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自営業はいいぞオジサン

 土建作業でひと稼ぎした翌日。


 夕暮れ時に起き出した女児は例によってライブ配信を行うことにした。改めてモフモフ星人さんにお礼の一つでも言っておこうと考えた次第。すると、配信を開始するや否や、いつもの視聴者三名がチャンネルに見られた。


 小綺麗な格好をした中年改め女児を眺めて、早々にもコメントが流れてくる。



:ちょっとアンタら、まさか本当にヤっちゃった訳? 事後ってこと?

:中身が中年のオッサンなら、法的には差し支えもないと思うけど。

:そういう問題じゃないでしょ。配信を見てる視聴者のことも考えてよ

:おいこら、勝手なこと言ってくれるなよ。こっちまで気が滅入る



 唯一反論を見せたコメントがモフモフ星人さん。


 残る二人は第三者視点から好き勝手に喚いている。


 雇用主に不利益があってはいけない。


 女児はすぐさま弁護に回る。


「エロいことは一切しておりませんわ。土木作業で日銭を稼いできましたの。昨日まで着ていた服は仕事で汚れてしまったので、現場からの帰りがけに新しい服を見繕ってもらいました。おかげさまで快適ですわ」


 日銭というには些か大きな金額かもしれないけれど。


 おかげで来月の家賃は確保できた。



:モフモフ星人さん、土建屋さんだったのか

:子供に肉体労働を強いるとか極悪人じゃん。

:中身は中年のオッサンだからいいんだよ



 本人はさておいて、勝手に言い合う視聴者たち。


 相変わらず暇にしているようだ。



:アンタたちより自分の方がアグダさんに貢献してる件

:たしかに本人も満更ではない表情をしているっぽい。

:それはそうかもしれないけど、やっぱり不安っていうか……



 他人の配信で喧嘩とかしないで欲しい。


 放っておいたらずっとやっていそう。


「モフモフ星人さんには感謝しておりますの」


 ほか二名を諌めるように語って聞かせる。


 すると、内一名からアプローチがあった。



:だったら、こっちも協力できることがあるかも



「協力? どういうことですか?」


 仕事をくれるのだろうか。


 だとしたら、ありがたい。



:配信アカウントにメッセージを送るから、確認してもらえる?



「ういッス」


 昨日と同じようなやり取りだ。


 お断りする理由もないので素直に応じる。


 しばらく待つとアカウントに新着のメッセージが届いた。


 曰く、着用していない子供服が手元にあるから引き取ってくれないか、とのこと。受け渡し場所や日時についても合わせて記載があった。場所は地図へのリンク。日時は、なんと本日の夜八時とのこと。



:決して無理にとは言わないけど



「せっかくのご厚意、是非ともお伺いさせてもらいますわ」


 昨日から夜通し仕事をしていたので、本日は配信を終えたら洗濯や買い物をやっつけようと考えていた。けれど、先方も好意から声をかけてくれている。家事があるからという理由で日を改めるのも申し訳ない。


 同日のライブ配信はお喋りメイン。


 小一時間の配信を終えてからしばらく。


 約束の時間を待って自宅を出発する。


 指定された場所は、都内でもそれなりに有名な高級住宅街。


 その一角に見られる公園。


 規模は控えめ。


 それでもブランコや鉄棒、砂場などの遊具は一通り設置されている。日中は近所に住まっている子連れのセレブ妻たちで賑わっていそうな界隈だ。それも夜の帳が下りた今となってはしんと静まり返っている。


 そうした園内、中程に立っている人を発見。


 やけに小さく映る。


 不安に思いつつも歩み寄る。


 すると、先方もこちらに気付いたようだ。


「あっ、きたきた。こっちだよ、アグダちゃん!」


「えっ……」


 甲高い声にギョッとする。


 なんなら仔細を目の当たりにして歩みが止まる。


 待ち合わせていた相手は子供だった。


 それも中学生ほどと思しき女の子じゃないの。


 完全に想定外。


「もしかして、ニート予備軍さん、ですか?」


「本当に子供なんだね。しかも実物の方が配信より可愛いとかズルくない?」


「いや、あ、あの……」


 土建屋さんとはまた別ベクトルで想定外だ。こちらの想定としては、子育てを終えた同世代の中年男性が、自宅に眠っていた子供用衣料の処分先として声をかけてきた、みたいな感じを想像していた。


