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異世界の自撮りから 一

 翌日、朝食を終えたタイミングで異世界にやってきた。


 穴を抜けて現地を訪れる。


 自撮り棒にマウントしたアクションカメラを手にしているけれど、不特定多数に向けて配信は行っていない。利用しているのは不動健一の名義で取得していたメン限のアカウント。いつもの三名に向けて配信をしている。


 アグダちゃんねるでの配信に先立って、現地の確認を行おうと考えた次第。


「…………」


 周囲に意識を巡らせる。


 人の気配は感じられない。


「大丈夫そうですわね」



:昨日のイケメン、どこか行ったね

:だって一晩、経過してますから

:待ってたら本格的にヤバいよ……。



 だとしても、この場からは距離を取ろう。


 彼は近々町を出ると言っていた。両手に抱えていた荷物は旅支度だろう。だとすると、本日も近隣のお店などで買い出しに励んでいる可能性がある。バッタリと出くわす可能性もゼロではない。



:人里での配信は若干リスキーじゃない?

:昨日の放送も賛否両論っぽい

:主にガチ恋勢が炎上気味っていうか。

:イケメン登場しちゃったからね

:異世界の町並みはめちゃくちゃ評価高いけど

:もうちょっと安全な場所だといいね

:果たしてそんな場所が存在するのだろうか。



「なので本日は町の外に出ようと思いますの」


 自然豊かな異世界の風景を配信予定。


 可愛い小動物とか撮影できたら嬉しいな。


 そんな感じ。



:個人的には時間の経過が気になります。

:こっちのが日暮れが遅かったよね

:何時間か時差があるっぽい

:一日が二十四時間なのかも怪しいような。

:どうにかして調べられないかな?



「ご指摘は尤もですが、一日中こっちにいる訳にもいきませんので、調査はまたいずれ日を改めて、ということにさせて下さい。ただ、ご意見は随時募集中ですので、上手い方法を思いついたら是非とも教えて下さいな」


 異世界は地球と若干時間の経過がズレている。


 少なくとも昨日は、日本で日が沈んでからも異世界は明るかった。おかげでゴールデンタイムから配信を開始しても、こちらの世界では日が暮れるまで多少の猶予があった。そうでなければ真っ暗だった。


 町の外に出たのなら、その影響はより顕著だろう。



:最近はダンスの練習が大変なんだよね

:平日は声の仕事があるもんなぁ

:わかったよ、アグダちゃん!



「それでは今の内に次の撮影現場の下見へ向かおうと思いますの」


 自撮り棒を手にしたまま町を出る。


 そのまま来た道を戻るように移動。


 小一時間ほど駆けたところで街道を外れる。それから更に一時間ほど走ると、ちょっとした規模の森が見えてくる。こちらの町を訪れるより以前、マラソン中に確認していた森林である。



:こんなところ入って迷子にならない?

:冒険している感は出るかもだけど

:まぁ、アグダちゃんなら大丈夫な気もする。



「迷子になっても高いところに登れば問題はないと思いますの。コンパスは利きますし、最悪、周囲の木々を伐採して、ドローンを打ち上げることもできますから。穴のお陰で飢えや乾きとは無縁ですわ」



:たしかに、問題ない気がしてきた

:毒持ったヘビとか怖くない?

:怪我なんかと同じで勝手に治りそう



「言われてみると、毒はちょっと怖いですわね」


 ヘビには気をつけよう。


 あとはクモやサソリとか。


「とりあえず、突入してみますわぁ」


 宣言して森に足を踏み入れる。


 当然ながら道など見られない。


 木々の合間をかき分けるようにして押し入る。


 管理されていない山林は、アグダ氏の身長など頭頂部まで飲み込むほど、縦横無尽に草木が茂っている。そこで例によって太めの樹木に当たりをつけて、枝から枝へ飛び移るように忍者スタイルで移動していく。


 これまた小一時間ほど飛び回る。


 すると行く先に拓けた場所が見えてきた。


「なんと、湖が見えてきましたわぁ」


 周囲を鬱蒼と茂る森林に囲まれながら、その一帯だけ切り開かれたかのように樹木が生えていない。代わりに丈の短い野草が絨毯のように広がっている。そして、中程にはこぢんまりとした湖が鎮座している。


 とてつもなく水が澄んでおり、湖面まで近づくと魚の泳いでいる様子が窺えた。なんなら湖底の凹凸まで視認できる。靴を放り出して足を突っ込んでみたい衝動に駆られる。それくらい綺麗な湖だった。



:めっちゃ綺麗な景色なんですけど

:これはお金を取れるレベル

:アグダちゃん、ここのこと知ってた?



