異世界の自撮りから 二
異世界での配信中、再会してしまったイケメン。
というか自身をストーキングしていたロリコン。
この場をやり過ごしたところで、先方の理解を得られていなければ、繰り返して粘着される可能性が高そうだ。キルミーで派遣されたバイト先にも似たようなやつが居たよ。飲食店の女性店員にストーキングして逮捕されていた。
「…………」
どうして断ったものか、必死になって考える。
そこでふと、昨日耳にした話が脳裏に蘇った。
路上で通行人のオッサンから聞いた話だ。
「失礼ですが、貴方はもしや領主の娘さんの治療に当たった王立研究所の方では?」
「なんと、私のことをご存じとは! やはり、興味があったのではありませんか?」
:町で噂になっていたロリコンじゃないですか
:このタイミングで関わってくるとは
:昨日の時点から怪しいとは思ってたよ
:どう考えても主要キャラの顔面偏差値だもの
:アグダちゃんは何を考えてこのキャラを出したのか
:そもそもこちらの脚本、彼女が考えているの?
:酒の席で仕事を取ったラノベ作家とかがやってそう
:マジそういうの止めて欲しいよね
:ラノベ作家がシナリオやったゲームの駄作率ヤバい
:どうしてラノベ作家は他所で出しゃばるのか
:ただしエロゲ畑出身者は除く
視聴者にも反応が見られた。
言葉こそ通じなくても、相手の反応からストーリーを感じ取ったようだ。通行人のオッサンとのやり取りは事後、視聴者にも仔細を語って聞かせた。その辺りが彼らには伏線として映ったようである。
まさかロリコンの執着が原因とは思うまい。
「偶然から耳に挟んだのです。なんでも女児とみれば手当たり次第に声をかけている不審者が見られると。経緯を聞いた当初は多少なりとも哀れに感じたものですが、これでは領主の娘さんも困ったことでしょう」
「彼女からは大変感謝をされていました。だというのに、領主はなんでも褒美を取らせるという事前の約束を反故にしたのです。できないことを取引の材料にするなど、なんと愚かしいことなのか」
「前提となっている状況から、考慮すべき背景など自ずと見えてくるものでは?」
「自身の言葉すら満足に責任を取れないなど、領主の器とは到底言えませんよ」
この人、アレだ。
見た目イケメンだけど、中身ヤクザ。
「言葉尻を捉えるばかりでは、異性を口説くなど夢のまた夢ではありませんか?」
「お嬢さん、どうかご安心を。価値のある相手には意を汲んだ対応を行いますよ」
「この状況でよくそんなことが言えますわね?」
相手をするのが段々と面倒になってきたぞ。
っていうか、相手は犯罪者である。
ぶっ飛ばしてしまっても構わないのでは?
配信的にも盛り上がるし一石二鳥の予感。
絵面的にグロくならなければ、多少のバトル展開はアクションシーンとして扱ってもらえるのではなかろうか。まさか視聴者の皆さんも、女児が成人男性を相手に大立ち回りできるとは夢にも思うまいて。
ただ、配信にレギュレーションは入るかもだけど。
「なるほど、貴方はそこまでして私と付き合いたいと」
「ええ、是非ともお付き合いを申し込みたいのです」
「でしたらこうしましょう」
「何か提案が?」
「もしも貴方が私を倒すことができたのなら、貴方の提案を飲みましょう。貴方が病を見舞った町の領主とは異なり、わたくしは嘘を吐きません。煮るなり焼くなり、好きなように扱ったらいいでしょう」
「それは本気で言っていますか?」
驚いたように目を見開いたロリコン。
直後には口元に笑みが浮かぶ。