「どうして年下の子供相手にキョドってるの。それとも本当は中身子供なの?」


「いや、中身がオッサンだからこそ、子供相手に挙動不審にならざるを得ない」


「とりあえず、そっちのベンチに移動しない?」


「あ、はい」


 気になったのは彼女が下げている荷物。


 手には大きな旅行カバンを持っている。


 パンパンに膨れたそれは、どこか旅行にでも行くかのような。


「ところで、普段からとんでもないアニメ声なんだね」


「そ、そうですかね?」


「それって地声なの? 配信向けかと思ってたんだけど」


「これといって意識して出してたりはしないんッスけど」


 ベンチに座るや否や、率先して問われた。


 そんなに気になる声色しているだろうか。


「たしかにお腹に力を込めているような素振りは見られないけど」


「お腹に力を込めて喋ると、声って変わったりするんですかね?」


「それは人によるけど、意識して変えるなら力が籠もるよね」


「はぁ、勉強になります……」


 出会っていの一番、声に反応されるとは思わなくて返事に窮する。


 そうしたこちらの心中に気付いたのだろう。


 彼女は旅行カバンを隣に座した女児に差し出して、改めて言った。


「まぁ、それはいいとして、はい! これ」


「……あの、これは?」


「中身を見てみれば分かるよ」


「ういッス」


 先方に促されるがまま、旅行カバンを受け取る。


 膝の上でジッパーを開く。


 目に入ったのは綺麗に折りたたまれた衣類だ。


 シャツにアウター、ズボン、スカートなど、様々な衣類が大量に収められている。季節柄も千差万別で冬物のコートから夏場向けのヒラヒラとしたシャツまで、雑多に詰め込まれている。


 しかもお高そうな品が目立つ。


 自身が近所のジャスコで調達したセール品とは雲泥の差。どちらもデザインにこだわりが感じられる。指先に触れた生地の妙にサラサラとした感触とか、自宅でお洗濯できないタイプではなかろうか。


「あの、こちらは?」


「私が小学生の頃に着てた服。もう着ないから貴方にプレゼントしようと思って」


「えっ、い、いいんですか?」


「どう頑張っても腰回りや袖が通らないし、かといって捨てちゃうのも勿体ないし」


「だけど、思い出の品とかだったりしないんですか? どれも高そうなんだけど」


「そういうのは取り分けてあるから気にしなくていいよ。入ってるのは普段着だけ」


「そ、そうなんですね……」


 こうして足を運んだ住宅街の装いから、なんとなく察していたけれど、こちらの彼女、かなり裕福な家柄の娘さんのようである。なんなら今こうして召されている衣類も、お洒落でハイソな雰囲気がございますね。


「もらってくれる?」


「あ、はい。ありがたく着させてもらいます」


 土建屋さんに買ってもらった衣類と比較しても勝るとも劣らない。


 これだけ用意があれば、当面は衣類に困ることもない。


 丸っと頂けるというのなら、これほど助かることはないぞ。


「だけど、本当にいいんですか? 自分、中身は中年のオッサンなんですが」


「それは私も考えたんだけど、少なくとも今は一端の洋ロリしてるでしょ?」


「一端の洋ロリってアンタ……」


「別に無理にとは言わないよ? 不要ならこのまま持って帰るから」


「いえ、頂けるというのであれば、是非とも頂戴したいんですが」


 現時点で着替えすら儘ならない身の上、大変喜ばしいご提案である。下着こそ十分な数を通販で調達した。しかしながら、衣類はそうもいかない。何着も購入できるほど金銭的な余裕はないから。


「っていうか、どうして年下の子供相手に敬語なの? 本当に中身オジサン?」


「それはなんというか、ほら、アレですよ」


「アレってなんなの」


「中身のオッサンも社会的弱者には変わりないですが、今は外見も含めてスーパー社会的弱者とでも申しますか、このままだと明日にも施設送りにされかねない。そんな厳しい身の上について、なんとなく察してはもらえませんか?」


