだ……
:ヘルメットは大切だよね。
:この人の場合は首が原因だけどね
:首ってどうやって守ったらいいの?
:運に任せる他にないと思うの。
事故現場ではモペットから転倒後、後続の自動車に轢かれたことで、首があらぬ方向に曲がっていた。そのときに脊髄をやってしまったのだろう。事故後、数ヶ月経ってこの様子だと、回復は絶望的ではなかろうか。
意識が戻ったのは幸いだったろうけれど。
:自業自得とは言え、この若さで全身麻痺か……
:ぽっくり逝ったほうが楽だったかもなぁ。
:流石にそれは言い過ぎじゃないかな?
:自身の死に気づかずに逝けるほど幸せなことはないよ。
:まぁ、世の中的にはありふれた出来事なんだろうけど
:そうして考えると、多少は慰めになるよね。
:二人とも達観しているなぁ。大人だから?
視聴者のコメントがちょっと重々しくなった。
そうした我々の注目など露知らず。
違法モペットの彼は大声でキレ散らかす。
「おいガキ、こっち見てんじゃねぇよ! オマエも似たようなもんだろうが!」
先方の意識が別のベッドに向かった。
本人を挟んで老齢男性とは反対側。
小学生くらいの少年、ベッドに仰向けに横たわっている。こちらも自身が眺めている限り、身体が動いている様子は見られない。ただ、僅かに頭部が動くようで、その注目が隣の男を捉えていた。
「口も満足に利けないとか、俺よりひでぇよな? 俺がオマエくらいの頃は、そこかしこを走り回って遊んでいたよ。碌に世の中知らないまま、ベッドの上で死んでいく気分はどうなんだ?」
鬱憤を周囲へ向けることで、不満を解消しているようだ。
より症状の重い少年は、体のいいサンドバッグ状態。
なんと腹立たしい光景だろう。
「違法モペットを乗り回しているような人間は、やはり性根が腐っていますわね」
:常識的な人なら普通は乗り回さないからねぇ。
:アレって任意保険も加入できないらしいじゃん?
:それだとここの入院費はどうなるの?
:高額医療費制度で一定額以上は返金されるから。
:こんなのでも税金で生かされてるんだよなぁ
:なんだか複雑な気分になるよね
こんな輩を再び世に解き放つなど、言語道断。
このままベッドの上で生きていけばいい。
それでも可愛そうなのは、同じ部屋に詰め込まれてしまった入院患者たちである。両隣の老齢男性や寝たきりの少年以外、他所のベッドの方々も迷惑そうな表情を浮かべてモペ男を見つめている。
この様子だと日がな一日、喚き散らしているのだろうな。
ところで今この瞬間、病室には患者さんたち以外、病院関係者の姿は見られない。
「ここで一発、キメようと思いますわぁ」
:えっ、こんな犯罪者のこと治しちゃうの?
:ちょっと考え直した方がよくないかな?
:また公道をモペットで爆走する未来しか見えない
言われずとも理解しております。
なので予定を変更。
「ぬぅんっ!」
廊下に人目がないことを確認の上、呪文を詠唱。大部屋の出入り口から室内を覗き見しつつ、対象に向けて回復魔法を飛ばす。なんとなく予感はしていたけれど、両手を掲げずとも魔法は発動した。
間髪を容れず、寝たきり少年の身体が淡く発光し始める。
「っ……!」
本人の目が見開かれた。
異世界の牢内で眺めたのと同じ光景だ。
掛け布団の隙間から光が漏れているぜ。
「おい、なんかオマエ、光ってないか?」
モペ男も少年の異変に気付いた。
その面前、対象に変化が見られた。
「っ……う、うご、ける……」
男からどれだけ罵倒されても、ピクリとも動かなかった少年の肉体。それが掛け布団の下でモゾモゾと動き出した。膝をゆっくりと曲げたり伸ばしたり。或いは両手で自身の体に触れてみたりと。
これにはモペ男も驚きを隠し得ない。
「オマエ、なんで体が……」
しばらく待ってみると、少年が上半身を起こした。
際しては腕がプルプルと震えていた。
長年にわたる寝たきり生活で筋肉が衰えてしまった為だろう。傍目にもか細く感じられる。無茶をしたらすぐに折れてしまいそう。けれど、それでも彼は自らの力だけでシーツの上に座ってみせた。
「こんなに動ける、喋れる……」
その口からは並々ならない驚愕が漏れる。
見開かれた目は自身の体に向けられて止まない。
「なっ……な、なんでオマエ、起き上がって……!」
これはモペ男も同様である。
驚き慄いている。
同じく目を見開いて隣人を見つめている。
よぉし、この調子でドンドン癒やしていこう。
「次は隣のクチャラー爺さんですわぁ」
なんなら爺さんも少年の変化を目の当たりにして、煎餅を食べる手が止まっている。マジかよ? とでも言わんばかりの表情だ。そのもやしのようなガリガリの肉体に向けて、回復魔法をエイヤッと。
一体どこが悪いのか知らないけれど、回復魔法をかけておけば間違いはない。異世界では病気で床に伏していた領主も一発完治。カイワレ大根の反応を鑑みたのなら、大半の病は癒やすことができると思われる。
「ぬっ、おぉぉ? 儂までピカピカしとる……」
少年と同じく光り始めたクチャラー爺さん。
ということで、回復魔法の大盤振る舞い。
大部屋に見られた病人を光らせていく。
モペ男以外、入院患者全員に向けて回復魔法。
せっかくなので残りの三人は同時に行使してみる。すると、これが存外のこと上手いこと光ってくれた。どうやら一度に一人、みたいな制限はないようだ。おかげで部屋のそこかしこがピカピカと明るい。
「な、なんでオマエら、そんなに光ってんだよっ!」
次々と発光していく入院患者たち。
唯一光っていないモペ男が吠えた。
ややもすると騒ぎを聞きつけたのだろうか。
看護師が廊下をこちらに向かいやってくる。
「さて、やることやったので撤収しますわぁ」
患者たちの反応を確認したことで、回復魔法の具合は確認できた。
植物がそうであったように、人類が対象でも十分な効果が見込める。その効果は穴のこっち側の世界でも同様。これで身の回りの人たちに危害が及んだ場合でも、大半の問題は独力で解決が可能だ。
魔法の習得を志した当初の予定通りである。
想定とはちょっと変わったけれど、病院での目的も果たしたぜ。
「おい、どうして俺だけ光らないんだ! なんでお前らばっかり治るんだよ!」
病室からはモペ男の悲痛な声が聞こえてくる。
恐らくこちらの大部屋には、似たような症状の患者さんが集められていたのだろう。その元気に動き始めた光景を眺めて、またも彼はキレ散らかし始めた。首から上を必死に動かして、病室内の様子を窺っている。
:モペットの人にとってこれほどエグい光景はないな
:これって他所様にバレたら大変なことにならない?
:だよね。上級国民とか絶対に放っておかないと思う。
「違法モペットを乗り回すような輩は、死ぬまでベッドの上がお似合いですの」
これにて人体実験は終了。
捨て台詞を残して、辻ヒーラーは病院から撤収した。
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「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。
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