「ですが、もしも貴方がわたくしに倒されたのなったら、金輪際わたくしの前に現れることを禁じます。チラリとでも視界に入ったのなら、全財産を没収の上、ここから遙か北の方にある大陸に島流しですわ」
「ここから遥か北というと、黄昏の大地ですか」
「怖気づきましたか?」
「そんなまさか? 承知しました。もし万が一にも私が敗れるようなことがあったのなら、この身が貴方の視界に入ることはないと、その麗しいお姿に誓って約束しましょう。条件はそれでよろしいですか?」
「今の言葉に二言はありませんね?」
「それはこちらの台詞ですよ、お嬢さん」
「ええ、望むところです」
領主のお屋敷で牢破りの上、報復まで行って逃げ果せたロリコンである。それなりに腕っぷしには自信があるようだ。しかし、所詮は人間である。ドラゴンとタイマンを張れるアグダ氏の敵ではないと思う。
サクッとやっつけてバイバイしよう。
「それでは行きますわよ」
「ええ、お好きにどうぞ」
とはいえ、あまり過激なのはいけない。
下手に腹パンなど決めた日には、中身がパァーンと飛び散りかねない。配信にレート設定は行っていないので、臓物が映った時点でアウト判定である。あくまでも子供向けの特撮映像のアクションシーン程度に納めたい。
「では、失礼して……」
ということで、一息に距離を詰める。
地を蹴ってロリコンの懐へ飛び込む。
先方はこちらの急接近に目を見開いて驚愕。
その股ぐらを狙う。
過去にもお世話になった必殺技。
そうさ、金的。
相手の股間に向けてキック。
左手にはカメラを構えたまま、その一連の様子を視聴者にお届け。イケメンに容赦しない女児のアクションを配信することで、昨日の放送で若干炎上気味だったガチ恋勢を改めて囲い込む作戦だ。
すると、これはどうしたことか。
「っ……!」
「たしかに言うだけのことはありますね」
なんとキックが空振り。
前のめりに姿勢が崩れる。
たたらを踏む羽目となる。
一方でロリコンは空に舞い上がった。
地上から四、五メートルほどの高さ。
飛行魔法というやつだろうか。
なにそれ羨ましい。
「さて、次はこちらの番ですね」
ロリコンの周囲に魔法陣が数多浮かび上がる。
その各々から光の帯のようなものが飛び出してきた。ホーミング機能を備えたレーザー光線のような代物がこちらに向かい迫る。しかも結構なスピードだ。あっという間に目前まで迫っている。
「こんのっ……」
地面を駆け巡り、大慌てで回避行動。
内一本が手の指を掠った。
薬指と小指が消し飛ぶ。
めっちゃ痛い。
咄嗟にカメラを傾けて被害状況を隠蔽。カメラを支えている手にばかり意識が向かって、もう一方がおざなりになっていた。こんなことなら自撮り棒ではなくて、別の場所にマウントしておけばよかった。
間髪を容れずにオートリジェネが発動。
ものの数秒で元あった形を取り戻す。
その様子を眺めてロリコンが呟いた。
「回復魔法の練度も素晴らしいですね」
上から目線にイラッとする。
これもう手加減とか不要なのでは?
:ここへ来て、まさかのバトル展開
:このイケメンそういう役柄だったのか
:っていうか、演出ヤバくない?
:並の特撮よりも手が込んでるし
:洋画のアクションシーン並では?
:演出に対してカメラワークが残念だなぁ
:手ぶれ補正、もうちょっと頑張って!
:個人でここまでやれている時点で凄い
:いやいや、絶対に個人じゃないでしょ
:アグダちゃんの本業、声優だったよね?
:ビーム攻撃で一瞬、指が消し飛んでたような
:ようやく生成AIがガバってきた?