「その格好で媚びるような愛想笑いを浮かべられると心が痛むんだけど」


「あ、はい。すみません」


 同じこと、モフモフ星人さんにも言われたぞ。


 そんなつもりはなかったんだけど。


 どんだけ卑しさが身に染み付いているのか。


 これぞ氷河期世代の生き様よ。


「流石に下着は入れてないから、そっちは自分でなんとかして欲しいかな」


「下着は比較的安かったんで、ネット通販でまとめて注文しましたの」


「そう? ならいいんだけど」


 五枚セットで千五百円とか、そんな感じ。


 ブラは必要ないので、コスパ最強である。


「あと、元のオジサンに戻ったら、服は捨てることを約束してくれる?」


「それはもう即日で燃えるゴミに出さすと約束しますよ。独身男性の家に子供服が沢山とか、誰かに見られたら目も当てられないじゃないですか。万が一にも警察が尋ねてきた日には事案待ったなしッスよ」


「やっぱり独身だったんだ?」


「でなけりゃ2chで相談とかしていませんですの」


「それもそうだよね。住まいもワンルームの汚部屋だったし」


「あの部屋で子持ちとか、虐待以外の何物でもありませんわ」


「絶対に掃除した方がいいと思う。あと模様替えも」


「当初はすぐに戻ると思ったんですよね、この格好にしても」


「格好が戻ったとしてもどうにかするべきでは?」


「あ、はい」


 そんなに駄目だったかね、我が家の風景は。


 弱者男性的には至って普通だと思うんだけど。


「さて、これで土建屋の彼に配信でマウントされることもなくなるよね!」


「……もしかして、それが衣類を提供して下さった理由ですか?」


「べ、別にそれだけが理由じゃないよ? 人助けの意味合いもあるし!」


 本日の交流を経たことで、三名付いた視聴者の内二人と顔見知りになってしまった。てっきり相手も自身と大差ない弱者男性だと考えていたので、この結果は想定外も甚だしい。2chのユーザーも意外と捨てたものじゃないな。


「ところで話は変わりますが、ニート予備軍さんに確認したいことが……」


「なに?」


「以前コメントで自営業はいいぞ、とかなんとか言ってませんでしたか?」


「自営業なのは本当だけど?」


 嘘やろ?


 だって子供じゃん。


 どうやって働いてるの。


「もしかして成人してます?」


「そんなふうに見える?」


「いや、中学生くらいかなと」


「一番最初に提案したことを覚えてる?」


 ネット配信で一番最初に話題に上げたのは金策だ。


 どうにかして来月分の家賃を稼げないかと。


 それに対していくつか上がったご意見は、舞台劇の子役、声優、株取引の三択。この中で一番現実味があるのは舞台劇の子役だろうか。こうして眺めた感じ、かなり可愛らしい顔立ちをされている。


「舞台劇とかで子役をされてたりします?」


「そっちじゃなくて、声優の方」


「えっ、声優さんなんッスか?」


「デビューしたばかりなんだけどね」


「おぉ、そりゃ凄いですね」


 こんな子供でも務まることに驚きだ。


 素直に伝えたら怒られそうだけど。


「どんなアニメに出演してるんですか?」


「……それは聞かないで」


「え?」


「とても残念なタイトルのアニメの端役とかだから」


「あ、はい」


 ここ最近、残念なタイトルのアニメが増えたよな。こんな子供ですら羞恥を覚えているというのに、それを心底から楽しんでいる大人が沢山いる。たぶん、心のブレーキが壊れちゃっているんだろうな。


 わかる。


 社会に出るって、そういうことだよね。


「もしよかったらニート予備軍さんの演技を拝見したいのですけれど」


「人に自慢できるくらいの役を取れたら、そのときに改めて教えるから」


「その時を楽しみにしていますわ」


「なんか嫌だなぁ、空気を読むのが上手くて大人びた女児の相手をするの」


「だから中身はオッサンだって繰り返して伝えているじゃないですか」


「見た目完全に金髪の洋ロリだから、頭がバグりそうになるんだよねぇ」


 そんな感じでブツの取り引きは終えられた。


 土建屋さんの時とは違って今回は一方的に施された形。


 近い内に何かしらお礼を用意しないとである。


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