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稀代の癒し手

 囚人たちを扇動して脱獄した。


 牢獄は領主の屋敷の地下に建造されており、上り階段を上がると中庭っぽい空間に出た。囚われていた囚人の内、何名かが屋敷の間取りを把握していたので、その案内に従って敷地内を屋外に向かい駆けていく。


 中庭からこれに面した外廊へ。


 すると瞬く間に多数の兵たちが駆けつけてきた。地下の騒ぎを聞きつけて、警備に立っていた人たちが集合したっぽい。ざっと眺めた限りであっても二十余名、厳つい鎧兜を身につけて、剣や槍を構えた方々が見られる。


「ファイヤァァァ!」


 対して先頭に立ったアグダ氏、初手で火遁の術。


 ロリコン退治でも活躍した一発。


 ただし、火力は若干控えめ。


 先方の面前を軽く撫でるように放つ。


 なるべく被害が出ないようにと。


「魔法使いが混じっているぞ!」「こ、これでは近づけない」「なんという魔力だ」「障壁を張るんだ。数を集めて耐える他にない」「囚人の魔法は封じていたのではないのか!?」「魔封じの首輪が壊されている!」「そんな馬鹿な!」


 それでも効果は抜群であったようだ。


 居合わせた兵たちの怯んだ様子が窺える。


 この隙に我々は中央突破。


 火吹きロリータを先頭にして、イケイケドンドン状態で突っ走っていく。殿にも魔法を使える方々が着いてくれたようで、後方からも攻撃魔法の炸裂する気配が伝わってくる。おかげで兵たちは後を追いかけることも儘ならない。


「こっちだ!」


 囚人の一人が案内役を務めてくれる。


 これに従って進路を取る。


 外廊下から内廊下へ。


 お屋敷の内部を駆けていく。


 やがて、正面エントランスへ。


 そうして訪れた一際広々としたホールでのこと。


 行く先に人集りが見られる。


 武装した兵や騎士と思しき者たちが多数連なる。


 先程見られた兵たちと比較しても数が多い。


 その中程には一際偉そうな格好の人物が立つ。


 一人だけ武装しておらず、代わりに杖をついている。


「オマエたち、どこへ行くつもりだ!」


 どうやら彼がこの町の領主のようだ。


 頬がげっそりと痩けており、見るからに体調が悪そうに映る。自身の足で立つことも大変なようで、プルプルと震える手で杖を支えている。この様子だと来年まで持つかどうかも怪しいところだ。


「私に歯向かってこの町で生きていけると思っているのか?」


 そんな人物が声も大きく訴えた。


 囚人たちも負けてはいない。


「ここに残ったところで殺されるのが目に見えている!」「そのとおりだ!」「こんなふざけた町、こっちから出て行ってやる」「アンタのやったことは絶対に忘れない!」「その様子だと、アンタこそ近いうちにお陀仏だろうよ!」


 口々に領主のことを罵倒する。


 なんなら呪文の詠唱を口にしている方も。


「これだけの騎士や兵を相手にして、本気で逃げられると?」


 そんな彼らに繰り返して凄んで見せる領主。


 目元には酷いクマが浮かんでいる。ロリコンに与えられた病は、満足に睡眠を取ることも叶わないほどに辛いものなのか。ただでさえ堀深くておっかない顔立ちが、殊更に迫力を湛えて感じられる。


 更には周りを囲んでいる多数の兵や騎士。


 これには囚人たちも気圧されて思われる。


 自然と移ろった眼差しが右往左往。


 やがて、こちらの女児に向けられた。


 彼らが何に期待しているのかは理解できる。


 牢屋の格子すらもこじ開けてみせた腕力だ。


 そういうことなら受けて立とうじゃないの。


「たとえ領主と言えども、罪なき人々を痛めつけるような真似、決して許される行いではありませんわ。同じことを繰り返すというのであれば、不肖このアグダめがお相手を務めるといたしましょう」



:アグダちゃんの格好いいシーン!

:悪徳領主をとっちめちゃって

:いやいや、悪いのロリコンじゃね?

:イケメンの登場まだ?

:囚人にも本当に悪いやつ混じってそう

:それ思った

:脱獄するのに確認してる余裕なかったし

:いうて拷問はないでしょ、拷問は

:権力者なんてどこの世もそんなもん

:わーくにでも似たようなことやってるやん

:アグダちゃん以外全員ヤバい?