「ドローンを打ち上げて町を捕捉したとき、こちらの森の中程にキラキラと光っている場所があったのは確認していましたわぁ。しかしながら、こんなふうになっているとは思いませんでした。これはなかなか感動的ですわね」


 配信には絶好のロケーション。


 俄然、やる気が漲ってくる。


 軽く周囲を散策してみる。


 他に人気は見られない。


 人工物も然り。


 とても静かな湖畔。


 移動にはアグダ氏の足で三、四時間ほど。普通の人たちが向かおうとしたら、どんなに急いでも移動だけで丸一日は要するのではなかろうか。現地での滞在時間を考えたのなら、往復には最低でも三日から四日は必要だ。


 観光客が景観を見に訪れるだけで足を運ぶような真似は、あまり現実的ではない。航空機でも飛び回っていれば話はべつだろうけれど、その手の飛行物体は今のところドラゴン以外に目撃していない。


 だからこその静けさなのだろう。


 ということで次回のロケーションを決定。


 この場はお開き。


 穴を抜けて自宅に戻る。


 昼休みのタイミングで改めて配信予告を流す。


 連日にわたっての告知ながら反応は上々。


 からの、日が暮れたところで配信を開始する。


 今度は不特定多数に向けての放送だ。


「皆さん、本日もアグダちゃんねるにようこそご来場下さりました」


 時刻は昨日と同じくゴールデンタイム。


 弱小配信者は他所の大手との配信被りを回避する為、この時間帯を避ける傾向があるという。けれど、自身は真正面から突撃することに決めている。それでダメなら、きっと今後もダメだろうと。


 背景には綺麗な湖が広がる。


 視聴者からはすぐさま突っ込みが入り始めた。



:背景がやたらと綺麗なんですけど

:会議用のフェイク背景じゃなくて?

:普通に鳥とか飛んでるし

:湖面の煌きとかフェイクのレベル超えてる

:ゲームの映像だとしても綺麗過ぎる

:どうやってレンダリングしているのか

:こういう場所でお昼寝したい欲高まる

:ビニールシートを広げてお弁当食べたいな

:どこだろう? 本州にこんな場所ある?



 興味を持ってもらえたようで嬉しい。


 配信する側も俄然やる気が出てきた。


「本日は人里から距離を取って、異世界の森を眺めていこうと思いますの」



:森の中で何をするのか

:クマさん出そう

:クマさんはヤバい

:異世界だとクマよりもっとヤバいの出そう

:生えてる草に見覚えないのある

:なんか妙なの生えてるよな

:画像検索しても上手くヒットしない

:まさか森の中も生成AIでやってる?

:どんだけGPU持て余してるの



「ご指摘の通り、地球には見られない動植物たちが見られるかもですわぁ」


 湖を背景に映しながら、畔をゆっくりと歩く。


 コメントを読み上げながら雑談を交わしつつ、撮影対象の小動物を狙っていく作戦。下見ではチラホラと見られたのだ。どう考えてもダーヴィンに喧嘩売ってるだろう、といった見た目の生き物たちが。


 それと一部はアクティブ系のモンスターっぽい輩も少々。


 こちらはアグダ氏を捕食せんと襲ってきた。


 軽く蹴飛ばしたところすぐに逃げていったけれど。


「おや、さっそく見られましたわぁ」


 自身に向いていたカメラを正面に向ける。


 するとそこには異世界っぽい生き物。


「あちらに見られますは、角の生えたちょっと大きなウサギさんですわぁ」



:ウサぴょん登場!

:たしかに角が生えてる

:一角ウサぴょん

:普通にモンスターっぽい

:名前そのまんまじゃないの

:正式名称がそれなのか

:ウサギにしてはデカくない?

:大型犬くらいあるくない?

:イノシシより凶悪な気がする

:刺されたら普通に死ぬよ



 一角ウサぴょんはモンスター枠。


 当初は襲ってきたから。


 ただ、今は遠巻きにこちらを眺めるばかり。恐らくだけれど、下見で蹴飛ばした個体ではなかろうか。グルルルと歯をむき出しにしつつも、一定の距離を保ったまま近づいてくる素振りは見られない。


 悔しそうな一角ウサぴょんを尻目に湖畔を行く。


 すると今度はまた別の生き物が見られた。


「こちらに見られますは、湖から顔を出してジッと見つめてくるお魚ですわぁ」



:説明がそのまんま当てはまるの怖い

:たしかにその通りなの困る

:本当にめっちゃ見てるw

:こっちもサイズかなり大きくない?

:頭部だけで一抱えありそう

:マグロくらい?

:図体含めたらアグダちゃんより大きくない?

