グラビア撮影
領主の娘さんとロリコンの性癖に端を発した問題は一段落。
けれど、後者のストーキング癖は留まるところを知らず。
次なる標的としてアグダ氏がロックオンされてしまった。
そこで当面の間、異世界を封印することにした。
ロリコンは出会い頭に語っていた。近い内にブルームの町を出ていく予定だと。だとすれば、このまま自身が何日も姿を見せれなければ、諦めて町を去っていくのではなかろうか。そのように考えた次第である。
彼とて領主に喧嘩を売った手前、あの町は居心地が悪いことだろう。
それになによりも、声のお仕事が忙しくなってきた。
「アグダちゃん、昨日のライブ配信だけど、その後どうなったの?」
「翌日は仕事ですから、お風呂に入ってまっすぐ床に就きましたわ」
「それじゃあ、あのイケメンの人と猫ちゃんは放置?」
「向こうしばらく、異世界に向かうのは控えようと思いますの」
本日のお仕事は、アニメ雑誌に収録されるグラビアの撮影。
七名いるメインヒロインの声優全員で水着を着たり、担当キャラのコスプレをしたりして、ゲーム内に登場する実在の場所で写真を撮りまくり。なんでもアプリリリース後には地方自治体とのコラボも予定されているのだとか。
今は本日分の撮影を終えて一段落した頃合い。
普光院さんと現場の隅っこで駄弁っている。
「えっ、どうして? 異世界のこと嫌いになっちゃった?」
「件のイケメンですけれど、これ以上絡まれても面倒なので、しばらく放置して諦めてもらおうと思いますの。腕っぷしも下手なドラゴンより強キャラっぽいですし、なにより穴のことも見られてしまっていますから」
「向こうは空が飛べるから、接近戦オンリーのアグダちゃんとは相性が悪いよね」
「そうなんですの。高いところに逃げられてしまうと、対処法が限られますわぁ」
ちなみに撮影現場は沖縄の離島だ。
小浜島という小さな島。
羽田空港から石垣空港を経由して、更にフェリーに揺られてと、移動だけで片道半日コース。朝イチで出発したのに、宿泊先のホテルに到着する頃には日没が近づいている。本日はホテル近くの砂浜に赴いて、夕焼けを背景に撮影を行った。
明日は朝から晩まで島内を移動しながら撮影を行うらしい。
「クロスボウとか装備してみる?」
「ゲームとは違うのですわよ?」
今は撮影現場となった砂浜で体育座り。
隣では普光院さんも同じく。
地べたに腰を落ち着けて海を眺めている。
今まさに沈みゆく夕日がやたらと美しい。
十一月だというのに、水着の上からパーカーを羽織っただけの姿であっても、そこまで寒さを感じない。本日の最高気温は二十六度だった。異世界の冷たい海に慣れた昨今のアグダ氏なら海水浴も余裕である。
少し離れたところではスタッフの方々が撤収の作業中。
これを待って本日の撮影は終了とのこと。
以後は自由時間。
我々の好きに過ごして構わないのだとか。
「それにしても有名シリーズの続編タイトルは資金力が凄まじいですわねぇ。グラビア写真を撮る為だけに、沖縄の離島まで足を運ぶなんて。スタッフの旅費も含めて、とんでもない金額がかかっているのでは?」
「アグダちゃんの担当キャラ、小浜島の出身っていう設定だからねぇ」
監督や役者の他、撮影スタッフ数名を含めて二十名近い大所帯。オフシーズンとはいえ、旅費だけで百万以上かかってそう。それとは別に参加者には日当が出ている。これでアプリが売れなかったら目も当てられない。
「まるで自身が金食い虫になったみたいで甚だ不本意なのですけれど」