不幸中の幸いというか、視聴者からの受けは上々。
この状況で配信を止めることは憚られる。
下手に長引かせてアウト描写が入り込んでも問題なので、さっさと蹴りをつけるべきだろう。ビームの直撃で衣類が破けたりしたら目も当てられない。提供してくれた普光院さんにも申し訳ない。
「お嬢さんの心身が健全であるうちに、降参してもらえると嬉しいのですがね」
「ロリコンの上にサディストとは、なんと救われない性癖の持ち主なのでしょう」
「そんな滅相もない。貴方が相手なら虐げられるのも吝かではありませんよ」
再び大量のビーム魔法が放たれる。
女児は地面を駆けまわって回避。
外れた光刃が地面を抉っていく。
ひと目見てお気に入りとなった湖の綺麗な景観。これが汚されていくのは、なかなか腹立たしいものがある。湖面から顔を出していた得体の知れないお魚も、騒動を目の当たりにして水中に引っ込んでしまった。
「でしたら目にもの見せて上げますわぁ」
ロリコンに向けて両腕を突き出す。
そして、強く念じる。
「フゥァアイァァアッ!」
火災報知器を鳴らすだとか、宴会芸だとか、そんな控えめな行使ではない。遠慮なくお見舞いしてやろう。相手も致死性のビームを雨あられと放ってきたのだ。消し炭になってしまったとしてもお互い様である。
そのまま湖に落っこちてしまえばいい。
それならグロい映像がカメラに映り込むこともない。
そんなことを考えて放ったファイアーは、想像した以上のモノだった。
目の前を一瞬にして炎が埋め尽くす。
けれど、確実に倒せるとは限らない。
思うにこちらのロリコンは、北の大陸で戦ったドラゴンよりも強いのではなかろうか。当初は見下げていた先方を再評価する。連発されるビーム魔法は驚異的。当たり判定が小さい分だけ、こちらから攻撃を当てるのも大変だ。
そうして考えたのなら悠長に眺めてはいられない。
炎を目眩ましにして地面を駆ける。
相手の下へ向かい全力疾走。
そして、地を蹴って空に飛び上がる。
そこには炎に焼かれてプスプスしているロリコンの姿が。
それでも衣類は形を残しているし、肉体もさほどダメージを受けた様子が見られない。何かしら魔法的な手立てで守りを固めていたのだろう。バリア的な魔法など存在していても不思議ではない。
そんな彼の股間に向けて、いざ尋常に参る。
「奥義、キムさん大活躍!」
「っ……!」
飛び上がった勢いのままに旋風脚。
直後、パァンという甲高い音。
何かが弾ける感触が足の裏に伝わる。
時を同じくして先方より驚愕の声が。
「っ……!」
こちらの足が相手の股間に触れる手前、数十センチのところで、半透明の壁っぽいものに遮られた。これを蹴り破った感覚があった。なんならパリンと割れるような光景が垣間見えたもの。
やっぱりあったよ、バリア的な魔法。
これを貫いたのが女児のトルネードキック。
バリアを破って尚も威力は健在。
爪先は見事にイケメンの股間を捉えた。
若干勢いを削がれたものの狙いは揺るがない。
イケメンの股ぐらを正面から蹴りつける。
「んぎっ……」
足の先を利用して、股間にぶら下がった急所を的確に狙いつつの一撃。他の場所に当たった場合、四肢が千切れ飛んだり、臓物が飛び散りかねないから。そして、これは自身が想像した以上に綺麗に決まった。
ズンッという衝撃が足先に伝わる
:うっわ、めっちゃ痛そうな光景……
:ジャンプ力が人間離れしていやしないか
:足の動きが早過ぎて見えなかったぜ
:これってどうやって撮影したの?
:そこいらの特撮より気合い入ってるな
:アングルが自撮りなのウケる
:素人っぽい構図が逆に今風な感じ
:イケメンの表情が若干怪しい
:完全にフリーズしてしまっておりますね
衣類のおかげで、対象の部位が白昼に晒されることはない。
ただ、何某かの潰れた感触がスニーカー越しに感じられた。
過去にも経験があるから分かる。
こいつは完全に逝ったな。
「この勝負、わたくしの勝利ですわぁ!」
「こ、このような、ことがあろうとは……」
先方はかなりのダメージが入ったようだ。
呻くように呟いて、ゆっくりと地面に落下していくロリコン。
受け身を取ることも儘ならず、そのままドサリと倒れ込んだ。
辛うじて湖への着水は免れたようだ。
その畔に落ちて、ピクリとも動かなくなる。
しばらく眺めてみても、起き上がる素振りは見られない。
小さく胸が上下しているので、死んではいないように思う。
ショックで気絶したのではなかろうか。
まぁ、しばらくすれば復活するだろう。
回復魔法とか存在しているような世界観だ。