:這い出てきたらと考えるとかなり怖い

:首から下が見えていないのが恐ろしいよな

:わんちゃん魚人かもしれない



 見た感じ真鯛を横に膨らませたような魚類である。


 ヌボォっとした表情が愛らしい。


 それが湖から顔を覗かせたまま、ジッとこちらを眺めている。胸ビレで器用に岸に掴まって身体を固定しているようだ。陸に上がってくる素振りは見られない。下見で歩いていたときも、同じ場所に見られた個体となる。


 ジッと見ているだけで、まったく襲ってこない。


 果たして何を考えているのか。


 そんな魚類を尻目に湖の周りをテクテクと歩く。


 しばらく進んだところで、カメラを足元に向ける。


「おっと、こちらには触手の生えた花が咲いておりますわぁ」


 ツタの部分が植物らしからぬアグレッシブさでウネウネと動いている。


 下見に際して近づいたところ、足にシュルリとまとわりついてきた。


 これ絶対に凌辱要員でしょうと。



:なんと不健全な植物か

:是非とも敗北シーンを拝見したい

:もっと近づいて欲しいな!

:次から次へと新種発見

:生成AIさん頑張りすぎでは?

:グラボは何使ってるの?

:実家が太いっていいなぁ

:アグダちゃん、捨て子じゃなかったけ?

:前にテレビで記者会見やってたよね

:なにそれ知らない

:この植物も画像検索に反応しない

:地球に生えてていい草じゃないでしょ



 視聴者からの反応は上々。


 やはり、異世界の事物は引き合いが強い。


 気づけば同時視聴者数が一万五千人を超えているぞ。


 お気に入りといいねもしっかりと入っている。


 この調子でガッツリと稼いでいこう。


 そうして湖畔を歩き回ること四半刻ほど。


 事前に用意していたネタも八割方を消化した辺りのこと。


「さて、向こうに見られますは……」


 湖と森林の境目の辺り。


 木々がガサガサと揺れた。


 何か動物でも隠れているのか。


 ふと気になってカメラを向けたところ――


「奇遇ですね、美しいお嬢さん。まさかこのようなところでお会いするとは」


 昨日にも出会ったイケメンが、にゅっと顔を出した。


 揺れていた木々の間から、それはもう唐突に。


「ロ、ロ、ロリコンのストーカーですわぁ!」


 想定外の遭遇に思わず声を上げてしまったぜ。


 どうしてこの男がこんな場所にいるのか。


「なんと失敬な。私はロリコンではありますが、ストーカーではありません」


 彼は木々の合間を抜けて拓けた場所へ歩み出る。


 衣類に付いた葉っぱを手で払いながら語る。


 その何気ない身動ぎすらもやたらと絵になるのが、こちらのイケメンである。不動健一が着用したら不審者一直線のロングコートも、彼が身に着けるとファッション誌の一面を飾るモデルさながら。


「否定するのそっちですの?」


「美しいものを美しいと称する権利が失われた世界は、どれほど醜いことでしょう」


「そうして言われると、至極真っ当な意見として聞こえてくるから不思議ですわぁ」


 まさか偶然ではあるまい。


 ちょいと森に薬草を摘みに訪れていまして、なんてことあって堪るか。けれど、後をつけられている気配はまったく感じられなかった。だだっ広い草原地帯を抜けてきたのだ、視界の範囲に入ったら絶対に気づく。


 しかもこちらの女児は自動車顔負けの速度で走っていた。


「ですが、わたくしのことを追いかけていたのは、事実ではないのかしら?」


「お嬢さんが不思議な穴を通じてどこかへ向かわれたのは把握していますよ」


「…………」


 昨日、異世界から自宅に帰宅する姿を目撃されていたようだ。


 あんなに周囲へ気を配っていたのにどうしてだろう。


 周りにひと目はなかった。


「アレほど高度な空間魔法を行使していたにもかかわらず、私が放った従魔に気付いていなかったのは驚きですね。だとすると、こうして人目を避けて森を訪れたのも、私を誘い出すため、という訳ではなかったと」


 先方も先方で色々と勘違いしていたみたい。


 個人的には空間魔法なるワードが気になる。


 例の穴には適切な名称があるようだ。


 あと、従魔というのがストーキングの実行犯っぽい。


 もしかしたら小動物などに擬態していたのかも。


 だとすれば、尾行されていたことにも納得がいく。


「てっきりお嬢さんからのお誘いかと、胸を高鳴らせていたというのに残念です」


「勘違いをさせてしまったことは謝罪しますわぁ」


 得体のしれない恐ろしさを感じる。


 勘違いならさっさとお帰りを願いたい。


 なにより今は配信中だからお行儀良くしないと。


「ですが、先日もお伝えしましたけれど、わたくしは貴方に興味がありませんの」


「私は貴方に興味しかありません。その美しい姿のみならず、高度な空間魔法を無詠唱で行使する様子には惚れ惚れしました。果たしてどれほどの魔力をその小さな肉体に湛えているのか、気になって仕方がありません」


「申し訳ありませんが、お引き取り願えませんこと?」


「是非とも貴方と魔法談義に花を咲かせたいのです。お付き合い願えませんか?」


 何度断ってもグイグイと来る。


 こいつはガチのロリコンだ。


本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。


「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013

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