「素直に喜んでおけばいいんじゃないかな?」
「中の人は生まれて初めて訪れた沖縄っス」
「えっ、そうなの?」
「普光院さんは過去に何度か来てそうっスね」
「アグダちゃんって、たまに言葉遣いが卑屈モードに入るよね」
「だって仕方ないじゃないですか。社会経験で子供に敗北とか」
「だけどほら、海を泳いだ経験なら圧倒的じゃない?」
「おかげで海そのものに感動できないのはちょっと損した気分っス」
「まぁ、あれだけ延々と泳いでいたら、そういう気分にもなるよね」
職場の同僚と他愛ない雑談を交わす。
西日が綺麗なので、これはこれで癒やされる。
そうこうしていると後ろから不意に声が届けられた。
「この手のアニメ作品は、ヒロインに沖縄出身のキャラを入れておくと、なんだかんだと理由をつけて出張旅行に行けるからね。たしか前作やライバル作品のシリーズにも、沖縄出身のキャラがいたと思うよ?」
先輩声優の高嶺さんだ。
我々のやり取りが耳に入ったようである。
隣にはテレビ局の偉い人、花咲さんの姿も見られる。
「おかげで君たちもいい思いをできるんだから、悪いことじゃないだろう?」
「身も蓋もない理由ですわぁ」
立て続けに花咲さんからも言われてしまった。
その分しっかり働け、ということだろうか。
「ちゃんと費用を回収できるのか不安ですの」
「それは大丈夫じゃないかな? ソシャゲは当たれば大きいし、前作のゲームはめちゃくちゃ評判良かったんだよ? 開発元は今作も同じところだし、今回の取材費なんて一日で取り返せるんじゃない?」
業界歴の長い高嶺さんの言葉に説得力を覚える。
前作でもキャラの声を担当していたのだとか。
本作品の舞台裏も色々とご存知のようである。
「ですよね? プロデューサーさん」
「ん? あぁ、まぁ、ね? その辺りはおいおいってことで」
彼女に問われた花咲さんは言葉を濁す。
あまり大っぴらに喋りたくはないようだ。
相手は小中学生だし、さもありなん。
「来週のリリースが楽しみですわね」
「だよね! 私も事前登録してリリース待ちだよ。発表の翌日にはSNSでもトレンドに入ってたし、昨日の時点で登録者数が50万ユーザーを越えてたの知ってる? この調子ならストアのランキング上位を狙えるよ!」
嬉々として語ってみせる普光院さん。
アニメ作品のメインヒロインに声を当てるのが初めての機会だからだろうか。かなり期待しているっぽい。なによりソシャゲが一発当たったのなら、向こう数年は安泰。声優としての将来は約束されたようなもの。
ややあって片付けを終えたスタッフの方々から声がかかった。
本日の撮影はこれにて終了。
ホテルに撤収とのこと。
夕食はホテル内のレストランでビュッフェ。
沖縄の名産品をこれでもかとかっ込んだ。
アグー豚とか、水揚げされたばかりのカツオやマグロとか、チャンプルーやミミガー、もずく料理などなど。これで泡盛やオリオンビールを一杯やれたら最高だったのだけれど、残念ながら他者の目もあってこれは断念。
ホテルの客室は、普光院さんと同じ部屋に放り込まれた。
流石にそれはどうかと思い、ダメ元でプロデューサーに同室を提案。当初は断られたけれど、晩酌をするなら客室でお酌をしようかと提案したところ、そういうことなら夜になったらおいでと言われた。
おかげで普光院さんとの同室は避けられた。
持つべきものは呑兵衛の上司である。
他のスタッフには絶対に秘密だよ?
絶対の絶対に言っちゃ駄目だよ?