「ということで、本日の配信はここまでにしたいと思います」
:イケメンが討伐対象だとは思わなかった
:シナリオのぶっ飛び具合が気になる
:どうしてこんな展開を選んだのか
:アクションシーンを入れたいという思いは伝わった
:カメラワークは酷かったけど、迫力は半端なかった
:こんだけ動き回って碌にガバしない生成AIがヤバい
:アグダちゃんが満足そうにしているからヨシ
:よくわからないけど、次の配信も楽しみ
:金的喰らったロリコンの倒れっぷりがリアル過ぎ
:イケメンでも金玉蹴られたら泡吹くのな
「それでは皆さん、またのご視聴をお待ちしておりますわぁ」
背景映像は湖と気絶したロリコンでいいか。
自撮りカメラに笑顔で手を振ってのお別れである。
◇◆◇
ロリコン退治を終えたところで、配信は終了。
視聴者の皆さまにお別れを告げた。
かなり好評のまま終えることができたように思う。予期せず入り込んだバトルシーンが存外のこと配信を盛り上げてくれた。イケメン男性がメインで登場していながら、ガチ恋勢からのアンチコメントもほとんど見られなかった。
そうして人心地ついたのも束の間のこと。
代わりにメン限の配信アカウントを起動。
こちらを利用して引き続きライブ配信を行う。
:アグダちゃん、現地の言葉が分からないよぉ
:リアルタイムでの翻訳が切に望まれますな。
:流石にそれは無理じゃないかなぁ?
「ですから顛末については改めてお伝えしますの」
湖から港町ブルームに向けて駆け足。
森の中を走りながらのやり取り。
そろそろ日も落ちようかという時刻、夜の帳が下りるまでには森を抜けようと、一生懸命に足を動かしている。そんな状況でも会話を行えるほどには、この忍者スタイルでの移動にも慣れてきた。
「……という訳で、どうにかこうにかイケメンを追い払いましたわ」
:あの人、本物のストーカーだったんだね
:半分くらいは想像したとおりだったよ。
:アグダさんの台詞だけは理解できるからね
:個人的には従魔っていうのが気になる
:どんな形をしているんだろう?
:周りにそれっぽいの見られなかったよね?
:鳥とか? それなら空から判断できるし。
:たしかに鳥っぽい
:アグダちゃん、頭上に注意だよ
「たしかに頭上までは気を配っておりませんでしたの」
事の次第を話し終えたところで質疑応答。
イヤホン越しにコメントを捌いていく。
諸々一段落する頃には森を抜けていた。
その頃には空も真っ暗である。
頭上を見上げると、月よりも大きい衛星が二つ並んで浮かんでいる。表面に刻まれたクレーターまで視認できる。映画やゲームなどでは鉄板の演出も、いざ実際に目の当たりにすると、かなり迫力がある。
:相変わらずお月さんが二つ浮かんでるなぁ
:地球のと比べてかなり大きいよね
:映像だからかな? ちょっと怖いよコレ。
「実物はもっと怖いと思いますわぁ」
目の当たりにした当初は、地上に落っこちて来やしないかと、背筋が寒くなったものである。ジッと眺めていたら吸い込まれそうになる感覚は、地球から眺めるお月様では絶対に得られない代物だ。
:次はどんな配信を予定しているのかな?
:また森の中を散策するの?
:個人的にはもっと町並みを見てみたい
「次は異世界グルメを堪能しようと思いますわぁ」
飲食店内からの配信であれば、そこまで妙な光景が映り込むことはあるまい。お酒がメインじゃない店舗なら、酔っぱらいに絡まれることもないと信じている。ある程度お高い店を選べば、それなりにゆっくりとカメラを回せそう。
:それは気になる。というか、ずっと気になってた
:衛生的に大丈夫なのか、ちょっと心配だけど。
:オートリジェネあるから大丈夫じゃない?
「オートリジェネを前提にした提案であることは間違いありませんの。ただ、こうしたアグダ氏の肉体そのものが、元々こっちの世界からやって来たような疑惑もありますので、そこまで問題があるとは思えませんわぁ」
次回の配信を相談しつつ、草原地帯をマラソン。
往路と同じくらいの時間を駆けて帰路に着く。
一息に港町まで走り抜けた。
その頃には視聴者三名も配信から落ちている。
無事に町まで戻ったところで、この日は自宅アパートに戻った。
本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。
「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。
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