 視聴者からはより現実的なご感想が。


 仰る通り諸悪の根源はロリコンである。


 一方で領主はこちらを眺めて鼻を鳴らす。


「ふん、子供に何ができるというんだ」


「でしたら試してみましょう」


「オマエたち、こいつらを捕まえろ!」


 領主の指示により兵や騎士たちが一歩を踏み出す。


 一触即発の雰囲気。


 そうした只中の出来事である。


 どこからともなく声が聞こえてきた。


『あぁ、美しき我が君よ。まさか君までこの屋敷を訪れているとは』


 聞き覚えのある声色だった。


 咄嗟に周囲を見渡す。


 だが、それらしい姿は見られない。


「ハザード! この声はハザードだろう!? 私にその姿を見せよ!」


 一方で落ち着きを失ったのが領主さん。


 虚空に向けて問いかけ始める。


 そう、声の主はロリコン。



:イケメンktkr

:これはロリコンの声

:しかし姿が見られない

:どこかに隠れてる?

:イケメンはよ

:イケメンのお顔を拝みたい

:相変わらず言ってることイミフ

:異世界語の翻訳が切に望まれる



『ここの領主の娘もたしかに美しかった。しかし、我が君と出会った今となっては、何故このような凡庸な娘に気を取られていたのかと、己を恥じる思い。我が君よ、私は貴方と出会って意識が晴れ渡る思いです』


 勝手に惚気を語ってくれる。


 自ずと皆々の注目が女児に向かう。


 これはよくない。


 彼の仲間扱いされたら大変である。


「貴方はわたくしに戦いを挑み、敗北したのです。そして、誓ったではありませんか。もう二度とわたくしの前に姿を現すことはないと。だというのに、これはどうしたことでしょう。貴方はこんな簡単な約束さえ守れないのですか?」


『ええ、ですから私は貴方の下を訪れてはおりません』


「どういうことですか?」


 こちらの問いかけに応えるよう、現場に変化が見られた。


 どこからともなく、ニャンコが飛び出してきたのだ。


 互いに向かい合っている領主たちと囚人たちの間。


 そこに割って入るようにピョンと。


 毛並みも艷やかな黒猫である。


 真っ赤な瞳が印象的。


「まさかとは思いますが、これは貴方の……」


『思い出してください、湖の畔で貴方と交わした約束の仔細を。私は今後とも貴方の前に姿を現すことはないでしょう。貴方の目に触れているのは従魔に過ぎません。約束は正しく尊重されています』


「んなっ……」



:絶対に再登場すると思ってた

:だってイケメンだもん

:ニャンコかわいい

:だけど中身はロリコン

:イケメン補正でギリ許せる

:いや、どう考えてもアウトでしょ

:イケメンなら許される。イケメン最高

:アグダちゃんもニャンコ従魔にしようよ

:イケメンのロリコンはロリコンに非ず

:ただの子供好きだから大丈夫

:むしろJKの私を襲ってほしい

:JKはロリじゃない剣

:その剣で刺したって、この自称JK



 視聴者の反応は千差万別。


 ニャンコ可愛いよねニャンコ。


 可愛いからこそ、中身のロリコンに苛つく。


 もしかしてメン限の配信でアグダ氏の相手をしてくれている三名も、こんな気持ちを抱きながら自身と接していたりするのだろうか。だとしたら、なんだかちょっとこう、申し訳ない気持ちが溢れてくるんだけど。


「ハザード、どこにいるんだ! 姿を見せよ!」


 ロリコンの声を耳にして荒ぶる領主。


 ロリコンはハザードという名前らしい。


 キョロキョロと落ち着きなく周囲を伺う。


 そうした主人を眺めて、兵や騎士たちは狼狽えるばかり。剣や槍を手に身構えたまま、どうしたらいいものかと戸惑って思われる。目の前のニャンコを攻撃したところで意味がないのは間違いなさそうだ。