とは、心配性なプロデューサーの言。
些かメンタルにダメージが入ったけれど、それもこれも普光院さんのプライベートを守る為だ。性転換した成人主人公を、百合を言い訳にして未成年と絡ませる作品マジキモいとは、世のフェミニストの方々のご意見。
その気持ちは分からないでもない。
だけど、BLはいいんだよ、BLは。
普光院さんにもそのように伝えての一泊。
彼女は最後までアグダ氏の外泊に否定的であったけれど。
翌日は自動車に乗り込んで島内で撮影をして回る。展望台や港など、そこかしこでスナップを撮影。スタッフの方々はこれと並行して、作中に登場するシーンについて、資料用の写真撮影も行っていた。
島のそこかしこに牛さんが放牧されているのが印象的な小浜島。昨日の夕食、ホテルで頂戴した和牛も彼らなのだとか。神戸和牛などの有名ブランド牛も、生まれを辿るとこちらの離島で生まれた牛さんたちだったりするそうな。
専門用語で肉用牛繁殖というらしい。
あと、カラスが多い。
どこに居ても鳴き声が聞こえてくる。
都内では鳥類最大勢力を誇るハトは、かなり肩身を狭くしていた。
「アグダちゃん、クジャク! クジャクがいるよ!」
「どこかの家のペットが逃げ出したのでは?」
農道を車で走っている道すがら、畑を指し示して普光院さんが声を上げた。彼女の指先が示す先には、たしかにクジャクがいる。ちょうどオスが羽を広げているところに出くわしたようで、きれいな目玉模様が視界に入った。
「ネットの記事の受け売りだけど、リゾート施設で飼育されていたペットが逃げ出して、それが野生化したものらしいよ。捕まえて他所の島に寄贈したら、そこでも脱走して、今や石垣島近辺に広がっているとか」
自動車に同乗しているスタッフの方が蘊蓄を語ってくれる。
なんて身も蓋もない生い立ちだろうか。
「あっ! 畑の農作物を漁ってる!」
「普通に害獣なのでは?」
「実際のところ現地では外来種扱いで、駆除の対象となっているらしいね。ただ、繁殖力が強いから、どんだけ捕まえても絶滅させるようなことはできないみたい。小浜島に限らず、八重山島諸島では各地で見られるそうだよ」
スタッフの方から立て続けに語られた小浜島のクジャク史。
同乗している方々一同、マジかよ? とでも言いたげな表情だ。
時を同じくして、羽を広げたクジャクが空に向かい飛び立った。
こんなデカい鳥が空を飛ぶのかと感動も一入。
接近する自動車の気配が理由だろう。
かなり警戒心が強い。
カラスやサギなどは平然としていたのに。
駆除の対象になっているという発言に説得力を感じる。
「どうしよう、アグダちゃん、クジャクのありがたみが急転直下だよ」
「今後番組のラジオをやるようなことになったらネタにできますわね」
「たしかに!」
島の人口は約七百人。コンビニやスーパーは存在せず、日用品を扱っているのは個人経営と思しき商店が一件のみ。飲食店や飲み屋も合わせて五、六件と、非常にこぢんまりとした島である。ロケも二泊三日で島の隅々まで回れるほど。
そんな小さな島に、けれど、とても癒やされた。
島内では、ただただ穏やかな空気が流れていた。
この場所で生まれ育ったキャラは、一体どんな子に育つのだろう。
家業は農家で、畑に出たのならクジャクとバトルの日々。
それとも畜産業を営んでおり、牛さんの世話に悪戦苦闘。
或いは飲食店で看板娘として観光客に笑顔を振りまいていたり。
などと考えたのなら、アニメのキャストが物語の舞台となる土地を巡ることには、それなりに意味があるのかもしれないと感じた。聞いた話によれば、原作担当のスタッフさんも何度か足を運んでいるらしい。
生まれて初めて訪れた沖縄。
もうずっとここの子になりたいと強く思った。
できれば二十年早く訪れていたかった中身オッサンである。
◇◆◇
沖縄でのグラビア撮影も無事に終わり、自宅に戻ってきた。
翌日には不動健一のアカウントでメン限配信。
いつもの三名と駄弁っている。
話題に上がったのは異世界の出来事。
配信開始からすぐに、先日の出来事についてあらましを説明している。一部始終をカメラ越しに眺めていたとはいえ、彼らは異世界の言葉が理解できない。飲食店で拉致られてから以降、事の次第を改めて口頭で伝えた。
「……といった具合でしたの」
:八方丸く収まったようでなによりだよ
:今日までずっと気になってたんだよ?
:アグダちゃん、翌日から仕事だったから
:え? っていうと、お泊りで声のお仕事?
:詳しくはまだ言えないんだけどね……
:ごめん、無理に言わなくてもいいよ!
「説明が遅れたことは申し訳なく思いますの」
出張中は朝早くから夕食が終わるまでスタッフの方々と集団行動。一人になれる時間をまとまって取れるのは、夜になって客室に戻ってから。連日朝早くからスケジュールが入っているので、配信をしている暇がなかった。
おかげで普光院さん以外の二名とは、説明をするのに時間が空いてしまった。
「そういった経緯もありまして、向こうしばらくは異世界での配信を控えておこうと思いますの。普光院さんの指摘通り、これからは声の仕事も忙しくなるので、そちらを優先していけたらなと」
異世界の風景を配信できないのは手痛い。
ただ、ここのところ連日にわたって配信していたので、少しくらい休んだところで問題ないようにも思う。あまり連発していたら、すぐに飽きられてしまいそうだし。ちょっとくらい勿体ぶったほうが価値が出そうな気もする。
:ちょっと残念だけど、仕方がないよね
:異世界のストーカーとかレベル高そう
:アグダちゃんが高耐久でよかった。
:バトルシーン見ててそれは思った
:あのイケメン、ドラゴン並じゃない?