 おかげでアグダ無双も直前でストップがかかった。


「私の身体を治すんだ! いや、治してくれ!」


 自らの死を悟ったが為か、領主は必死だ。


 懇願するかのように声を荒げている。


 ところで、ふと思った。


 彼もアグダ氏の回復魔法で治せないものか。


「…………」


 思い立ったが吉日。


 せっかくなので試してみよう。


「領主さん、ちょっと失礼しますわぁ」


 おもむろに領主へ向けて一歩を踏み出す。


 周りを固めていた騎士や兵に反応が見られた。


 一斉に武器の切っ先をこちらに向けて身構える。


「わ、私に何をするつもりだ!」


「悪くはしませんから、ちょっと大人しくしていて下さいな」


 当の本人も女児に意識が移った。


 いちいち説明するのも面倒だ。


 気合いを込めて回復魔法の呪文を詠唱。


 応じて両腕に淡い光が灯る。


 牢屋の中でも眺めた色合い。


 すると、先方も女児が口走っている詠唱がどういったものであるのか、すぐに気付いたようだ。護衛に付いた騎士や兵たち共々、困惑した面持ちでこちらを見つめる。おかげで喧嘩が始まることもない。


 そうした只中、領主の身体が光に包まれた。


「お、おぉぉぉ……」


 全身がビクリと大きく震えた。


 間髪を容れず、その口から恍惚とした声が上がる。


 何かしら肯定的な影響が見られたのは間違いない。


 それから数十秒ほど、じっくりと魔法を当てた。


 目に見える怪我であれば、完治も容易に判断できる。けれど、体内の病魔はどうなっているのかサッパリだ。そこで地下牢に収まっていた囚人の内、治療に一番時間を要した人物の倍ほどの時間を行使しておく。


 ちなみにその人物は四肢欠損の上、両目と両耳をえぐられていた。


「さぁて、どんなものかしらぁ?」


 回復魔法を終えたところで、改めて問うてみる。


 領主さんからはすぐに反応があった。


「い、痛みが、完全に消えている……」


 驚いたように自身の肉体を見つめている。


 腕から足、胴体へと視線を巡らせていく。


 大きく見開かれた目からは、その感動っぷりが如実に伝わってくる。


「それはよろしかったですわぁ」


「娘よ、今の魔法で、わ、私の肉体は治ったのか?」


「体から痛みが消えているのであれば、治ったのではありませんこと? 少なくとも貴方が牢獄へぶち込んでいた人たちは、誰一人の例外なく、その半分以下の治療時間で全快していましたわよ?」


「……そ、そうか。たしかに具合がいい」


 領主が騎士や兵に向けて腕を掲げる。


 従って女児に向けられていた武器が下げられた。


「床に伏せるより以前から患っていた、腰の痛みすら消えている」


「お代は結構ですわぁ。代わりに貴方が不当に捕らえていた方々は、この機会に開放させてもらいますわよ? それが嫌だと言うのなら、今度はわたくしが貴方のことをフルボッコにして差し上げます」


「っ……! わかった、あぁ、その者たちはオマエの好きにして構わない」


「ありがとうございますわぁ」


『驚きましたよ。私の術式をこうまでも単純な回復魔法で全快させるとは』


 一連の出来事を眺めて、ニャンコが感心したように呟いた。


 その反応から見ても、領主の完治は間違いないように思う。


 傍で聞き耳を立てていた当人も胸を撫で下ろしていらっしゃる。


「それではわたくしと囚人一同は、これにて失礼させてもらいますわぁ」


「ちょっと待って欲しい。そちらは一体どちらの家の娘なのだろうか?」


「吾妻・アグダ、駆け出しヒーラーですの」


「アズマ家とな? うぅむ、聞いたことがない家名なのであるが……」



:これにて一件落着、みたいな?

:アグダちゃん、貴族と勘違いされた?

:苗字あると貴族という異世界モノのテンプレ設定

:実際、日本では苗字が許されたの明治からっぽい

:世界だともうちょっと早い国もあったらしいけど

:割と人類の文明的に正しい設定だったりするのか

:今この瞬間に議論するようなこと?

:ちょっと待って、それよりもイケメンはどこ?