:当たり判定小さいし大変そうだったよね
視聴者三名からは了解を得られた。
自身にとっては大切なスポンサーなので、納得してもらえてなによりである。彼らのサポートがなければ、本日を迎える前に人生ドロップアウトしていた可能性が高い。そういった意味では何よりも大切にしていきたい関係だ。
:ところでアグダちゃん、回復魔法って本物なの?
:牢屋の中で連発してたけど、アレは凄かったね
:手とか足とか、ニョキニョキと生えてたもんねぇ。
「本物ですわよ? 土壇場で体得しましたの」
やはり気になりますか。
新作の魔法が。
「ちょっと待っていて下さいな」
ちゃぶ台の前から立ち上がり、お台所に向かう。
冷蔵庫からカイワレ大根を取り出す。
少しだけ消費して、まだ半分以上残ってるやつ。
ただ、購入から何日か経過している為、葉っぱに元気がなくなっている。根本のスポンジに水を注いではいるけれど、このままだと明後日頃には痛み始めているかも。今晩にでも消費しなければ。
これをちゃぶ台の上、ノートパソコンの正面に配置。
:えっと、アグダちゃんの晩ごはん?
:カイワレだけとか寂しすぎる。
:いくらなんでもそれはないでしょ
「まぁ、見ていて下さいな」
カイワレ大根に向けて両手を掲げる。
おもむろに回復魔法の呪文を詠唱。
すると淡い光に包まれたカイワレ。
:えっ、なにそれすごい! 元気になってく!
:シワシワだったカイワレがビンビンに!
:人だけじゃなくて植物にも効果があるのかい
コメントの通り、カイワレが元気になっていく。
葉っぱに見られた黒い点々さえも消えていく。
「なかなか使い勝手が良さそうですわぁ」
外傷から病気、衰弱に至るまで治癒可能ときたものだ。死んでさえいなければ、大体どうにかなるのではなかろうか。それこそ度重なる回復魔法の行使の末に、完全なる寿命での死去とかでなければ。
今度どこぞの老夫婦に一発お見舞いしに行こう。
頑張れば最高齢のギネスを書き換えられるかも。
まぁ、それまで自身が生きていれば、だけれど。
:異世界の魔法ヤバ過ぎない? エグ杉でしょ。
:領主さんの病気まで治してたものね
:こんなの普及してたら平均寿命とか相当だよね
:それにしては若い人たちが多かったけど。
:アグダちゃんが例外なんじゃないの?
:魔法使うのにエナジー的な何か消費してない?
:それは思った。下手に連発しない方がいいかも
:そんな気がするよね。イケメンも驚いてたし。
:例のイケメンに尋ねれば何か判明するかも!
「ロリコンとの接触は遠慮しておきますわぁ」
自身が心まで女性だったら、そういう選択もあったのかもしれない。
しかし、肉体こそ女児になろうとも中身はオッサンだ。
同性愛者でもないので、男性から迫られるのはちょっと勘弁である。
「いつかエルフの女児に会ったら尋ねてみますの」
:そういえば、彼女もそっち系だったね
:ここのところ会ってないから忘れてた
:今どこで何してるんだろう。
:前に歌舞伎町でフラフラしてたよね
:なんでまたそんなところに
:それは本人の尊厳のために黙っておく
:エッッッッ! エッッッッ!
:それ以上のコメは配信の規則に触れそう
そんな感じで小一時間ほどの反省会。
他愛ないやり取りを交わしたところで配信は終えられた。
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同じ作者の別作品『佐々木とピーちゃん』
コミカライズ第2弾が連載スタートしました!
ニコニコ静画やカドコミなどで公開されております。
皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。
https://x.com/sasaki_pichan/status/2060315213036130488
※ 同シリーズを未読の方は第1弾からどうぞ。
https://comic-walker.com/detail/KC_000265_S?episodeType=first
本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。
「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。
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