:イケメンを見に来たんですけど



 これ以上は関わり合いになることもないだろう。


 囚人の方々を伴い、領主さんの屋敷を後にした。




◇◆◇




 囚人改め、冤罪で投獄されていた方々に連れられて町に戻った。


 道すがら詳しく話を聞いたところ、誰も彼もが自身の想像していた通り。ロリコンと何かしらの関係を持ってしまったが為に、領主のお屋敷でその所在を巡って拷問を受けていたらしい。飲食店で憲兵に拉致られた自身と同じだ。


 そうした経緯も手伝い、彼らはこちらに対して大変好意的。


 なんでもお礼をしてくれるという。


 案内された先は、内一名が経営しているのだという飲食店である。


 そちらでお店を貸し切りにして、豪華な夕食を御馳走になった。憲兵に捕縛されたときはどうなるかと思ったけれど、巡り巡って異世界グルメを堪能することができた。お酒も入っていい気分である。


「ところで、牢屋に突っ込まれていた方々なのですけれど、全員出してしまってよかったのでしょうか? 中には本当に悪さをして投獄されていたような方も、見られたのではないかと思うのですけれど」


「あぁ、それだったら心配はいらない」


「何故そう言い切れるのかしら?」


「そういった連中は既に処分されていたからだ」


「そうなのですの?」


「オレらみたいなのが、次から次へと放り込まれるもんで、元からいたような連中は居場所がなくなっちまったんだろう。牢屋を空けるために処刑されたって噂だ。下手な連中と一緒にしちまうと、牢内で殺されかねないからな」


「なるほどですわぁ」


 ずっと気になっていたのだ。


 おかげで胸のつかえた取れた気分。


 ちなみにこうして教えてくれた彼は、最初にヒールした記念すべき第一号、アグダ氏とはお向かいの牢屋に入っていた人物である。お屋敷を脱出してからも、なにかと話しかけて面倒を見てくれたいい人だ。


「アンタの手伝いをしているときも、誰も文句を言わなかったろう?」


「たしかにそうでしたわね」


「もし仮に混じっていても、後始末は町の人間でしっかりとつけるさ」


「お気遣い下さり、ありがとうございますわぁ」


「そいつはこっちの台詞だ。アンタには本当に助けられたよ」


 もしかしたら少しくらいは、混じっていたのかもしれない。とはいえ、いちいち判断している余裕がなかったのも事実。そういうことであれば、事後の対応は彼らに任せてしまってもよろしいのではなかろうか。


 そのように考えて杯に手を伸ばす。


 異世界ではお酒も飲み放題。


 なんて素晴らしいのだろう。


 存分にゴクゴクさせていただいた。


 そうして宴もたけなわ。


 皆々に別れを告げてお店を出る。


 そろそろ地球に戻らないと。


 お酒が入ったタイミングで配信も終えている。


 なんなら明日からは仕事が入っているし。


「久方ぶりにいい気分ですわぁ」


 そのように考えて町中を歩いて回る。


 穴を広げるのに具合がいい場所を見つけようと。


 そうしてしばらく足を動かしていると――


『お嬢さん、どちらへ向かわれるのですか?』


 どこからともなく猫が近づいてきた。


 流暢な人語を解する猫が。


「……どちら様かしら?」


『私の声をお忘れですか?』


 他者の姿を探して周囲に目を向ける。


 けれど、周囲に人気は皆無。


 改めて猫に目を向けると、どこかで見た黒猫。


 真っ赤な瞳がとても印象的に映る。


「どこに向かおうとわたくしの勝手ですの」


 歩きながら猫に向けて伝える。


 曰く、従魔。


 魔法でロリコンに操られているらしい。


 なんて可哀想なニャンコだろう。


 その自意識はどこに行ってしまったのか。


『ますます貴方のことが気になってしまいましたよ、お嬢さん』


「わたくしは一刻も早く、貴方とバイバイしたいのですけれど」


『私の名前はノーブル・ハザードです。ノーブルと気軽にお呼び下さい』


 しばらく歩いていると、いい感じ細路地に入り込んだ。


 大きな通りからは距離があり、周囲には人気も皆無だ。


 この辺りでいいだろう。


「わたくしはこれで失礼しますわぁ、ハザードさん」


 周囲に人目がないことを確認して穴を展開。


 猫の視線から逃げるように、地球の自宅に転がり込んだ。


 穴の存在は既に先方に把握されているので構うことはない。


『またお会いしましょう、慎ましやかで美しいお嬢さん』


 去り際、ロリコンの声が届けられる。


 次に機会があろうものなら、そのときは先手必勝。


 中身オッサンの顔写真でも押し付けてやろうか。


本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。


「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013

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